1. トップページ
  2. >
  3. カテゴリ一覧
  4. >
  5. 歴史
  6. >
  7. 遺跡
  8. >
  9. 寺・神社・教会
  10. >
  11. 慈恩寺
国史大辞典

慈恩寺
じおんじ

(一)

山形県寒河江(さがえ)市大字慈恩寺に所在。山号瑞宝山。三院十六坊より成り、現在は慈恩宗の名で一宗をなす(もと天台真言両宗慈恩寺派。昭和四十七年(一九七二)一月改称)。開基年代は未詳であるが、おそくとも平安時代に創立の古刹。元来は法相宗であったらしく、摂関家領寒河江荘の鎮守とされたのであろう。文治二年(一一八六)恵律房阿闍梨弘俊が復興したとされ、この時以来天台・真言宗に転じたと思われる。瑞宝山の奥の院は葉山であったと伝えられ、慈恩寺は葉山修験と関係深かったらしい。寒河江荘の地頭は大江広元の子孫寒河江氏で、慈恩寺は中世末までその外護をうけ、江戸時代でも二千八百十二石三斗余の大きな朱印地を認められた。本堂は弥勒堂で重要文化財。阿弥陀堂安置の本尊は寄木造りの藤原様式で平泉彫刻の流れを伝えているとされている。これは阿弥陀如来像として重要文化財の指定を受けているが、釈迦如来像であるという説が有力となっている。未解明の部分の多い文化財の宝庫。
[参考文献]
『羽陽文化』一一六・一一七合併号
(誉田 慶恩)

(二)

中国唐代の長安(西安市)に建てられた寺。大慈恩寺ともいう。貞観二十二年(六四八)、当時皇太子であった高宗が、その母文徳皇后の慈恩に報いるために創建したもの。十余院もある大寺院であったが、貞観十九年にインド・西域の旅から帰って仏典翻訳を始めていた玄奘を迎えて上座(最高の長老)とし、彼のためにさらに翻経院を造営した。玄奘の訳経の大事業はほとんどここで行われた。またその弟子の窺基もここに住し、慈恩大師と称され、法相宗の祖となった。寺内の大雁塔は、玄奘がインドから持ち帰った経像を安置するため永徽三年(六五二)に造られたものであるが、現在は明・清代に修復された七層(六四メートル)の〓(せん)塔として残っており、唐代の建築美を伝えたものとして名高い。
(藤田 宏達)
ジャパンナレッジは約1500冊以上(総額550万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のオンライン辞書・事典サービスです。
ジャパンナレッジについて詳しく見る
慈恩寺の関連キーワードで検索すると・・・
検索ヒット数 1081
検索コンテンツ
1. 慈恩寺(山形県)画像
日本大百科全書
山形県寒河江(さがえ)市慈恩寺にある慈恩宗本山。山号は瑞宝山(ずいほうざん)。宗派は、法相(ほっそう)宗より真言(しんごん)、天台両宗を経て第二次世界大戦後より ...
2. 慈恩寺(中国)画像
日本大百科全書
中国、陝西(せんせい/シャンシー)省西安(せいあん)市にある寺。唐の太宗の代648年(貞観22)10月、皇太子治(ち)(後の高宗)が、母文徳皇后の慈恩に報ずべく ...
3. 慈恩寺[百科マルチメディア]画像
日本大百科全書
後方が大雁塔(だいがんとう)。唐代に玄奘(げんじょう)の発願によって5層で築造。現在の7層の塔はその後重修されたもので、高さ64mを有し、西安(せいあん)市の観 ...
4. 慈恩寺[百科マルチメディア]画像
日本大百科全書
弥勒堂(みろくどう)ともよばれる本堂(国指定重要文化財)。国指定史跡 山形県寒河江(さがえ)市 〓山形県 ...
5. 慈恩寺
世界大百科事典
897間という広大な規模を誇った。〈大慈恩寺〉という寺額を賜り,たまたまインドから帰国した玄奘を迎えて上座とし,翻経院で訳経に専念させた。玄奘を大慈恩寺三蔵法師 ...
6. 慈恩寺
世界大百科事典
中心に,平安末期,鎌倉期,室町期の諸仏像,中世の仏具,絵画,文書などを多く伝蔵する。また,平安末の慈恩寺一切経は,宮城県名取新宮寺一切経の一部として伝存している ...
7. じおん‐じ【慈恩寺】地図
デジタル大辞泉
〓⇒大慈恩寺(だいじおんじ) 〓山形県寒河江(さがえ)市にある慈恩宗の本山 ...
8. じおん‐じ【慈恩寺】
日本国語大辞典
う)を上座に迎え、翻教院が建てられて多数の経論が訳出された。大慈恩寺。〔二〕山形県寒河江(さがえ)市にある慈恩宗の本山、本山慈恩寺の略称。山号は瑞宝山。神亀元年 ...
9. じおんじ【慈恩寺】
国史大辞典
(一) 山形県寒河江(さがえ)市大字慈恩寺に所在。山号瑞宝山。三院十六坊より成り、現在は慈恩宗の名で一宗をなす(もと天台真言両宗慈恩寺派。昭和四十七年(一九七 ...
10. じおんじ【慈恩寺】山形県:寒河江市/醍醐
日本歴史地名大系
云々 慈恩寺西院之住執筆僧幸成 観照房生年三十五」、同巻第一二の奥書には「慈恩寺中院ニテ如形為結縁助成書了 南无自他法界平等利益云々 執筆淵豪也」とあって、安貞 ...
11. じおんじ【慈恩寺】埼玉県:岩槻市/慈恩寺村地図
日本歴史地名大系
[現]岩槻市慈恩寺 慈恩寺台地の東端近くにある。華林山最上院と号し、天台宗。本尊は十一面観音。江戸時代には江戸東叡山寛永寺末。江戸時代後期に編纂された慈恩寺縁起 ...
12. じおんじ【慈恩寺】岐阜県:郡上郡/八幡町/赤谷村
日本歴史地名大系
高い。安永二年(一七七三)の郡上領留記(大西文書)によれば、当寺は赤谷村に属するが、門前町の慈恩寺組は島方村の範囲とする。遠藤慶勝の分骨を納める。遠藤氏・金森氏 ...
13. じおんじ【慈恩寺】福岡県:北九州市(旧豊前域)/小倉南区/曾根村
日本歴史地名大系
[現]小倉南区下曾根三丁目 西山浄土宗。大報山と号する。本尊阿弥陀如来。古くは天台宗であったが、明応年間(一四九二―一五〇一)に浄土宗西山派に改めた。長野の護念 ...
14. 慈恩寺
デジタル大辞泉プラス
山形県寒河江市にある寺院。746年創建。慈恩宗本山。本尊は弥勒菩薩。本堂は国の重要文化財に指定。 2015年04月 ...
15. 慈恩寺
デジタル大辞泉プラス
埼玉県さいたま市にある寺院。824年創建。天台宗。本尊は千手観世音菩薩。 2015年05月 ...
16. 慈恩寺(じおんじ)[大和]
古事類苑
宗教部 洋巻 第3巻 1245ページ ...
17. 慈恩寺(じおんじ)[山城]【併入】
古事類苑
宗教部 洋巻 第3巻 805ページ ...
18. 慈恩寺(じおんじ)[武藏]【篇】
古事類苑
宗教部 洋巻 第4巻 483ページ ...
19. 慈恩寺(じおんじ)[羽前]【篇】
古事類苑
宗教部 洋巻 第4巻 783ページ ...
20. 慈恩寺(浄厳院)
日本大百科全書
→浄厳院 ...
21. じおんじあと【慈恩寺跡】神奈川県:鎌倉市/大町村地図
日本歴史地名大系
永徳三年(一三八三)四月一一日の関東公方足利氏満御教書(県史三)には、「慈恩寺領武蔵国太田庄花積郷内御厩瀬渡并船事」とみえるが、これが花ヶ谷の慈恩寺領であるかは ...
22. じおんじあと【慈恩寺跡】滋賀県:蒲生郡/安土町/慈恩寺村
日本歴史地名大系
の金銅宝塔に「大檀那当国大守雪江崇永」「施入江州慈恩寺舎利塔」「住持興算大徳」などとみえる。同年六月七日に京都の邸で死去した氏頼の遺骸は慈恩寺に移されている(空 ...
23. じおんじあと【慈恩寺跡】鹿児島県:西之表市/西之表村
日本歴史地名大系
[現]西之表市西町 西町札の辻の北西、春日山の麓にあった法華宗の寺院。華蔵山と号し、本尊は釈迦如来であった。大同四年(八〇九)の建立と伝えるが(「懐中島記」など ...
24. じおんじいせき【慈恩寺遺跡】滋賀県:蒲生郡/安土町/慈恩寺村
日本歴史地名大系
[現]安土町慈恩寺 安土町市街地の南西、浄厳院の東方から南方に広がる水田地帯の標高八二―八九メートルの微高地上にある。古墳時代から中世・近世にわたる遺物が散布し ...
25. じおんじきょうづかこふん【慈恩寺経塚古墳】熊本県:鹿本郡/植木町/慈恩寺村
日本歴史地名大系
[現]植木町米塚 井川平 合志川を挟んで菊池郡七城町の台地と対峙する台地に立地する古墳中期の円墳。墳丘は二段築成で葺石が全面に残り、ほぼ中央に舟形石棺が露出して ...
26. じおんじさんぞうほうしでん[ジオンジサンザウホフシデン]【慈恩寺三蔵法師伝】
日本国語大辞典
〓だいじおんじさんぞうほうしでん(大慈恩寺三蔵法師伝) ...
27. じおんじちょう【慈恩寺町】滋賀県:近江八幡市/八幡町
日本歴史地名大系
[現]近江八幡市慈恩寺町元・慈恩寺町中・慈恩寺町上 博労町の通の一筋東、八幡町最東端の南北路、慈恩寺町通に沿う縦町で、両側町。北は京街道通、南は上筋通で限られ、 ...
28. じおんじのしょう【慈恩寺庄】奈良県:桜井市/朝倉・初瀬・上之郷地区/慈恩寺村
日本歴史地名大系
、現大字慈恩寺に比定される。永正一四年(一五一七)の護国院御神殿造営銭日記(談山神社文書)の「上棟御祝馬進上分」のうちに「一貫上 慈恩寺殿」とみえる。これによる ...
29. じおんじむら【慈恩寺村】埼玉県:岩槻市地図
日本歴史地名大系
[現]岩槻市慈恩寺 上野村の北東、表慈恩寺村に南、裏慈恩寺村に北を囲まれて所在し、平安時代に創建されたと伝える天台宗慈恩寺と集落は慈恩寺台地上にある。中世には当 ...
30. じおんじむら【慈恩寺村】滋賀県:蒲生郡/安土町
日本歴史地名大系
天明村高帳では上慈恩寺村・下慈恩寺村の二筆となり、村高は上慈恩寺村二五〇石余・下慈恩寺村二七二石余。旧高旧領取調帳でも同様に二村として扱う。明治七年(一八七四) ...
31. じおんじむら【慈恩寺村】奈良県:桜井市/朝倉・初瀬・上之郷地区
日本歴史地名大系
)天誅組浪士前田繁(楠)馬・関為(民)之進が慈恩寺村で津藩士に捕らえられた。当村墓地に墓碑が残っている。慈恩寺の東北方、三輪山の中腹の傾斜地に慈恩寺跡がある。玉 ...
32. じおんじむら【慈恩寺村】熊本県:鹿本郡/植木町
日本歴史地名大系
色出村境の字筒川の田圃中に、享保八年(一七二三)一一月二二日の大地震で温泉が噴出(国誌)、現在は慈恩寺温泉となる。明治七年(一八七四)加村と合併して米塚村となる ...
33. うらじおんじむら【裏慈恩寺村】埼玉県:岩槻市地図
日本歴史地名大系
[現]岩槻市裏慈恩寺 慈恩寺村・表慈恩寺村の北、慈恩寺台地と谷地に立地し、集落は台地上に形成されている。日光御成道が通る。江戸時代初期には慈恩寺村一村であったが ...
34. おもてじおんじむら【表慈恩寺村】埼玉県:岩槻市地図
日本歴史地名大系
[現]岩槻市表慈恩寺・諏訪・上里・東岩槻 上野村の東、元荒川左岸の慈恩寺台地と谷地に立地し、集落は台地上に形成されている。日光御成道が通る。北と南を当村に囲まれ ...
35. 大慈恩寺
世界大百科事典
慈恩寺(中国) ...
36. だいじおん‐じ【大慈恩寺】画像地図
デジタル大辞泉
首座(しゅそ)とし、翻経院を設けて仏典の漢訳を行い、法相宗を広めた。会昌の法難で廃絶したが、大雁塔は現存。慈恩寺。→雁塔〓  ...
37. だい‐じおんじ【大慈恩寺】
日本国語大辞典
度々の火災で大寺院の面影は失ったが、重要な文化遺跡として保存されている。寺内の大雁塔は名高い。慈恩寺。 ...
38. だいじおんじ【大慈恩寺】
国史大辞典
(一) 千葉県香取郡大栄町吉岡(きちおか)にある真言宗智山派の寺院。山号は雲富山。はじめ慈恩寺と称し、明徳二年(一三九一)以降「大」の文字を冠する。ほかに雲富 ...
39. だいじおんじ【大慈恩寺】千葉県:香取郡/大栄町/吉岡村地図
日本歴史地名大系
日の梵鐘銘には「雲富山慈恩寺鐘銘 開山住持比丘真源書」とあり、この頃新たに開かれたか再興されたことが知られる。真源は叡尊の弟子の律僧である。真源の弟子観蓮坊実真 ...
40. 大慈恩寺
デジタル大辞泉プラス
千葉県成田市にある寺院。761年創建。真言宗智山派。本尊は釈迦如来。 2015年05月 ...
41. 『大慈恩寺三蔵法師伝』[百科マルチメディア]画像
日本大百科全書
法隆寺伝来本 巻3 慧立(えりゅう)編、彦〓(げんそう)注釈 1126年(天治3)写 国立国会図書館所蔵 ...
42. だいじおんじさんぞうほうしでん[ダイジオンジサンザウホフシデン]【大慈恩寺三蔵法師伝】
日本国語大辞典
大唐西域記とともに玄奘の六二九年から六四五年にかけてのインド旅行の実態を知らせる文献。大唐大慈恩寺三蔵法師伝。慈恩伝。ダイジオンジサンゾーホーシデン ...
43. だいじおんじさんぞうほっしでん【大慈恩寺三蔵法師伝】
国史大辞典
所『大唐大慈恩寺三蔵法師伝』として刊行されている。そのほかに全文の書下し(高田修訳『大唐大慈恩寺三蔵法師伝』、『国訳一切経』史伝部一一)と現代語訳(長沢和俊訳『 ...
44. 滋野貞主建慈恩寺 (見出し語:滋野貞主)
古事類苑
宗教部 洋巻 第3巻 805ページ ...
45. だいとうだいじおんじさんぞうほっしでん【大唐大慈恩寺三蔵法師伝】
国史大辞典
⇒大慈恩寺三蔵法師伝(だいじおんじさんぞうほっしでん)  ...
46. あい[あひ]【合・会・相】
日本国語大辞典
ヒ)枕まく」*源氏物語〔1001〜14頃〕葵「人とあひ乗りて、すだれをだに上げ給はぬを」*大慈恩寺三蔵法師伝院政期点〔1080〜1110頃〕九「紫殿懐ひを慰め、 ...
47. あいのはらむら【相野原村】埼玉県:岩槻市地図
日本歴史地名大系
[現]岩槻市相野原 古ヶ場村の北、元荒川支流の日川左岸に位置し、慈恩寺台地上に集落が形成されている。日光御成道が通り、岩槻宿一里塚から北へ一里の一里塚がある。東 ...
48. あお‐じろ[あを‥]【青白】
日本国語大辞典
【一】〔形動〕青白いさま。*大慈恩寺三蔵法師伝永久四年点〔1116〕四「餔多の輩は灰を以て体に塗りて、用て道を脩すと為(す)。遍身艾白(アヲシロナリ)」*今昔物 ...
49. あおやぎむら【青柳村】山形県:西村山郡/大江町
日本歴史地名大系
印地が認められた(「御朱印寺社領高之事」庄司文書)。集落西にある真言宗智山派永林寺は寒河江の慈恩寺華蔵院末寺で、高一石七斗余の寺領があった(「花蔵院本末改帳」梅 ...
50. あきんど【商人】
日本国語大辞典
〔名〕(「あきびと」の変化した語)商売を業とする人。しょうにん。あきゅうど。あきうど。*大慈恩寺三蔵法師伝院政期点〔1080〜1110頃〕一「私に商人(アキムト ...
「慈恩寺」の情報だけではなく、「慈恩寺」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る

慈恩寺と同じ寺・神社・教会カテゴリの記事
興福寺(国史大辞典)
奈良市登大路町にある法相宗大本山。南都七大寺の一つ。寺伝では「こうぶくじ」という。縁起によると、天智天皇八年(六六九)藤原鎌足の死去に際し、妻の鏡女王が鎌足の念持仏の釈迦丈六像などを祀る伽藍をその山階(山科)邸に設けたのに始まり(山階寺)、その子不比等によって藤原京の厩坂に移遷(厩坂寺)
東大寺(国史大辞典)
奈良市雑司町にある華厳宗の総本山。大華厳寺・金光明四天王護国寺・総国分寺などの別称がある。南都七大寺・十三大寺・十五大寺の一つ。東大寺の寺号は平城京の東方にある大寺を意味し、『正倉院文書』の天平二十年(七四八)五月の「東大寺写経所解案」に初見するが
法隆寺(日本大百科全書(ニッポニカ))
奈良県生駒(いこま)郡斑鳩(いかるが)町にある聖徳(しょうとく)宗総本山。斑鳩寺(鵤寺、伊可留我寺とも書く)、法隆学問寺などの異称がある。南都七大寺の一つ。草創の由来は、金堂の薬師如来坐像(やくしにょらいざぞう)光背銘によると、用明(ようめい)天皇が病気平癒を念じ
龍潭寺(日本歴史地名大系)
[現]引佐町井伊谷。県道引佐―舘山寺(かんざんじ)線の西側の小丘陵上に位置する。臨済宗妙心寺派。山号は万松山、本尊は行基作と伝える虚空蔵菩薩。元文六年(一七四一)に気賀(けが)関所(現細江町)に差出した御要害村寺院縁寿録(山本家文書)によると、天平五年(七三三)に行基が地蔵寺を開創、のち自浄(じじよう)院と改号した
渭伊神社(日本歴史地名大系)
[現]引佐町井伊谷。井伊谷(いいのや)の北西端に鎮座する。社域西側を神宮寺(じんぐうじ)川が半円を描いて流れ、杉・檜・楠の古木が社叢をなす。祭神は品陀和気命・息気長足姫命・玉依姫命。旧郷社。「延喜式」神名帳にみえる引佐郡六座のうちの「渭伊(イイノ)神社」に比定される。
寺・神社・教会と同じカテゴリの記事をもっと見る


「慈恩寺」は寺・神社・城に関連のある記事です。
その他の寺・神社・城に関連する記事
長谷寺(日本大百科全書(ニッポニカ))
奈良県桜井市初瀬にある寺。真言宗豊山派総本山。豊山神楽院長谷寺と号する。初瀬寺とも書かれ、豊山寺、長谷観音とも称する。本尊は十一面観音。西国三十三所第8番札所。686年(朱鳥1)弘福寺(川原寺)の道明上人が天武天皇の病気平癒祈願のため、法華説相図銅板(千仏多宝塔を鋳出)
橿原神宮(改訂新版・世界大百科事典)
奈良県橿原市に鎮座。神武天皇と皇后媛蹈鞴五十鈴媛命をまつる。社地は畝傍山の東南にあたり,神武天皇が宮居を営んだ橿原宮の跡という。当地はすでに元禄年間(1688-1704)に神武天皇の神廟を営もうとする動きがあったが,1888年橿原宮跡の考証ののち,民間より神社建設の請願があり
禅林寺(永観堂)(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
京都市左京区永観堂町にある。浄土宗西山禅林寺派の総本山。山号は聖衆来迎山。一般に永観堂と呼ばれている。空海の高弟真紹が仁寿三年(八五三)藤原関雄の山荘を買い大日如来などの五像を安置し、貞観五年(八六三)定額寺に預かり、禅林寺の名を賜わった
談山神社(日本歴史地名大系・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
[現]桜井市大字多武峰 多武峯の御破裂山南腹に鎮座。藤原鎌足を祀る旧別格官幣社。鎌足の冠位にちなんで大織冠社・多武峯社ともいい、江戸時代までは多武峯寺と一体のものであった。多武峯寺の中核である妙楽寺と聖霊院の対立を防ぐために、延長四年
百万塔(改訂新版 世界大百科事典・国史大辞典)
奈良時代に作られた轆轤びき木製三重小塔で,塔身部に〈陀羅尼経〉を納めている。相輪部と塔身部に分かれ,それぞれ一木を用いて削り出す。大きさは個体によって異なるが,標準的なもので総高21.4cm,基底部径10.5cm,塔身部のみの高さは13.4cmある。塔身部の軸部上端を筒状にえぐり
寺・神社・城に関連する記事をもっと見る
ジャパンナレッジは約1500冊以上(総額550万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のインターネット辞書・事典サイト。日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る