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  11. 拾遺和歌集
国史大辞典・日本大百科全書

国史大辞典
拾遺和歌集
しゅういわかしゅう
平安時代中期の第三番目の勅撰集。二十巻。撰者は花山院か。近臣の藤原長能や源道済の協力を考える説も古くからある。またほかに、協力者として曾禰好忠の名を挙げる説もある。藤原公任撰の『拾遺抄』の歌を全部収め、構成も踏襲している面があるので、何らかの形で公任も関与しているといえよう。成立は、官位表記から、寛弘二年(一〇〇五)六月十九日より同四年正月二十八日までの間と推定されている。早くは『拾遺抄』は『拾遺和歌集』を抄出して成立したものとする説が主流を占めていたが、江戸時代後期に至って塙保己一が『拾遺抄』を増補して『拾遺和歌集』が成立したという説を立ててから、増補説が通説となった。『拾遺和歌集』は天皇が撰者に下命するという勅撰集の正規の手続きを取らずに、花山院の文芸趣味から私的に成立したという私撰集的な性格があり、藤原定家が勅撰集として高く評価するまでは、むしろ『拾遺抄』の方が勅撰集として扱われる傾きがあった。流布本の天福本では歌数は千三百五十一首。序はない。全体が春・夏・秋・冬・賀・別・物名・雑上下・神楽歌・恋一―五・雑春・雑秋・雑賀・雑恋・哀傷に部立されている。部立は『拾遺抄』の影響が顕著で、その雑や恋の部立を大幅に増補した形になっており、純粋な四季・恋・賀と雑の四季・恋・賀とを区別していること、四季を均分していること、連歌や釈教歌などが収められていることなど、『古今和歌集』の部立を継承しながら和歌史の展開に即した新しい内容を持っている。作者は歌数の多い順に挙げると、紀貫之・柿本人麻呂・大中臣能宣・清原元輔・平兼盛・藤原輔相・凡河内躬恒・源順・伊勢・恵慶・村上天皇・公任らで、貫之と人麻呂の評価が圧倒的に高く、特に人麻呂の歌数が『拾遺抄』よりも著しく増大しており、人麻呂尊重が、恋歌の詠み人知らずの歌が多いこととともに本集の特色になっている。また、『古今和歌集』と同じく屏風歌・歌合歌・献上歌などいわゆる晴(はれ)の歌が多く、褻(け)の歌が多い『後撰和歌集』と対照的である。歌の配列は季節の変化や恋の推移が歌語によって密接に関連し、連続した一つの美的世界を形成している。詠風も優雅な歌語と穏やかな趣向によって優美平淡な余情美をかもし出している。テキストとしては、参考文献に挙げたもののほかに、『八代集抄』を収める山岸徳平編『八代集全註』一、『新編国歌大観』一所収のものなどがある。
[参考文献]
三好英二『校本拾遺抄とその研究』、片桐洋一『拾遺和歌集の研究』、北野克『算合本拾遺集の研究』
(小町谷照彦)


日本大百科全書
拾遺和歌集
しゅういわかしゅう

平安中期の3番目の勅撰(ちょくせん)和歌集。20巻。撰者は不詳であるが、花山院(かざんいん)とする説が有力。私撰集である十巻本の『拾遺抄』との関係は複雑を極め、その成立の先後が問題とされるが、「抄」を増補した「集」は1005~1007年(寛弘2~4)に成立したことが確実視されている。
 歌数は1351首(流布本)、春、夏、秋、冬、賀、別、物名(もののな)、雑(ぞう)上・下、神楽歌(かぐらうた)、恋1~5、雑春、雑秋、雑賀、雑恋、哀傷の諸部立(ぶだて)からなり、基本的には「抄」の構造を受けている。主要歌人は紀貫之(きのつらゆき)113首、柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)104首、大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ)59首、清原元輔(きよはらのもとすけ)46首、平兼盛(かねもり)38首、藤原輔相(すけみ)37首、凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)34首、源順(したごう)37首、伊勢(いせ)25首、恵慶(えぎょう)16首、村上(むらかみ)天皇16首、藤原公任(きんとう)15首などであり、人麻呂を除けば、『古今集』以下の三代集時代の有力歌人を網羅した観がある。採録された歌の内容は、私的な褻(け)の歌を重んじた『後撰集(ごせんしゅう)』とは対照的に屏風歌(びょうぶうた)などの晴(はれ)の歌が多くなっている。そのほか、贈答歌の大幅な減少、物名・神楽歌の復活、旋頭歌(せどうか)・長歌の採択などからすると、総じて『古今集』の伝統にふたたび立ち返ろうとする姿勢を認めることができる。「春立つといふばかりにやみ吉野の山も霞(かす)みて今朝は見ゆらむ」(春上・壬生忠岑(みぶのただみね))の歌にみられるように歌風は一般に平淡優美であり、調べのなだらかな作が多い。
[平田喜信]

『拾遺和歌集』[百科マルチメディア]
『拾遺和歌集』[百科マルチメディア]
巻1 春 1518年(永正15) 写本 国立国会図書館所蔵
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1. しふゐわかしふ【拾遺和歌集】
全文全訳古語辞典
[書名]第三番目の勅撰和歌集。撰者、成立ともに未詳。十一世紀初めの寛弘年間の成立で、花山院もしくは藤原公任が撰進したとする説がある。名前の示すように、『古今和歌 ...
2. 拾遺和歌集画像
日本大百科全書
平安中期の3番目の勅撰(ちょくせん)和歌集。20巻。撰者は不詳であるが、花山院(かざんいん)とする説が有力。私撰集である十巻本の『拾遺抄』との関係は複雑を極め、 ...
3. 拾遺和歌集
世界大百科事典
〈三代集〉の一つとして第3番目の勅撰和歌集。《拾遺集》と略称する。撰者は明らかでないが,花山院(花山天皇)が藤原長能(ながよし),源道済(みちなり)ら近臣の歌人 ...
4. しゅういわかしゅう【拾遺和歌集】
デジタル大辞泉
平安中期の勅撰和歌集。八代集の第三。20巻。撰者未詳。寛弘2~4年(1005~07)ごろ成立。拾遺抄を増補したものといわれる。万葉集・古今集・後撰集時代のものが ...
5. しゅういわかしゅう[シフヰワカシフ]【拾遺和歌集】
日本国語大辞典
平安中期の三番目の勅撰集。二〇巻。撰者、成立ともに未詳。花山法皇を中心に寛弘初年(一〇〇五〜〇七)頃成立したとみられる。藤原公任の私撰集「拾遺和歌抄」との関連が ...
6. しゅういわかしゅう【拾遺和歌集】
国史大辞典
されている。早くは『拾遺抄』は『拾遺和歌集』を抄出して成立したものとする説が主流を占めていたが、江戸時代後期に至って塙保己一が『拾遺抄』を増補して『拾遺和歌集』 ...
7. 拾遺和歌集(しゅういわかしゅう)
古事類苑
文學部 洋巻 第2巻 288ページ ...
8. 『拾遺和歌集』
日本史年表
1005年〈寛弘2 乙巳〉 この頃 『拾遺和歌集』 成るか(寛弘2年6月19日から寛弘4年1月28日までの間)(同書)。  ...
9. ごしふゐわかしふ【後拾遺和歌集】
全文全訳古語辞典
[書名]第四番目の勅撰和歌集。二十巻。白河天皇の勅命により、藤原通俊が撰する。一〇八六年(応徳三)成立。和泉式部・相模・赤染衛門・伊勢大輔ら女流歌人の歌が圧倒的 ...
10. 後拾遺和歌集
日本大百科全書
院政期に成った第4番目の勅撰(ちょくせん)和歌集。本来『後拾遺和歌抄』といった。藤原通俊(みちとし)撰(せん)、20巻、1218首。院政期初頭の王政復古政策の一 ...
11. 後拾遺和歌集
世界大百科事典
勅撰集。八代集の4番目の歌集。《後拾遺集》とも呼ぶ。撰者は藤原通俊(みちとし)。20巻。1218首。1075年(承保2)に白河天皇の勅命を受け,86年(応徳3) ...
12. ごしゅういわかしゅう【後拾遺和歌集】
デジタル大辞泉
平安後期の勅撰和歌集。八代集の第四。20巻。承保2年(1075)、白河天皇の命により藤原通俊(ふじわらのみちとし)が撰し、応徳3年(1086)成立。和泉式部らの ...
13. ごしゅういわかしゅう[ゴシフヰワカシフ]【後拾遺和歌集】
日本国語大辞典
平安末期の四番目の勅撰集。八代集の一つ。二〇巻。承保二年(一〇七五)、白河天皇の下命があり、応徳三年(一〇八六)成立した。撰者は藤原通俊。和泉式部、相模、赤染衛 ...
14. ごしゅういわかしゅう【後拾遺和歌集】
国史大辞典
巻、恋四巻、雑六巻よりなり、雑部には神祇・釈教・誹諧歌の三部を立てている。歌風はおおむね『拾遺和歌集』を踏襲、撰歌範囲が藤原道長・頼通の摂関期を中心とするため、 ...
15. 後拾遺和歌集(ごしゅういわかしゅう)
古事類苑
文學部 洋巻 第2巻 291ページ ...
16. 『後拾遺和歌集』
日本史年表
1086年〈応徳3 丙寅②〉 9・16 藤原通俊、 『後拾遺和歌集』 を撰進(和歌現在書目録)。  ...
17. 『拾遺和歌集』[百科マルチメディア]画像
日本大百科全書
巻1 春 1518年(永正15) 写本 国立国会図書館所蔵 ...
18. 『続後拾遺和歌集』
日本史年表
癸亥〉 7・2 天皇,二条為藤に 『続後拾遺和歌集』 の撰進を下命(拾芥抄)。 1325年〈正中2 乙丑①〉 12・18 二条為定, 『続後拾遺和歌集』 を撰進 ...
19. しょくごしゅういわかしゅう【続後拾遺和歌集】
デジタル大辞泉
鎌倉時代の勅撰和歌集。20巻。元亨3年(1323)後醍醐天皇の勅により、二条(藤原)為藤・為定が撰し、嘉暦元年(1326)成立。歌数約1350首。代表歌人は藤原 ...
20. しょくごしゅういわかしゅう[ショクゴシフヰワカシフ]【続後拾遺和歌集】
日本国語大辞典
鎌倉末期にできた、一六番目の勅撰集。二〇巻。歌数は一三五三首。元亨三年(一三二三)後醍醐天皇の命により藤原為藤・為定が撰し、嘉暦元年(一三二六)成立。代表歌人は ...
21. しょくごしゅういわかしゅう【続後拾遺和歌集】
国史大辞典
第十六番目の勅撰和歌集。撰者は二条為藤・同為定。春(上・下)・夏・秋(上・下)・冬・物名・離別・羈旅・賀・恋(一―四)・雑(上・中・下)・哀傷・釈教・神祇の二 ...
22. 『続拾遺和歌集』
日本史年表
7・22 亀山上皇,二条為氏に 『続拾遺和歌集』 の撰進を命じる(尊卑分脈)。 1278年〈弘安元(2・29) 戊寅⑩〉 12・27 二条為氏撰『続拾遺和歌集』 ...
23. しょくしゅういわかしゅう【続拾遺和歌集】
デジタル大辞泉
鎌倉時代の勅撰和歌集。20巻。建治2年(1276)亀山院の院宣により、藤原為氏が撰し、弘安元年(1278)成立。歌数約1460首。代表歌人は藤原為家・定家・俊成 ...
24. しょくしゅういわかしゅう[ショクシフヰワカシフ]【続拾遺和歌集】
日本国語大辞典
鎌倉時代にできた、一二番目の勅撰集。二〇巻。歌数は一四五九首。建治二年(一二七六)亀山院の院宣により藤原為氏が撰し、弘安元年(一二七八)成立。撰歌の範囲を「拾遺 ...
25. しょくしゅういわかしゅう【続拾遺和歌集】
国史大辞典
中・下)・釈教・神祇。序文はない。雑春・雑秋などの部を設けている点が『拾遺和歌集』に類似する。対象とする作品は『拾遺和歌集』の時代から撰進当時に及ぶが、当代歌人 ...
26. 『新後拾遺和歌集』
日本史年表
後円融天皇,二条為遠に 『新後拾遺和歌集』 の撰進を下命(拾芥抄)。 1382年〈【北朝】永徳2・【南朝】弘和2 壬戌①〉 3・17 二条為重, 『新後拾遺和歌 ...
27. しんごしゅういわかしゅう【新後拾遺和歌集】
デジタル大辞泉
南北朝時代の勅撰和歌集。20巻。天授元=永和元年(1375)後円融天皇の勅により、二条為遠・二条為重が撰し、元中元=至徳元年(1384)成立。二条良基の仮名序が ...
28. しんごしゅういわかしゅう[シンゴシフヰワカシフ]【新後拾遺和歌集】
日本国語大辞典
南北朝時代にできた、二〇番目の勅撰和歌集。永和元年(一三七五)の後円融天皇の命により、二条為遠が撰。その死後、二条為重がつぎ、至徳元年(一三八四)に最終的に成立 ...
29. しんごしゅういわかしゅう【新後拾遺和歌集】
国史大辞典
世歌壇史の研究―南北朝期―』、後藤重郎編『(勅撰和歌)十三代集研究文献目録』、小西謙「新後拾遺和歌集作者異見」(『国語と国文学』一三ノ五) (樋口 芳麻呂)  ...
30. 新後拾遺和歌集(しんごしゅういわかしゅう)
古事類苑
文學部 洋巻 第2巻 320ページ ...
31. 『新拾遺和歌集』
日本史年表
後光厳天皇,足利義詮の奏請により, 『新拾遺和歌集』 の撰進を二条為明に下命(後愚昧記)。 1364年〈【北朝】貞治3・【南朝】正平19 甲辰〉 4・20 二条 ...
32. しんしゅういわかしゅう【新拾遺和歌集】
デジタル大辞泉
室町前期の勅撰和歌集。20巻。正平18=貞治2年(1363)後光厳天皇の勅により二条為明が撰したが、途中で没したため頓阿(とんあ)が助成、翌年完成。歌数約192 ...
33. しんしゅういわかしゅう[シンシフヰワカシフ]【新拾遺和歌集】
日本国語大辞典
南北朝時代にできた、一九番目の勅撰和歌集。二〇巻で、歌数は一九二〇首。貞治二年(一三六三)、後光厳院の命により藤原為明が撰したが、途中で病死したため、頓阿が継承 ...
34. しんしゅういわかしゅう【新拾遺和歌集】
国史大辞典
第十九番目の勅撰和歌集。撰者は二条為明。助成者頓阿。春(上・下)・夏・秋(上・下)・冬・賀・離別・羈旅・哀傷・恋(一―五)・神祇・釈教・雑(上・中・下)の二十 ...
35. 新拾遺和歌集(しんしゅういわかしゅう)
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36. 續後拾遺和歌集(ぞくごしゅういわかしゅう)
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37. 續拾遺和歌集(ぞくしゅういわかしゅう)
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38. 花山天皇撰拾遺和歌集説 (見出し語:花山天皇)
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39. 批難後拾遺和歌集 (見出し語:後拾遺和歌集)
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40. 續後拾遺和歌集命名 (見出し語:續後拾遺和歌集)
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41. ぞくごしゅういわかしゅう[ゾクゴシフヰワカシフ]【続後拾遺和歌集】
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〓しょくごしゅういわかしゅう(続後拾遺和歌集) ...
42. ぞくごしゅういわかしゅう【続後拾遺和歌集】
国史大辞典
⇒しょくごしゅういわかしゅう  ...
43. ぞくしゅういわかしゅう[ゾクシフヰワカシフ]【続拾遺和歌集】
日本国語大辞典
〓しょくしゅういわかしゅう(続拾遺和歌集) ...
44. ぞくしゅういわかしゅう【続拾遺和歌集】
国史大辞典
⇒しょくしゅういわかしゅう  ...
45. あい‐す・む[あひ‥]【相住】
日本国語大辞典
〔自マ四〕(「あい」は接頭語)同じ家にいっしょに住む。*後拾遺和歌集〔1086〕雑一・八九四・詞書「叔母なりける人のあひすみける方より」*神皇正統記〔1339〜 ...
46. あいだ[あひだ]【間】
日本国語大辞典
試業も相済み候間午後より参上御礼申上べく候」(2)「この間」の形で、漠然とした時を示す。*拾遺和歌集〔1005〜07頃か〕哀傷・一三二二・詞書「このあひだ病重く ...
47. あいのみや【愛宮】
日本人名大辞典
謀で夫が失脚(安和の変),大宰府(だざいふ)へ左遷されると出家。「蜻蛉(かげろう)日記」「拾遺和歌集」などに歌がのこる。「うつくしのみや」ともよむ。 ...
48. あう はかり無(な)し
日本国語大辞典
・一〇一八「あふはかりなくてのみふるわが恋を人めにかくる事のわびしさ〈よみ人しらず〉」*後拾遺和歌集〔1086〕雑四・一〇八五「いにしへのちぢの黄金(こがね)は ...
49. あえば-うじなお【饗庭氏直】
日本人名大辞典
平(しょうへい)7年(1352)尊氏の新田義興・義宗との戦いにくわわり奮戦した。歌が「新後拾遺和歌集」などにある。名ははじめ直宣,のち尊宣(たかのぶ)。号は命鶴 ...
50. あおい[あふひ]【葵】画像
日本国語大辞典
)黍(きみ)に粟嗣ぎ延(は)ふ田葛(くず)の後も逢はむと葵(あふひ)花咲く〈作者未詳〉」*拾遺和歌集〔1005〜07頃か〕恋一・六六五「我こそや見ぬ人こふるやま ...
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