1. トップページ
  2. >
  3. カテゴリ一覧
  4. >
  5. 歴史
  6. >
  7. 日本史
  8. >
  9. 弥生時代
  10. >
  11. 金石併用時代
日本大百科全書(ニッポニカ)

金石併用時代
きんせきへいようじだい

利器の材料に金属が用いられてはいても、石製の利器がまだ併用されている時代をいう。ヨーロッパの考古学者は19世紀の末に、こうした時代を表す語としてeneolithic(ラテン語の銅・青銅aeneus+ギリシア語の新石器neo-lithos)――つまり銅・新石器時代――の語を用いたが、それはギリシア語とラテン語の合成語であると反対した学者たちは、chalcolithic(ギリシア語の銅・青銅chalkos+ギリシア語の石lithos)――つまり銅・石器時代――の語を提唱した。しかし周辺諸地域では実用の利器の材料として石の次に銅ないし青銅が用いられず、ただちに鉄が使われる場合がみられる。日本の弥生(やよい)時代に例をとると、実用の利器にはもっぱら鉄が使用され、銅・青銅は象徴的な器具、宝器、装身具(鏡を含めた)などの財に用いられた。銅鏃(どうぞく)などもあるが、原料が量的に限られていたため、その使用も限られていた。三時代法のたてまえからすれば弥生時代は初期の鉄器時代に該当しており、石製の利器も広く行われていた。この事実を知悉(ちしつ)していた浜田耕作は、eneolithic, chalcolithicの語を「金石併用時代」と意訳した。浜田の意訳は、この術語に関する限り、きわめて適切であった。
 時代と時代との間に過渡期が存することを認める学者で、かつ三時代法に依拠する人は、金石併用時代の存在を肯定している。しかし、このような過渡的な時代を認めず、それを新石器時代末期または銅器時代初期(日本の場合には鉄器時代初期)とみなす学者も多い。いずれの場合でも、肯定論、否定論とも、三時代法の延長線上にたっている。学問の世界では、ある用語をそれが便利だからといって認めることは便宜主義に流れるものとして批判される。その意味では、この「金石併用時代」といった概念は、明日の歴史学のためにも厳しく批判さるべき存在といえよう。
[角田文衛]

ジャパンナレッジは約1500冊以上(総額550万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のオンライン辞書・事典サービスです。
ジャパンナレッジについて詳しく見る
金石併用時代の関連キーワードで検索すると・・・
検索ヒット数 39
検索コンテンツ
1. 金石併用時代
日本大百科全書
語を「金石併用時代」と意訳した。浜田の意訳は、この術語に関する限り、きわめて適切であった。 時代と時代との間に過渡期が存することを認める学者で、かつ三時代法に依 ...
2. 金石併用時代
世界大百科事典
つけることである。小アジアでは金石併用時代は数千年続くが,むしろ遺跡名をもって金石併用時代を区分することにしており,この用語は文化を比較する場合には用いられない ...
3. きんせきへいよう‐じだい【金石併用時代】
デジタル大辞泉
考古学上の歴史区分の一。新石器時代から青銅器時代への過渡期にあたり、石器と銅器がともに使用された時代。銅器時代。日本では弥生時代にあたる。  ...
4. きんせき‐へいようじだい【金石併用時代】
日本国語大辞典
〔名〕新石器時代から青銅器時代へうつる過渡期。石器使用に銅器の製作が加わる時期。特にメソポタミア文明に顕著で、紀元前三五〇〇年頃とみられる。日本では彌生時代をさ ...
5. きんせきへいようじだい【金石併用時代】
国史大辞典
西アジアのウバイド・ガウラ・ウルク、エジプトのアムラー・ゲルゼーなどの文化がこれにあたる。したがって金石併用時代には、灌漑や犂耕が行われている。これを日本の弥生 ...
6. アナウ遺跡
日本大百科全書
査が行われ、1953年にはロシアの考古学者エルショフが北丘の一部を再発掘している。北丘では金石併用時代(前4000ころ~前3000ころ)の遺構が、南丘からは青銅 ...
7. アファナシエバ文化
世界大百科事典
ロシア,南シベリアのミヌシンスクおよびアルタイ両地方に分布する,前3千年紀中葉~前2千年紀初頭の亜新石器(金石併用時代)文化。ハカス自治州バテニ村近くのアファナ ...
8. アラジャ・ヒュユク
世界大百科事典
がヒッタイト新王国時代,4層はヒッタイト古王国時代,5~8層が前期青銅器時代,9~14層が金石併用時代に属し,独自な文化の存在を認識させたのは,5~8層の前25 ...
9. イタリア史画像
日本大百科全書
である。清水廣一郎古代ローマ以前イタリア半島には旧石器時代から人が住んでいた。新石器時代、金石併用時代の住民は古代地中海人種と考えられている。サルデーニャ島には ...
10. いもじ【鋳物師】
国史大辞典
とかし、諸種の型にいれて、武器や各種の像・鏡・鍋・釜などをつくる工人、「いものし」ともいわれる。金石併用時代、現存する鑑鏡類より見て、鋳工の存在したことが知られ ...
11. いもの【鋳物】
国史大辞典
われる。わが国においては鋳金の製作の時期は遅く、弥生式文化時代(前三世紀―後三世紀ごろ)は金石併用時代といわれたごとく、石器と金属器とを併用していた。鋳金の作品 ...
12. 棺
日本大百科全書
占めていたといわれる。したがって、生前から棺をつくり、仕上げもていねいなものが多い。 朝鮮では金石併用時代に支石墓内に箱式石棺が多くつくられた。また南部では甕棺 ...
13. カンピニー文化
世界大百科事典
ら青銅器時代初頭までの遺物と共伴するので,新石器時代を通して存在し,さらにカンピニー文化系金石併用時代文化に継続すると考えられてきた。しかし長い研究史を通じて, ...
14. きんせき‐じだい【金石時代】
日本国語大辞典
〔名〕「きんせきへいようじだい(金石併用時代)」の略。〓[ジ] ...
15. 百済観音 124ページ
東洋文庫
石器使用の遺風と見るべぎであるのみならず、河南殷墟からの発見石器は、骨鏃その他の石器時代もしくは金石併用時代の遺物の趣きをそなえている品物とともに、全く支那の古 ...
16. こうこがく【考古学】
国史大辞典
地域的な整理のほかに年代的な整理が必要になる。この場合、旧石器時代・中石器時代・新石器時代・金石併用時代・青銅器時代・鉄器時代などのように、材質の上からの時代区 ...
17. 古代社会
世界大百科事典
ある。一方,弥生時代には青銅器と鉄器とが石器と併用して作られ使用された。このためにかつては金石併用時代とも呼ばれ,ヨーロッパのように石器,青銅器,鉄器というよう ...
18. 三時代法
日本大百科全書
20世紀に入って、石器時代は旧石器時代、中石器時代、新石器時代に細分されたし、石器時代と青銅器時代との間に金石併用時代を設定する学者もある。三時代法はきわめて便 ...
19. じだいくぶん【時代区分】 : 考古学
国史大辞典
地域的な整理のほかに年代的な整理が必要になる。この場合、旧石器時代・中石器時代・新石器時代・金石併用時代・青銅器時代・鉄器時代などのように、材質の上からの時代区 ...
20. 青銅器時代
日本大百科全書
で、主として石製の利器が用いられる場合もあった。こうした、いわば過渡的な時代は、ときとして金石併用時代とよばれるが、これはヨーロッパ諸語のaeneolithic ...
21. 青銅器時代
世界大百科事典
現しており,インダス文明が青銅技術をもっていたことは確実である。しかしインダス文明総体は,金石併用時代として扱い,インド考古学では独立した青銅器時代を一般には認 ...
22. 釣り画像
日本大百科全書
た。釣り鉤には初めからこのカエシが認められ、この銛ヒント説を裏づけている。 石器時代を経て金石併用時代になると、骨角の釣り鉤のほか、銅を素材にしたものが登場し、 ...
23. 銅画像
世界大百科事典
いて自然銅が使われはじめた。自然銅の使用によって,石器時代から銅器時代に入るが,一方では,金石併用時代あるいは銅石時代と表現されるごとく,石器と銅器がともに使用 ...
24. 銅器時代
世界大百科事典
銅が使われ始めた時代を銅器時代という。考古学が用いる時代区分の用語で,金石併用時代と同じ意味である。新石器時代と青銅器時代のあいだが,前後と区分できる独立した文 ...
25. どうき‐じだい【銅器時代】
デジタル大辞泉
青銅器出現前に利器に純銅が使われた時代を青銅器時代から分離してよぶいい方。石器を併せ用いたことから金石併用時代ともいう。  ...
26. どうき‐じだい【銅器時代】
日本国語大辞典
石器時代に続き、青銅器時代に先行する。メソポタミアを中心とした中近東、地中海のクレタ島などに発達した。金石併用時代。*紐育〔1914〕〈原田棟一郎〉バッタリー公 ...
27. ハラフ文化
世界大百科事典
ている。なおハラフ期から銅利器,銅製装身具などの金属器が若干発見されているので,この時期を金石併用時代と一般に考えているが,冶金の証拠はないとする意見もある。小 ...
28. バルナ
世界大百科事典
での8年間はスターリンStalinと呼ばれていた。山本 敏 遺跡 バルナの近郊で発見された金石併用時代カラノボKaranovoⅤ~Ⅵ期(前4000-前3500) ...
29. バルナ遺跡
日本大百科全書
ブルガリア北東部、バルナ市南西郊、バルナ湖北岸にある金石併用時代後期(前4500~前4000)の墓地遺跡。1972年秋に偶然に発見され、1981年末までに204 ...
30. フェニキア画像
世界大百科事典
前3000年ころには新石器時代を経てすでに金石併用時代を終わろうとしていた。新石器時代の遺物には,骨製品,黒曜石・火打石製の石器類がある。金石併用時代には青銅製 ...
31. 邪馬臺国論考 2 87ページ
東洋文庫
日本人とも似て居り、殊に日本南部に於ける石器時代末期の人骨には、日本人に似た点が多くなり、降って金石併用時代に至れば、よほど現代日本人に似ることが強くなる。然し ...
32. 邪馬臺国論考 2 195ページ
東洋文庫
その棺外からも屡々石器・石屑及び弥生式土器を伴出するという事実によりて、この種の甕棺は、当に金石併用時代の文化所産なるべしとなし、而も、それと同時に雷文鏡・星雲 ...
33. 邪馬臺国論考 2 207ページ
東洋文庫
前方後円墳の発生期は金石併用時代に溯るとせられ、予はこれに反対した。けれども、今にして思えば、崇神朝の頃、畿内大和の地に突如として前方後円墳が起った頃は、なお金 ...
34. 邪馬臺国論考 2 252ページ
東洋文庫
欠くのであり、而も、その先行としての古墳の存在も不明であるのに対して、九州方面では既に一、二世紀の金石併用時代以来「封レ土作レ家」ていたのであるから、それは北九 ...
35. やよいじだい【弥生時代】
国史大辞典
石器は弥生時代の中で消えていくが、鉄器にとって代わられたものと考えられている。かつて弥生時代を金石併用時代と呼んだこともあるが、この用語は現在使われていない。な ...
36. ローマの起源 40ページ
文庫クセジュ
きわめて豊かな動植物(鹿、猪、兎、ビーバー、魚類、キツツキ、ガチョウや猛禽類を含む鳥類)に恵まれていた。金石併用時代末期以降、イタリア中部に馬やロバがいたことが ...
37. ローマの起源 54ページ
文庫クセジュ
パラティヌス丘にも先史時代があったことが、いまや証明されているのである。パラティヌス丘やエスクィリヌス丘に金石併用時代があったことも判っている。紀元前三千年紀や ...
38. ローマの起源 84ページ
文庫クセジュ
 実際には、初期のラティウム文化は、地中海周辺の人間社会のすでに発展した段階、「金石併用時代の革命」のずっとあとに生まれた。あらゆる点から判断して、青銅器時代末 ...
39. ローマの起源 126ページ
文庫クセジュ
金石併用時代 51, 65, 108 クラッシス 126, 127 クリア 14, 15, 124, 125, 130  ~・カラブラ 130  ~制度 125 ...
「金石併用時代」の情報だけではなく、「金石併用時代」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る

金石併用時代と同じ弥生時代カテゴリの記事
弥生時代(国史大辞典)
弥生時代は、一般的には、狩猟採集社会である縄文時代に次ぐ時代、つまり水稲農耕が始まり、金属器をもつようになってから、古墳を標識とする古墳時代に入るまでの間とされている。弥生時代は、前期・中期・後期、または第I~V期に区分されている。かつてこの前期・中期・後期という区分に
口酒井遺跡(日本歴史地名大系)
[現]伊丹市口酒井 穴森ほか猪名川東岸の標高六―七メートルの自然堤防上に立地する遺跡。一〇ヘクタール以上の広がりをもち、一部は尼崎市に及ぶ。縄文時代晩期後半以降の各時代の遺構が重複している。昭和五三年(一九七八)に発見されて以降同六〇年までに一六次の発掘調査が行われた。
菜畑遺跡(日本大百科全書(ニッポニカ))
佐賀県唐津市菜畑字松円寺の衣干山の東麓に派生する丘陵の先端部に営まれた縄文晩期の水田を伴う集落跡。1980年唐津市教育委員会が都市計画道路建設の事前の発掘調査を行った。住居跡、水田跡、貝塚を主体とする遺跡でなかでも縄文晩期後半の水田、炭化米、農工具の発見により
金石併用時代(日本大百科全書(ニッポニカ))
利器の材料に金属が用いられてはいても、石製の利器がまだ併用されている時代をいう。ヨーロッパの考古学者は19世紀の末に、こうした時代を表す語としてeneolithic(ラテン語の銅・青銅aeneus+ギリシア語の新石器neo-lithos)――つまり銅・新石器時代――の語を用いたが、
板付遺跡(改訂新版・世界大百科事典)
福岡市博多区板付にある弥生時代の集落,墓地,水田などの総合遺跡。遺跡は御笠川左岸に近接した低段丘とその周囲の沖積地にある。1916年に弥生時代中期初頭甕棺墓数基から,細形銅剣,銅矛各3本が出土して,初めてこの遺跡が紹介され,51年の試掘以後,日本考古学協会の4次にわたる
弥生時代と同じカテゴリの記事をもっと見る


「金石併用時代」は歴史に関連のある記事です。
その他の歴史に関連する記事
平城京(日本大百科全書(ニッポニカ))
8世紀、約70年間にわたって奈良に営まれた都城。710年(和銅3)に藤原京から遷都してきて以来784年(延暦3)長岡京に遷るまでの間であるが、藤原広嗣の乱(740)後の5年間ほどは難波を都としたため空白期間がある。奈良盆地の北端に位置しており、山背国(京都府)へ抜けると木津・淀川
大宝律令(国史大辞典)
律令時代盛期の基本法典。刑部親王らの撰。律六巻・令十一巻。施行期間は、令が大宝元年(七〇一)から、律が翌二年から、いずれも『養老律令』に代わった天平宝字元年(七五七)まで。『養老律令』に対して古律・古令という。かねてから夫の天武天皇とともに律令制定を命じていた持統天皇は
遣唐使(日本大百科全書(ニッポニカ))
7世紀から9世紀にかけて日本から唐(618~907)に派遣された公式の使節。630年(舒明天皇2)8月に犬上御田鍬(耜)を派遣したのを最初とし、894年(寛平6)に菅原道真の建議によって停止されるまで、約20回の任命があり、うち16回は実際に渡海している。
養老律令(国史大辞典)
律令国家を規制した基本法典。律十巻・令十巻から成る。奈良時代の初め、政界の実力者になった右大臣藤原不比等は、さきにみずから実質上の編纂主任をつとめた『大宝律令』が、用字その他の点で若干の不備があることを考慮し、おそらく孫の首皇子(のちの聖武天皇、母は不比等の女宮子娘)
大化改新(日本大百科全書(ニッポニカ))
645年(大化1)の蘇我氏本宗の打倒に始まる内政改革。同年6月に中大兄皇子(後の天智天皇)や中臣鎌子(後の藤原鎌足)らを中核にしたクーデターが成功し、権力を握っていた蘇我蝦夷・入鹿父子が打倒された。これを乙巳の変とよぶが、これを発端にして650年(白雉1)ごろまでの
歴史に関連する記事をもっと見る
ジャパンナレッジは約1500冊以上(総額550万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のインターネット辞書・事典サイト。日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る