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日本歴史地名大系・日本大百科全書

日本歴史地名大系
古市古墳群
ふるいちこふんぐん

羽曳野丘陵北辺の台地上、羽曳野市北西部から藤井寺市にわたる、東西三キロ、南北四キロの範囲に分布する大古墳群。前方後円墳一九基以上、前方後方墳一基、方墳一一基以上、円墳二五基以上で構成される。群のほぼ中央に位置する、墳丘全長四一五メートルの誉田御廟山こんだごびようやま古墳(応神天皇陵に治定)は群中最大のものである。群の北半には津堂城山つどうしろやま古墳・ミサンザイ古墳(仲哀天皇陵に治定)仲津山なかつやま古墳(応神天皇皇后仲津姫命陵に治定)市野山いちのやま古墳(允恭天皇陵に治定)(以上藤井寺市)など、いずれも墳丘全長二〇〇メートルを超える大規模な前方後円墳が分布するほか、古室山こむろやま古墳・大鳥塚おおとりづか古墳・三ッ塚みつづか古墳・長持山ながもちやま古墳(以上藤井寺市)ふたづか古墳など中小規模の古墳が分布。群の南半にはぼけやま古墳(藤井寺市)前の山まえのやま古墳(日本武尊白鳥陵に治定)白髪しらが古墳(清寧天皇陵に治定)高屋築山たかやつきやま古墳(安閑天皇陵に治定)墓山はかやま古墳などが分布するが、とくに大規模なものはなく、築造時期も北半の古墳より新しく、五世紀後半以降と考えられている。

大規模な前方後円墳のうち、内部主体が明らかとなっているのは津堂城山古墳だけであるが、中小の古墳のうちには、誉田御廟山古墳の前方部正面にあり、金銅透彫鞍金具(国宝)などを出土したと伝える丸山まるやま古墳をはじめ、副葬品や主体部が明らかな古墳もある。双つ塚古墳の北にあった盾塚たてづか古墳(藤井寺市)、誉田山古墳の外濠西側にあったアリやま古墳(同市)、墓山古墳の陪冢野中のなか古墳(同市)、市野山古墳の南西部にあった長持山古墳(同市)などは発掘調査が行われ、それぞれ特色のある遺物が出土している。そのほか、誉田御廟山古墳の北西部に位置した蕃上山ばんじようやま古墳や藤の森ふじのもり古墳(ともに藤井寺市)も発掘調査され、藤の森古墳は割石積の横穴式石室を主体とするものであった。特殊なものとしては、仲津山古墳の南にある三ッ塚古墳の周濠から出土した大小二基の修羅がある。



日本大百科全書
古市古墳群
ふるいちこふんぐん

大阪府藤井寺市と羽曳野(はびきの)市にまたがる台地状地形に築かれた、古墳時代中期から後期初頭にかけての古墳の総称。誉田(こんだ)古墳群とも古市誉田古墳群ともよばれたことがある。古墳群は石川以西、東除(ひがしよけ)川以東の東西約2.5キロメートル、南北約4キロメートルの範囲にあるが、羽曳野市と松原市境にある大型前方後円墳、河内大塚(かわちおおつか)を同一の群に含める見方もある。
 この古墳群は陪塚(ばいづか)をも数えると、帆立貝(ほたてがい)式古墳をも含め前方後円墳23基、方墳27基、円墳14基があり、さらに発掘で存在のわかった過去の破壊古墳を加え約90基の古墳がある。この古墳群の特色は、超大型の前方後円墳、誉田山(応神陵(おうじんりょう)に比定)古墳をはじめ、7基の大型の前方後円墳、仲ツ山(仲姫(なかつひめ)陵に比定)、岡ミサンザイ(仲哀(ちゅうあい)陵に比定)、市ノ山(允恭(いんぎょう)陵に比定)、誉田墓山、津堂城山(つどうしろやま)、古市前ノ山、古市築山(安閑(あんかん)陵に比定)などの古墳、さらに直径76メートルの大型円墳、高鷲(たかわし)丸山(雄略(ゆうりゃく)陵に比定)古墳など巨大古墳が群構成の主要な核となっている点である。さらにそれらのすべてが陵墓または陵墓参考地に指定されているのも別の特色である。
 これらの古墳は周濠(しゅうごう)で墳丘を区画し、埋葬施設としては津堂城山古墳の長持(ながもち)形石棺を納めた竪穴(たてあな)式石室や、長持山(ながもちやま)古墳と唐櫃山(からとやま)古墳で九州系溶岩製の家形石棺を納めた竪穴式石室などが知られている。なお古墳群を南北に、いわゆる古市大溝が貫いている。
[森 浩一]

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1. 古市古墳群
日本大百科全書
大阪府藤井寺市と羽曳野(はびきの)市にまたがる台地状地形に築かれた、古墳時代中期から後期初頭にかけての古墳の総称。誉田(こんだ)古墳群とも古市誉田古墳群ともよば ...
2. ふるいち‐こふんぐん【古市古墳群】
デジタル大辞泉
大阪府の藤井寺市・羽曳野(はびきの)市・松原市にまたがる大古墳群。応神陵古墳を代表とする。大古墳が集中するので、大和にあった王朝が河内(かわち)に移ったとする説 ...
3. ふるいち‐こふんぐん【古市古墳群】
日本国語大辞典
大阪府藤井寺市・羽曳野市・松原市にまたがる大古墳群。古墳時代中期から後期初頭にかけてのもの。応神陵などの七基の巨大古墳が約九〇基に及ぶ古墳群の中核。 ...
4. ふるいちこふんぐん【古市古墳群】大阪府:羽曳野市地図
日本歴史地名大系
羽曳野丘陵北辺の台地上、羽曳野市北西部から藤井寺市にわたる、東西三キロ、南北四キロの範囲に分布する大古墳群。前方後円墳一九基以上、前方後方墳一基、方墳一一基以上 ...
5. 古市古墳群
日本史年表
の分布の中心が奈良盆地から大阪平野に移る. 三輪王朝 から 河内王朝 への王朝交替説あり. 古市古墳群 ・ 百舌鳥古墳群 は5世紀末~6世紀初めまで大型墳が造営 ...
6. ふるいちこふんぐん【古市古墳群】
国史大辞典
⇒誉田古墳群(こんだこふんぐん)  ...
7. アリ山古墳
世界大百科事典
大阪府藤井寺市野中にある1辺45mの方墳。古市古墳群の中に位置し,応神陵の西濠に接して築かれていて,埴輪,葺石もある。墳頂部の中央,南,北の3ヵ所から遺物を出土 ...
8. あんかんてんのう【安閑天皇】
国史大辞典
幅一〇〇メートル、長径一二〇メートル、高さ後円部一三メートル余、前方部一二メートル余)で、古市古墳群の南端に位し、丘陵によって築造したもの。『日本書紀』に崩御に ...
9. いしかわ【石川】
国史大辞典
天皇陵と聖徳太子の墓を含む磯長の古墳群、合流点付近の仲哀・応神・允恭・安閑の諸天皇陵を含む古市古墳群が著名である。合流点付近は、大和と難波をつなぐ交通上の要地に ...
10. いしかわ【石川】大阪府:総論地図
日本歴史地名大系
千早赤阪村の水銀鉱山から産出されたと推測されている。次に石川下流の大和川との合流点に近い左岸側に、中期の古市古墳群(羽曳野市・藤井寺市)が存在する。第三は古墳時 ...
11. いずみのくに【和泉国】大阪府地図
日本歴史地名大系
の墳墓は全体として縮小化の傾向をたどる。現堺市の巨大古墳群は百舌鳥古墳群と総称され、東方の古市古墳群(羽曳野市・藤井寺市)とともに日本の代表的巨墳が集中する。墳 ...
12. いちのやまこふん【市野山古墳】大阪府:藤井寺市/国府村地図
日本歴史地名大系
墳丘の全長二二七メートル、後円部直径一三六メートル、前方部幅一五七メートル、二重の濠が巡らされている。同じ古市古墳群中にある羽曳野市の墓山古墳(応神天皇陵陪冢に ...
13. うえまちだいち【上町台地】大阪府:大阪市地図
日本歴史地名大系
墓の破壊を伴ったとする記事もその一端を物語る。上町台地にはこうした古墳群と並んで、南河内の古市古墳群(羽曳野市・藤井寺市)や和泉の百舌鳥古墳群(堺市)の巨大古墳 ...
14. えがのもふしのおかのみささぎ【恵我藻伏岡陵】 : 応神天皇
国史大辞典
中心として藤井寺市にまたがり、「允恭天皇陵」古墳・「仲姫皇后陵」古墳・古室山古墳などをふくむ古市古墳群を構成するもので、平たい台地に営まれた壮大な前方後円墳であ ...
15. おうじんてんのう【応神天皇】画像
国史大辞典
中心として藤井寺市にまたがり、「允恭天皇陵」古墳・「仲姫皇后陵」古墳・古室山古墳などをふくむ古市古墳群を構成するもので、平たい台地に営まれた壮大な前方後円墳であ ...
16. おうじんてんのう‐りょう[オウジンテンワウ‥]【応神天皇陵】
日本国語大辞典
大阪府羽曳野(はびきの)市誉田(こんだ)にある応神天皇の陵。古市古墳群に属する前方後円墳。全長四一五メートル。封土量は一四三万三九六〇立方メートルで、容積では日 ...
17. 大阪(府)画像
日本大百科全書
、応神天皇陵(おうじんてんのうりょう)(誉田山(こんだやま)古墳が指定される)を中心とする古市古墳群(ふるいちこふんぐん)、仁徳天皇陵(にんとくてんのうりょう) ...
18. 大阪[府]画像
世界大百科事典
大阪平野周辺に数多く分布する古墳の中でも最大級の前方後円墳が群集する百舌鳥(もず)古墳群と古市古墳群は,5世紀における河内の先進性を示唆する。この時期から淀川と ...
19. おおつかやまこふん【大塚山古墳】大阪府:松原市/西大塚村地図
日本歴史地名大系
[現]松原市西大塚一丁目、羽曳野市南恵我之荘七丁目 古市古墳群中もっとも西に位置し、前方部を北に向けて築造された古墳。築造年代は五世紀末―六世紀初めと推定され、 ...
20. おおとりぐん【大鳥郡】大阪府:和泉国
日本歴史地名大系
で全国第一位の規模をもち、そのほか第三位のミサンザイ古墳(履中陵に治定)などもあり、河内の古市古墳群(現羽曳野市・藤井寺市)と並ぶ巨大古墳群である。また西方の平 ...
21. かしわらし【柏原市】大阪府地図
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22. 河内王朝
日本史年表
の分布の中心が奈良盆地から大阪平野に移る. 三輪王朝 から 河内王朝 への王朝交替説あり. 古市古墳群 ・ 百舌鳥古墳群 は5世紀末~6世紀初めまで大型墳が造営 ...
23. 河内国
世界大百科事典
控えて水上交通の利点もあったため,大和朝廷は伝応神陵をはじめとし5世紀から6世紀にかけての巨大古墳の集中する古市古墳群の地域を全国支配や朝鮮半島進出の絶好の根拠 ...
24. かわちのくに【河内国】大阪府地図
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は総論で触れた。古墳時代の河内を代表するのは、五世紀から六世紀にかけての巨大古墳の集中する古市古墳群(羽曳野市・藤井寺市)である。これら巨大古墳の所在する地域を ...
25. 誉田古墳群
日本大百科全書
古市古墳群 ...
26. こんだこふんぐん【誉田古墳群】
国史大辞典
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27. こんだはくちょういせき【誉田白鳥遺跡】大阪府:羽曳野市/誉田村地図
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[現]羽曳野市白鳥一―三丁目・翠鳥園 古市古墳群のほぼ中央部、羽曳野丘陵から東へ向かって派生する一支脈の先端部に位置する。土師器や埴輪の散布地として知られていた ...
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29. 修羅
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イミダス 2017
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31. 前方後円墳
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の分布の中心が奈良盆地から大阪平野に移る. 三輪王朝 から 河内王朝 への王朝交替説あり. 古市古墳群 ・ 百舌鳥古墳群 は5世紀末~6世紀初めまで大型墳が造営 ...
32. たかやつきやまこふん【高屋築山古墳】大阪府:羽曳野市/古市村地図
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幅約二〇メートルの濠が巡らされている。前方部の幅が後円部直径よりも長く、前の山古墳や白髪古墳などとともに、古市古墳群のなかでは南に片寄る新しいグループに入る古墳 ...
33. たまてやまこふんぐん【玉手山古墳群】画像
国史大辞典
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34. 治水
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は飛躍的に進んだ。大溝のなかには灌漑と水運に共用されるものもあったが,河内の古市大溝などは古市古墳群地帯と大阪湾とを結ぶ運河としての役割がむしろ主ではなかったか ...
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40. のげおおつかこふん【野毛大塚古墳】東京都:世田谷区/下野毛村地図
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41. 野中古墳
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43. 土師氏
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日本歴史地名大系
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45. はにしごう【土師郷】大阪府:河内国/志紀郡
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もつ氏族であった。同氏が大和佐紀盾列古墳群、同馬見古墳群、和泉百舌鳥古墳群の近傍に分布し、土師郷の土師氏が古市古墳群(現羽曳野市・藤井寺市)に接して居住している ...
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塔・土師(現堺市)の地を郷域とみることができる。郷内の北西部は百舌鳥野の区域であり、河内の古市古墳群(現羽曳野市・藤井寺市)と並ぶ巨大古墳の密集する百舌鳥古墳群 ...
47. 羽曳野(市)画像
日本大百科全書
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48. 羽曳野[市]
世界大百科事典
古市がある。付近には応神陵,清寧陵,安閑陵,日本武尊陵と伝えられる前方後円墳などが集まった古市古墳群が存在する。明治までは古市が市場町として発達したほかは農村地 ...
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日本国語大辞典
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50. はびきのきゅうりょう【羽曳野丘陵】大阪府:羽曳野市地図
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散布する遺物が発見されているにすぎないが、丘陵北端とその北東に広がる台地面には、日本有数の大古墳群である古市古墳群が位置する。丘陵周辺には埴輪窯跡が発見されてお ...
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