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  11. 明治神宮
日本大百科全書(ニッポニカ)

明治神宮
めいじじんぐう

東京都渋谷区代々木神園町に鎮座。明治天皇・昭憲(しょうけん)皇太后を祀(まつ)る。1920年(大正9)11月創建。1912年(明治45)7月明治天皇が亡くなり、14年4月その皇后昭憲皇太后が亡くなったあと、国民の間からその神霊を祀り、遺徳を慕い敬仰したいとの気運が高まり、翌15年明治神宮造営局官制が公布され、江戸初期以来、大名加藤家、井伊(いい)家の下(しも)屋敷の庭園であり、明治時代に代々木御苑(ぎょえん)とされ、明治天皇・昭憲皇太后ゆかりの当地を選び造営することとした。その境内約70万平方メートルの造園整備は全国青年団の勤労奉仕によりなされ、その樹木365種、約12万本も全国より献納された。30万平方メートルに及ぶ外苑は26年完成。45年(昭和20)4月本殿以下戦災を受けたが、58年復興。旧官幣大社。例祭11月3日(明治天皇の誕生日)。
[鎌田純一]

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1. 明治神宮画像
日本大百科全書
が亡くなったあと、国民の間からその神霊を祀り、遺徳を慕い敬仰したいとの気運が高まり、翌15年明治神宮造営局官制が公布され、江戸初期以来、大名加藤家、井伊(いい) ...
2. 明治神宮[百科マルチメディア]画像
日本大百科全書
境内は、世界に類例のない約70万m2の人工森林によって、東京都心にありながら荘厳な雰囲気が広がる。東京都渋谷区 〓Yutak ...
3. 明治神宮
世界大百科事典
奉祀して現社地に官幣大社として創建することが決まった。同年地鎮祭が行われ,20年11月1日鎮座祭が行われて,明治神宮の創建となった。境内地(内苑)約70万m2は ...
4. めいじ‐じんぐう【明治神宮】画像地図
デジタル大辞泉
東京都渋谷区にある神社。旧官幣大社。祭神は明治天皇・昭憲皇太后。大正4年(1915)に着工、大正9年(1920)完成。社殿は第二次大戦後再建。例祭は11月3日。 ...
5. めいじ‐じんぐう[メイヂ‥]【明治神宮】
日本国語大辞典
東京都渋谷区代々木にある神社。旧官幣大社。祭神は明治天皇・昭憲皇太后。大正四年(一九一五)着工、同九年完成。神苑は内苑と外苑に分かれ、その樹木の大半は全国からの ...
6. めいじじんぐう【明治神宮】
国史大辞典
[参考文献]溝口白羊『明治神宮紀』、明治神宮社務所編『明治神宮略記』、内務省神社局編『明治神宮造営誌』、明治神宮明治神宮崇敬会編『明治維新百年―明治神宮の記録 ...
7. めいじじんぐう【明治神宮】東京都:渋谷区地図
日本歴史地名大系
四月一一日は昭憲皇太后祭。国指定重要文化財の太刀をはじめ多数の宝物を所蔵。なお新宿区と港区にまたがる明治神宮外苑は、当宮造営の際明治天皇を記念する公園として造営 ...
8. 明治神宮
デジタル大辞泉プラス
東京都渋谷区にある神社。1920年創祀。祭神は明治天皇、昭憲皇太后。初詣の参拝客は毎年300万人を超える。 2015年05月 ...
9. 明治神宮外苑画像
日本大百科全書
面積約30万平方メートル。明治時代、青山練兵場であったが、明治天皇崩御(ほうぎょ)の際、葬場となり、明治神宮が創立されたとき、記念施設として民間の献金により外苑 ...
10. 明治神宮外苑[百科マルチメディア]画像
日本大百科全書
広大な敷地内にさまざまなスポーツ・文化施設があり、多くの人々に利用され、親しまれている。写真奥に見えるのは聖徳(せいとく)記念絵画館  ...
11. 明治神宮外苑
世界大百科事典
東京都新宿区霞ヶ丘町,港区北青山に所在。明治神宮造営にあたって,1914年旧青山練兵場が明治天皇を記念する公園施設として外苑とされた。内苑が国費で造られた広大な ...
12. めいじじんぐう‐がいえん【明治神宮外苑】画像地図
デジタル大辞泉
明治神宮の外苑。大正15年(1926)青山練兵場跡に造成。聖徳記念絵画館・憲法記念館や神宮球場・国立競技場などがある。  ...
13. めいじじんぐうがいえん【明治神宮外苑】東京都:新宿区/旧四谷区地区/千駄ヶ谷甲賀町地図
日本歴史地名大系
[現]新宿区霞岳町、港区北青山一―二丁目など 大正一〇年(一九二一)に創建された明治神宮の社叢であり境内でもある内苑に対し、スポーツ施設を主とし、広い芝生、並木 ...
14. めいじじんぐう‐さい[メイヂジングウ‥]【明治神宮祭】
日本国語大辞典
〔名〕東京都渋谷区代々木にある明治神宮で、明治天皇の誕生日にあたる一一月三日に行なわれる例大祭。《季・冬》メ ...
15. 明治神宮造営局官制
日本史年表
1915年〈大正4 乙卯〉 5・1 明治神宮造営局官制 を公布。  ...
16. 明治神宮体育大会
日本大百科全書
第二次世界大戦前の全国規模によるもっとも大きな総合体育大会。1924年(大正13)、現在の国立競技場の地に明治神宮外苑(がいえん)競技場が10月25日に竣工(し ...
17. 明治神宮大会
世界大百科事典
開催された。ただし名称は最初の〈明治神宮競技大会〉を,1926年の第3回大会に〈明治神宮体育大会〉と改称し,さらに39年の第10回大会からは〈明治神宮国民体育大 ...
18. 明治神宮の森100年[園芸]
現代用語の基礎知識 2016
明治神宮内苑に人工の森を造る計画が始まったのは1915年。造成は全国からの献木約10万本の植樹に始まる。計画は100年後にできるだけ自然な状態になることを目的に ...
19. めいじじんぐう‐やきゅうじょう【明治神宮野球場】
デジタル大辞泉
神宮球場の正式名称。  ...
20. 明治神宮野球場
デジタル大辞泉プラス
東京都新宿区にあるスポーツ施設。1926年開設。座席数は約3万5600席。国立霞ヶ丘競技場内にある。プロ野球「東京ヤクルトスワローズ」の本拠地。 2011年04 ...
21. めいじじんぐう‐やきゅうたいかい【明治神宮野球大会】
デジタル大辞泉
毎年11月に神宮球場で行われる、学生野球のトーナメント大会。主催は明治神宮と日本学生野球協会。高校の部と大学の部がある。昭和45年(1970)に大学の大会として ...
22. 五輪 膨張続ける神宮外苑再開発利権 明治神宮と三井不がホテル計画=池上正樹
週刊エコノミスト 2016-17
えている」(広報部)とする。土地を所有する明治神宮も「利便性が高まり、賑わいを創出したい」(総務部)という方針にも見合うと応じた。三井不動産が明治神宮から土地を ...
23. 青山(東京都)画像
日本大百科全書
旧陸軍の連隊の敷地としても利用された。また新宿区にまたがる旧青山練兵場跡は、1926年(大正15)明治神宮外苑(がいえん)となった。東京オリンピック開催時(19 ...
24. あおやま[あをやま]【青山】
日本国語大辞典
住宅地域として発展する一方、広大な空地は青山墓地となり、旧陸軍の敷地としても利用された。東宮御所、明治神宮外苑がある。 ...
25. あおやま【青山】
国史大辞典
百人町の南の長者ヶ丸・四谷・千駄ヶ谷・鮫ヶ橋・権田原・御露次町・百人組屋敷に通ずる小路が合する六道の辻(明治神宮外苑)の俚俗名があった。明治維新後、青山御所・第 ...
26. あおやま‐れんぺいじょう[あをやまレンペイヂャウ]【青山練兵場】
日本国語大辞典
演習場。港・渋谷・新宿の三区にまたがる。明治九年(一八七六)に置かれ、大正一五年(一九二六)明治神宮外苑となった。アオヤマレンペ ...
27. アメリカンフットボール
日本大百科全書
立教の学生(アメリカ日系二世が主力)がチームを編成したことに始まる。同年11月29日アメリカの感謝祭当日、明治神宮外苑(がいえん)競技場(現、国立競技場)におい ...
28. アメリカン・フットボール画像
世界大百科事典
学の学生を指導,早稲田,明治両大学を加えて東京学生米式蹴球連盟を結成した。同年11月29日に明治神宮外苑競技場でこの3大学選抜軍と横浜〈外人クラブ〉との間で日本 ...
29. ありまりょうきつ【有馬良橘】
国史大辞典
大正十一年(一九二二)予備役に編入された。昭和六年(一九三一)枢密顧問官に選任されるとともに、十二年にわたり明治神宮宮司を勤めたが、十九年五月一日病死した。八十 ...
30. ありま-りょうきつ【有馬良橘】
日本人名大辞典
第二艦隊参謀長,海軍兵学校長などを歴任後,大正6年第三艦隊司令長官となる。8年海軍大将。のち明治神宮宮司,国民精神総動員運動中央連盟会長などをつとめた。昭和19 ...
31. いしい-そうせき【石井双石】
日本人名大辞典
43年から長思印会を主宰し,「雕虫(ちょうちゅう)」を発行。昭和6年東方書道会の創立に参加した。作品に明治神宮朱印,東京大学印など。昭和46年10月29日死去。&nbsnbsp;...
32. いずもじみちじろう【出雲路通次郎】
国史大辞典
ほか、京都御所東山御文庫取調べ、衣紋講習・調査、三勅祭の考証指導にもあずかった。大正四年には明治神宮造営局から神宝装飾に関することを依嘱され、内務省からは官国幣 ...
33. 伊勢神宮画像
日本大百科全書
などと記され、現在も伊勢神宮、また「お伊勢さん」と称されるが、正式にはただ神宮という。ほかに明治神宮、橿原(かしはら)神宮、熱田(あつた)神宮などと神宮号をつけ ...
34. いそだ-ちょうしゅう【磯田長秋】
日本人名大辞典
歴史人物画をえがいた。昭和22年10月25日死去。68歳。東京出身。旧姓は内田。本名は孫三郎。作品に「明治神宮造営史大絵巻物二七題」など。 ...
35. いたみ-やすひろ【伊丹安広】
日本人名大辞典
昭和5年日清生命にはいり,都市対抗野球で活躍した。戦後,日本鋼管,東芝の監督をつとめる。47年明治神宮外苑長。昭和52年10月19日死去。73歳。53年野球殿堂 ...
36. いちじょう-さねてる【一条実輝】
日本人名大辞典
20年海軍少尉候補。大佐にすすみ,37年フランス公使館付武官。40年東宮侍従長,のち宮中顧問官。大正9年明治神宮宮司。公爵。貴族院議員。大正13年7月8日死去。 ...
37. いちのへひょうえ【一戸兵衛】
国史大辞典
翌九年六月定年に達して、現役を退いた。その五月学習院長を兼ねたが、現役を退いてから、これに専任し、そののち明治神宮宮司、帝国在郷軍人会長を嘱託され、人格的尊敬を ...
38. いちのへ-ひょうえ【一戸兵衛】
日本人名大辞典
日露戦争に従軍し,旅順攻略に軍功をたてる。大正4年陸軍大将,教育総監。9年学習院院長,13年明治神宮宮司(ぐうじ)となった。昭和6年9月2日死去。77歳。陸奥( ...
39. 銀杏(いちょう) 【12か月のきまりごと歳時記】
生活便利帳
のという説がある。雄株と雌株とがあり、匂いのきついギンナン(銀杏)は雌株にのみになる。東京の明治神宮外苑や、大阪御堂筋の並木道が名所として知られている。 ...
40. 伊東忠太画像
日本大百科全書
著書に『伊東忠太建築文献』『支那(しな)建築装飾』など、おもな建築作品に平安神宮(1895)、明治神宮(1920)、大倉集古館(1927)、築地(つきじ)本願寺 ...
41. 伊東忠太
世界大百科事典
持ち,東洋建築史の体系化とあわせて雲岡石窟を世界に紹介した。大正期以降主要な活動は建築設計に移り,明治神宮(1920),朝鮮神宮(1925)など主要な創建神社の ...
42. いとう‐ちゅうた【伊東忠太】
デジタル大辞泉
建築学者。山形の生まれ。東大教授。日本の古建築や中国・インドの遺跡を調査し、建築史学を樹立。明治神宮・平安神宮・築地本願寺などを設計。文化勲章受章。著「法隆寺建 ...
43. いとう‐ちゅうた【伊東忠太】
日本国語大辞典
建築学者。東京帝国大学教授。日本、東洋の古建築の研究で知られ、明治神宮、築地本願寺本堂などを設計。文化勲章受章。慶応三〜昭和二九年(一八六七〜一九五四) ...
44. うえはらけいじ【上原敬二】
国史大辞典
生まれた。父は安兵衛。大正三年(一九一四)、東京帝国大学林学科卒業。大学院で造園学を専攻後、明治神宮神苑造成に関与した。のちに、東京高等造園学校長、東京農業大学 ...
45. おうじまち【王子町】北海道:胆振支庁/苫小牧市
日本歴史地名大系
内部にアイスホッケーリンク二面、スタンド、役員・選手控室をもつ東洋一の規模に改築、同一六年に第一一回明治神宮国民体育大会スケート大会、同二五年には第五回国体スケ ...
46. おおえ-しんたろう【大江新太郎】
日本人名大辞典
明治-昭和時代前期の建築家。明治12年10月26日生まれ。40年日光社寺大修繕工事監督,大正4年明治神宮造営局技師,昭和4年伊勢神宮御造営主任技師。伝統建築の分 ...
47. おかの-なおしちろう【岡野直七郎】
日本人名大辞典
)の「水甕(みずがめ)」にくわわり,15年「蒼穹(そうきゅう)」を創刊し主宰した。歌会始め,明治神宮献詠歌会などの撰者(せんじゃ)をつとめた。昭和61年4月27 ...
48. おさふね‐きろう【長船騏郎】
デジタル大辞泉
[1924〜2007]岡山の生まれ。日本学生野球協会の運営に携わり、明治神宮野球大会などの開催を手がけた。また、選抜高等学校野球大会の選考委員を務めるなど、学生 ...
49. 表参道[百科マルチメディア]画像
日本大百科全書
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イミダス 2016
1991年から98年までの12月に、表参道の街路樹を電飾でライトアップしたもの。明治神宮入り口から青山通りまでつづく約1kmのけやき並木を、約40万個の豆電球 ...
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法隆寺(日本大百科全書(ニッポニカ))
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談山神社(日本歴史地名大系・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
[現]桜井市大字多武峰 多武峯の御破裂山南腹に鎮座。藤原鎌足を祀る旧別格官幣社。鎌足の冠位にちなんで大織冠社・多武峯社ともいい、江戸時代までは多武峯寺と一体のものであった。多武峯寺の中核である妙楽寺と聖霊院の対立を防ぐために、延長四年
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