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  11. 百舌鳥古墳群
日本歴史地名大系・国史大辞典・日本大百科全書

日本歴史地名大系
百舌鳥古墳群
もずこふんぐん

堺市の北部中央、三国みくにおか台地と称される中位段丘上に東西四キロ、南北四・五キロにわたって分布する古墳群の総称。日本最大の大仙だいせん古墳(仁徳天皇陵に治定)をはじめミサンザイ古墳(履中天皇陵に治定)田出井山たでいやま古墳(反正天皇陵に治定)・ニサンザイ古墳などとそれに関連する陪冢および丸保山まるほやま古墳(国指定史跡)など独立する中小の古墳からなる。これまで前方後円墳三一基・方墳七基を含む合計一〇四基が確認されているが、現在では前方後円墳二一基・方墳五基・円墳二三基の合計四九基を残すのみで、大半が農地拡張・土砂採取・宅地開発などにより破壊された。当古墳群の大半の古墳は、五―六世紀に築造された同一系譜に連なる大古墳と陪冢であるが、文珠塚もんじゆづか古墳や城の山じようのやま古墳は、前方後円墳ではあるがまったく濠を伴わないこと、またこれらは石津いしづ川流域の段丘先端部上に築造された六世紀後半頃の横穴式石室を主体とすることなどから、分布上は百舌鳥古墳群域に含まれるが、系譜的には別のものと考えられている。なお古墳群の位置する地域には、土師はぜ遺跡・百舌鳥陵南もずりようなん遺跡などの古墳時代の集落遺跡が確認されており、両者の関連が考えられている。



国史大辞典
百舌鳥古墳群
もずこふんぐん
大阪府堺市所在。大阪湾岸沿いの市街地の東郊に位置する百舌鳥の地は、一五平方キロほどの低い台状地である。『日本書紀』仁徳紀に陵墓築造にちなむその地名起源説話がみえる。仁徳陵古墳を最大とする現存十四基の前方後円墳を中心とした大古墳群であり、北から南に反正天皇陵古墳(田出井山古墳、長さ一五〇メートル)、仁徳天皇陵古墳(大山(だいせん)古墳、長さ四七五メートル)、履仲天皇陵古墳(石津ヶ丘古墳、長さ三六五メートル)、大塚山古墳(長さ一六八メートル、昭和二十年(一九四五)代に採土工事で消滅)があり、それから東にいたすけ古墳(長さ一四四メートル)、御廟山(ごびょうやま)古墳(長さ一八七メートル)、ニサンザイ古墳(長さ二九〇メートル)がある。陪塚や群集墳などを合わせると九十基を越える。天皇陵古墳をふくめる大古墳群は河内王朝の王墓にあたることは誤りないところであるが、個々の天皇陵古墳がその命名されている天皇の陵墓であるかどうかは明らかであるとはいえない。これら古墳群のなかには調査によってその強大な権力と豊かな経済力を示す副葬品と造墓年代が判明しているものもある。履仲天皇陵古墳の南に接した大塚山古墳は、前方部に四基、後円部に四基の粘土槨があった。そのうち鏡や玉類を伴い人体埋葬がみられたのはそれぞれ一基で、他は副葬品の埋納施設であって、二百本を越える刀剣、甲冑、工具、筒形石製品などが出土した。また履仲天皇陵古墳北側の七観(しちかん)古墳は履仲天皇陵古墳の陪塚ともみられているが、三次にわたる調査で発見された三ヵ所の埋納施設から革綴(かわとじ)・鋲留の衝角(しょうかく)付冑七、短甲五、木心鉄張輪鐙、環鈴、工具、百数十本の刀剣や鉄鏃多数が出土した。これら豊富な副葬品は、五世紀前半という古墳築造の時代と河内王朝権力の実体を示すものである。また近時論議されているのは、明治初年に文献に支えられて治定された天皇陵古墳の考古学的年代観による再検討の問題である。特に仁徳天皇陵古墳の考古学的検討には研究者の強い関心がよせられている。すなわち、墳丘のくびれ部から大形の須恵器(すえき)の甕(かめ)が出土し、また墳丘の外堤に使用されている円筒埴輪の特徴が五世紀中ごろから後半のものとされていることや、明治五年(一八七二)仁徳天皇陵古墳の前方部で発見された長持形石棺発見の記録、その出土品とみられるボストン博物館蔵の金銅環頭柄頭(つかがしら)、百済武寧王陵出土のものに近い細線文獣帯鏡(ふみ返し六朝鏡)、三環鈴、馬鐸などもこの古墳の年代推定に有力な資料となろう。かくて百舌鳥古墳群は天皇陵推定についてはまだ多くの問題を残すとはいえ、五世紀における河内王朝の大王家の墓を中心としたものであることはまちがいない。
[参考文献]
『大阪府史』一、末永雅雄『日本の古墳』
(森 貞次郎)


日本大百科全書
百舌鳥古墳群
もずこふんぐん

大阪府堺(さかい)市南郊の台地上にある、古墳時代中期から後期初頭に築かれた古墳の総称。古墳群は東西・南北ともほぼ4キロメートルの範囲内にあって、古市(ふるいち)古墳群とは東西に続いている。地形的に西方で海に面しているのが、大古墳群としては特色である。古墳総数は、すでに消滅したものでも存在のわかる古墳を加え約92基で、陪塚(ばいづか)も含めてある。墳形の種類で分けると、帆立貝(ほたてがい)式古墳をも含めて前方後円墳27基、方墳四基、円墳39基、他は墳形不明であるがこれの規模は大きくない。
 百舌鳥古墳群は、墳丘の長さでは全国最大の前方後円墳、大山(だいせん)古墳(仁徳(にんとく)陵、百舌鳥耳原中陵に比定)が盟主的存在で、大型古墳として百舌鳥陵山(みさざやま)(履中(りちゅう)陵、百舌鳥耳原南陵に比定)、土師(はじ)ニサンザイ、百舌鳥大塚山、百舌鳥御廟山(ごびょうやま)の四基の前方後円墳がある。このうち調査した百舌鳥大塚山古墳では、後円部4、前方部4の埋葬・埋納施設があったが、埋葬用は後円部と前方部各一の木棺を納めた粘土槨(ねんどかく)で、銅鏡や玉類のほか多数の鉄製武器があった。百舌鳥御廟山古墳では陪塚のカトンボ山古墳に、子持勾玉(こもちまがたま)4、勾玉725、臼玉(うすだま)約2万などの大量の祭祀(さいし)遺物が埋納されていた。このほか乳ノ岡(ちのおか)古墳の長持(ながもち)形石棺からは鍬形石(くわがたいし)、車輪石など前期様相の碧玉(へきぎょく)製品が出土し、古墳群でも最初に築かれた前方後円墳の候補になるし、前方後円墳の城ノ山(じょうのやま)古墳の竪穴(たてあな)式石室からは小型銅鏡や玉類のほか、金銅(こんどう)の帯金具(おびかなぐ)や馬具など新しい様相の遺物が出土している。前方後円墳の田出井山(たでいやま)古墳(反正(はんぜい)陵、百舌鳥耳原北陵に比定)については考古学的には資料が少ない。なお、古墳群内の上野芝町には横穴式石室をもつ古墳群があるが、年代的にも系譜的にも別集団のものであろう。
[森 浩一]


大山古墳(仁徳天皇陵)[百科マルチメディア]
大山古墳(仁徳天皇陵)[百科マルチメディア]"
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2. もず‐こふんぐん【百舌鳥古墳群】
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4. もずこふんぐん【百舌鳥古墳群】
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獣帯鏡(ふみ返し六朝鏡)、三環鈴、馬鐸などもこの古墳の年代推定に有力な資料となろう。かくて百舌鳥古墳群は天皇陵推定についてはまだ多くの問題を残すとはいえ、五世紀 ...
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またこれらは石津川流域の段丘先端部上に築造された六世紀後半頃の横穴式石室を主体とすることなどから、分布上は百舌鳥古墳群域に含まれるが、系譜的には別のものと考えら ...
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24. さかい【堺】
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34. ながつかこふん【長〓古墳】
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38. 土師氏
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檜木山の小墳四基は陪冢に指定。当陵の遺物には宮内庁書陵部所蔵の墳丘部採集の埴輪片がある。→百舌鳥古墳群(もずこふんぐん)  ...
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47. もずりょうなんいせき【百舌鳥陵南遺跡】大阪府:堺市/万代百済村地図
日本歴史地名大系
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48. もんじゅづかこふん【文珠塚古墳】大阪府:堺市/踞尾村地図
日本歴史地名大系
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49. 大和国家画像
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50. りちゅうてんのう【履中天皇】
国史大辞典
檜木山の小墳四基は陪冢に指定。当陵の遺物には宮内庁書陵部所蔵の墳丘部採集の埴輪片がある。→百舌鳥古墳群(もずこふんぐん) [参考文献]上野竹次郎『山陵』上、梅原 ...
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