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国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典

国史大辞典
陸奥話記
むつわき
平安時代十一世紀後半の天喜・康平年間(一〇五三―六四)に陸奥国北部で俘囚安倍氏が起した反乱、いわゆる前九年の役の顛末を漢文体で記した書。一巻。『陸奥物語』『奥州合戦記』などともよばれたらしい。著者・成立年代ともに未詳であるが、本文末尾に「今抄〓国解之文〓、拾〓衆口之話〓、注〓之一巻〓、以〓少生但千里之外〓、定多〓紕繆〓、知〓実者正之而已」とあるので、著者は陸奥国から「千里之外」京都在住の身で「国解之文」や「衆口之話」などを見聞しうる立場にあり、かつ、漢文の教養が豊かな人物とみられ、諸説あるもなお定まらない。また、成立年代については本文の記述が康平六年二月二十五日のことで終っているので、それよりほど遠からぬ時期のこととみられている。内容は、陸奥国北上川中流域の奥六郡(岩手県)に威を張り「六箇郡之司」と称する俘囚安倍氏が衣川以南へ進出し、永承六年(一〇五一)ごろ陸奥国守藤原登任軍と鬼切部(宮城県玉造郡鳴子町鬼首)で一戦を交え大勝したところから説き起す。以下、反乱平定に派遣された陸奥守兼鎮守将軍源頼義とその嫡男義家が、加勢を乞うた出羽山北俘囚主清原氏らとともに、康平五年九月に安倍氏最後の拠点厨川柵(盛岡市)を攻め落とすまでの約十二年間を詳細に叙述する。本書の伝本は『国書総目録』に三十三本みえるが、いずれも近世に入ってからの写本であるという。刊本として『群書類従』合戦部、『日本思想大系』八、『仙台叢書』一、『古典文庫』七〇(現代思潮社)がある。→前九年の役(ぜんくねんのえき)
[参考文献]
『群書解題』一三、坂本太郎『日本の修史と史学』(『坂本太郎著作集』五)、笠栄治『陸奥話記校本とその研究』
(高橋 崇)


日本大百科全書
陸奥話記
むつわき

平安後期の漢文軍記。1062年(康平5)ごろ成るか。源頼義(よりよし)・義家(よしいえ)が奥州の豪族安倍頼時(あべのよりとき)父子を征討したいわゆる前九年(ぜんくねん)の役(えき)の一部始終を書いた合戦記である。巻末の文章から、平定後まもなく在京の官人が公式の文書に種々の口誦(こうしょう)の説話をあわせて書いたと思われるが、資料的価値は高い。文章は古典の詞句をちりばめた対句で整斉され、中国の故事が引用されているが、ことに『漢書(かんじょ)』の影響が著しい。作者の立場はつねに官軍の行為を肯定賛美しているので、『将門記(しょうもんき)』のような魅力に乏しい。しかし随所に感動的場面や個人の華々しい活躍が記される。新しく台頭してきた武士の主従関係や倫理観が打ち出されていて、後世の軍記物語への展開を考察するうえで貴重である。
[大曽根章介]



改訂新版・世界大百科事典
陸奥話記
むつわき

軍記。一名を《陸奥物語》ともいい,《奥州合戦記》とも呼ばれる。作者不詳。1巻。11世紀の中葉に,陸奥の俘囚(ふしゆう)の長であった安倍頼時・貞任父子が起こしたいわゆる〈前九年の役〉の顚末を,その鎮定に活躍した鎮守府将軍源頼義の功業を中心に叙述したもの。奥六郡に威を振るう俘囚の長安倍頼時が,1051年(永承6)に衣川(ころもがわ)の南に進出し国守藤原登任(なりとう)に叛いて乱をなしたことから説き起こし,源頼義が勅命を受け陸奥守・鎮守府将軍としてその平定に当たり,12ヵ年におよぶ辛労の末,出羽の豪族清原武則の協力を得て,1062年(康平5)に安倍氏の最後の拠点である厨川(くりやがわ)の柵を陥れ,ようやくこれを鎮圧するに至るまでの経緯を,漢文で実録的に描いている。巻末に,〈今国解(こくげ)ノ文ヲ抄シ,衆口(しゆうこう)ノ話ヲ拾ヒ,コレヲ一巻ニ注ス〉とあることから,戦乱鎮圧後まもない時期に,公文書である〈国解ノ文〉を見ることができる人物が,それをもとにしながら,この乱の関係者たちの体験談である〈衆口ノ話〉をとり入れて筆録したものと推測されている。承平・天慶の乱を描いた《将門記(しようもんき)》とともに,軍記文学の先駆をなすものとされているが,《将門記》がどちらかといえば叛逆者である平将門に近い立場から書かれているのに対し,本書は鎮定に当たった源頼義・義家父子の活躍を中心とした純然たる追討記であり,その叙述の立場や態度がかなり違う。文体も,《将門記》のような破格の漢文ではなく,かなりの達文で,巻末に陸奥の戦場から〈千里ノ外〉にあってこれを書いたとしていることを考え合わせると,京都に住む知識人,それもかなりに筆達者な人物の手になったらしいことが推測される。《扶桑略記》にその一部が引用され,また《今昔物語集》の巻二十五にその抄録が載っていることから,早く世に行われていたことが知られるが,写本は少なく近世以前の伝本は現存しない。
[梶原 正昭]

[索引語]
陸奥物語 奥州合戦記 前九年の役
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4. むつわき【陸奥話記】
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30. いわてぐん【岩手郡】岩手県
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敵中にわずか七騎で取残された頼義は従臣の犠牲と長男義家の奮戦により、ようやく逃げのびたという(陸奥話記)。文治五年(一一八九)奥州合戦ののち、葛西清重に与えられ ...
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幸若「景清」にも、景清が「霧の法」の印を結んで身を隠す場面がある。からだの骨組み。安倍一族の巨人化はすでに『陸奥話記』に見られるが、その巨人伝承は早池峰山を中心 ...
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