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  11. 梁塵秘抄
国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典

国史大辞典
梁塵秘抄
りょうじんひしょう
歌謡集。後白河天皇撰。全二十巻のうち、巻一巻頭の断簡と巻二全体および口伝集巻一巻頭の断簡と口伝集巻十全体が現存する。歌謡集十巻と口伝集十巻から成っていたと推定される。十一世紀初頭ごろ、今様歌とよばれる流行歌謡がうたわれていた。それらは十一世紀後葉から十二世紀前葉にかけて最盛期を迎えたようで、傀儡子(くぐつ)の女性や遊女の芸として代表的なものであった。これらの女性は、当時の公家日記に散見する記事から知られるように、彼女らのもとに高位の貴族が訪れたり、あるいは彼女らが邸宅に招かれたりして、遊興の相手になることが多く、そのため、もともと地方神社の神歌とか民俗行事に伴う俚謡とかであったものが、次第に洗練されて都風に優雅なうたいかたへ変質していったと考えられる。他方、和讃など声明(しょうみょう)系統の歌曲も、本来の宗教的な場から離れ、世俗的な場でうたわれるようになり、詞章も曲節もそれにふさわしく変質したらしい。この両系統から派生した各種の新しい歌謡が今様歌(略して今様)だけれども、十二世紀中葉ごろから、洗練の度を増すとともに、従来のうたいかたが忘れられ、詞章も愛好されないものは伝わらなくなる傾向が生まれたようである。今様のすぐれた愛好者だった後白河天皇は、それらの伝統的なうたいかたを保存するため、傀儡子や遊女で伝承の確かな者について今様を習うとともに、その詞章をも集成し、歌謡集十巻が編成されたと考えられる。うたいかたのほうは口伝集に述べられたはずである。歌謡集は、現存本巻二の奥書に正韻(正徹の孫弟子)の名があるから、少なくとも十五世紀後葉ごろまでは伝存したらしいけれども、その後は姿を消していた。ところが、明治四十四年(一九一一)に、巻二が和田英松により発見され、ついで巻一断簡が佐佐木信綱により紹介されて、世に知られることになった。現存本巻二は唯一の伝本であり、十八世紀後葉ないし十九世紀前葉ごろの写しである上、おびただしい誤写があって、意味不通の箇所が多い。それにもかかわらず、巻一断簡を併せて五百六十六首の歌謡は、日本文芸のなかでも特異な様相を示す。巻一に収められていたはずの今様二百六十五首は、七五調・四句形式を基本とする最新の今様歌と考えられ(各種の今様歌に対し特に狭義今様とよぶこともある)、題材は世俗的なものが多く、なかには仏教的な詞章もまじっていたようだけれども、最新の歌曲様式でうたわれる点が共通なので、狭義に「今様」と称したものかと思われる。巻二の法文歌二百二十首は、仏教的な題材が共通する。曲調はおそらく声明系統の特色が豊かだったであろう。斎藤茂吉・北原白秋・太田水穂などの歌人が強く『梁塵秘抄』にひきつけられたのは、おもに法文歌であった。やはり巻二に収められる四句神歌二百四首は、芥川竜之介・佐藤春夫など、大正期の新進作家だけでなく、坪内逍遙・森鴎外などの巨匠も作中に採りこんでいるが、その興趣は、他の文献に出てこない民衆の日常生活が素材となっていることであろう。農民・樵夫・漁師・陶工などから、呪師・山伏・あるき巫女・遊女・博徒の類に至るまで、さまざまな人物が登場し、かれらの生態を演じ出してくれる。たとえば、われわれの味覚にとって重要な材料の一つであるワサビをはじめて食べた勇気ある日本人は、どうやら「凄き山伏」だったらしいのである。同じく巻二所収の二句神歌百二十一首は、諸社での神事にうたわれた歌謡と考えられ、既出の和歌を流用した詞章が多いけれども、民俗的な神事歌謡と認められるものもある。四句神歌も二句神歌も、実際に諸方の神事でうたわれることが少なくなかったのであろう。伊勢の御師が奏した太太(だいだい)神楽(明治五年に廃絶)の詞章に、四句神歌・二句神歌と共通するものが見られるからである。発想の類似だけでいえば、三河の花祭その他で用いられる詞章におびただしい共通表現があり、民俗歌謡の祖型を示す。複製は『古楽書遺珠』(『天理図書館善本叢書』和書之部一六)に、また、翻刻は佐佐木信綱編『増訂梁塵秘抄』などに収められている。→今様(いまよう)
[参考文献]
小林芳規・神作光一『梁塵秘抄総索引』、荒井源司『梁塵秘抄評釈』
(小西 甚一)


日本大百科全書
梁塵秘抄
りょうじんひしょう

広義の今様(いまよう)歌謡の集成。もと10巻、現存本は巻1/巻2の2巻のみ。書名は「梁塵殆(ほと)んど動く可(べ)し」(『吾妻鏡(あづまかがみ)』文治(ぶんじ)2年4月8日条)のごとく、歌声がきわめて微妙なることの形容に基づく。『本朝書籍(しょじゃく)目録』(鎌倉末期の成立)に「梁塵秘抄。廿巻(にじっかん)。後白河(ごしらかわ)院勅撰(ちょくせん)」とあるのは、本書が本来『梁塵秘抄口伝(くでん)集』10巻と一括されたものであることを示すものと考えられる。巻1~巻9は嘉応(かおう)元年(1169)までに成った。本書の成立もほぼ同時代か。現存本巻1は抄出本(しょうしゅつぼん)と考えられ、長歌(ながうた)10首、古柳(こやなぎ)1首、今様10首の計21首。長歌は短歌体の謡い物、古柳は囃子詞(はやしことば)を伴う不整形式のものが多く、今様は狭義の今様歌謡(七五調または八五調四句)。巻2は法文歌(ほうもんうた)220首、四句神歌(しくのかみうた)204首、二句神歌121首の545首をそれぞれ収める。ほかに『夫木(ふぼく)和歌抄』が2首引用している。法文歌は仏・法・僧・雑の順、四句神歌は神分(じんぶん)・仏歌・経歌・僧歌・霊験所歌・雑歌の順で構成され、二句神歌は短歌体のもので、神社歌61首を含む。半数の謡い物は仏法をたたえたもので、法文歌中の法華経二十八品歌百十数首の群作は本書の白眉(はくび)、四句神歌中の雑86首は、四句の定型から外れた、庶民の哀歓をあからさまに訴える謡い物が多く、二句神歌のなかには生気あふれる民謡風の短章が少なくない。また、本書の旋律面にかかわった白拍子(しらびょうし)・くぐつ・遊女を詠み込んだものもある。
 本書は、久しく埋もれていたが、近代になってその転写本が発見された。ともに天理図書館蔵。『梁塵秘抄口伝集』(巻1の断簡と巻10のみ現存)からは、今様の唱法・伝承など、後白河法皇の今様に対する熱烈な傾倒が如実にうかがわれる。
[徳江元正]


『梁塵秘抄口伝集』[百科マルチメディア]
『梁塵秘抄口伝集』[百科マルチメディア]
巻10 後白河天皇撰 写本 国立国会図書館所蔵



改訂新版・世界大百科事典
梁塵秘抄
りょうじんひしょう

平安後期の今様とその周辺歌謡の集成。後白河法皇撰。明確な成立年時は未詳。《梁塵秘抄口伝集》と同じころか。もと20巻で,歌詞の集成である《梁塵秘抄》10巻と口伝(くでん)を記した《梁塵秘抄口伝集》10巻があったと思われる。1世紀ほど後に成った《本朝書籍(しよじやく)目録》に〈梁塵秘抄廿巻 後白河院勅撰〉とある。現存のものは,天理図書館蔵の巻子(かんす)本である巻一の断簡21首と,袋綴2冊本の巻二(近世後期書写の孤本)の545首,ほかに《夫木和歌抄》に引く2首など。書名は,古代中国の虞公(ぐこう)と韓娥(かんが)という美声の持主が歌うとその響きで梁(はり)の上の塵(ちり)が舞い上がり,3日もとまらなかったという故事による。

 巻一は長歌(短歌体で〈そよ〉という囃子詞(はやしことば)を付けたもの)10首,古柳(こやなぎ)(不整形式で囃子詞の多いもの)1首,今様10首を収めるが,目録の歌数と違うのはこの現存の巻一が見本的な抄出本であることによるか。

 巻二は法文(ほうもん)歌220首,四句神歌(しくのかみうた)(神歌)204首,二句神歌121首を収める。法文歌はおおむね8・5音または7・5音の4句形式の仏教讃歌で,大きく仏・法・僧・雑の順に配列され,なかでも法(経典)の部は天台教学の五時教判の基準に従い,華厳経以下のおもな大乗仏典の各経歌をそろえ,特に法華経二十八品歌は開結2経を前後に置く群作百十数首で堂々たる構成である。法文歌にみえる信仰は多彩で,釈迦,阿弥陀,薬師,観音から大日如来まで多くの仏や菩薩が讃仰され,また浄土信仰も色濃く示される。《極楽六時讃》や《天台大師和讃》など長編和讃の一部を切り出したものがあるが,和讃,訓伽陀(くんかだ),教化(きようけ)など法会用の仏教歌謡と密接な関係にあろう。歌詞の中に経典の漢語を多用し荘重な調べを感じさせるが,表現が類型化する傾向もある。一方,四句神歌は神分(じんぶん),仏歌,経歌,僧歌,霊験所歌の順に配列され,神仏習合の歌謡も多くみられ,日吉(ひえ),熊野,金峯山を中心に多くの社寺や山伏の修験道場が全国各地にわたり,物尽し風に列挙され興味を引く。次の雑の部は,定型にとらわれない自由な歌いぶりの世俗歌謡を載せるが,種々の生業を営む庶民の直截な哀歓の心情がさまざまな角度から幅広く活写されており,世に知られる《梁塵秘抄》の代表歌が多い。登場する階層も,新興勢力の武士をはじめ農夫,樵夫,鵜飼,土器造り,物売りなどから博打,山伏など男女聖俗を問わず多岐にわたり,またこれら今様の管理者としての遊女,傀儡女(くぐつめ),巫女などの世界が歌われている。また当代流行の新風俗を歌うもの,猿楽などの民間芸能とのかかわりのあるもの,庶民の固有名詞のあるものなど,興味は尽きない。二句神歌のうち神社歌は和歌の形式で石清水,賀茂,稲荷などの大社・名社を讃えるが,その他の題のないものは恋愛歌を中心に自由な歌いぶりで独自のおもしろさを持つ世俗歌謡である。

 以上記した《梁塵秘抄》の歌謡の世界は,和歌の正統に対していわば〈世俗の口ずさみ〉ともいうべきもので,和歌にはない独自の安らぎと解放感があり,近代になって世に知られた《梁塵秘抄》巻二は多くの詩人,歌人に影響を与え,いまだその魅力を失っておらず,また歌謡史,芸能史,宗教史,音楽史など多くの面で研究の課題を残すものである。
[岡見 弘]

[索引語]
後白河天皇(法皇) 法文(ほうもん)歌 神歌
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1. りゃうぢんひせう【梁塵秘抄】
全文全訳古語辞典
[書名]平安末期の歌謡集。後白河上皇撰。一一六九年(嘉応元)頃の成立。当時の今様(=新タニ流行シタ七五調ノ歌謡)・法文歌(=仏教讚歌)・神歌(=神祇歌)などを集 ...
2. 梁塵秘抄画像
日本大百科全書
『本朝書籍(しょじゃく)目録』(鎌倉末期の成立)に「梁塵秘抄。廿巻(にじっかん)。後白河(ごしらかわ)院勅撰(ちょくせん)」とあるのは、本書が本来『梁塵秘抄口伝 ...
3. 梁塵秘抄
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。後白河法皇撰。明確な成立年時は未詳。《梁塵秘抄口伝集》と同じころか。もと20巻で,歌詞の集成である《梁塵秘抄》10巻と口伝(くでん)を記した《梁塵秘抄口伝集》 ...
4. りょうじんひしょう【梁塵秘抄】
デジタル大辞泉
平安末期の歌謡集。もとは歌詞集10巻と口伝集10巻とからなっていたといわれるが、巻1の抄出と巻2および口伝集巻1の一部と巻10のみが現存する。後白河法皇撰。12 ...
5. りょうじんひしょう[リャウヂンヒセウ]【梁塵秘抄】
日本国語大辞典
平安末期の歌謡集。後白河院編。巻一残簡・巻二、および口伝集巻一・巻一〇が現存。もとは歌詞集「梁塵秘抄」一〇巻と「梁塵秘抄口伝集」一〇巻であったらしい。嘉応元年( ...
6. りょうじんひしょう【梁塵秘抄】
国史大辞典
)に、また、翻刻は佐佐木信綱編『増訂梁塵秘抄』などに収められている。→今様(いまよう) [参考文献]小林芳規・神作光一『梁塵秘抄総索引』、荒井源司『梁塵秘抄評釈 ...
7. 梁塵秘抄
日本古典文学全集
「今様(いまよう)」などの雑芸の歌謡集で、後白河法皇が編纂した。今様とは、平安時代後期から広い階層に愛唱された歌のことで、「今様歌」の名は『紫式部日記』や『枕草 ...
8. 『梁塵秘抄口伝集』
日本史年表
1169年〈嘉応元(4・8) 己丑〉 3・‐ 後白河上皇, 『梁塵秘抄口伝集』 を巻9まで撰する(同書本文)。  ...
9. 梁塵秘抄口伝集
世界大百科事典
後白河法皇の著。現存のものは巻一断簡と巻十のみ。もと10巻で《梁塵秘抄》20巻のうちの半分を占めるか。1169年(嘉応1)3月中旬ころまでに巻一から巻九までが成 ...
10. りょうじんひしょうくでんしゅう[リャウヂンヒセウクデンシフ]【梁塵秘抄口伝集】
日本国語大辞典
りょうじんひしょう(梁塵秘抄)。〔二〕平安末期の音楽書。四巻(巻一一〜一四)。後白河院撰で巻一・巻一〇が現存する「梁塵秘抄口伝集」とは別の書。源資賢からの聞書を ...
11. りょうじんひしょうくでんしゅう【梁塵秘抄口伝集】
国史大辞典
ではないらしいが、それをまとめて『梁塵秘抄口伝集』(巻十一―巻十四)の名を与えたのは、侍臣などにはできにくいことであるから、おそらく後白河天皇撰の『梁塵秘抄口伝 ...
12. 『梁塵秘抄口伝集』[百科マルチメディア]画像
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巻10 後白河天皇撰 写本 国立国会図書館所蔵 ...
13. 愛
世界大百科事典
〓の上にのぼるべし〉(《梁塵秘抄》)。 仏教思想による〈愛〉は,男女間においては愛欲,そのもっともいまわしい形態は性愛であると考える ...
14. あい【愛】
日本国語大辞典
子之心〓」*梁塵秘抄〔1179頃〕二・四句神歌「遊女(あそび)の好むもの、雑芸(ざふげい)鼓(つづみ)小端舟(こはしぶね) ...
15. あい‐ぎょう[‥ギャウ]【愛敬】
日本国語大辞典
夫婦の和合。→あいぎょう(愛敬)の始め。(5)なまめかしさ。色っぽいさま。媚態(びたい)。*梁塵秘抄〔1179頃〕二・四句神歌「何れか法輪へ参る道、内野通りの西 ...
16. あいぎょう‐てぐるま[アイギャウ‥]【愛敬手車】
日本国語大辞典
〔名〕貴人の婚礼の時に用いる、車のついた輿(こし)。*梁塵秘抄〔1179頃〕二・四句神歌「楠葉の御牧(みまき)の土器造り、土器は造れど娘の貌(かほ)ぞよき、あな ...
17. あい‐ねん【愛念】
日本国語大辞典
故」(2)男女間の愛情、愛欲。*梁塵秘抄口伝集〔12C後〕一〇「遊女の類、〈略〉着物を飾り、色を好みて、人のあひ念を好み、歌を謡ひても ...
18. あえくにじんじゃ【敢国神社】三重県:上野市/一之宮村
日本歴史地名大系
)の「延喜式神名帳頭註」には「敢国神社 号南宮 金山姫命 伊賀国阿閇郡」とある。平安末期の「梁塵秘抄」に「南宮の本山は信濃国とぞうけたばる さぞまうす 美濃国に ...
19. あおはかしゅく【青墓宿】岐阜県:大垣市/旧多藝郡・不破郡地区/青墓村
日本歴史地名大系
に名を残した者も多い。後白河院によって編纂された「梁塵秘抄」には、青墓の遊女佐以の阿古麻呂・目井・乙前などのうたう今様も集められた(梁塵秘抄口伝集)。乙前は後白 ...
20. あお‐やなぎ[あを‥]【青柳】
日本国語大辞典
・八二一「阿乎夜奈義(アヲヤナギ)梅との花を折りかざし飲みての後は散りぬともよし〈満誓〉」*梁塵秘抄〔1179頃〕一・古柳「や、うち靡きよな、あをやなぎのや、や ...
21. あか【垢】
日本国語大辞典
(1)よごれ、けがれ。特に仏教で用い、煩悩とほぼ同意で、身体に宿る種々の俗念や欲望などをさしていう。*梁塵秘抄〔1179頃〕二・法文歌「常の心の蓮(はちす)には ...
22. あか‐ぎ【赤木】
日本国語大辞典
赤木机四面〓」*梁塵秘抄〔1179頃〕二・四句神歌「小磯の浜にこそ、紫檀あかぎは寄らずして、流れ来で」*謡曲・葵上〔 ...
23. あかつき‐せんぼう[‥センボフ]【暁懺法】
日本国語大辞典
〔名〕仏語。天台宗で朝行なう法華懺法のこと。→朝懺法夕例時(あさせんぼうゆうれいじ)。*梁塵秘抄〔1179頃〕二・僧歌「山寺行なふ聖こそ、あはれに尊きものはあれ ...
24. あかつき‐せんぼう【暁懺法】
仏教語大辞典
天台宗で朝行う法華懺法のこと。 →朝懺法夕例時 梁塵秘抄 二・法文歌・一九〇 「山寺行ふ聖こそ、あはれに尊きものはあれ、行道引声阿弥陀経、暁懺法釈迦牟尼仏」  ...
25. あか‐ね【茜】画像
日本国語大辞典
*落窪物語〔10C後〕二「よき帛、糸、綾、あかね、蘇枋、くれなゐなど、おほく奉り給へれば」*梁塵秘抄〔1179頃〕二・四句神歌「武者の好むもの、紺よ紅山吹濃き蘇 ...
26. あがり‐うま【騰馬・上馬】
日本国語大辞典
し随身(ずいじん)の、陣にて仕うまつれりしを、あがり馬に乗せて、先に具せさせ給へりければ」*梁塵秘抄〔1179頃〕二・四句神歌「娑婆にゆゆしく憎きもの、法師のあ ...
27. あく‐ま【悪魔】
日本国語大辞典
妨げる悪神。*宇津保物語〔970〜999頃〕内侍督「あくまこくに優曇華(うどんげ)とりにいかんに」*梁塵秘抄〔1179頃〕二・四句神歌「不動明王恐ろしや、怒れる ...
28. あく‐ま【悪魔】
仏教語大辞典
1 仏道修行を妨げる悪神。 梁塵秘抄 二・四句神歌・二八四 「不動明王恐ろしや、怒れる姿に剣を持ち、索を下げ、後に火焰燃え上るとかやな、前には悪魔寄せじとて、 ...
29. あこや の 珠壺(たまつぼ)
日本国語大辞典
真珠をちりばめた、美しいつぼ。*梁塵秘抄〔1179頃〕二・四句神歌「筑紫なんなるや、唐(もろこし)の金、白〓(びゃくろ)といふ金もあんなるは ...
30. あごん‐きょう[‥キャウ]【阿含経】
日本国語大辞典
開れば必ず菓を結ぶ、罪を作れば定て果を感ずる也。此の故に阿含経には自業自得果と説き給へり」*梁塵秘抄〔1179頃〕二・法文歌「あごむ経の鹿の声、鹿野苑(ろくやを ...
31. あごん‐きょう【阿含経】
仏教語大辞典
「 →あごん【阿含】 1 →あごん【阿含】 2 」に同じ。 梁塵秘抄 二・法文歌・四七 「阿含経の鹿の声、鹿野苑にぞ聞こゆなる」  ...
32. あし‐うち【足打】
日本国語大辞典
〔名〕(1)足を打つこと、また、足の疲れをとるために、足をもみたたくこと。*梁塵秘抄〔1179頃〕二・四句神歌「我等が修業に出でし時、珠洲(すず)の岬をかい回( ...
33. あし‐こ【彼処/彼所】
デジタル大辞泉
[代]遠称の指示代名詞。場所を示す。あそこ。 「―に立てる何人ぞ」〈梁塵秘抄・二〉 ...
34. あし‐こ【彼処】
日本国語大辞典
」*源氏物語〔1001〜14頃〕若菜上「あしこに籠りなむのち、また人には見え知らるべきにもあらず」*梁塵秘抄〔1179頃〕二・四句神歌「あしこに立てるは何人ぞ」 ...
35. あしゅら‐おう[‥ワウ]【阿修羅王】
日本国語大辞典
あげる。*今昔物語集〔1120頃か〕三・一〇「阿修羅王と云ふ者有り、身の勢(せい)、極て大き也」*梁塵秘抄〔1179頃〕二・法文歌「須彌(すみ)の峰をば誰(た) ...
36. あずさ の 真弓(まゆみ)
日本国語大辞典
忍び忍びに」*永久百首〔1116〕春「春立てばあづさのま弓引きつれてみ垣のうちにまどゐをぞする」*梁塵秘抄〔1179頃〕二・四句神歌「あづさのまゆみを肩に懸け、 ...
37. あせる【焦】[方言]
日本方言大辞典
)1917 飛驒「あの子は寝あせりしてどもならん」502飛驒のことば(土田吉左衛門)1959梁塵秘抄二・四句神歌「法師のあせる上馬に乗りて」(4)睡眠中に動き回 ...
38. あせ・る【焦】
日本国語大辞典
〔自ラ五(四)〕(1)気がいらだってあばれる。手足をばたばたさせて騒ぐ。*梁塵秘抄〔1179頃〕二・四句神歌「娑婆にゆゆしく憎きもの、法師のあせる上馬に乗りて」 ...
39. あそび【遊】
日本国語大辞典
*源氏物語〔1001〜14頃〕桐壺「御心につくべき御あそびをしおほなおほなおぼしいたづく」*梁塵秘抄〔1179頃〕二・四句神歌「あそびをせんとや生まれけむ、たは ...
40. あそび‐あり・く【遊歩】
日本国語大辞典
く(遊歩)」に同じ。*伊勢物語〔10C前〕八七「その家の前の、海のほとりにあそびありきて」*梁塵秘抄〔1179頃〕二・法文歌「法華経読誦(どくじゅ)する人は、天 ...
41. あだ‐な【徒名・虚名】
日本国語大辞典
物語〔1001〜14頃〕夕顔「なほこりずまに、またもあだなは立ちぬべき御心のすさびなめり」*梁塵秘抄〔1179頃〕二・二句神歌「たつものは海に立つ波群雀(むらす ...
42. あつ・い【厚・篤】
日本国語大辞典
薄い。(イ)雲、霧、霜また、群生するものなどの密度・濃度が少なくない。*梁塵秘抄〔1179頃〕二・雑法文歌「五障のくもこそ厚くとも、如来月輪隠されじ」*薤露行〔 ...
43. あて‐おまえ[‥おまへ]【貴御前】
日本国語大辞典
〔名〕高貴な方をさしていう語。*梁塵秘抄〔1179頃〕二・二句神歌「若宮のおはせん世にはあておまへ、錦を延(は)へて床(とこ)と踏ません」 ...
44. あ‐の
日本国語大辞典
〔11C頃〕陸奥風俗「名取川幾瀬か渡るや七瀬とも八瀬とも知らずや夜し来しかば安乃(アノ)」*梁塵秘抄〔1179頃〕二・法文歌「法華経八巻は一部なり、二十八品其の ...
45. あのくたら‐さんみゃく‐さんぼだい【阿耨多羅三藐三菩提】
日本国語大辞典
無上智道〓」*梁塵秘抄〔1179頃〕二・二句神歌「阿耨多羅三藐三菩提の仏達、我が立つ杣(そま)に冥加あらせたまへ」 ...
46. あび【阿鼻・阿毘】
日本国語大辞典
阿鼻〓」*梁塵秘抄〔1179頃〕二・僧歌「毘盧(びる)の身土(しんど)の卑しきを、凡下(ぼんげ)の一念超えずとか ...
47. あび の 炎(ほのお)
日本国語大辞典
阿鼻地獄で罪人を責める炎。業火(ごうか)の炎。*梁塵秘抄〔1179頃〕二・僧歌「万を有漏(うろ)と知りぬれば、あびのほのをも心から、極楽浄土の池水も、心澄みては ...
48. あま【尼】画像
日本国語大辞典
王「義王、二十一にて尼になり、嵯峨の奥なる山里に、柴の庵をひきむすび」(2)(1)の自称。*梁塵秘抄〔1179頃〕二・四句神歌「あまはかくこそさぶらへど、大安寺 ...
49. あまうり【甘瓜】[方言]
日本方言大辞典
方名(農林省統計調査部)1951 宮崎県一部030農作物の地方名(農林省統計調査部)1951梁塵秘抄二・四句神歌「清太が造りし御園生みそのうに、苦瓜にがうりあま ...
50. あま‐うり【甘瓜】
日本国語大辞典
肴物〓〈暑月削氷甘瓜等云々〉」*梁塵秘抄〔1179頃〕二・四句神歌「清太が造りし御園生(みそのう)に、苦瓜(にがうり)あまうりの生( ...
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新撰朗詠集(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
朗詠に適する詩文の摘句や和歌を集めた私撰集。藤原基俊撰。上下二巻。長承四年(保延元、一一三五)四月以前の成立か(穂久邇文庫本の奥書による)。詩句五百四十三首、和歌二百三首の計七百四十六首を収めるが(梅沢本)、諸本により出入りがある。藤原公任撰の『和漢朗詠集』の補遺
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和漢朗詠集(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
平安時代、貴族の間に口ずさまれた漢詩文の佳句、および和歌の詞華選集(アンソロジー)。藤原公任の撰として疑われない。二巻。成立年は不明であるが、藤原道長三女でのちに後一条天皇皇后となった女御威子の入内屏風に、倭絵(やまとえ)・唐絵(からえ)とともに配されていたものと
栄花物語(栄華物語)(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
平安時代後期の歴史物語。四十巻(異本系三十巻)。『栄華物語』とも書く。『大鏡』とともに『世継』『世継物語』などとも呼ばれたため、時に両書は混同されたこともある。前三十巻の正編と、後十巻の続編の二部に大別され、まず正編が書かれた後、続編が別人によって書き継がれたもので
浜松中納言物語(日本大百科全書・世界大百科事典)
平安後期成立の物語。現存5巻であるが、首部に1、2巻の欠巻がある。藤原定家筆、御物本『更級日記』奥書に「常陸守菅原孝標(すがはらのたかすゑ)の娘の日記也。(中略)夜半の寝覚、御津の浜松、みづから悔ゆる、朝倉などは、この日記の人の作られたるとぞ」と、『御津の浜松』
更級日記(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
仮名日記文学。菅原孝標女の著。一巻。康平二年(一〇五九)ごろ成立。父の任国上総に伴われた作者が、ひそかに胸に抱いた『源氏物語』への憧憬の気持ちを日記の冒頭に記し、まず寛仁四年(一〇二〇)、十三歳の九月、上総介の任果てて上京する孝標一行の東海道旅の記を綴る。三ヵ月の旅は
夜の寝覚(夜半の寝覚)(日本大百科全書・世界大百科事典)
平安後期の物語。『夜半の寝覚』とも、単に『寝覚』ともよばれる。現在の伝本は五巻または三巻であるが、その中間部分と終末部分とに大きい欠巻部分がある。原形態は、現存本の2倍から3倍の量があったと推定されるが、厳密には不明である。作者については、藤原定家が『浜松中納言物語』
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