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  11. 菅家文草
日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典・国史大辞典

日本大百科全書
菅家文草
かんけぶんそう

菅原道真(すがわらのみちざね)の漢詩文集。12巻。900年(昌泰3)8月、自ら編纂(へんさん)して醍醐(だいご)天皇に献呈した。成立の事情は道真の「家集を献ずる状」に詳しい。現存本は成立時の原形をほぼそのまま伝えている。巻1から巻6までは詩、巻7から巻12までは散文で、468首の詩と、賦(ふ)・序・詔勅・奏状・願文(がんもん)等の多様な文体の散文159首とを収める。平安朝漢詩人の詩文集としてもっとも大部なものである。11歳時の初めての詩作から成立の年の春まで45年間の作を収めるが、詩は年代順に配列されており、30余年の詩人の心の軌跡を読み取ることができる。「家を離れて四日自ら春を傷(いた)む 梅柳(ばいりゅう)何に因(よ)りてか触るる処(ところ)に新たなる 為(かるがゆえ)に去来の行客の報ずるに問ふ 讃州(さんしゅう)の刺史(しし)は本より詩人なり」(駅楼の壁に題す)。
[後藤昭雄]


『菅家文草』[百科マルチメディア]
『菅家文草』[百科マルチメディア]
巻1 菅原道真(すがわらのみちざね)著 1700年(元禄13)跋刊(ばつかん) 国立国会図書館所蔵

改訂新版・世界大百科事典
菅家文草
かんけぶんそう

菅原道真の漢詩文集。12巻。900年(昌泰3)成立。前半6巻は詩468首を年次順に,後半6巻は散文161編をジャンル別に集める。道真は政府高官であった得意時代,〈月夜に桜花を翫(もてあそ)ぶ〉(385),〈殿前の薔薇を感(ほ)む〉(418)など艶冶巧緻の作を多く詠む(作品番号は《日本古典文学大系》所収のものによる)。なかんずく,〈春娃(しゆんわ)気力無し〉(148),〈催粧〉(365)の詩と序は,宮廷専属歌舞団の舞姫の官能的な姿態を描いて,王朝妖艶美の頂点に立つもの。それは《源氏物語》〈花の宴〉の巻,《栄華物語》〈音楽〉の巻に展開し,早くも中世幽玄美の道を予見させる。また京の大学寮に学ぶ学生群像を描く連作(129~138)は当年の受験生10態を描いたもの。あるいは教育者として,学徒と喜びや哀しみを共にする諸作品,転任を余儀なくされる役人生活の憂鬱や学者どうしの嫉視反目の渦中で,中傷讒誣(ざんぶ)に憤り嘆く述懐自照の諸作なども注目すべきところである。巻三・四は讃岐守として南海道に赴いた讃州失意時代の詩を収める。〈舟行五事〉(236),〈路に白頭の翁に遇ふ〉(221),藺笥(いげ)の翁との問答連作(228~231)などは目の覚めるような批判詩である。ことに傑作〈寒早十首〉(200~209)は地方の悲惨な民衆生活10態を描く仁和期の職人尽しであり,平安朝における貧窮問答歌といえる。また愛児の死を悼んで切々たる悲痛の情を吐露した〈阿満(あまう)を夢みる〉(117)は,彫りの深い哀傷文学である。後半6巻は散文の世界。菅家廊下(菅家の門人の私塾)の日常を生き生きと描く〈書斎記〉(526),相撲節会の作り物を具体的に描写する〈左相撲司標所記〉(527)は,四六体の装飾なしに,日常語で,事実を平明に直叙する。〈申し文〉の中では,農民の立場から検税使の派遣に反対した奏状(602)が,装飾を使わない,記録体の散文として特筆すべきものである。ひたすら事実のみに密着して論理明快,気迫に満ちた痛烈な批判詩といえる。これらはいずれも新しい開拓である。このほか,対話問答体の白話詩や唱和応酬詩,敦煌曲子五更転の形式や連作形式,100韻の長詩形式など,その形式,内容の豊富さは驚くべきものがある。それはもはや中国詩文の模倣でなく,真に日本の詩人の心の表現となっており,この多様さ,豊富さは日本文学のもつほとんどすべての問題をはらみ,その後の日本語文学展開の道を用意する。
→菅家後集
[川口 久雄]

[索引語]
菅原道真 寒早十首 菅家廊下

国史大辞典
菅家文草
かんけぶんそう
菅原道真の漢詩文集。十二巻。昌泰三年(九〇〇)八月十六日菅家三代集二十八巻(祖父清公の『菅家集』六巻、父是善の『菅相公集』十巻および道真の自撰別集十二巻)を醍醐天皇に奏進した。鴻臚贈答詩一巻、讃州客中詩二巻、昌泰進献文草、元慶以往藁草その他手許の詩文ノートを集成して、前六巻に詩、後六巻に散文をまとめたのである。巻一は少年時代(一―十五歳)・修業時代(十六―二十六歳)・新進官僚時代(二十七―三十二歳)の詩作品。十一歳、島田忠臣の指導ではじめて作った漢詩を巻頭にして、自邸の菅家廊下で家学の紀伝道の勉学にはげみ、寮試を受験する前の模擬テストの答案さえ含む。方略試に合格し少内記に任じて官僚生活のスタートをきり、渤海使節接待の役をし、民部少輔の勤務の日常生活詠や敦賀の気比紀行詩がある。巻二は文章博士時代(三十三―四十一歳)の作品。式部少輔・文章博士に進み、家学を継ぐ地位になるとともに、学閥の抗争や同僚の嫉妬に苦しめられ、出家をさえ考える。「有所思」「詩情怨」の作にそうした悩みがうたわれる。父や愛児阿満(あまろ)を先立てた悼亡の詩もある反面、「春娃気力なし」と題する妖艶な侍宴の詩序や詩をも作る。巻三・四は讃州時代(四十二―四十六歳)の作。讃岐守として赴任した失意時代の生活を旅愁望郷の感情をもってうたう。同時に地方の民衆の生活の実態に触れて、社会的な視座から諷喩批判の意識で詠じた作に佳作が多い。「寒早十首」とか、「路に白頭翁に遇ふ」といった白話的な自由な作、国分寺蓮池詩のような唱導詩など彼の詩人としての振幅を示す。巻五は宰相時代(四十六―五十一歳)の作。讃岐守の任みちて帰京し、宇多天皇の信任を得て、蔵人頭・左中弁を経て、寛平五年(八九三)参議となり、中央政府においてめざましく躍進する時代で、藤原基経没後、同時平と雁行するに至る。渤海大使裴〓が再度来航して唱和する作品をはじめ、宮廷侍宴の絢爛たる妖艶美の詩が多い。巻六は丞相時代(五十一―五十六歳)の作。寛平七年中納言、ついで権大納言を経て昌泰二年右大臣に任ぜられ、同僚納言たちの反感を買うなかで、『菅家文草』十二巻を奏進する栄光の絶頂期に至る前後、侍宴詩や障子詩がある。以上巻六までが漢詩集で、四百六十八首ある、大別して公的な侍宴のはれの詩と、私的な日常生活の感動をよんだ作とある。前者はきらびやかな美意識の作、後者はさらさらとした白描のタッチの即興詩が多い。巻七―十二の散文は賦・銘・賛・祭文・記・詩序・書序・策問・対策・詔勅・奏状・願文など各ジャンル百六十九篇からなる。彼の散文も大別して公的な事務的な四六駢儷体系の美文と、私的な即興的なさらさらとした平易な表現の漢文とある。なかでも日常生活を描写して一抹のユーモアを点じた自由な散文、たとえば「書斎記」や「左相撲司標所記」のごときは、紀長谷雄の「亭子院賜飲記」「競狩記」、都良香の「富士山記」の散文とともに、平明な海路紀行たる『土佐日記』の国語散文の世界にすぐとなり合うものとして、注目すべきもの。彼の漢詩の中に白描的なスタイルで諷喩意識をもりこんだ作品があり、彼の散文の中にこうした平明な日本化した漢文体作品があることは、延喜の文芸革新の潮流を先取りするものとして文学史的に注目すべき点である。尊経閣文庫所蔵古写本が善本である。版本には寛文版本系と元禄版本系とがある。『日本古典文学大系』七二に収められている。
[参考文献]
久松宗淵編『北野文叢』(『北野誌』地・人)、同編『北野藁草』、坂本太郎『菅原道真』(『人物叢書』一〇〇)、川口久雄『菅家文草菅家後集』解説(『日本古典文学大系』七二)、同「菅原道真の作品および思想の特質」(『平安朝日本漢文学史の研究』上所収)、弥永貞三「菅原道真の前半生」(『日本人物史大系』一所収)
(川口 久雄)
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検索コンテンツ
1. 『菅家文草』
日本史年表
祖父以来三代の家集である 『菅家集』 『菅相公集』 『菅家文草』 を奏進する(菅家後集)。 1131年〈天承元(1・29) 辛亥〉 8・8 藤原広兼、 『菅家文 ...
2. 菅家文草画像
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菅原道真(すがわらのみちざね)の漢詩文集。12巻。900年(昌泰3)8月、自ら編纂(へんさん)して醍醐(だいご)天皇に献呈した。成立の事情は道真の「家集を献ずる ...
3. 菅家文草
世界大百科事典
菅原道真の漢詩文集。12巻。900年(昌泰3)成立。前半6巻は詩468首を年次順に,後半6巻は散文161編をジャンル別に集める。道真は政府高官であった得意時代, ...
4. かんけぶんそう【菅家文草】
デジタル大辞泉
平安中期の漢詩文集。12巻。菅原道真著。昌泰3年(900)成立。前半に詩468編、後半に賦・奏状・願文などを収める。  ...
5. かんけぶんそう[クヮンケブンサウ]【菅家文草】
日本国語大辞典
平安前期の詩文集。一二巻。菅原道真作。昌泰三年(九〇〇)、道真みずから編して醍醐天皇に献上したもの。一〜六巻に詩四六〇首あまり、七〜一二巻に文一六〇編ほどを収め ...
6. かんけぶんそう【菅家文草】
国史大辞典
寛平七年中納言、ついで権大納言を経て昌泰二年右大臣に任ぜられ、同僚納言たちの反感を買うなかで、『菅家文草』十二巻を奏進する栄光の絶頂期に至る前後、侍宴詩や障子詩 ...
7. くゎんけぶんさう【菅家文草】
全文全訳古語辞典
[書名]平安前期の漢詩文集。菅原道真作。九〇〇年(昌泰三)成立。一二巻。道真が祖父清公の『菅家集』、父是善の『菅相公集』を添えて醍醐天皇に献上。道真の秀抜な学才 ...
8. 『菅家文草』[百科マルチメディア]画像
日本大百科全書
巻1 菅原道真(すがわらのみちざね)著 1700年(元禄13)跋刊(ばつかん) 国立国会図書館所蔵 ...
9. あ【阿】
日本国語大辞典
【二】〔接頭〕親しみを表わして人を呼ぶとき、その姓、名前などに付けて用いる語。「阿Q」「阿兄」など。*菅家文草〔900頃〕二・夢阿満「阿満亡来夜不 ...
10. あい‐あい【藹藹】
日本国語大辞典
が如き荒涼の世界も、忽ち春霞藹々(アイアイ)たる和楽の天地に化する」(4)うすぐらいさま。*菅家文草〔900頃〕六・九日後朝、侍宴朱雀院、同賦秋思入寒松「蕭々自 ...
11. あく‐じゅん【渥潤】
日本国語大辞典
〔名〕うるおい。めぐみ。また、うるおいがあること。*菅家文草〔900頃〕二・早春、侍内宴、同賦雨中花「五出莫〓誇承 ...
12. あ‐こう[‥カウ]【阿衡】
日本国語大辞典
*性霊集‐四〔835頃〕為人求官啓一首「伏惟。我右僕射馬足下。鐘鼎累代。阿衡一人。能仁能恵。四海之父」*菅家文草〔900頃〕四・憶諸詩友、兼奉寄前濃州田別駕「天 ...
13. あ‐しょう[‥シャウ]【亜将】
日本国語大辞典
〔名〕(大将に亜(つ)ぐ意)近衛(このえ)の中将、少将の唐名、あるいは異名。*菅家文草〔900頃〕五・月夜〓桜花「右金吾源亜将、与 ...
14. あ‐じょう[‥ヂャウ]【阿嬢】
日本国語大辞典
阿母(あぼ)。〓阿爺(あや)。*菅家文草〔900頃〕二・夢阿満「那堪小妹呼 ...
15. あっ‐か【遏伽】
日本国語大辞典
〔名〕「あか(閼伽)」に同じ。*菅家文草〔900頃〕四・懺悔会作「禅悦寒〓霜椀味、遏伽暁指井華神」 ...
16. あみださんぞんぞう【阿弥陀三尊像】 : 清凉寺
国史大辞典
阿弥陀三尊像(あみださんぞんぞう)  旧棲霞寺本尊。『菅家文草』所収の願文によれば、源融が発願し、その没後一年の寛平八年(八九六)、子の湛・昇が完成して棲霞観 ...
17. あやぐん【阿野郡】香川県:讃岐国
日本歴史地名大系
名社に比定されている。仁和四年(八八八)讃岐国守菅原道真は城山神に雨を祈る祭文を捧げている(菅家文草)。天平一九年二月一一日の法隆寺伽藍縁起并流記資財帳(正倉院 ...
18. あん‐しつ【暗室・闇室】
日本国語大辞典
〔名〕(1)暗い部屋。また、暗くて人目につかない部屋。*菅家文草〔900頃〕七・昧旦求衣賦〈菅原道真〉「暗室嬰〓帯、懐 ...
19. あん‐とく【案牘・按牘】
日本国語大辞典
〔名〕調査を要する書類。特に公文書。*菅家文草〔900頃〕三・春日尋山「要〓賞 ...
20. あん‐ぴょう[‥ペウ]【鞍〓
日本国語大辞典
〔名〕馬の鞍(くら)とくつわ。馬具。鞍銜(あんかん)。*菅家文草〔900頃〕二・臨別送鞍具総州春別駕「春日縦逢〓 ...
21. い【夷】
日本国語大辞典
さげすんで称したことば。特に東方の人をさすが、一般に遠国の民族の総称としても用いられる。蛮人。えびす。*菅家文草〔900頃〕一・早春侍内宴、同賦無物不逢春「惟夏 ...
22. い[ヰ]【帷】
日本国語大辞典
〔名〕四方に引き回した垂れぎぬ。ひきまく。とばり。*菅家文草〔900頃〕一・哭菅外史、奉寄安著作郎「少日垂〓帷疲 ...
23. い‐あい[ヰ‥]【遺愛】
日本国語大辞典
なさば、亦心を慰むに足らん」(3)故人がこの世に残した仁愛の風。また、この世に残した功績。*菅家文草〔900頃〕三・路遇白頭翁「已有 ...
24. い‐きゅう[ヰキウ]【委裘】
日本国語大辞典
而天下不〓乱」(2)賢者を用いるたとえ。*菅家文草〔900頃〕七・清風戒寒賦「時属〓委裘 ...
25. い‐け[ゐ‥]【藺笥】
日本国語大辞典
〔名〕(「いげ」とも)藺を編んで作った、飯を盛る器。*菅家文草〔900頃〕三・代翁答之「藺笥為〓名在 ...
26. い‐こ[ヰ‥]【遺孤】
日本国語大辞典
〔名〕親の死後に残された子供。わすれがたみ。遺児。遺子。*菅家文草〔900頃〕二・路次観源相公旧宅有感「一朝焼滅旧経営、苦問遺孤何処行」*本朝文粋〔1060頃〕 ...
27. い‐じ[‥ヂ]【医治】
日本国語大辞典
〔名〕(「いち」とも)病気を治すこと。治療。療治。*菅家文草〔900頃〕四・依病閑居、聊述所懐、奉寄大学士「身未〓衰微 ...
28. い‐じん[ヰヂン]【遺塵】
日本国語大辞典
〔名〕前人の残したあと。遺跡。*菅家文草〔900頃〕五・三月三日、同賦花時天似酔「曲水雖〓遙、遺塵雖 ...
29. いち‐じょう[‥デウ]【一条】
日本国語大辞典
ひとすじ。*皇太神宮儀式帳〔804〕「一新宮遷奉御装束用物事〈略〉御床土代敷細布御帳一条」*菅家文草〔900頃〕七・右大臣剣銘「暁霜三尺 秋水一条」*平家物語〔 ...
30. い‐ちゅう【意中・意衷】
日本国語大辞典
〔名〕心の中。心中。また、心の中で思っていること。考え。*菅家文草〔900頃〕五・霜夜対月「夜感歎〓勝月易 ...
31. いち‐ゆう[‥イウ]【一遊】
日本国語大辞典
〔名〕一度旅行すること。また、遊ぶこと。*菅家文草〔900頃〕四・小知章「内外先双遣、逍遙便一遊」*本朝無題詩〔1162〜64頃〕九・暮春於醍醐寺即事〈菅原時登 ...
32. いち‐よう[‥エフ]【一葉】
日本国語大辞典
盧舎那所〓居千葉蓮華一葉也」*菅家文草〔900頃〕四・一葉落「歳漸三分尽、秋先一葉知」*本朝無題詩〔1162〜64頃〕五・秋夜閑談 ...
33. いち‐よう[‥ヤウ]【一陽】
日本国語大辞典
〔名〕(1)易でいう陽の気。→一陽来復。*菅家文草〔900頃〕一・陪寒食宴、雨中即事「待来寒食路遙々、自〓一陽生 ...
34. いち‐らく【一落】
日本国語大辞典
〔名〕(1)(─する)一度落ちること。*菅家文草〔900頃〕五・落花「花心不〓得 ...
35. いちり‐いちえ[‥イチヱ]【一離一会】
日本国語大辞典
〔名〕「いちりいちごう(一離一合)」に同じ。*菅家文草〔900頃〕三・三年歳暮、欲更帰州、寄尚書平右丞「一離一会宛如〓新、随念了知是宿因」 ...
36. いち‐りょう[‥リャウ]【一両】
日本国語大辞典
儀鸞門〓」*菅家文草〔900頃〕三・中途送春「風光今日東帰去、一両心情且附陳」*御堂関白記‐寛仁二年〔1018〕 ...
37. いち‐ろう[‥ラウ]【一老】
日本国語大辞典
〔名〕(1)一人の老人。また、一番の年長者。長老。*菅家文草〔900頃〕三・舟行五事「不〓知誰 ...
38. いっ‐かい[‥クヮイ]【一回】
日本国語大辞典
〔名〕(1)ひとたび。一度。*菅家文草〔900頃〕一・会安秀才餞舎兄防州「一廻告〓別腸千断、我助 ...
39. いっ‐けん【一拳】
日本国語大辞典
〔名〕(1)一つのにぎりこぶし。また、そのくらいの大きさ。*菅家文草〔900頃〕二・古石「未〓昔妨 ...
40. いっ‐こう[‥カウ]【一更】
日本国語大辞典
仏三匝〓」*菅家文草〔900頃〕一・八月十五夕、待月「一更待 ...
41. いっ‐さい【一切】
日本国語大辞典
【一】〔名〕物事のすべてをさしていう。全部。残らず。すべて。いっせつ。*菅家文草〔900頃〕四・懺悔会作「一切衆生煩悩身、求〓哀懺悔仰 ...
42. いっ‐し【一指】
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〔名〕一本の指。また、同じ指。*菅家文草〔900頃〕七・秋湖賦「物无〓二理 ...
43. いっ‐し【一枝】
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〔名〕(1)一本の枝。ひとえだ。*菅家文草〔900頃〕一・奉和王大夫賀対策及第之作「莫〓道成功能管領、一枝蠧桂謝 ...
44. いっ‐し【一死】
日本国語大辞典
於鴻毛〓」(2)囲碁で石が死ぬこと。*菅家文草〔900頃〕一・観王度囲碁献呈人「一死一生争 ...
45. いっ‐しつ【一室】
日本国語大辞典
掃、九州豈足〓歩」*菅家文草〔900頃〕四・題南山亡名処士壁「比 ...
46. いっ‐すい【一水】
日本国語大辞典
〔名〕(1)一筋の流れ。水の流れ。同じ流れ。また、一つの湖沼や湾。*菅家文草〔900頃〕一・餞別同門故人各著緋出宰「同門告〓別泣 ...
47. いっ‐せき【一席】
日本国語大辞典
〔名〕(1)一つの集まり。一座。一場。*菅家文草〔900頃〕一・春日仮景、尋訪故人「一席将〓迎能 ...
48. いっ‐せき【一隻】
日本国語大辞典
*多度神宮寺伽藍縁起資財帳‐延暦二〇年〔801〕一一月三日(平安遺文一・二〇)「大鎚壱隻。〈略〉寺木印壱隻」*菅家文草〔900頃〕六・八月十五夜、同賦秋月如珪「 ...
49. いっ‐たん【一旦】
日本国語大辞典
*霊異記〔810〜824〕下・一一「一旦に二人の命を亡(ほろぼ)さむ。願はくは我に眼を賜へ」*菅家文草〔900頃〕二・春日過丞相家門「況乎一旦薨已後、門下応 ...
50. いっ‐ちょう[‥テウ]【一朝】
日本国語大辞典
一朝饗〓之」(2)わずかな間。かりそめ。*菅家文草〔900頃〕二・後漢書竟宴、各詠史、得光武「時龍何処在、光武一朝乗」*太平記〔14C後〕一〇 ...
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