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  10. 官祭
国史大辞典

官祭
かんさい
往古は神祇官の神名帳(官帳)に登載され、祈年祭の班幣に預かった神社を官社といい、その祭を官祭といった。『延喜式』によれば全国には大小三千百三十二座(二千八百六十一社)の官社があり、その数だけの官祭があった訳である。そのうち大社については、名神・月次・新嘗・相嘗の祭に官幣の供進される祭祀もまた官祭だった。国史の初見は『続日本紀』慶雲三年(七〇六)二月庚子条に「是日甲斐・信濃・越中・但馬・土左等の国一十九社、始めて祈年幣帛の例に入る(其の神名は神祇官記につぶさなり)」(原漢文)とあるのがそれである。『古語拾遺』によると官帳に神名を載せることは、大宝年中(七〇一―〇四)に始まったが、それが制度化したのは天平年中(七二九―四九)からだとしている。神祇官帳所載社や、同官祭のことはこのころから次第に制度化されたとしてよい。『出雲国風土記』には熊野大神以下の四十八社が並びに神祇官に在りといい、『皇太神宮儀式帳』(延暦二十三年(八〇四)撰)に「官帳社廿五処」とあるのも同様古い例の一つである。官祭の幣帛の内容は祭祀によって異なり、『延喜式』四時祭・臨時祭の祈年・名神・月次・新嘗・相嘗の各祭についての記載によって知ることができる。以上の官祭は、神祇官やその旨を受けた地方の国司が、制度上奉幣し得た時代までで、おそらくは平安時代中期以降はその実を失ったとしてよい。この制度が再び復活したのは王政復古の実現された明治維新からで、明治四年(一八七一)五月十四日には太政官布告で、官社以下の定額を定め、官幣大中小社・国幣大中小社の制度を立て、神祇官がこれを管轄した。そのうちに「四時祭官幣ノ列ハ方今神祇官ニ請シテ祭之」とあるのが、明治以降の官社官祭のはじめである。かくて同六年三月には式部寮達にて官幣諸社官祭式が定められ、所定の幣帛神饌料が式部寮から供進され、官祭も執行せしめられた。また同年例祭以外の祈年・新嘗の両祭が定められたときも、等しくこれを官祭とした。以上の三祭以外に一社限りで行う祭典は、官祭に対して俗に私祭と呼んだ。ついで同八年四月二十四日の太政官達により維新殉難の招魂社と墳墓のうち、官祭招魂社・官修墳墓と定められたものは、その官祭・官修の一切の費用は官から支出されることとなったのもこのうちに入る。この官社官祭の制度は昭和二十年(一九四五)の終戦までで、その年の十二月十五日に連合国最高司令部のいわゆる神道指令の覚書によって神社の国家監理が分離され、上に従って発布された同二十一年一月十六日の勅令と同日付の内務省令によって廃止された。→官社(かんしゃ),→官幣社(かんぺいしゃ)
[参考文献]
『古事類苑』神祇部一、神社本庁編『明治以降神社関係法令史料』
(岡田 米夫)
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祇園祭(日本大百科全書(ニッポニカ))
京都市東山区祇園町に所在する八坂(やさか)神社の祭礼。毎年7月17日から24日まで行われる。以前は祇園会(え)あるいは祇園御霊会(ごりょうえ)ともいった。東京の神田祭、大阪の天神祭とともに三大祭に数えられている。起源は、平安時代の869年(貞観11)に全国に疫病が流行したため
(日本大百科全書(ニッポニカ))
一般に公的でめでたい祝いの宗教的儀式、つまり祝祭を意味する。多くの人を集め、酒や食料が大量に消費されることも多い。そこから「お祭り騒ぎ」などの表現も出てくる。本来は宗教的行為であるが、単に多くの人を集め、にぎやかさや華やかさが強調されて宗教的意味がなくなると、「港祭」とか商店街の「○○祭」
管絃祭(日本大百科全書(ニッポニカ))
神事には往々にして管絃を奉奏することが行われるが、とくにその規模を大きくして神輿(みこし)を船中に奉安し、管絃を吹奏して神霊をなぐさめる神事。広島県廿日市(はつかいち)市宮島町の厳島(いつくしま)神社、福井県敦賀(つるが)市の金崎宮(かねがさきぐう)などで行われている。
忌籠祭(改訂新版・世界大百科事典)
斎籠祭,居籠祭とも記す。祭りの執行に際して,神職など祭りに直接関与する者は外部との関係を絶ち,神霊を迎えることができる心身になるために,特定の期間・場所で心身を慎む。これが氏子全員に課せられている祭りをとくに忌籠祭という。
悪態祭(日本大百科全書(ニッポニカ))
集まった群衆が互いに悪口を言い合うことが特徴の祭礼。悪口(あっこう)祭、悪たれ祭、喧嘩(けんか)祭などともいう。相手を言い負かせば幸運を得るとしたことに基づくらしいが、年頭の祭りに多く、もと年占(としうら)の意味が濃かったようである。
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往古は神祇官の神名帳(官帳)に登載され、祈年祭の班幣に預かった神社を官社といい、その祭を官祭といった。『延喜式』によれば全国には大小三千百三十二座(二千八百六十一社)の官社があり、その数だけの官祭があった訳である。そのうち大社については、名神・月次・新嘗・相嘗の祭に
還幸祭(改訂新版・世界大百科事典)
神幸(しんこう)祭,渡御(とぎよ)祭に対する祭りで,御旅所へ出御(しゆつぎよ)した神霊が本社へ還幸する祭儀のこと。一般に出御の儀よりも事いそいで行われるが,むしろ還幸祭に重点をおく神社も多い。例えば,伏見稲荷大社の稲荷祭では出御の際は裏門からそっと出るが,還幸のときは
賀茂臨時祭(国史大辞典)
京都の上・下賀茂社の祭。宇多天皇が即位前の元慶六年(八八二)狩猟の際、冬祭を行うべき託宣をうけ、寛平元年(八八九)十一月二十一日にはじめて藤原時平を勅使として臨時祭を行い、以後毎年十一月の下の酉の日に行われた。応仁の乱後中絶し、近世に入って文化十一年(一八一四)
賀茂祭(国史大辞典)
京都の賀茂別雷神社(上社)・賀茂御祖神社(下社)の例祭。葵祭。また石清水八幡宮の祭(南祭)に対して北祭ともいった。古代には単に祭といえばこの祭を指した。社伝によれば欽明朝、気候不順、天下凶作のため卜部伊吉若日子をして占わしめたところ、賀茂神の祟とわかったので神託により
神送祭(国史大辞典)
全国的に旧暦十月(神無月)、村々の鎮守神が出雲に集まるとの伝承が散在し、九月二十三日ごろから十月一日にかけそのお立ちを送る祭がある。これに対し十月二十四日から十一月一日にかけ神迎えや神のお帰りと称する行事があり、信心深い土地では両度とも宮籠りまたは参詣をする。
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1. かん‐さい[クヮン‥]【官祭】
日本国語大辞典
治六年〔1873〕二月一五日「従前官幣諸社官祭の儀、式部寮官員参向執行候処」*風俗画報‐一五一号〔1897〕祭礼の現況「私祭だけを四月中に行ひ、官祭は例年の通り ...
2. かんさい【官祭】
国史大辞典
シテ祭之」とあるのが、明治以降の官社官祭のはじめである。かくて同六年三月には式部寮達にて官幣諸社官祭式が定められ、所定の幣帛神饌料が式部寮から供進され、官祭も執 ...
3. かんさい【官祭】[方言]
日本方言大辞典
祝祭日。 石川県鳳至郡062風俗画報(雑誌)1892~1916 ...
4. ろくどうみょうかん‐さい[ロクダウミャウクヮン‥]【六道冥官祭】
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を願って、冥官に祈祷をささげる儀式。天曹地府祭。*伊呂波字類抄〔鎌倉〕「天曹地府祭 一名六道冥官祭〓御鏡并御衣 ...
5. 六道冥官祭(ろくどうみょうかんさい)
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6. 神祇官祭神 (見出し語:神祇官【篇】)
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7. 太政官祭神 (見出し語:太政官【篇】)
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8. 葵祭
世界大百科事典
いたが,現在は5月15日に行われる。石清水祭,春日祭とともに三大勅祭の一つ。806年(大同1)官祭となり,810年(弘仁1)斎院がおかれ皇女有智子内親王が斎王に ...
9. あかづまじんじゃ【赤妻神社】山口県:山口市/下宇野令村
日本歴史地名大系
山口在住中の元治元年四月、下関で客死。藩主毛利敬親は、その死を悼み社を創建した。祭は毎年四月二五日に官祭として行われていたが、現在社殿は廃絶している。近くに頼徳 ...
10. いずもじみちじろう【出雲路通次郎】
国史大辞典
京都の下御霊神社社司出雲路興通の次男として誕生。諱は敬通(もりみち)。小学校卒。同三十四年霊山官祭招魂社神職。三十八年下御霊神社社司となり、昭和十四年(一九三九 ...
11. いせじんぐう【伊勢神宮】画像
国史大辞典
現在でもその土地で秋の神嘗祭をただ「おおまつり」といって一年中最大の祭礼となっている。しかし明治になって官祭が全国各神社で行われるにあたり、新たに新嘗祭がとり行 ...
12. いまみやじんじゃ【今宮神社】京都市:北区/大宮郷地図
日本歴史地名大系
これが今宮社・紫野社とよばれる今宮神社の創建である。以後、五月九日が今宮社御霊会、紫野御霊会という名称で官祭として定着する(神祇官年中行事)。〔やすらい〕その後 ...
13. いんべじんじゃ【忌部神社】徳島県:徳島市/徳島城下/西富田
日本歴史地名大系
神社(現山崎忌部神社、祭神は天日鷲命・天太玉命)であると決定し、明治八年一月に勅使下向があり、官祭が執行された。しかし同一四年には美馬郡西端山(現貞光町)の五所 ...
14. 氏神
世界大百科事典
いし神祇官の関与が重要な意義をもつ。 神祇官所祭,奉幣,神階授与の対象となる氏神祭祀は,私祭の官祭化あるいは私祭の公認として古代政治の一面を示す。奈良時代末期に ...
15. おうま‐の‐ごらん【御馬御覧】
日本国語大辞典
〔名〕天皇が引馬(ひきうま)を御覧になる儀式。年初の白馬(あをうま)や貢馬、官祭奉仕の走馬などを禁中に引かせて観覧する。*政事要略〔1002頃〕二八・賀茂臨時祭 ...
16. 大鏡 342ページ
日本古典文学全集
ず立つ。帝、奈良におはしましし時に、鹿島遠しとて、大和国三笠山にふりたてまつりて、春日明神と名づけたてまつりて、今に藤氏の御氏神にて、公家、男・女使たてさせたま ...
17. 大原野神社
世界大百科事典
造営,地名より大原野神社と称した。翌年(仁寿1)2月勅祭を行い,以後毎年2月上卯日,11月中子日に官祭の大原野祭が行われ,勅使のほか中宮・東宮の使も派遣,その供 ...
18. おおやけ‐まつり[おほやけ‥]【公祭】
日本国語大辞典
〔名〕朝廷、政府などが国家行事としておおやけに行なう祭。官祭。*大鏡〔12C前〕五・道長上「『我御ぞうに帝(みかど)・きさいの宮立ち給ふものならば、おほやけまつ ...
19. かすがしんこう【春日信仰】
国史大辞典
鹿島神を御蓋(みかさ)山麓において遙祀したことがあげられる。さらに平城京の鎮護神として春日社が官祭に預かり、藤原氏が皇室の外戚であった関係から後宮の祭祀という性 ...
20. かすがたいしゃ【春日大社】
国史大辞典
神(同)の四座。藤原氏の氏社として神護景雲二年(七六八)に春日御蓋(みかさ)山麓に創建。同時に官祭に預かり、中世以来伊勢神宮・石清水八幡宮と並んで三社と称せられ ...
21. かすがりんじさい【春日臨時祭】
国史大辞典
不祥事の祈禳をはかったものらしい。祭使や内侍の参向があり、祭式は春日祭と同じだが、藤原氏の氏神祭を排して官祭化したのが特色である。このあと、しきりに行われ、祭日 ...
22. かみがもじんじゃ【上賀茂神社】京都市:北区/上賀茂村地図
日本歴史地名大系
式に位置付けられたのは、平安時代に至り斎王と奉幣使とを祭儀の中心的役割に据えるという、賀茂祭の官祭化に伴う意味の変化である。祭には、先立って斎院御禊が賀茂河原で ...
23. かものまつり【賀茂祭】
国史大辞典
和銅四年(七一一)四月詔して以後毎年祭日には国司の検察を定められ、大同元年(八〇六)四月、中酉日をもって官祭を始め、嵯峨天皇弘仁元年(八一〇)斎院をおき、皇女有 ...
24. かんこくへいしゃとくしゅしんじしらべ【官国幣社特殊神事調】
国史大辞典
全国官社の伝承の特殊神事の調査報告書として、当時唯一のものとして注目されたが、報告者が監督官庁に遠慮して、官祭以外ということにおいて、叙述に手心を加えた面なしと ...
25. きたのてんまんぐう【北野天満宮】京都市:上京区/翔鸞学区/馬喰町地図
日本歴史地名大系
奉書(同文書)である。〔祭礼と芸能〕「外記日記」によれば、永延元年一条天皇の勅により八月五日を官祭日と定め、菅原氏をもって奉幣されるようになったのが、北野祭の初 ...
26. きたのまつり【北野祭】
国史大辞典
」とあるから、このときにそれまでの私祭を官祭とせられたものであろう。『北野縁起』には「八月の祭も、村上の御時より初りて、公家の御沙汰として」とあるが、それはこの ...
27. きねんさい【祈年祭】
国史大辞典
これに季夏および季冬の月次祭と仲冬下卯の大嘗祭(新嘗祭)とを合わせて「四箇祭」といい、年中恒例の官祭のなかでもことに「国家之大事」と称された。『延喜式』四時祭上 ...
28. きんぶじんじゃ【金峯神社】
国史大辞典
王権現)。仁寿二年(八五二)に従三位、翌三年に名神、翌斉衡元年(八五四)に相嘗・月次・神今食の官祭に預った。金峯詣の盛行によって神威は輝き、境内に愛染宝塔が建立 ...
29. くしいわまどじんじゃ【〓石窓神社】
国史大辞典
天孫降臨の折には天孫に陪従したと伝え(『古事記』)、その縁故により早くから宮中神祇官西院の御門の神として官祭に預かった。本社の創立はその年代を詳らかにしないが蓋 ...
30. こかんし【拒捍使】
国史大辞典
検非違使がこれを兼任していた。神郡の拒捍使に関しては、神役・公役を懈怠なく納入するように命じた神官祭主下文による補任状の書式が『公文所初心抄』に収められるほか、 ...
31. こくさい【国祭】
国史大辞典
とが知られる。このほか山城の松尾神社などでも、官祭に対して国司が主になって執行する祭儀としての「国祭」が見られる。→賀茂祭(かものまつり),→官祭(かんさい)  ...
32. ご‐にち【後日】
日本国語大辞典
*延喜式〔927〕一三・中宮職「凡六月。十二月神今食。十一月新嘗祭神態(かんわざ)畢。後日平旦。神祇官祭〓御殿 ...
33. ごりょう‐え[ゴリャウヱ]【御霊会】
日本国語大辞典
隠したる心地するに」(1)の挙例「三代実録‐貞観五年五月二〇日」が官祭として最初の御霊会の記録であり、六所の御霊をまつって金光明経・般若心経を講じたのち、舞楽・ ...
34. 祭式
日本大百科全書
はなかった。祭式の初見は1873年(明治6)3月、式部寮達(しきぶりょうたっし)番外「官幣諸社官祭式」で、これに続いて式部寮達「神社祭式」(1875年4月)があ ...
35. さいじんじゃ【狭井神社】奈良県:桜井市/三輪・纏向地区/三輪村
日本歴史地名大系
復興されて大神神社の摂社となった。〈大和・紀伊寺院神社大事典〉〔鎮花祭・薬祭〕「養老令」にみえるように、三月に官祭として大神神社と当社で必ず行われ、もし闕怠すれ ...
36. さえのかみのまつり【障神祭】画像
国史大辞典
前に、京城の四隅において行われる臨時祭として『延喜式』神祇にその幣物に関する規定がみられるが、官祭として実地にその祭の行われた事例には乏しく、一般には近世の民間 ...
37. しきのみあがたにますじんじゃ【志貴御県坐神社】
国史大辞典
同元年(八〇六)牒にはその神戸十二戸が掲げられている。『延喜式』神名帳には「大、月次・新嘗」の官祭を示している。その後、社勢は振るわず、近代は村社に列した。祭神 ...
38. し‐さい【私祭】
日本国語大辞典
祭祀。*風俗画報‐一五一号〔1897〕祭礼の現況「已(やむ)を得ずして私祭だけを四月中に行ひ、官祭は例年の通り執行することとせしが」(3)私邸内の社などで行なう ...
39. しず‐まき[しづ‥]【倭文纏】
日本国語大辞典
呉床(あごら)に立たし 獣(しし)待つと 我がいませば」*延喜式〔927〕一・神祇・四時祭「神祇官祭神七百卅七座〈略〉社一百九十八所、座別 ...
40. しとりべ【倭文部】
国史大辞典
したがって、麻などの糸を染めて青筋文様に織った布であろう。祭祀に広く使用され、『延喜式』によると神祇官祭神のうち三百四座が、座別に倭文一尺を祭祀に用いている。「 ...
41. しもがもじんじゃ【下鴨神社】京都市:左京区/下鴨村地図
日本歴史地名大系
江戸時代の祭祀跡を七カ所ほど明らかにしている。祭壇は平安時代に、旧奈良の小川で行う水辺の祭祀(官祭)のために作られたと考えられている。この遺構の南側でも、泉川に ...
42. 招魂社
世界大百科事典
り箱館戦争にいたるまでの戊辰戦争戦没者を合祀した。79年東京招魂社は別格官幣社靖国神社となる。官祭招魂社は,各藩ごとのもので,74年の内務省達で官費支給を受け, ...
43. しょうこんしゃ【招魂社】
国史大辞典
費支給を定め、招魂社は国家の管理・保護の面が強くなった。これが官祭招魂社といわれるもので、のち同三十四年六月、招魂社・墳墓に、官祭・官修の二字をつけ、私祭・私修 ...
44. 将門記 73ページ
日本古典文学全集
払彼賊難。乃本皇、下位、摂二掌於額上、百官潔斎、請千祈於仁祠。況復山々阿闍梨修邪滅悪滅之法。社々神祇官祭頓死頓滅之式。一七日之間、所焼之芥子七斛有余。所供之祭〓 ...
45. 神国日本 解明への一試論 90ページ
東洋文庫
いると   すれば、それは、普遍的で活発な祖先崇拝活動をもちながらも彼らは統治者の務めの中に神官祭   司の務めを包摂しているからのことであって、このことは彼ら ...
46. 清俗紀聞 1 25ページ
東洋文庫
1-28 潮生日官祭八月十八日,浙江海浜地方で地方官が海をまつる行事。地方官が緋もうせんの上で海を拝している。紅色の卓上には手前より,香炉,燭台(ローソクは紅色 ...
47. 清俗紀聞 1 55ページ
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8)。西瓜(スイー・クワア皿アモイω①・ざF福州ωの爵臣}蘇州ω一計o)。潮 生 日  潮生日官祭    一一28○八月十八日を潮生日という。海辺の地方は平潮〔 ...
48. 清俗紀聞 2 187ページ
東洋文庫
賛礼官 み居るなり)。賛礼官両方へ立ち三脆九叩首起坐の式を唱うに随い、諸官礼を行ない、    読祝官祭文を読み畢りて焚化す(祭文は時に随い作る也)。諸官拝撃りて ...
49. 清俗紀聞 2 189ページ
東洋文庫
祭日は五月十三日帰天(薨去をいう)の日を定祭日とす。春秋二祭は二       月八日上戊の日を用ゆ。官祭畢りて諸人参詣す。男女を禁ぜず。もっとも倣戯を献     ...
50. 清嘉録 蘇州年中行事記 46ページ
東洋文庫
ろう。なお、明の『月令採奇』正月に十三日「劉烈猛将生る」と、この日を生日としている。またこれを官祭するようになったのは、〔案語〕によると清の雍正十二年に詔して、 ...
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