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  11. 宗像大社
日本大百科全書(ニッポニカ)
宗像大社
むなかたたいしゃ

福岡県宗像市田島に鎮座。田心姫神(たごりひめのかみ)、湍津姫神(たぎつひめのかみ)、市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)を祀(まつ)る。正確には、九州と朝鮮半島との間の玄界灘(げんかいなだ)の孤島・沖島(おきのしま)(沖ノ島)に鎮座する沖津宮に田心姫神を、海岸近くの宗像郡大島に鎮座する中津宮に湍津姫神を、陸地の宗像市田島に鎮座する辺津(へつ)宮に市杵島姫神を祀り、この三宮を総称して宗像大社という。この宗像三女神は天照大神(あまてらすおおみかみ)の誓約(うけい)により生(な)る神で、天孫降臨に先だち、「汝三神(いましみはしらのかみ)、宜(よろ)しく道中(みちのなか)に降居(くだりま)して、天孫(あめみまご)を助け奉(まつ)り、天孫に祭(いつ)かれよ」、すなわち三女神よ、九州北辺の地に下り、その地で皇室を助けるとともに、皇室より厚く祀られよ、との勅を受けたと『日本書紀』に記されている。また神功(じんぐう)皇后のいわゆる「三韓征伐」に霊威を現されたと伝承されて、古くより朝廷の厚い崇敬を受け、大化改新の国郡制の成立とともに宗像郡は神郡とされ、神主宗像氏が神郡の大領を兼ね、天武(てんむ)天皇の後宮にその宗像氏徳善(とくせん)の女(むすめ)、尼子娘(あまこのいらつめ)が入り、高市皇子(たけちのみこ)を出産するなど皇室との関係も深く、807年(大同2)封戸74戸が寄せられ、840年(承和7)従(じゅ)五位下に叙されたあと位を進めて、859年(貞観1)正二位となり、延喜(えんぎ)の制で名神大社、979年(天元2)には大宮司職(しき)が太政(だいじょう)官より定められている。古く遷都ごとに賢所(かしこどころ)とともに当社の分霊が奉斎されたが、1954年(昭和29)以降の沖ノ島学術調査で、鏡、武器、工具、装身具など精巧を極めた祭祀(さいし)神宝5万余点が発見され、4、5世紀ごろの当社に対する深い崇敬が再確認された(出土品のほとんどは国宝と国の重要文化財に指定されている)。律令(りつりょう)体制崩壊後も多くの社領荘園(しょうえん)を有し、中世宗像大宮司は鎌倉御家人(ごけにん)として北九州で勢力を振るい、蒙古(もうこ)襲来のとき沿岸防備に活躍、のち戦国時代にも活動したが、1586年(天正14)氏貞(うじさだ)に継嗣(けいし)なく絶えた。以後筑前(ちくぜん)領主によりよく維持され、明治の制で官幣大社。例祭は、沖津宮、中津宮の神迎えを宗像七浦の漁船総出で行う海上神幸で知られる秋季大祭10月1~3日のほか、特殊神事が多い。なお、沖島は現在も一般人の渡航は原則として許されず、一木一草も島外に持ち出してはならぬ掟(おきて)があり、島内での忌みことばを当番神職はよく守り続けてきている。
[鎌田純一]

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興福寺(国史大辞典)
奈良市登大路町にある法相宗大本山。南都七大寺の一つ。寺伝では「こうぶくじ」という。縁起によると、天智天皇八年(六六九)藤原鎌足の死去に際し、妻の鏡女王が鎌足の念持仏の釈迦丈六像などを祀る伽藍をその山階(山科)邸に設けたのに始まり(山階寺)、その子不比等によって藤原京の厩坂に移遷(厩坂寺)
東大寺(国史大辞典)
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法隆寺(日本大百科全書(ニッポニカ))
奈良県生駒(いこま)郡斑鳩(いかるが)町にある聖徳(しょうとく)宗総本山。斑鳩寺(鵤寺、伊可留我寺とも書く)、法隆学問寺などの異称がある。南都七大寺の一つ。草創の由来は、金堂の薬師如来坐像(やくしにょらいざぞう)光背銘によると、用明(ようめい)天皇が病気平癒を念じ
龍潭寺(日本歴史地名大系)
[現]引佐町井伊谷。県道引佐―舘山寺(かんざんじ)線の西側の小丘陵上に位置する。臨済宗妙心寺派。山号は万松山、本尊は行基作と伝える虚空蔵菩薩。元文六年(一七四一)に気賀(けが)関所(現細江町)に差出した御要害村寺院縁寿録(山本家文書)によると、天平五年(七三三)に行基が地蔵寺を開創、のち自浄(じじよう)院と改号した
渭伊神社(日本歴史地名大系)
[現]引佐町井伊谷。井伊谷(いいのや)の北西端に鎮座する。社域西側を神宮寺(じんぐうじ)川が半円を描いて流れ、杉・檜・楠の古木が社叢をなす。祭神は品陀和気命・息気長足姫命・玉依姫命。旧郷社。「延喜式」神名帳にみえる引佐郡六座のうちの「渭伊(イイノ)神社」に比定される。
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沖ノ島(改訂新版・世界大百科事典)
高知県南西部,宿毛湾口に浮かぶ島。面積10.5km2。全島花コウ岩よりなり,アコウ,ビロウなどの亜熱帯植物が繁茂する。海岸は海食崖が広く,海食洞もみられ,足摺宇和海国立公園に属する。周囲の海域は好漁場をなし漁業が中心で,集落は急傾斜地に階段状に立地する。
沖ノ島祭祀遺跡(日本歴史地名大系)
[現]大島村沖之島 沖ノ島の南部に宗像大社三宮のうち沖津宮がある。沖津宮背後の谷部に山頂などから崩落してきた巨岩が多数あり、そこを中心に祭祀遺跡が形成されている。四世紀後半から九世紀代までの約四〇〇年にわたり国家的な祭祀が行われた。
新原・奴山古墳群(日本歴史地名大系)
[現]津屋崎町勝浦・奴山 津屋崎町のほぼ中央部に位置し、標高一〇―三〇メートル、長さ一キロの細長い台地上に分布する古墳時代中期―終末期の古墳群。昭和五一年に一―四号墳、同五五年に五―六号墳の発掘調査が実施され、同六〇年から四ヵ年で前方後円墳五・方墳一・円墳四四が確認された。
宗像大社(日本大百科全書(ニッポニカ))
記紀神話で、天照大神と素戔嗚尊との誓約の条に出現した3女神。湍津姫は中津宮(福岡県宗像市神湊の沖約7キロメートルの大島)、市杵嶋姫(狭依姫)は辺津宮(宗像市田島)に、田心姫(多紀理毘売、奥津島姫)は沖津宮(大島の沖約48キロメートルの沖島)にそれぞれ鎮座する。
宗像神(日本大百科全書(ニッポニカ))
記紀神話で、天照大神と素戔嗚尊との誓約の条に出現した3女神。湍津姫は中津宮(福岡県宗像市神湊の沖約7キロメートルの大島)、市杵嶋姫(狭依姫)は辺津宮(宗像市田島)に、田心姫(多紀理毘売、奥津島姫)は沖津宮(大島の沖約48キロメートルの沖島)にそれぞれ鎮座する。
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1. 宗像大社画像
日本大百科全書
に湍津姫神を、陸地の宗像市田島に鎮座する辺津(へつ)宮に市杵島姫神を祀り、この三宮を総称して宗像大社という。この宗像三女神は天照大神(あまてらすおおみかみ)の誓 ...
2. 宗像大社[百科マルチメディア]画像
日本大百科全書
宗像(むなかた)三女神を祀(まつ)る全国6000余宮の総本社。『日本書紀』にもその名を残す由緒ある神社で、「道の神」としての信仰が厚く、交通安全を祈願する参拝客 ...
3. 宗像大社
世界大百科事典
津宮(湍津姫(たぎつひめ)神)と沖島(おきのしま)の沖津宮(田心姫(たごりひめ)神)の三宮を宗像大社という。祭神の三女神については古来異説があり一定しないが,天 ...
4. むなかた‐たいしゃ【宗像大社】画像地図
デジタル大辞泉
福岡県宗像市にある神社。九州本土の田島にある辺津(へつ)宮、大島にある中津宮、沖ノ島にある沖津宮の総称。旧官幣大社。祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)・ ...
5. むなかた‐たいしゃ【宗像大社】
日本国語大辞典
福岡県宗像郡玄海町にある神社。旧官幣大社。沖ノ島・大島・田島に鎮座する沖津宮・中津宮・辺津宮の総称。祭神は宗像三女神といわれる田心(たごり)姫神・湍津(たぎつ) ...
6. 宗像大社
デジタル大辞泉プラス
福岡県宗像市にある神社。祭神は宗像三女神。田心姫神(たごりひめのかみ)を祀る沖津宮、湍津姫神(たぎつひめのかみ)を祀る中津宮、市杵島姫神(いちきしまひめのかみ) ...
7. むなかたたいしや【宗像大社】福岡県:宗像市/旧玄海町地区/田島村
日本歴史地名大系
玄界灘に注ぐ釣川の左岸、田島に鎮座する辺津宮、大島村大島の中津宮、同村沖ノ島の沖津宮の三社を総称して宗像大社とよぶ。旧官幣大社。現在の祭神は沖津宮が田心姫神、中 ...
8. 宗像大社文書[文献解題]福岡県
日本歴史地名大系
二巻 宗像大社文書編纂刊行委員会 平成五年―(刊行中) 解説 各巻とも本編と別冊の影印本の二冊からなる。第一巻は社蔵の国指定重要文化財のいわゆる八巻文書を成巻 ...
9. あかまいん【赤馬院】福岡県:宗像市/旧宗像市地区
日本歴史地名大系
文書惣目録/宗像大社文書二)には「赤馬院内土穴村」とある。応永一三年(一四〇六)四月五日、武藤宗治が赤馬院内須恵・三郎丸田畠屋敷等を宗像氏経に譲っている(「武藤 ...
10. あかまのしよう【赤馬庄】福岡県:宗像市/旧宗像市地区
日本歴史地名大系
氏業に赤馬庄内の田久村を安堵しており(宗像社家文書惣目録/宗像大社文書二)、正嘉元年(一二五七)閏三月二〇日の関東御教書案(宗像大社所蔵文書/鎌倉遺文一一)には ...
11. あきづき・あきづきのしよう【秋月・秋月庄】福岡県:甘木市
日本歴史地名大系
たが敗れ(軍記略)、同三年六月までに戦死している(六月五日「大友家加判衆連署書状」宗像大社所蔵文書/宗像大社文書一)。永禄一〇年(一五六七)九月三日、秋月の休松 ...
12. あさまちむら【朝町村】福岡県:宗像市/旧宗像市地区
日本歴史地名大系
上有木村と名残村との境に昼掛山がある(地理全誌)。建治三年(一二七七)九月一一日の関東裁許状案(宗像大社所蔵文書/鎌倉遺文一七)に「筑前国朝町村」とみえる。朝町 ...
13. あしや・あしやのつ【葦屋・葦屋津】福岡県:遠賀郡/芦屋町
日本歴史地名大系
文献上では応永一四年(一四〇七)九月二一日の宗像大宮司氏経宛の醍醐寺三宝院満済書状(宗像大社所蔵文書/宗像大社文書一)にみえる「御釜」が葦屋釜のことをさしている ...
14. あらじごう【在自郷】福岡県:宗像郡/津屋崎町/在自村
日本歴史地名大系
三町がある(「宗像宮年中御神米立用田数注文」宗像大社所蔵文書/宗像大社文書一)。天正六年(一五七八)六月一日の第一宮御宝殿御棟上之事置札(宗像大社蔵)の御領中人 ...
15. あらつ・あらつのしよう【荒津・荒津庄】福岡県:福岡市/中央区
日本歴史地名大系
新羅による豊前国貢綿船襲撃事件に際し、八幡大菩薩宮(宇佐宮)、香椎廟(現東区の香椎宮)、宗像大神(現宗像大社)、甘南備神に奉幣が行われたが、その告文に「新羅賊船 ...
16. あるき【有木】福岡県:鞍手郡/宮田町
日本歴史地名大系
、これに際し「在木村」は宗像社領として人夫役を賦課されている(「第一宮御宝殿御棟上之事置札」宗像大社蔵)。 ...
17. いけうらむら【池浦村】福岡県:宗像市/旧宗像市地区
日本歴史地名大系
北は池田村、西は吉田村・多礼村。「宗像大菩薩御縁起」に「池浦山王」がみえ、正平二十三年宗像宮年中行事(宗像大社所蔵文書/神道大系神社編四九宗像)にも「池浦山王社 ...
18. いけだむら【池田村】福岡県:宗像市/旧玄海町地区
日本歴史地名大系
宝殿御棟上之事置札(宗像大社蔵)の御領中人夫之事では、上八村郷などとともに一手に編成されているが、池田郷は「浦共」とある。同一三年二月吉日の宗像宮僧座着座次第写 ...
19. いちきしまひめ‐の‐みこと【市杵島姫命/市寸島比売命】
デジタル大辞泉
日本神話で、天照大神(あまてらすおおみかみ)と素戔嗚尊(すさのおのみこと)との誓約(うけい)の時に生まれた三女神の一。福岡県の宗像(むなかた)大社の辺津(へつ) ...
20. いなみつむら【稲光村】福岡県:鞍手郡/若宮町
日本歴史地名大系
宗像大宮司氏俊は足利義詮から「筑前国鞍手郡芹田・稲光両村」を宛行われ(「足利義詮袖判下文案」宗像大社所蔵文書/南北朝遺文(九州編)三)、至徳三年(一三八六)二月 ...
21. いなもとむら【稲元村】福岡県:宗像市/旧宗像市地区
日本歴史地名大系
守護代に命じている(「少弐貞頼書下」同文書/宗像大社文書一)。天正六年(一五七八)六月一日の第一宮御宝殿置札・第一宮御宝殿御棟上之事置札(宗像大社蔵)には「稲元 ...
22. いまとう【今任】福岡県:田川郡/大任町
日本歴史地名大系
え、応安四年(一三七一)七月二六日に氏俊より弥松(氏頼)へ譲られている(宗像社家文書惣目録/宗像大社文書二)。元中元年(一三八四)一一月二一日の征西将軍宮令旨( ...
23. 忌言葉/忌詞
世界大百科事典
〈ひげをあたる〉などというが,これは忌言葉の観念が日常生活全般にまで拡大されたものといえる。一方宗像大社の鎮座する福岡県の沖島を〈御言わずの島〉,出羽三山を〈あ ...
24. うちどのむら【内殿村】福岡県:宗像郡/福間町
日本歴史地名大系
宝殿御棟上之事置札(宗像大社蔵)の御領中人夫之事では内殿郷が本木郷などとともに一手に編成されている。また天正八年・同一一年・同一二年・同一三年の内殿郷御米銭注進 ...
25. うつらごう【内浦郷】福岡県:遠賀郡/岡垣町/内浦村
日本歴史地名大系
(宗像社家文書惣目録/宗像大社文書二)に列挙されている宗像社領一三ヵ郷のうちの一つとして「内浦」がみえる。また当地には宗像社の末社で、正平二十三年宗像宮年中行事 ...
26. うつらむら【内浦村】福岡県:遠賀郡/岡垣町
日本歴史地名大系
祀った若宮大明神(現若宮神社)がある。宗像社の末社であったといわれ、正平二十三年宗像宮年中行事(宗像大社所蔵文書/神道大系神社編四九宗像)には「内浦若宮社」とみ ...
27. 応安神事次第[文献解題]福岡県
日本歴史地名大系
甲本・乙本・丙本・丁本・戊本・癸本各一冊 成立 応安八年 原本 宗像大社 解説 中世宗像社の年中行事の記録。癸本は宗像神社旧蔵、残りは同社の忌子家であった ...
28. おおいしむら【大石村】福岡県:宗像郡/津屋崎町
日本歴史地名大系
僧壮円が子息の香童丸に譲った所帯のうちに「奴山・大石村田畠等小問丸名」がある(「僧壮円譲状」宗像大社所蔵文書/鎌倉遺文二四)。小早川時代の指出前之帳では奴山村の ...
29. おおいむら【大井村】福岡県:宗像市/旧宗像市地区
日本歴史地名大系
う地名がある(続風土記拾遺)。「宗像大菩薩御縁起」に太井明神社、正平二十三年宗像宮年中行事(宗像大社所蔵文書/神道大系神社編四九宗像)には太井明神・大井明神がみ ...
30. おおさかやま【大坂山】福岡県:京都郡/犀川町
日本歴史地名大系
た武藤但馬守らと戦った。応永一三年(一四〇六)正月二六日の大内盛見感状(宗像社家文書惣目録/宗像大社文書二)によれば、盛見は某の「豊前猪嶽合戦」での忠節を幕府に ...
31. 大島(福岡県)
日本大百科全書
最高に山地、丘陵が広く、海食崖(がい)が発達している。半農半漁の島で、沿岸漁業が中心である。宗像大社の中津宮(なかつみや)がある。古来、九州と大陸を結ぶ海上交通 ...
32. 大島(福岡県の旧村名)
日本大百科全書
村営の牧場もある。景勝地や好釣り場、海水浴場があり、釣り客や行楽客が増加している。大島には国指定史跡である宗像大社の中津宮(なかつみや)、沖島には沖津宮(おきつ ...
33. おおしまむら【大島村】福岡県:宗像郡
日本歴史地名大系
間に大島村営の定期船便がある。沖ノ島は周囲約四キロの鬱蒼とした原生林に覆われた絶海の孤島で、宗像大社沖津宮の宮守として神官が一名交替で奉仕するのみである。厳しく ...
34. おおしまむら【大島村】福岡県:宗像郡/大島村
日本歴史地名大系
東西約三・二キロ、南北約二・七キロ。御岳山を中心に丘陵が多く平地が少ない。字大岸に宗像大社中津宮が鎮座する(宗像市の→宗像大社)。「宗像大菩薩御縁起」に「第二神 ...
35. おおぶむら【大穂村】福岡県:宗像市/旧宗像市地区
日本歴史地名大系
(同惣目録/宗像大社文書二)が出されている。同二八年八月一五日には九州探題渋川義俊は大宮司宗像氏俊に大穂庶子分を元のように返付している(「渋川義俊書下」宗像大社 ...
36. おき‐の‐しま【沖ノ島/沖島/沖の島】地図
デジタル大辞泉
、玄界灘(げんかいなだ)にある小島。宗像(むなかた)市に属する。面積0.7平方キロメートル。宗像大社の沖津宮(おきつみや)がある。古代の文化財が豊富で「海の正倉 ...
37. おきのしま【沖ノ島】福岡県:宗像郡/大島村
日本歴史地名大系
〇日の雑訴決断所牒(宗像社家文書惣目録/宗像大社文書二)には「息御嶋」とあり、宗像社領として安堵されたと考えられる。正平二十三年宗像宮年中行事(宗像大社所蔵文書 ...
38. 沖島(福岡県)
日本大百科全書
。玄武岩からなる山島で、切り立った断崖(だんがい)で海に臨んでいる。古来、大陸航路の要衝で、宗像大社の沖津宮(おきつみや)が置かれ、島全体が女人禁制の神域で、無 ...
39. 沖島
世界大百科事典
時代の特色を如実に示したものが多い。現在,遺物は宗像神社神宝館に常陳されている。→宗像大社弓場 紀知 宗像大社 沖津宮 沖ノ島祭祀遺跡 海の正倉院 ...
40. 沖ノ島祭祀遺跡
日本大百科全書
。沖ノ島は、九州北部の沿岸地域から60キロメートル沖合いにある周囲4キロメートルの無人島で、宗像大社沖津宮(おきつみや)を祀(まつ)っている。縄文・弥生(やよい ...
41. おきのしまさいしいせき【沖ノ島祭祀遺跡】福岡県:宗像郡/大島村
日本歴史地名大系
[現]大島村沖之島 沖ノ島の南部に宗像大社三宮のうち沖津宮がある。沖津宮背後の谷部に山頂などから崩落してきた巨岩が多数あり、そこを中心に祭祀遺跡が形成されている ...
42. おりはたじんじや【織幡神社】福岡県:宗像市/旧玄海町地区/鐘崎村
日本歴史地名大系
社名は鎌倉期の宗像宮年中諸神事御供下行事(宗像大社所蔵文書/神道大系神社編四九宗像)、「応安神事次第」には「織幡宮」とある。建武元年(一三三四)三月二〇日の宗像 ...
43. おろのしま【小呂島】福岡県:福岡市/西区
日本歴史地名大系
っていなかった。六波羅探題は先例に任せて大宮司側の理を認めている(同年五月三日「六波羅書下」宗像大社所蔵文書/鎌倉遺文一〇)。なお宗像社家文書惣目録(宗二)によ ...
44. おんがぐん【遠賀郡】福岡県
日本歴史地名大系
葦屋津から広渡(現遠賀町)にかけてをその支配下に置いた(天正六年六月一日「第一宮御宝殿置札」宗像大社蔵)。永禄年間以降、遠賀地方はおおむね大友氏の支配するところ ...
45. おんがのしよう【遠賀庄】福岡県:遠賀郡
日本歴史地名大系
果すと、以後当庄は宗像大宮司氏の支配するところとなった(天正六年六月一日「第一宮御宝殿置札」宗像大社蔵)。なお戦国期には庄内の郷名として山田郷・天野(手野)郷・ ...
46. かさいごう【河西郷】福岡県:宗像市/旧玄海町地区
日本歴史地名大系
下目録と宗像社領公文所注進(ともに宗像社家文書惣目録/宗像大社文書二)に「河西」がみえる。鎌倉時代の宗像宮年中諸神事御供下行事(宗像大社所蔵文書/神道大系神社編 ...
47. かつうら【勝浦】福岡県:宗像郡/津屋崎町
日本歴史地名大系
之」がある(「宗像宮年中御神米立用田数注文」宗像大社所蔵文書/宗像大社文書一)。天正六年(一五七八)六月一日の第一宮御宝殿御棟上之事置札(宗像大社蔵)では浦巡人 ...
48. かとうごう【河東郷】福岡県:宗像市/旧宗像市地区/河東村
日本歴史地名大系
事置札(宗像大社蔵)の御領中人夫之事では山田村などとともに一手に編成されている。同一六年一一月二一日の宗像社家分田畠辻注文と翌一七年一一月五日の宗像社領御検地前 ...
49. かねざき・かねざき【金埼・鐘崎】福岡県:宗像市/旧玄海町地区/鐘崎村
日本歴史地名大系
通る話がみえる。大宰府官人たちも赴任・帰京の際は海路を多用したらしく、当岬を通る者も多かったのであろう。宗像大社との関係もうかがわれ、寛平五年(八九三)一〇月二 ...
50. かのうのふう【金生封】福岡県:鞍手郡/若宮町/金生村
日本歴史地名大系
れ(宗像社家文書惣目録/宗像大社文書二)、同一三年、当地と古物(現鞍手町)が満頼によって不法に差押えられており(閏六月二〇日「大原良雄書状」宗像大社所蔵文書/宗 ...
「宗像大社」の情報だけではなく、「宗像大社」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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