1. トップページ
  2. >
  3. カテゴリ一覧
  4. >
  5. 歴史
  6. >
  7. 歴史上の人物
  8. >
  9. 天皇
  10. >
  11. 仁徳天皇
改訂新版・世界大百科事典

仁徳天皇
にんとくてんのう

応神天皇につぐ16代の天皇とされる。応神の子,履中,反正,允恭天皇の父。諱(いみな)はオホサザキ(大雀,大鷦鷯),宮は難波高津宮,陵は和泉百舌鳥耳原(もずのみみはら)中陵。天皇は幼にして聡明,壮におよび仁慈,ために〈仁徳〉と諡(おくりな)されたが,悪逆無道とされた25代武烈天皇でこの応神・仁徳の王系が途絶えるのと対比される。これは中国の易姓革命の思想によって,この王系の始祖を応神・仁徳とするための措置であろうと考えられ,応神・仁徳は同一人格とみる学説もある。治世中の事跡にも,菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)と皇位を譲り合い,倭(やまと)の天皇の屯田(みた)を横領しようとした額田大中彦(ぬかたおおなかつひこ)皇子を罪せず,百姓の窮乏を知り,みずから倹約して苦を共にし,課役を免じて百姓を富ましめ,宮室を造らず,百姓らは進んでこれを造営したというような話が多い。
[平野 邦雄]

伝承像

伝承像記紀の仁徳天皇の物語,特に《古事記》のそれは妻問い物語を軸に構成されている。天皇は多くの娘に求愛する主人公として登場し,そこへ皇后磐之媛(いわのひめ)の嫉妬がからんで独特な話柄をなす。たとえば皇后の嫉妬はつねに激しい言動で示され,それを恐れ国へ逃げ帰る寵姫を天皇が吉備の国まで追ってゆくというのが黒日売(くろひめ)の話である。こうした仁徳物語は,おそらくその祖型を神話の大国主神譚に負うものといえる。神話では越(こし)の国まで出かけて美女と逢う大国主(八千矛(やちほこ)神)に配して嫡妻須勢理毘売(すせりびめ)の〈うわなりねたみ〉(嫉妬)があり,それに閉口する主人公の姿は両者に共通し,しかも他に例をみない。また仁徳の仁君説話も大国主の兎を助けた話にみられる王者の慈愛と対応する。仁徳が実在性のたしかな天皇とはいえ,その物語は神話的原型を世俗化した一種の再話と性格づけられる。
[阪下 圭八]

[索引語]
大国主神
ジャパンナレッジは約1500冊以上(総額550万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のオンライン辞書・事典サービスです。
ジャパンナレッジについて詳しく見る
仁徳天皇の関連キーワードで検索すると・・・
検索ヒット数 1010
検索コンテンツ
1. 仁徳天皇画像
日本大百科全書
王位継承を辞退し、仁徳天皇が応神の後を継いで王位についたという。宮居は難波(なにわ)の高津宮にあったとし、とくに河内(かわち)平野の開発に努めたとする伝承が目だ ...
2. 仁徳天皇
世界大百科事典
富ましめ,宮室を造らず,百姓らは進んでこれを造営したというような話が多い。平野 邦雄 伝承像 伝承像記紀の仁徳天皇の物語,特に《古事記》のそれは妻問い物語を軸に ...
3. にんとく‐てんのう【仁徳天皇】
デジタル大辞泉
記紀で、第16代の天皇。応神天皇の第4皇子。名は大鷦鷯尊(おおさざきのみこと)。租税を免除し、茨田(まんだ)の堤を築造するなどの仁政を行ったという。「宋書」など ...
4. にんとく‐てんのう[‥テンワウ]【仁徳天皇】
日本国語大辞典
第一六代天皇。応神天皇の皇子。名は大鷦鷯尊(おおさざきのみこと)。即位後、難波の高津宮に遷都。「宋書」などに見える倭の五王のうちの讚に比定されている。また、珍( ...
5. にんとくてんのう【仁徳天皇】画像
国史大辞典
際は巨大な古墳を営んだ専制君主であったとする意見や、仁徳天皇を倭の五王の讃または珍に比定する説、仁徳王朝の開祖とみる説、応神天皇・仁徳天皇同一人格説などがある。 ...
6. 仁德天皇(にんとくてんのう)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 5ページ ...
7. にんとくてんのう【仁徳天皇】
日本人名大辞典
都は難波の高津宮(大阪市東区)で,難波天皇とも称される。「宋書」倭国伝の倭王讃(さん)を仁徳とする説もある。仁徳天皇87年1月16日死去。(「古事記」では83歳 ...
8. にんとくてんのう【仁徳天皇】
日本架空伝承人名事典
宮室を造らず、百姓らは進んでこれを造営したというような話が多い。[平野 邦雄]伝承像 記紀の仁徳天皇の物語、特に『古事記』のそれは妻問い物語を軸に構成されている ...
9. 仁徳天皇[文献目録]
日本人物文献目録
1‐3』畑中友次『仁徳伝説考』井上治夫『仁徳天皇』上田正昭『仁徳天皇勤倹の御政』高橋健自『仁徳天皇と儒教の摂取』中村孝也『仁徳天皇の即位と御仁愛に就て』那波止男 ...
10. 仁德天皇與莵道稚郎子互讓帝位 (見出し語:仁德天皇)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 281ページ ...
11. 仁德天皇山陵 (見出し語:仁德天皇)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 982ページ ...
12. 仁德天皇山陵新圖 (見出し語:仁德天皇)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 980ページ ...
13. 仁德天皇除三年課役 (見出し語:仁德天皇)
古事類苑
人部 洋巻 第1巻 1149ページ ...
14. 合祀仁德天皇於鹿兒島神宮 (見出し語:仁德天皇)
古事類苑
神祇部 洋巻 第4巻 1678ページ ...
15. 仁徳天皇陵
日本大百科全書
大阪府堺(さかい)市大仙町にある日本最大の前方後円墳、大山古墳の通称名。仁徳徳天皇陵に比定されていることによる。百舌鳥耳原中陵(もずのみみはらのなかのみささぎ) ...
16. にんとくてんのう‐りょう【仁徳天皇陵】
デジタル大辞泉
⇒大山(だいせん)古墳  ...
17. にんとくてんのう‐りょう[ニントクテンワウ‥]【仁徳天皇陵】
日本国語大辞典
大阪府堺市大仙町にある前方後円墳。全長四八六メートル。三重の濠(ほり)をめぐらす日本最大の古墳で、世界最大級の墳墓である。百舌鳥耳原中陵(もずのみみはらのなかの ...
18. 大山古墳(仁徳天皇陵)[百科マルチメディア]画像
日本大百科全書
大阪府堺(さかい)市 〓Shogakukan ...
19. あい‐じん【愛人】
日本国語大辞典
は愛人の美名を買はんとして慢に政府の任を責め」*文明論之概略〔1875〕〈福沢諭吉〉五・九「仁徳天皇民家に炊煙の起るを見て朕既に富めりと云ひしも、必竟愛人の本心 ...
20. あえくにじんじゃ【敢国神社】三重県:上野市/一之宮村
日本歴史地名大系
六所権現のうちには、かつて本社相殿に祀られた甲賀三郎兼家霊像を安置するという。馬場の左の若宮は祭神仁徳天皇と伝え、その東の大石明神はもと南宮山の麓にあった南宮山 ...
21. あおずりのほう【青〓袍】
国史大辞典
、単に青摺の衣(きぬ)ともいう。この衣の肩に赤紐(あかひも)をつけるのを特色とし、『古事記』仁徳天皇段や雄略天皇段に、朝臣たちが紅紐をつけた青摺の衣を着たことを ...
22. あきよしはちまんぐう【秋吉八幡宮】山口県:美祢郡/秋芳町/秋吉村
日本歴史地名大系
[現]秋芳町大字秋吉 経塚山の南麓に鎮座。旧村社。祭神は応神天皇・神功皇后・仁徳天皇・玉依姫のほか、百済国帝御霊という一柱がある。この神は「嘉祥年中、百済国帝、 ...
23. あく‐さく【悪作】
日本国語大辞典
〔名〕(1)農作物の出来が非常に悪いこと。凶作。*日本読本〔1887〕〈新保磐次〉六「仁徳天皇の御代に悪作打ち続きたることありしが」(2)へたな作品。*春迺屋漫 ...
24. あくとじんじゃ【阿久刀神社】大阪府:高槻市/芥川村地図
日本歴史地名大系
絹を顕宗天皇に献じた阿久太と当社との関連をしめしており、奴理使主は「古事記」にみえる仁徳天皇皇后に三種の虫、すなわち蚕を献上した奴理能美のことで、養蚕機織の技術 ...
25. あさづま【朝妻・浅妻】
日本国語大辞典
今国々になりぬ」〔二〕現在の奈良県御所(ごせ)市の地名。朝嬬。阿佐豆磨。*日本書紀〔720〕仁徳天皇二二年正月・歌謡「天皇、又歌曰(うたよ)みたまひしく、阿佐豆 ...
26. あさづまむら【朝妻村】奈良県:御所市
日本歴史地名大系
[現]御所市大字朝妻 金剛山東麓、西の伏見村、東の僧堂村間の緩傾斜地に立地。「日本書紀」仁徳天皇二二年正月の歌に「朝嬬の避介の小坂」とある朝嬬の地とされる。同書 ...
27. あさひく【旭区】大阪府:大阪市地図
日本歴史地名大系
生時代前期から古墳時代の集落遺跡と推定される森小路遺跡があり、市内の低地遺跡として知られる。仁徳天皇のとき、淀川の洪水から河内の平野部を守るため現枚方市域から当 ...
28. あじふごう【味原郷】大阪府:摂津国/東成郡
日本歴史地名大系
もしこの辺りに郷域を求めうるとすれば、いくつかの古伝承をもつ地域が含まれることになる。「日本書紀」仁徳天皇一四年一一月条に「猪甘津に橋為す。即ち其の処を号けて小 ...
29. あすかのかわかみにいますうすたきひめのみことじんじゃ【飛鳥川上坐宇須多伎比売命神社】奈良県:高市郡/明日香村/稲淵村
日本歴史地名大系
明治四四年(一九一一)入谷に鎮座の大仁保神社を合祀、合祀後も旧地に社殿は残されている。同社は仁徳天皇を祭神とし、元慶二年(八七八)二月二七日に従五位下を授けられ ...
30. あすかべぐん【安宿郡】大阪府:河内国
日本歴史地名大系
れた大化以前の歴史的事件に姿をみせている。その一つは、仁徳天皇の没後に起こった住吉仲皇子の反乱事件である。「日本書紀」によると、仁徳天皇の後を継いで皇位につこう ...
31. 東路のつと(中世日記紀行集) 506ページ
日本古典文学全集
のこやもあらはに冬は来にけり」(拾遺・冬 源重之)による表現。ゆりかもめの雅称。難波の堀江。仁徳天皇の掘削とされる運河。参考「堀江漕ぐ棚無し小舟」(古今・恋四  ...
32. あずみのはまこ【阿曇浜子】
国史大辞典
五世紀の人。『日本書紀』によれば、仁徳天皇の崩御後、住吉仲皇子が皇太子(履中天皇)に叛した時、浜子は皇子の側にあって、配下の淡路の野島の海人をして、倭に逃れる ...
33. あたみおんせん【熱海温泉】静岡県:熱海市/熱海村
日本歴史地名大系
の湯のそばに湯前権現を建て、温泉守護の神としたと伝える。一方、走湯は「走湯山縁起」によると、仁徳天皇の時代に異域の神人が現れ、温泉を出し衆生を救済する旨の神託を ...
34. あちごう【阿智郷】岡山県:備中国/浅口郡
日本歴史地名大系
る。この地域は高梁川の氾濫原にあたり、本流と支流に挟まれたところであることから、「日本書紀」仁徳天皇六七年是歳条の、笠臣の祖の県守が川島河の派で大 ...
35. 阿知使主
日本大百科全書
ところが天皇は崩じていたので、工女を大鷦鷯(おおささぎ)皇子(仁徳(にんとく)天皇)に献上したという。仁徳天皇の死に際し、住吉仲(すみのえのなかつ)皇子に殺され ...
36. あちのおみ【阿知使主】
国史大辞典
年代的には南朝の東晋か宋のころにあたる)に使して、縫織の工女(兄媛・弟媛・呉織・穴織)を連れ帰り、次の仁徳天皇の死に際して弟の住吉仲皇子に殺されようとした履中天 ...
37. あびこ【我孫】
国史大辞典
として用いることが多い。山部阿弭古が景行天皇に冷水を献じた話や、依網屯倉阿弭古が異鳥を捕えて仁徳天皇に献じた話(いずれも『日本書紀』)などからすると、皇室と関係 ...
38. あふちじんじゃ【安布知神社】長野県:下伊那郡/阿智村/駒場村
日本歴史地名大系
駒場の北部、森山(六二〇メートル)の中腹部に鎮座する。祭神は思兼命・誉田別命・須佐男尊。社伝によれば、仁徳天皇五六年三月、八華形の鏡を思兼命の霊代として、明燈山 ...
39. あべおうじじんじゃ【阿倍王子神社】大阪府:大阪市/阿倍野区/阿部野村地図
日本歴史地名大系
嗚大神・品陀別大神を祀る。旧郷社。正徳四年(一七一四)撰修の阿倍王子権現縁起(社蔵)は創祀を仁徳天皇の時代とし、一説には現社地付近を本貫とした阿倍氏の創建ともい ...
40. あま【海人】
国史大辞典
海人の海産物の貢納については、海人が献上の「鮮魚之苞苴」を持って菟道宮と難波宮との間を往返した話(仁徳天皇即位前紀)、あるいは『万葉集』六の山部赤人の長歌などに ...
41. あまがさきし【尼崎市】兵庫県
日本歴史地名大系
条に「務古水門」、応神天皇三一年八月条に「武庫水門」がみえ、武庫川河口の東岸部にあたる。同書仁徳天皇三八年七月条にみえる猪名県は為奈郷を中心として猪名川沿いに豊 ...
42. あらはか【荒陵】大阪府:大阪市/天王寺区/天王寺村
日本歴史地名大系
上町台地の南部、四天王寺を中心とした地域の称で、同寺は古く荒陵寺(日本後紀)ともいった。「日本書紀」仁徳天皇五八年五月条に、「荒陵」の松林の南の道に連理のクヌギ ...
43. あわがいけ【粟ヶ池】大阪府:富田林市/喜志村地図
日本歴史地名大系
「日本書紀」にみえる和珥池とする説が「大阪府全志」に紹介される。和珥池のことは、「日本書紀」仁徳天皇一三年条に「冬十月、和珥池を造る。是月、横野堤を築く」とあり ...
44. あわしまじんじゃ【淡島神社】
国史大辞典
おきながたらしひめ)命(神功皇后)を祀る。はじめ淡島(加太の友ヶ島の神島)に祀られていたが、仁徳天皇行幸の時現地に遷し、神功皇后を合わせ祀ると伝える。『延喜式』 ...
45. あわしまじんじゃ【淡嶋神社】和歌山県:和歌山市/河北地区/加太村
日本歴史地名大系
山市)に無事たどり着くことができ、持帰った品々を友ヶ島の少彦名を祀る一神祠に奉幣した。その後仁徳天皇の時代に現在地に遷座し、同時に神功皇后を祀るようになったとい ...
46. あわじのくに【淡路国】画像
国史大辞典
あらわし、『日本書紀』応神天皇二十二年条には、淡路御原の海人八十人を水手として吉備へ派遣し、また仁徳天皇即位前紀では淡路の海人八十人を差して水手となし、韓国へ派 ...
47. あわじのくに【淡路国】兵庫県
日本歴史地名大系
になったとき、韓国にいる倭直吾子籠を迎えるために「淡路の海人八十人」が派遣された(仁徳天皇即位前紀)。仁徳天皇の死後、住吉仲皇子が皇位継承の争いを起こしたとき、 ...
48. あわじみずいのみや【淡路瑞井宮】兵庫県:三原郡/西淡町/櫟田村
日本歴史地名大系
。「新撰姓氏録」の丹比宿禰の項にも同様の誕生および命名伝承が伝えられている。また「古事記」の仁徳天皇段には、官船「枯野」で朝夕「淡道島の寒泉」をくみ、「大御水」 ...
49. あわはらやまはちまんぐう【粟原山八幡宮】島根県:鹿足郡/日原町/青原村
日本歴史地名大系
高津川左岸、南北に走る国道九号の西側に位置する。法人名は八幡宮。旧郷社。祭神は神功皇后・応神天皇・仁徳天皇・姫大神。寛保三年(一七四三)の登米越後持懸神社覚(登 ...
50. 飯山八幡宮
デジタル大辞泉プラス
山口県長門市にある神社。772年創祀。祭神は応神天皇、仲哀天皇、神功天皇、三女神、仁徳天皇。 2015年01月 ...
「仁徳天皇」の情報だけではなく、「仁徳天皇」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る

仁徳天皇と同じ天皇カテゴリの記事
舎人親王(日本大百科全書(ニッポニカ))
天武天皇の第三皇子。母は天智天皇の娘新田部皇女。知太政官事穂積親王の亡きあとは皇親の長老として重んぜられ、新田部親王とともに皇太子首親王(聖武天皇)を輔翼する責務を負った
天皇(改訂新版・世界大百科事典)
日本国憲法に定める日本国および日本国民統合の象徴。天皇の歴史前近代の天皇オオキミとスメラミコト〈天皇〉は〈オオキミ〉とも〈スメラミコト〉とも呼ばれた。しかしこの二つの日本語は決して同義ではなく,むしろ両者の質の違い,それぞれの用いられる次元の相違に注目することが
皇位継承(改訂新版・世界大百科事典)
7世紀末までの皇位継承を《古事記》《日本書紀》によってみると,16代の仁徳天皇まではほとんどが父子間の直系相続であり,仁徳以後持統までは,父子間相続6,母子間1,兄弟間10,姉弟間2,叔父・甥間1,夫婦間2,三親等以上をへだてた相続3の計25例で
摂政(国史大辞典)
天皇に代わって万機を摂り行う者、または摂り行うことをいう。関白に類する職として関白とともに摂関といい、関白と同じく、摂ろく・執柄・博陸などの唐名があり、その地位に因んで一の人・一の所などと称され、殿下ともいわれた
関白(国史大辞典)
万機に関与する重職で摂政に類似する。したがって摂政と合わせて摂関・摂ろく・一の人・一の所などと称し、執柄・博陸・殿下などの唐名がある。関白の語は『漢書』霍公伝に、宣帝が諸事まず霍光に関白してから奏上せしめたとみえているが
天皇と同じカテゴリの記事をもっと見る


「仁徳天皇」は天皇に関連のある記事です。
その他の天皇に関連する記事
仁徳天皇(改訂新版・世界大百科事典)
応神天皇につぐ16代の天皇とされる。応神の子,履中,反正,允恭天皇の父。諱はオホサザキ(大雀,大鷦鷯),宮は難波高津宮,陵は和泉百舌鳥耳原中陵。天皇は幼にして聡明,壮におよび仁慈,ために〈仁徳〉と諡されたが,悪逆無道とされた25代武烈天皇でこの応神・仁徳の王系が途絶えるの
履中天皇(国史大辞典)
第十七代とされる天皇。去来穂別天皇、大兄去来穂別天皇(『古事記』では大江之伊邪本和気命)などという。父は仁徳天皇、母は葛城襲津彦の女、皇后磐之媛命。反正・允恭両天皇の同母兄にあたる。『日本書紀』では仁徳天皇三十一年に立太子、同八十七年、父の死後、同母弟住吉仲皇子の乱
孝徳天皇(改訂新版・世界大百科事典)
第36代に数えられる天皇。在位645-654年。名は軽皇子。皇極女帝の同母弟で,父は舒明天皇の弟の茅渟王,母は欽明天皇の孫の吉備姫王。《日本書紀》や《大織冠伝》には,中臣鎌足が皇室中の人材を求めて天皇に接近し,天皇がこれを厚く待遇した話がみえるが,《上宮聖徳太子伝補闕記》によれば
宝登山(日本歴史地名大系)
町境にそびえ、標高四九七・一メートル。山麓には宝登山神社・玉泉(ぎよくせん)寺、山頂には宝登山神社奥宮があり、古くから信仰の山であった。山名の由来は、弘法大師が山頂に宝珠の翻るのをみて名付けたとか、凹地・窪地をあらわすホドに因むなどといわれる。
孝徳天皇(改訂新版・世界大百科事典)
第36代に数えられる天皇。在位645-654年。名は軽皇子。皇極女帝の同母弟で,父は舒明天皇の弟の茅渟(ちぬ)王,母は欽明天皇の孫の吉備姫王。《日本書紀》や《大織冠伝》には,中臣鎌足が皇室中の人材を求めて天皇に接近し,天皇がこれを厚く待遇した話がみえるが
天皇に関連する記事をもっと見る
ジャパンナレッジは約1500冊以上(総額550万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のインターネット辞書・事典サイト。日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る