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  11. 宇佐神宮
改訂新版・世界大百科事典

宇佐神宮
うさじんぐう

大分県宇佐市に鎮座。八幡宮,八幡大神宮,宇佐八幡宮,宇佐宮ともいう。旧官幣大社。誉田別(ほんだわけ)尊(応神天皇),比売(ひめ)大神,大帯姫(おおたらしひめ)命(神功皇后)をまつる。《延喜式》神名帳には〈八幡大菩薩宇佐宮〉〈比売神社〉〈大帯姫廟神社〉(ともに名神大社)とあり,平安時代から豊前国の一宮でもあった。

 《古事記》《日本書紀》に名の記される宇佐津彦,宇佐津姫のまつる宇佐(比売)神があったとみられるが,《扶桑略記》《八幡宇佐宮御託宣集》などには,欽明32年に大神比義(おおがのひぎ)が託宣により誉田天皇広幡八幡麻呂を奉斎したとある。八幡神は712年(和銅5)創立の鷹居瀬社にまつられ,のち小山田社に移り,725年(神亀2)現在の小倉山に社殿が造られた。日向大隅の乱の鎮定に協力し,また古くから対新羅政策などで朝廷の崇敬をうけたとみられ,奈良時代には鎮護国家の神として厚い崇敬をうけ,737年(天平9)新羅の無礼を奉告し,740年藤原広嗣の乱の鎮定を祈願した。東大寺大仏鋳造に際しては八幡神の神託により黄金を得たとされ,東大寺の守護神として神体は奈良に移され,749年(天平勝宝1)八幡大神は一品,比咩(ひめ)神は二品の神位をうけた。道鏡の事件(宇佐八幡宮神託事件)の際には,769年(神護景雲3)和気清麻呂が参宮して神託をうけた。833年(天長10)仁明天皇の即位のとき和気清麻呂の子真綱が勅使として奉告し,以後即位には和気氏が奉幣の勅使となった。これを宇佐和気使という。奉幣の勅使である宇佐使(うさのつかい)は南北朝時代から中絶したが,1744年(延享1)再興された。1873年(明治6)宇佐神宮と改称され,1924年には10年ごとの例大祭(3月18日)に勅使が差遣されることになった。

 早くから神仏習合がみられ,725年日足の里に神宮寺弥勒禅院が造られ,738年現境内地に移った。766年(天平神護2)には比咩神宮寺が建てられた。また,光仁天皇は護国霊験威力神通大菩薩の号を贈った。由原宮は僧金亀により豊後国に勧請されたといわれ,神社と寺院が一体化した宮寺(みやでら)のはじまりとされる。859年(貞観1)には由原宮にならい行教により石清水八幡宮が勧請され,また源氏の崇敬を受け鶴岡八幡宮が勧請されるなど全国的に発展した。平安末期から宇佐宮大宮司職は宇佐氏が独占し,宇佐宮弥勒寺は豊後国東の六郷満山に勢力を注ぎ,辛島氏は求菩提(くぼて)山に,豊後大神氏は国府を中心に力を注いだとみられ,平安文化の花を競った。神官・社僧にも変遷があるが,平安時代以来社家には祠官・庁内・神人の制があり,神宮寺(弥勒寺),比咩神宮寺にも社僧寺僧の制があり,六郷山管理僧は弥勒寺所司を兼ねていた。江戸時代には社人230人,僧40人,その内150人が1000石の配当をうけ,210人は領主より諸役を免ぜられていた。

社領・社殿

社領は740年に封戸20戸を寄せられたのを初見とし,750年には八幡神に800戸,比咩神に600戸という伊勢神宮をもしのぐ神封を充てられ,これがのちの荘園の根拠となった。9世紀末からの宇佐宮・弥勒寺の荘園拡大とともに西国に八幡宮が伝播し,平安時代末期の荘園は,宇佐宮138ヵ所,弥勒寺114ヵ所の合計252ヵ所に及んだ。中世に入ると,宇佐宮・弥勒寺は武士の荘園侵略により勢力を落とし,社寺は一体化し,かろうじて豊前・豊後の神領を維持した。豊臣秀吉に神領を没収されたが,その後黒田長政が300石,細川忠興が1000石,1646年(正保3)には将軍徳川家光が1000石を寄進した。本殿は八幡造で,一,二,三之御殿からなり,823年(弘仁14)に嵯峨天皇の詔により大帯姫神社(三之御殿)が造られ,完成した。879年(元慶3)以来33年ごとに九州一円の所役により大宰府所管で式年造営が行われた。南北朝時代から式年造営は中絶していたが,1418年(応永25)に足利義持が社殿を造営し,以後は大内義興,足利義晴,黒田孝高,細川忠興らによって造営が行われた。

神事・宝物

中世には大小80余度の神事祭会があり,中でも放生会(ほうじようえ),行幸会は特殊神事として盛大に行われた。現在例祭は3月18日で,ほかに鎮疫祭(心経会)2月13日,御田植祭7月26日,神幸祭(夏越大祭,けんか祭)7月31日~8月2日,中秋祭(放生会)10月1~3日,春秋2度行われる致祭などがある。また奥宮大元神社(現,御許(おもと)山)の例大祭(春祭)は4月29日である。現本殿は1863年(文久3)の竣工であるが古来の様式をよくとどめ,八幡造の本源とされ,国宝。若宮安置の五神座像,天復4年(904)在銘の銅鐘(新羅鐘),征西将軍宮懐良親王奉納の剣1振,《宇佐宮神領大鏡》(大宮司家蔵)はともに重要文化財。御許山頂(霊山寺跡)現境内地(合わせて約15万坪),および旧比咩神宮寺跡(宮迫)を含め史跡に指定されている。
→八幡宮 →八幡信仰
[中野 幡能]

[索引語]
八幡宮 八幡大神 宇佐八幡宮 宇佐宮 八幡大菩薩宇佐宮 比売神社 大帯姫廟神社 宇佐津彦 宇佐津姫 大神比義 鷹居瀬社 東大寺 八幡大神宮 宇佐和気使 宇佐使 比咩神宮寺 由原宮 金亀 宮寺 八幡造 大帯姫神社 鎮疫祭 夏越大祭 けんか祭 大元神社 宇佐宮神領大鏡
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3. 宇佐神宮
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さのつかい)は南北朝時代から中絶したが,1744年(延享1)再興された。1873年(明治6)宇佐神宮と改称され,1924年には10年ごとの例大祭(3月18日)に ...
4. うさ‐じんぐう【宇佐神宮】画像地図
デジタル大辞泉
大分県宇佐市にある神社。旧官幣大社。祭神の八幡大神(応神天皇)・比売(ひめ)大神・神功(じんぐう)皇后を三殿に祭る。全国八幡宮の総本宮。伊勢神宮に次ぐ第二の宗廟 ...
5. うさ‐じんぐう【宇佐神宮】
日本国語大辞典
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6. うさじんぐう【宇佐神宮】画像
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日本歴史地名大系
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8. 宇佐神宮(うさじんぐう)【篇】
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9. 宇佐神宮
デジタル大辞泉プラス
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19. 宇佐神宮放生會 (見出し語:放生會)
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21. 八幡造(宇佐神宮)[図版]画像
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23. 祀神功皇后於宇佐神宮 (見出し語:神功皇后)
古事類苑
神祇部 洋巻 第4巻 1514ページ ...
24. 依宇佐神宮燒亡廢朝 (見出し語:廢朝)
古事類苑
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25. 祀神比賣神於宇佐神宮 (見出し語:比賣神)
古事類苑
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26. 細川忠興再興宇佐神宮行幸會 (見出し語:細川忠興)
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31. あしひとつあがりのみや【一柱騰宮】
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32. あそうはちまんぐう【麻生八幡宮】山口県:美祢市/麻生上村
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日本歴史地名大系
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34. あまべぐん【海部郡】大分県:豊後国
日本歴史地名大系
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35. あんしゅう【安宗】
日本人名大辞典
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36. いかりのしよう【伊賀利庄】福岡県:田川市/伊加利村
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37. いけなが-しげなり【池永重業】
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40. 一国平均役
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42. いみのしょう【伊美庄】大分県:東国東郡/国見町
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45. 宇佐[市]
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46. うさ【宇佐】画像地図
デジタル大辞泉
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47. うさ【宇佐】
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48. うさおおがし【宇佐大神氏】 : 大神氏/(1)
国史大辞典
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49. うさ‐ぎょうこうえ[‥ギャウカウヱ]【宇佐行幸会】
日本国語大辞典
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