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国史大辞典

方屋祭
かたやまつり
方屋とは土俵のこと。相撲の司家(つかさけ)吉田追風が江戸時代に相撲故実を整えた間に、この言葉を用いだしたとみられる。寛政三年(一七九一)六月、吹上御苑での将軍上覧相撲に際し、吉田追風が「方屋祭」を主宰し、「方屋開き」を宣告したあと、力士の土俵入りがあった。そのとき追風は、ここは俵をもって関所を構え、その中で勝負を決する屋形になぞらえられるので「今はじめて方屋と名づく」と述べた由が『相撲私記』にみえる。もっとも一説には、土俵の東西、力士の控え所に雨露を凌ぐ屋形を設けたのを方屋というともいう。それを土俵の意味に転じさせ、故実を定めたのが追風で、方屋祭を定式化したのも吉田家だといえる。その祭式は、今も立行司が行う土俵祭に伝わっている。土俵上に祭壇を設け、幣を立て、神酒を土俵の四隅に注ぎいれ、相撲の由緒を説く祝詞が奏せられる。今は大相撲本場所の前日、相撲協会幹部立会いのもとに行われ、終って触れ太鼓が廻る。
[参考文献]
和歌森太郎『相撲今むかし』
(和歌森 太郎)
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祇園祭(日本大百科全書(ニッポニカ))
京都市東山区祇園町に所在する八坂(やさか)神社の祭礼。毎年7月17日から24日まで行われる。以前は祇園会(え)あるいは祇園御霊会(ごりょうえ)ともいった。東京の神田祭、大阪の天神祭とともに三大祭に数えられている。起源は、平安時代の869年(貞観11)に全国に疫病が流行したため
(日本大百科全書(ニッポニカ))
一般に公的でめでたい祝いの宗教的儀式、つまり祝祭を意味する。多くの人を集め、酒や食料が大量に消費されることも多い。そこから「お祭り騒ぎ」などの表現も出てくる。本来は宗教的行為であるが、単に多くの人を集め、にぎやかさや華やかさが強調されて宗教的意味がなくなると、「港祭」とか商店街の「○○祭」
管絃祭(日本大百科全書(ニッポニカ))
神事には往々にして管絃を奉奏することが行われるが、とくにその規模を大きくして神輿(みこし)を船中に奉安し、管絃を吹奏して神霊をなぐさめる神事。広島県廿日市(はつかいち)市宮島町の厳島(いつくしま)神社、福井県敦賀(つるが)市の金崎宮(かねがさきぐう)などで行われている。
忌籠祭(改訂新版・世界大百科事典)
斎籠祭,居籠祭とも記す。祭りの執行に際して,神職など祭りに直接関与する者は外部との関係を絶ち,神霊を迎えることができる心身になるために,特定の期間・場所で心身を慎む。これが氏子全員に課せられている祭りをとくに忌籠祭という。
悪態祭(日本大百科全書(ニッポニカ))
集まった群衆が互いに悪口を言い合うことが特徴の祭礼。悪口(あっこう)祭、悪たれ祭、喧嘩(けんか)祭などともいう。相手を言い負かせば幸運を得るとしたことに基づくらしいが、年頭の祭りに多く、もと年占(としうら)の意味が濃かったようである。
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官祭(国史大辞典)
往古は神祇官の神名帳(官帳)に登載され、祈年祭の班幣に預かった神社を官社といい、その祭を官祭といった。『延喜式』によれば全国には大小三千百三十二座(二千八百六十一社)の官社があり、その数だけの官祭があった訳である。そのうち大社については、名神・月次・新嘗・相嘗の祭に
還幸祭(改訂新版・世界大百科事典)
神幸(しんこう)祭,渡御(とぎよ)祭に対する祭りで,御旅所へ出御(しゆつぎよ)した神霊が本社へ還幸する祭儀のこと。一般に出御の儀よりも事いそいで行われるが,むしろ還幸祭に重点をおく神社も多い。例えば,伏見稲荷大社の稲荷祭では出御の際は裏門からそっと出るが,還幸のときは
賀茂臨時祭(国史大辞典)
京都の上・下賀茂社の祭。宇多天皇が即位前の元慶六年(八八二)狩猟の際、冬祭を行うべき託宣をうけ、寛平元年(八八九)十一月二十一日にはじめて藤原時平を勅使として臨時祭を行い、以後毎年十一月の下の酉の日に行われた。応仁の乱後中絶し、近世に入って文化十一年(一八一四)
賀茂祭(国史大辞典)
京都の賀茂別雷神社(上社)・賀茂御祖神社(下社)の例祭。葵祭。また石清水八幡宮の祭(南祭)に対して北祭ともいった。古代には単に祭といえばこの祭を指した。社伝によれば欽明朝、気候不順、天下凶作のため卜部伊吉若日子をして占わしめたところ、賀茂神の祟とわかったので神託により
神送祭(国史大辞典)
全国的に旧暦十月(神無月)、村々の鎮守神が出雲に集まるとの伝承が散在し、九月二十三日ごろから十月一日にかけそのお立ちを送る祭がある。これに対し十月二十四日から十一月一日にかけ神迎えや神のお帰りと称する行事があり、信心深い土地では両度とも宮籠りまたは参詣をする。
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1. かたやまつり【方屋祭】
国史大辞典
用いだしたとみられる。寛政三年(一七九一)六月、吹上御苑での将軍上覧相撲に際し、吉田追風が「方屋祭」を主宰し、「方屋開き」を宣告したあと、力士の土俵入りがあった ...
2. 方屋祭(かたやまつり)
古事類苑
武技部 洋巻 第1巻 1177ページ ...
3. かたや‐まつり【方屋祭】
日本国語大辞典
〔名〕土俵祭の古称。相撲の土俵場の中央に青、白の御幣を立て、神酒を入れた瓶子(へいし)二つを供え、司家(つかさけ)の吉田追風が土俵にのぼり、筵につき、御幣に向か ...
4. 方屋祭 (見出し語:祭)
古事類苑
武技部 洋巻 第1巻 1177ページ ...
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最初方屋に幣七本建、藁莚敷、神酒、供物等三方に乗せ備置、司之行司(司之行事と唱る事は吉田氏に限り申候)罷出、方屋祭有レ之、相済、脇行司弐人東西より罷出、神酒を和 ...
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