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  11. 日本霊異記
改訂新版 世界大百科事典・日本大百科全書・国史大辞典

改訂新版・世界大百科事典
日本霊異記
にほんりょういき

仏教説話集。日本の説話文学集の始祖的作品。〈にほんれいいき〉とも呼び,正式書名は《日本国現報善悪霊異記(にほんこくげんぽうぜんあくりよういき)》,通称《日本霊異記》,略して《霊異記》ともいう。奈良薬師寺の僧景戒(けいかい)/(きようかい)撰述。成立は最終年紀の822年(弘仁13)以後まもないころ,ただし787年(延暦6)には原撰本が成るか。上中下3巻に116条の話を収める。各巻に序があり撰述目的も記す。人間の善・悪の行為はその現世の身に善・悪の結果をもたらすという〈現報善悪〉の因果の理の実在を確信し,その例話として唐土のものでなく〈自土〉(日本)の奇事を編集して示し,これを規範として善行を勧め,ともに極楽往生しようと呼びかけている。その〈奇(あや)しき記〉=〈霊異の記〉をそのまま書名とした,唱導教化のための実例集である。説話の年代は5世紀後半の雄略天皇の代から嵯峨天皇の代の822年までとなっている。ほぼ年代順に並べ,日本仏教史を説話集という形で試みた面もある。崇仏政策をとった聖武天皇代の話が中巻のほとんどを占め,おおよそ上巻は聖武以前,下巻は聖武以後のことを記す。各巻冒頭部や類似説話の隣接などに,一書として構想した配慮がみえる。説話にとりあげられる地方は上総,信濃から肥後まで約37ヵ国に及ぶが,大和を中心に畿内が約3分の2,次いで紀伊が多い。新宗教の普及における修行僧,郡司,民衆らの動き,各地の氏寺,山寺,辺地から話を運んだルートなども知ることができる。

 収められた説話の多くは民衆相手の説教の材料であったと思われる。登場者は200余人,貴賤,職業,男女を問わず,すべての人が因果の理に律せられ,それは僧も,そして景戒自身さえも例外ではない。地獄・極楽も未分化の姿で描かれ,そこに往還する人の話もある。また長屋王の失脚などの話には正史と異なる点もあり,牛,狐,雷,髑髏(どくろ)なども輪廻(りんね)や報恩の話に登場する。法華経の功徳や観音菩薩を信敬する除災招福の善報のほか,民間信仰や神仏融合にかかわる話も収められている。世情,人心の腐敗堕落を嘆く景戒がとりわけ尊崇する人は,聖徳太子,行基,聖武天皇である。しかし乞食同然の人にも〈隠身の聖(ひじり)〉を見いだし,無名の庶民の善行を讃えている。大枠としては律令国家体制側に近い立場に立っているともいえるが,個々の説話をとってみると反体制側に立つ話や発言が目だつ。とくに未公認の私度僧(しどそう)の活躍は官寺の僧の比ではなく,そうした記述のなかから半僧半俗の景戒の経歴も知ることができる。景戒は各説話末に結語を付記し,話題の解説,批評とともに自身の信仰を確かめ厳しく自戒する。その気迫も本書の魅力であり,時流世相を鋭くえぐり描き,強固な信念を説話集という形の中に貫こうとした試みは特筆に値しよう。本書は口承・書承の諸資料を種にしたと思われるが,《冥報記(みようほうき)》などの中国文献や諸経典も引用されている。一方,本書の説話は《本朝法華験記(ほつけげんき)》《三宝絵詞(さんぼうえことば)》《今昔物語集》などの説話集のほか,霊験記,縁起,高僧伝などへと引用され受けつがれていく。仏教や文学はもちろん,歴史,民俗,社会,経済,国語等の諸部門においても重要な古典である。
[小泉 道]

[索引語]
日本国現報善悪霊異記(にほんこくげんぽうぜんあくりよういき) 日本霊異記 霊異記 景戒 景戒

日本大百科全書
日本霊異記
にほんりょういき

平安初期の仏教説話集。正しくは『日本国現報善悪霊異記』。「にほんれいいき」とも読む。三巻。薬師寺の僧景戒(きょうかい)著。822年(弘仁13)ごろ成立。雄略(ゆうりゃく)天皇から嵯峨(さが)天皇までの説話116条を上・中・下三巻に分かち、年代順に配列する。各巻冒頭には序文を付す。所収話の多くは、書名に記されたごとく、善悪の応報を説く因果譚(いんがたん)である。
 上巻序文には、混迷する世相のなかで、応報の仮借なきありようを示すことで、人心の善導教化を図ろうとする著者の意図が明瞭(めいりょう)に述べられている。唐の唐臨『冥報記(めいほうき)』などの影響を受けて撰述(せんじゅつ)され、話型そのほかにこうした中国渡来の説話集との類縁を示すものも少なくない。しかし、所収話のすべては日本国のできごととして把握され、むしろ仏験の霊異がわが国にも及びえたことの不思議を随喜し、この国を天竺(てんじく)、唐土に比肩すべき土地として、矜持(きょうじ)とともにとらえようとする姿勢が顕著に現れている。これらの所収話の多くは、著者の生きた奈良朝末から平安初期の仏教界の最底辺に語り伝えられた話であり、説話の内部に著者の私度僧(しどそう)時代の布教体験が色濃く影を落としている。当時、私度僧の理想像であった行基(ぎょうき)を「隠身(おんしん)の聖(ひじり)」の顕現として高く評価していることも、そうした私度僧の信仰の実態を反映するものといえよう。一方、本書には、聖武(しょうむ)朝をわが国仏教史の頂点として位置づけ、中巻のすべてをこの時代の説話で埋めようとする姿勢もみいだされ、特異な歴史意識の現れをうかがうことができる。本書の説話には、前代までの神祇(じんぎ)信仰が仏教的な世界に包摂・同化される過程が鮮明に描き出されており、官寺仏教とは異なる民間仏教草創期の信仰の様態を知るうえで興味深い。
 現存するわが国最初の仏教説話集として、後の『法華験記(ほっけげんき)』『三宝絵詞(さんぼうえことば)』『今昔(こんじゃく)物語集』などに多大な影響を与えた。伝本には、真福寺本、興福寺本、前田家本、来迎(らいごう)院本などがあるが、その訓釈は、国語史の資料としても貴重である。
[多田一臣]


国史大辞典
日本霊異記
にほんりょういき
平安時代初期の仏教説話集。薬師寺の僧景戒編。三巻。上巻三十五、中巻四十二、下巻三十九、計百十六縁(話)から成り、各巻に序文がある。正式な書名は『日本国現報善悪霊異記』。『日本霊異記』または『霊異記』と略称されることが多い。成立事情は複雑で延暦六年(七八七)に原型本が成立し、以後何度かの増補を経て弘仁十三年(八二二)に現在見られるような形態の本が成立したと推定されている。このように年代を特定することは不可能とする説もあるが、その場合でも最終的な成立が弘仁年間であることは認められている。わが国最初の説話集であるが、上巻の序文には唐の『冥報記』や『金剛般若経集験記』に対して本書は「自土(日本)の奇事」を集録したものである旨を述べており、それらを意識しつつ編纂されたことがわかる。内容は若干の例外はあるがほぼすべてが仏教説話。正式の書名に明示しているとおり善悪の応報を語る霊異譚が中心で、仏法の基本原理である因果応報の理が現実に世界を支配し各所に発現していることを説話を通して確認し、それによって信心と畏怖を深めようとする姿勢が著しい。景戒の伝記は自伝の一部とおぼしき下巻第三十八縁後半部の記事を除いては具体的な手掛りがないが、おそらく地方豪族層の出身。紀伊国名草郡に関係する話が多いことなどから同郡の郡司大伴氏の一族と推定する説もある。前述の自伝的記事によれば、景戒は官許の僧となる前に公認されない私度僧として過ごした期間があり、薬師寺の僧となったのちにもなお私度僧たちとの交わりを続けていたらしい。彼は官僧となれたことを喜んでおり、本書に官寺仏教の論理を代弁するような話が少なくないのは事実であるが、それ以上に特徴的なのは在野の私度僧の側で発想された話が多いことである。律令体制の下では私度は認められず、私度僧は弾圧の対象にさえなったが、本書には私度僧たちの指導者的存在であった行基を崇敬する話や、彼らを侮辱ないし迫害する者を激しく糾弾する話が目立つ。観念的に複雑な教理を弄するよりも身近な現実の中に因果律の実在を確かめ信仰を深めようとする姿勢も、私度僧たちの信仰のあり方を反映するものであろう。説話はほぼ年代順に配列され、上巻には雄略朝から神亀四年(七二七)、中巻には天平元年(七二九)から天平宝字七年(七六三)、下巻には同八年から弘仁年間までの年代が話中にみえる話を収めている。神話からの流れを引く氏族伝承や昔話的な民間伝承などわが国固有の伝承を踏まえた話、中国から伝来した伝奇・志怪などの翻案とおぼしき話、わが国の固有信仰と外来信仰としての仏教との対立、さらには両者の妥協、融和の結果としての話、防人や出挙など当時の社会的現実を色濃く反映した話など、思想史的、社会史的にも注目すべき話が、独特の迫力ある筆致で記されている。後代の説話集には取材源として重用され、『三宝絵詞』『法華験記』『今昔物語集』以下の諸書に直接間接に多くの説話が引用されている。古写本としては興福寺本(国宝。上巻のみ。延喜四年(九〇四)写本をややのちに書写したもの)、真福寺本(重要文化財。中・下巻のみ。平安時代末もしくは鎌倉時代初期の書写)、前田家本(重要文化財。下巻のみ。嘉禎二年(一二三六)の書写)、来迎院本(国宝。中・下巻のみ。平安時代後期の書写)、高野本(高野山三昧院旧蔵の建保二年(一二一四)写本。ただし現在は所在不明。国会図書館などに模本がある。三巻を完具するが省略や欠落が多い)がある。各本には複製本があるが、すべて不完全な本であるから、全体の本文は校本によって見るしかない。校本は『日本古典全書』、『日本古典文学大系』七〇、『日本古典文学全集』六、松浦貞俊『日本国現報善悪霊異記註釈』などがあり、おのおの校異と注解がある。→景戒(けいかい)
[参考文献]
益田勝実『説話文学と絵巻』、八木毅『日本霊異記の研究』、黒沢幸三『日本古代伝承文学の研究』、原田行造『日本霊異記の新研究』、出雲路修「『日本国現報善悪霊異記』の編纂意識」(『国語国文』四二ノ一・二)
(池上 洵一)
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1. にほんりゃういき【日本霊異記】
全文全訳古語辞典
[書名]我が国最古の仏教説話集。『日本国現報善悪霊異記』の略で、『霊異記・』とも。弘仁年間(八一〇~八二四)に成立。僧景戒編。奈良時代を主とする説話百十余編を集 ...
2. 日本霊異記
日本大百科全書
平安初期の仏教説話集。正しくは『日本国現報善悪霊異記』。「にほんれいいき」とも読む。三巻。薬師寺の僧景戒(きょうかい)著。822年(弘仁13)ごろ成立。雄略(ゆ ...
3. 日本霊異記
世界大百科事典
も呼び,正式書名は《日本国現報善悪霊異記(にほんこくげんぽうぜんあくりよういき)》,通称《日本霊異記》,略して《霊異記》ともいう。奈良薬師寺の僧景戒(けいかい) ...
4. にほんりょういき【日本霊異記】
デジタル大辞泉
平安前期の日本最古の仏教説話集。3巻。景戒(けいかい・きょうかい)著。弘仁14年(823)ごろ成立。異聞・因果談・発心談など116の説話を、日本風の漢文で記した ...
5. にほんりょういき[ニホンリャウイキ]【日本霊異記】
日本国語大辞典
仏教説話集。「にほんれいいき」ともいう。三巻。薬師寺の僧、景戒撰。弘仁年間(八一〇〜八二四)頃成立。雄略朝から嵯峨朝に至る因果応報説話一一六篇を、ほぼ年代順に漢 ...
6. にほんりょういき【日本霊異記】
国史大辞典
→景戒(けいかい) [参考文献]益田勝実『説話文学と絵巻』、八木毅『日本霊異記の研究』、黒沢幸三『日本古代伝承文学の研究』、原田行造『日本霊異記の新研究』、出雲 ...
7. 日本霊異記
東洋文庫
雷をつかまえる男,「美女と白米と金をくれ」と観音に祈る男など,不思議な男女が登場するわが国初の仏教説話集の口語全訳。生命力と魅力にあふれ,『今昔物語集』などの先 ...
8. 日本霊異記
日本古典文学全集
平安初期に編まれた日本最古の仏教説話集で、因果応報の説話を集める。上巻35、中巻42、下巻39の計116縁(話)からなり、ほぼ年代順に漢文体で記述する。仏の力の ...
9. 『日本霊異記』
日本史年表
822年〈弘仁13 壬寅⑨〉 この頃 『日本霊異記』 成立か。善珠・護命撰述『大乗法相研神章』成るか。  ...
10. にほんれいいき【日本霊異記】
デジタル大辞泉
⇒にほんりょういき  ...
11. あいだぐん【英田郡】
国史大辞典
訓じている。『拾芥抄』に「英田」とあるから、のち英田郡と書き現在に至ったものと思われる。『日本霊異記』には孝謙天皇の時代、郡内に官営の鉄山があった記事がある。『 ...
12. あいだぐん【英田郡】岡山県
日本歴史地名大系
安時代の製鉄炉一基、英田町の福本製鉄遺跡からも中世以前の製鉄炉一基が検出されている。また「日本霊異記」下巻第一三に次のような説話が載る。孝謙(称徳)天皇の代、英 ...
13. あいちぐん【愛知郡】
国史大辞典
詳)・神戸(熱田区神戸町)の十郷であったが、このほか、荒大郷(『正倉院文書』)・片輪里(『日本霊異記』)の名もみえる。前者は現在知多郡の荒尾、後者は名古屋市東区 ...
14. あいちぐん【愛知郡】愛知県
日本歴史地名大系
「日本書紀」に年魚市郡、「延喜式」や「和名抄」には愛智郡とあり、ほかに吾湯市(日本書紀)、阿育知(日本霊異記)、阿由知(尾張国熱田太神宮縁起)などとも書かれるが ...
15. あおねがみね【青根ヶ峯】奈良県:吉野郡/吉野町/吉野町
日本歴史地名大系
水分神社の御幣をこの淵に沈め石を詰込む行事が行われたと伝える。音無川の上流に仙竜寺跡、秋野川中流に「日本霊異記」に出る桃花里の伝承、槇尾川に高算堂、黒滝川辺に「 ...
16. あから〓
日本国語大辞典
(1)「日本霊異記」や「観智院本名義抄」などで、「懇」字の訓として例が見え、一見して漢文訓読的文章に偏るようであるが、現存の他の訓点資料には見出し難い。(2)「 ...
17. あきのがわ【秋野川】奈良県:吉野郡/下市町
日本歴史地名大系
浸食力が本流では早く、支流では遅いという、両者の著しい相違により起こった現象のようである。「日本霊異記」中巻の「未〓作 ...
18. あしだぐん【葦田郡】
国史大辞典
郷は佐味・広谿・葦浦・都禰(つね)・葦田・駅家があり、また葦田郡を国府所在地としている。『日本霊異記』には葦田郡大山里の品知牧人が、深津市(福山市)に出かけて正 ...
19. あしなぐん【芦品郡】広島県
日本歴史地名大系
市)まで一望のもとに見渡せ、さらに瀬戸内海を遠望できる。城を構えるに絶好の地である。また「日本霊異記」下巻に載る品治牧人の説話(髑髏目穴笋掲脱以祈之示霊表縁)に ...
20. あすかかわらのみや【飛鳥川原宮】奈良県:高市郡/明日香村/川原村
日本歴史地名大系
わずか一年足らずの臨時の宮居であった。「大和志」は大字飛鳥・岡間にあるとし、「日本書紀通釈」は「日本霊異記」上巻第九に「飛鳥川原板葺宮御宇天皇」、「扶桑略記」皇 ...
21. あすかでら【飛鳥寺】奈良県:高市郡/明日香村/飛鳥村
日本歴史地名大系
修することが恒例とされた(続日本後紀)。治安三年(一〇二三)一〇月、藤原道長が当寺を訪ねた時、「日本霊異記」上巻三話の道場法師の説話にみえる宝物の鐘堂の鬼頭を出 ...
22. あすかべぐん【安宿郡】大阪府:河内国
日本歴史地名大系
渡来系氏族とみるべきだろう。以下当郡関係の氏族を列挙すると、次のようである。鋤田連・上村主。「日本霊異記」中巻第七話に「釈智光は、河内の国の人、其の安宿の郡鋤田 ...
23. あつみぐん【厚見郡】
国史大辞典
にあたる地域。明治の郡区編制では各務・方県・本巣・安八・羽栗の諸郡に接していた。淳見郡(『日本霊異記』)と書かれたこともある。建郡の時期および事情は不詳であるが ...
24. あとべごう【跡部郷】長野県:信濃国/小県郡
日本歴史地名大系
このような事情が跡部郷をこの地域一帯にあてる根拠となっているが、それを裏付けるものとして「日本霊異記」宝亀四年(七七三)四月のこととして記されている「信濃国小県 ...
25. あなの-おとぎみ【穴弟公】
日本人名大辞典
日本霊異記」にみえる豪族。備後(びんご)(広島県)葦田(あしだ)郡の人。宝亀(ほうき)8年叔父の穴秋丸と深津の市に買い出しにいき,金品をうばわれ,秋丸に殺され ...
26. あひるぐん【畔蒜郡】
国史大辞典
西北流して東京湾に入る。その流域の木更津市真里谷(まりやつ)付近から南部一帯が郡域と思われる。『日本霊異記』に「上総国畔蒜郡」の人禅師広達がみえ、『正倉院丹裹古 ...
27. あびるぐん【畔蒜郡】千葉県:上総国
日本歴史地名大系
に十禅師の一人と称された奈良元興寺の広達(俗姓下毛野朝臣)は武射郡か畔蒜郡の人と伝える(「日本霊異記」中巻二六)。現袖ケ浦市の永吉台遺跡群のうち遠寺原遺跡は八― ...
28. あまぐん【海部郡】和歌山県:紀伊国
日本歴史地名大系
岡(「続日本紀」神亀元年一〇月一二日条)、岸村(同書天平神護元年一〇月二五日条)、椒村(「日本霊異記」中巻第一話)などがあり、木本郷は現和歌山市木ノ本、岡は現和 ...
29. あまつかいの-みのめ【海使〓女】
日本人名大辞典
?−? 奈良時代の女性。「日本霊異記(りょういき)」によれば,平城左京で9人の子をかかえて困窮していた。穴穂(あなほ)寺の千手観音にいのったところ,天平宝字(て ...
30. あめのいわとわけやくらひめじんじゃ【天石門別八倉比売神社】徳島県:徳島市/旧名西郡地区/矢野村
日本歴史地名大系
祀り、国府や国倉を守らしめたと考えられる。忌部氏が気延山麓一帯に勢力を築いていたことは、「日本霊異記」下巻第二〇に名方郡埴村の女、忌部首多夜須子の記事がみえるこ ...
31. アラビアン・ナイト 2 1ページ
東洋文庫
文学〈日本〉田醒睡笑〈戦国の笑話〉94神道集97日本霊異記㎜昨日は今日の物語    〈近世笑話の祖〉川日本雑事詩…伽義経記12全二巻㎜㎜江戸小咄集12全二巻㎜㎜ ...
32. ありだぐん【有田郡】
国史大辞典
郡区町村編制法によって、明治十二年(一八七九)から有田郡が正式の名称となった。在田の名は『日本霊異記』にみえる「安諦郡荒田村」の荒田から出たものといわれる。『日 ...
33. ありだぐん【有田郡】和歌山県
日本歴史地名大系
混用する。なお「在田」の由来については、「続風土記」は、「古事記」中巻に「木之荒田郎女」、「日本霊異記」下巻に「安諦郡之荒田村」があり「荒田・在田其称近き時は在 ...
34. ありだし【有田市】和歌山県
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その付近と比定することに問題はない。しかし英多郷の訓は「和名抄」に記載なく、「安諦郡之荒田村」(「日本霊異記」下巻)、安太・足代(「万葉集」巻七)などとの異同が ...
35. あわじこくぶんじあと【淡路国分寺跡】兵庫県:三原郡/三原町/国分村
日本歴史地名大系
建立の進行を急がせる詔が発せられており(続日本紀)、淡路国分寺もこれ以後の成立であろう。「日本霊異記」下巻二五話には、宝亀六年(七七五)に紀伊国の住人が嵐に流さ ...
36. あわじのくに【淡路国】画像
国史大辞典
られ、平城宮址出土の付札の中にも三原郡阿麻郷の戸主が塩三斗を貢進したものがみられる。また『日本霊異記』にも同国南西田野浦の塩焼きを業とする人の話が載せられている ...
37. あわむら【粟村】和歌山県:和歌山市/河北地区
日本歴史地名大系
東村は土橋とも称し、雑賀一揆における中心人物の一人土橋平次の本拠地として知られる。村名は「日本霊異記」下巻に「紀伊国名草郡内楠見粟村」とみえる。下って嘉元四年( ...
38. 雷丘
世界大百科事典
奈良県高市郡明日香村大字雷の東に所在する標高105mの小山。《日本霊異記》上巻巻頭の説話に,小子部栖軽(ちいさこべのすがる)という人物が,雄略朝に,〈雷岡〉で雷 ...
39. いかずちのおか【雷丘】奈良県:高市郡/明日香村/雷村
日本歴史地名大系
[現]明日香村大字雷 「日本霊異記」に豊浦寺と飯岡との間に鳴雷落ちて在り。栖軽見て即ち神司を呼び、輿籠に入れて大宮に持ち向かひ、天皇に奏して言さく「雷神を請け奉 ...
40. いかるがでら【斑鳩寺】
国史大辞典
播磨国揖保郡佐勢の地五十万代を施入、法隆寺領とした。施入年代・田積については『日本書紀』『日本霊異記』などに異説があるが、天平十九年(七四七)の『法隆寺伽藍縁起 ...
41. いかるがでら【斑鳩寺】 : 斑鳩寺/(一)
国史大辞典
播磨国揖保郡佐勢の地五十万代を施入、法隆寺領とした。施入年代・田積については『日本書紀』『日本霊異記』などに異説があるが、天平十九年(七四七)の『法隆寺伽藍縁起 ...
42. いけだごう【池田郷】大阪府:和泉国/和泉郡
日本歴史地名大系
氏寺として建立された池田寺の後身であることが、最近の調査で明らかになった。槙尾山施福寺は「日本霊異記」中巻に血渟山寺・珍努山寺として、興味深い伝承を残す寺であろ ...
43. いけのべのひだ【池辺氷田】
国史大辞典
この樟木を天皇に献じたので、二躯の仏像が造られた。吉野寺の放光の像がこれであると記すが、『日本霊異記』上にも、ほぼ同じ内容の説話を載せ、池辺氷田がこの楠で阿弥陀 ...
44. 池辺氷田
世界大百科事典
楠を取って天皇に献じ,天皇は画師にこの木で吉野寺の放光仏2体を彫造させたとあって,これを《日本霊異記》では氷田に菩薩像3体を造らせたとし,また《日本書紀》敏達1 ...
45. いご【囲碁】
国史大辞典
よくするものが出たことが推測される。聖武天皇が愛用したといわれる日本最古の碁盤が正倉院北倉に現存し、『日本霊異記』『続日本紀』『日本後紀』『続日本後紀』などにも ...
46. いしかわぐん【石川郡】
国史大辞典
の式内社があるが、このうち建水分(たけみくまり)神社は『三代実録』にしばしばみえる。また『日本霊異記』によると、八多寺という寺院のあったことが知られる。平安時代 ...
47. いしかわぐん【石川郡】 : 石川郡/(二)
国史大辞典
の式内社があるが、このうち建水分(たけみくまり)神社は『三代実録』にしばしばみえる。また『日本霊異記』によると、八多寺という寺院のあったことが知られる。平安時代 ...
48. 石鎚山画像
日本大百科全書
を形成し、約100メートルの垂直に近い柱状節理をなしている。石鎚山は『万葉集』に登場し、『日本霊異記(にほんりょういき)』などにその名が記され、古くから山岳信仰 ...
49. 石鎚山
世界大百科事典
て古くから知られてきた。石鎚山信仰は各種の性格を内包しているが,大きな特色としては(1)《日本霊異記》《文徳実録》にでてくる寂仙(灼然),上仙をはじめ,石仙,常 ...
50. いしづちさん【石鎚山】愛媛県:総論
日本歴史地名大系
南の東ノ川からの登山道があるが、また石鎚山を経て瓶ヶ森・笹ヶ峰への縦走路もある。石鎚山は「日本霊異記」に「石槌山」と記される。「古事記」上巻に「国を生み竟へて、 ...
「日本霊異記」の情報だけではなく、「日本霊異記」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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三十六人家集(三十六人集)(国史大辞典・日本国語大辞典・日本大百科全書)
家集。藤原公任の『三十六人撰』所収の歌人三十六人の家集の総集。左右に排してあるので、一番左・右……の順序とすべく、したがって人麿集・貫之集・躬恒集・伊勢集・家持集・赤人集・業平集・遍照集・素性集・友則集・猿丸集・小町集・兼輔集
一条摂政御集(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
一条摂政藤原伊尹の私家集。編者不詳。総歌数は百九十四首。成立年代は、その詞書から、伊尹死後二十年を経た正暦三年(九九二)八月二十二日以後と推定されるが、冒頭から第四十一首目までは、主人公を「大蔵史生倉橋豊蔭」という卑官に仮託して
拾遺和歌集(国史大辞典・日本大百科全書)
平安時代中期の第三番目の勅撰集。二十巻。撰者は花山院か。近臣の藤原長能や源道済の協力を考える説も古くからある。またほかに、協力者として曾禰好忠の名を挙げる説もある。藤原公任撰の『拾遺抄』の歌を全部収め、構成も踏襲している面があるので、何らかの形で公任も関与している
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