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  11. 香取神宮
国史大辞典
香取神宮
かとりじんぐう
千葉県佐原市香取に鎮座。旧官幣大社。下総国の一宮。祭神は経津主(ふつぬし)神。古代の地形では東国の東端、大河の河口に近く、湖と入江が多く、しかも大洋に臨む地にあって、鹿島とならんで大和朝廷が早くから深い関係を持った神社である。カトリの名義は、『日本書紀』神代天孫降臨章第二の一書に「此神今在〓乎東国〓(かとり)之地〓也」というように、カジトリのつまった語で、船の航行を掌るところにあったろう。祭神の名フツヌシとは、『古事記』神武天皇段の東征記事に出る布都御魂(ふつのみたま、紀には「〓霊」)と同じく、刀剣の鋭い霊威を示す語で、この神は、『日本書紀』において、大和朝廷の国土経略に大功のあった武神として説かれている。奈良時代に至り、中央の権力に座を占めた藤原氏は、皇基の確立に大功のあったこの神の霊威を以て氏の権威を説明すべく、氏神の社を平城京の一角に建立して鹿島・香取の神を勧請し、第一殿・第二殿に奉祀して国家的礼遇を以て奉ずるに至った。すなわち春日神社である。宝亀八年(七七七)藤原良継が病むに及んで、藤原氏の氏神たる香取神を正四位上に叙し(『続日本紀』)、承和三年(八三六)に伊波比主(いわいぬし)神(経津主神の別名)を正二位に叙したとあるのは(『続日本後紀』)、いずれも当社のことである。承和六年従一位に叙せられる(同)。『三代実録』元慶六年(八八二)十二月九日条に「正一位勲一等香取神社」とあるのは、さきに嘉祥三年(八五〇)春日の伊波比主神を正一位に陞せたとき、香取神も同時に陞階したとみなされたのであろう。当社は『延喜式』神名帳に「香取神宮(名神大、月次、新嘗)」と記され、鹿島神宮とならんで、二十年ごとに造営の行われる定めであった。香取郡を神郡としていたので封戸の収入も多く(『新抄格勅符抄』の大同元年(八〇六)牒に七十戸)、元慶六年の式年造営には神税五千八百五十五把余を雑舎の分に宛てた(『三代実録』)。収入が多いので神職たらんとする者に競望多く、承和三年には鹿島社の禰宜と同じく当社の禰宜も遷代相続して把笏することが定められた。藤原氏の支持は長い間続き、長暦元年(一〇三七)関白藤原頼通は中宮御祈のため封戸十五烟を寄せ(『行親記』)、これを含めて寛仁四年(一〇二〇)から治暦三年(一〇六七)までの間に計三十戸が寄せられている。宮司家は古く香取連であったというが、平安時代中期に大中臣氏から補するようになった。この任命は藤原氏氏長者としての摂関家から出され、これは神領の本家としての地位を兼ねていた。康治元年(一一四二)摂政藤原忠通は、この宮司に、鹿島大宮司中臣則良の弟助重を任命したので、従来宮司であった大中臣氏と対立するようになり、摂関家の内部対立がこれにからみ、長期にわたる神職団の内訌が続いた。ひいては宮司家対大禰宜家という争いにもなったが、室町時代初期における大禰宜大中臣長房の支配権確立により終熄した。天正十九年(一五九一)十一月徳川家康は社領千石の朱印を与え、ついで秀忠は慶長十二年(一六〇七)に大造営を行なった。今の社殿は元禄十三年(一七〇〇)のもので、本殿は重要文化財に指定されている。宝物に海獣葡萄鏡(国宝)その他がある。例祭は四月十四日、ほかに御田植祭(四月)、大饗祭(十一月)、式年神幸祭(軍神祭、十二年に一度)などが有名である。なお下総国内には当社の分祀ともいうべき多数の香取神社が分布する。
[参考文献]
香取神宮社務所編『香取群書集成』、丸山二郎「中臣氏と鹿島香取の神」(『日本古代史研究』所収)、萩原竜夫「香取大宮司系図」(『群書解題』三中所収)、同「香取大禰宜系図」(同所収)
(萩原 竜夫)

社領

 社領の源流としては、『延喜式』式部省上に下総国香取郡(『和名類聚抄』によると六ヵ郷、ほぼ現在の千葉県佐原市・大栄町・神崎町・下総町の範囲)が神郡とみえ、また大同元年(八〇六)牒(『新抄格勅符抄』)に神封七十戸とあり、十一世紀の記録類に藤原氏からの神封寄進のことが数例みえる。十二世紀になると有力神官大禰宜・大宮司の指導による開墾が行われ、次第に「香取十二郷」といわれる村々が成立した。十三世紀末の『田数目録』『麦畠検注取帳』によると、その総田数は三百町に近く、検注対象となる麦畠も百町を超えている。このほか中世の社領としては、末社の大戸・神崎両社や散在神田があるほか、養和元年(一一八一)に源頼朝が下福田郷を、文和元年(一三五二)に足利尊氏が戸頭郷を寄進しており、また十四世紀の史料には戸崎・大堺・行徳・猿俣などの関務や、下総・常陸両国数十ヵ所の津の海夫役がみえている。しかし一方では千葉氏をはじめとする武士の侵害や神官の内部抗争もあり、神領の三分の二が地頭に押領されたという史料もみえる。またこれに対する社家の訴訟も活発に行われ、応安七年(一三七四)の鎌倉府への神輿動座はその典型的なものであった。これを終えた十四世紀末の大禰宜大中臣長房の時期が神宮領の最盛期といえよう(付表はこの長房の譲状を基礎としている)。江戸時代の神宮領としては、香取社九百石、大戸社百石、神宮寺金剛宝寺二十石などの朱印地が史料にみえている。
[参考文献]
色川三中編『香取文書纂』、『千葉県史料』中世篇香取文書、木村礎・高島緑雄編『耕地と集落の歴史―香取社領村落の中世と近世―』、西岡虎之助「坂東八カ国における武士領荘園の発達」(『荘園史の研究』下一所収)、福田豊彦「封建的領主制形成の一過程―下総国香取社の場合―」(安田元久編『日本封建制成立の諸前提』所収)
(福田 豊彦)
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1. 香取神宮画像
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6. かとりじんぐう【香取神宮】画像
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22. 配祀姫大神於香取神宮 (見出し語:比賣大神)
古事類苑
神祇部 洋巻 第4巻 512ページ ...
23. 祀經津主神於香取神宮 (見出し語:經津主神)
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24. 祀經津主神於香取神宮 (見出し語:經津主神)
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25. あと【跡】
国史大辞典
何某跡たとえば大友豊前前司跡に課すという形式をとっているのはその例である。このほか建久四年(一一九三)の香取神宮の造営所役は、特定個人や地頭らに賦課しているが、 ...
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28. いいづかむら【飯塚村】東京都:葛飾区地図
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六町三段小」と記される。注文写には猿俣・小鮎・金町とともに香取社宝殿造営役所とされており、下総香取神宮遷宮の際には宝殿造営料を課されていた。北条氏所領役帳には会 ...
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30. いくさ‐がみ【軍神】
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国史大辞典
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36. いのこさす【豕叉首】
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37. いわがさきむら【岩ヶ崎村】千葉県:佐原市地図
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二四)には「大戸之庄岩崎之住人」清水則定らの刀匠が活躍し、彼らが製作したとの在銘をもつ薙刀が香取神宮および東庄町東大神に所蔵されている。慶長四年鳥居元忠による矢 ...
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世界大百科事典
3)には問屋場が設けられ,近世後期には年平均4000艘の船が出入りしたといわれる。また下流の香取神宮,鹿島神宮,息栖神社を回る三社参りの拠点でもあり,乗客船は茶 ...
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印東庄が一二世紀半ばにみえることから印西の称もこの頃からと考えられる。建久年間(一一九〇―九九)の香取神宮遷宮用途注進状(香取文書)に印西条とみえ、国衙領として ...
40. いんとうのしょう【印東庄】千葉県:印旛郡
日本歴史地名大系
建久年間(一一九〇―九九)の香取神宮遷宮用途注進状(香取文書)に「対捍印東庄百五十斛」とあり、印東氏と考えられる在地領主は半分は納めたが残りは対捍している。寛元 ...
41. いんばぐん【印旛郡】千葉県
日本歴史地名大系
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42. 永喜
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43. えどがわ【江戸川】千葉県:総論地図
日本歴史地名大系
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44. えどがわく【江戸川区】東京都地図
日本歴史地名大系
義経記」「東路の津登」などによって津の存在が知られる。また同じく江戸川河口近くの長島には下総香取神宮の灯油料所として関が設置され、対岸の行徳(現市川市)にも関が ...
45. 延徳
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1462年〈寛正3 壬午〉 この頃 東国に「 延徳 」の私年号(香取神宮文書)。  ...
46. おいごむら【生子村】茨城県:猿島郡/猿島町
日本歴史地名大系
祈願したと伝える。村域北部、北生子坪の香取社は旧村社。社伝によると延喜年中(九〇一―九二三)下総一宮香取神宮の分霊を鎮斎、寛文二年(一六六二)関宿藩主板倉重郷に ...
47. おおがしわむら【大柏村】茨城県:北相馬郡/守谷町
日本歴史地名大系
相給。旧村社大柏神社は香取神社とも称し、祭神経津主命など。安政四年(一八五七)八月に下総一宮香取神宮の分霊を鎮斎。明治四三年(一九一〇)七月に村内の道祖神社・阿 ...
48. おおがたごう【大方郷】茨城県:下総国/岡田郡・豊田郡
日本歴史地名大系
、作料官米百石、大方郷本役也、仍地頭諏方三郎左衛門入道真性造進之」などとあり、当郷は下総一宮香取神宮の三の鳥居を造営することを義務付けられていた。 ...
49. おおくらごう【大倉郷】千葉県:下総国/海上郡
日本歴史地名大系
現佐原市大倉の一帯には古墳時代後期の集落跡側高遺跡や、奈良・平安時代にわたる大倉薬師堂遺跡などがあり、また香取神宮の第一摂社側高神社が鎮座している。 ...
50. おおくらむら【大倉村】千葉県:佐原市地図
日本歴史地名大系
三月に行われる香取社の神幸祭に際して正検非違使を奉行として一番目の船持役(永正一三年八月二一日書写「香取神宮神幸祭絵巻」本宮家蔵に描かれる船木を持つ役のことか) ...
「香取神宮」の情報だけではなく、「香取神宮」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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