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  11. 新古今和歌集
日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典

日本大百科全書
新古今和歌集
しんこきんわかしゅう

第8番目の勅撰(ちょくせん)和歌集。20巻。鎌倉初期の成立。後鳥羽院(ごとばいん)の下命によって撰進された。撰者は源通具(みちとも)、藤原有家(ありいえ)、藤原定家(ていか)、藤原家隆(いえたか)、藤原雅経(まさつね)、寂蓮(じゃくれん)。在来の勅撰集と異なり、院自ら撰集作業に参加され、序、詞書(ことばがき)も院の立場において記され、「親撰体」の集の最初の集となる。
[後藤重郎]

成立

勅撰二十一代集中もっとも複雑長期の成立過程を有し、通常4期に分かち考えられる。
(1)第1期選歌時代 1201年(建仁1)7月『後撰集』の例に倣って和歌所(わかどころ)が置かれて寄人(よりゅうど)が任命され、同年11月3日寄人中6名が撰者に任命され撰集下命があり、以後選歌に従事、1203年4月20日ごろ撰者らが選歌を上進するまで。寂蓮は中途にて寂し上進せず。
(2)第2期御点時代 撰者たちの上進歌に対し、院が三度まで御点を付し精選せられた時期。
(3)第3期部類時代 1204年(元久1)7月、部類(各部への配当・各部における配列作業)下命、作業が始められ、翌1205年3月26日竟宴(きょうえん)(撰集作業が終わった「竟」のあと開かれる宴)が行われるまで。
(4)第4期切継(きりつぎ)時代 都と隠岐(おき)とに分けて考えられる。都のそれは、竟宴後、切継(切出(きりだし)、切入、継直(つぎなおし))が行われ、承久(じょうきゅう)の乱(1221)の計画の進展に伴い、切継に終止符が打たれ、1216年(建保4)12月26日、和歌所開闔(かいこう)源家長(いえなが)が書写を行った時期まで。隠岐のそれは、在島19年に及ぶ晩年、院の心がふたたび『新古今集』に向かい、約400首の歌を切り出された時期(このおりは切出のみにて都のそれとは性格が異なる)。
 このように実に三十数年にわたる長期の撰集の歴史を有するのである。
 それに伴い伝本も4類に分かれ成立をみている。
(1)第1類竟宴本 竟宴のおりの本。現存本文とはその後の切継により相当異なった内容であった。
(2)第2類切継時代諸本 現存諸本はほとんどが切継時代の本文を書写した系統に属し、1209年(承元3)ごろだいたい現存本文の形に定まったと考えられているが、切継の諸段階で書写された関係で、切継歌をめぐり相違がみられる。
(3)第3類家長本 都における切継に終止符を打たれた最終段階の本文として、1216年12月26日、源家長により書写された本。切出歌を1首も含まず、家長による真名(まな)、仮名の識語を有する。
(4)第4類隠岐本 隠岐にて約400首切り出された本で、新たに隠岐抄序が付される。
 なお『新古今集』は、二十一代集中、複数の撰者による撰集中、どの撰者がどの歌を選んだかを示すいわゆる撰者名注記を有する本があり、撰者名の符号の種類、位置、撰者の名を全部有するか否かなどにつき相違がみられるが、注記のない歌は選歌上進後、院(または藤原良経(よしつね))による切入歌と考えられている。
[後藤重郎]

内容

歌数約2000首。仮名序藤原良経作、真名序藤原親経(ちかつね)作(ただしいずれも後鳥羽院の立場で執筆)。春、夏、秋、冬、賀、哀傷、離別、羇旅(きりょ)、恋1~5、雑(ぞう)上中下、神祇(じんぎ)、釈教の部立(ぶだて)よりなる。八代集中、秋歌が春歌に対して著しく多いのも特色であり、また『千載集(せんざいしゅう)』以後『新続(しんしょく)古今集』を除き、神祇、釈教両部は先後の別こそあれ連続して配されているが、最後の巻20が釈教部となるのは『新古今集』のみであり、後の承久(じょうきゅう)の悲運もこの配列のゆえとまでいわれた。作者は、拾遺群歌人と千載群歌人とに大別され(風巻(かざまき)景次郎による)、歌群の交替と歌人群の交替との巧みな組合せ、各歌群内における配列美により、一首一首の美とともに配列の美による歌境が展開される。作者としては、数のうえからは、撰集時代もしくはやや前の時代の歌人が重んぜられており、西行(さいぎょう)94、慈円92、良経79、俊成(しゅんぜい)72、式子(しょくし)内親王49、定家46、家隆43、寂蓮35、後鳥羽院33、俊成卿女(しゅんぜいきょうのむすめ)29、雅経22、有家19、通具17等がみられ、古い時代の歌人では、貫之(つらゆき)32、和泉式部(いずみしきぶ)25、人麻呂(ひとまろ)23等がみられる。
[後藤重郎]

歌風

万葉・古今・新古今の三大歌風と称せられ、「風通ふ寝覚の袖(そで)の花の香にかをる枕(まくら)の春の夜の夢」(俊成女)、「春の夜の夢の浮橋とだえして峯(みね)に別るる横雲の空」(定家)などにみられる、余情妖艶(ようえん)の歌風が顕著であり、修辞の面では、体言止(第五句が体言で終わり、述部がそれより前にある「倒置法」と、述部が省略されており、補って考える「省略法」とがある)、奇数句切(初句切、三句切、初句切・三句切を通常いうが、連歌との関係で三句切がとくに注目される)、本歌取(古歌の心・言葉を用いて新しい歌を詠むこと)、懸詞(かけことば)、縁語等の技法を縦横に駆使し、新古今歌風による美的世界を現出している。『古今集』が漢文学全盛の時代の後を受け、勅撰六国史(りっこくし)が宇多(うだ)天皇の前の光孝(こうこう)天皇をもって終わり、遣唐使派遣が菅原道真(すがわらのみちざね)の建言をもって廃され、辛酉(しんゆう)革命の年のゆえをもって延喜(えんぎ)と改元されるなど、宇多・醍醐(だいご)朝の新しい時代への転換期を背景に、初めての勅撰集として華々しく登場したのに対し、『新古今集』は院政という律令制(りつりょうせい)外の政治形態の下、新興勢力の武士の台頭の前にはもはや昔日の栄華は望みえず、さりとて承久の悲運はいまだ経験せず、その名の示すごとく、『古今集』とその時代の復活を夢みての撰集であった。したがって、同じく時代の転換期にありながら、懐古、復古の基盤のうえに、実よりも花にすぎたる美としての新古今歌風となったものであった。しかし一面、後鳥羽院と連歌(れんが)との関係から、中世歌人のみならず連歌師からも共感賛美の念を寄せられ、和歌の面において『古今集』への回帰が志されるときは、つねにいったんは『新古今集』を媒介として『古今集』への復帰が志向され、連歌の面においては、連歌師による注釈書の出現となり、それぞれに大きな意味をもった。近世では万葉主義、古今主義、新古今主義と三大和歌思潮の一つを形成し、近代においてもその及ぼした影響は萩原朔太郎(はぎわらさくたろう)・塚本邦雄(くにお)らと、事新しく述べるまでもなく、後世への影響も非常に大きなものがある。
[後藤重郎]



改訂新版・世界大百科事典
新古今和歌集
しんこきんわかしゅう

鎌倉初期,後鳥羽院が編纂させた勅撰和歌集。20巻。略して《新古今集》ともいう。巻頭に仮名序,巻尾に真名序を付し,春,夏,秋,冬,賀,哀傷,離別,羇旅,恋,雑,神祇,釈教に分類され,すべて短歌形式の歌で長歌,旋頭歌などの雑体は含まない。流布本で1979首を収める。八代集の最後に位置し,《万葉集》《古今和歌集》と並ぶ古典和歌様式の一典型を表現した歌集と評価されている。撰者は源通具,藤原有家,藤原家隆,藤原定家,藤原雅経。

撰集経過,成立

鎌倉幕府に対抗し,朝廷の威信の回復を念願した後鳥羽院は宮廷和歌の興隆に熱情をそそいだ。歌壇新旧両派の統一をうながすとともに,みずからも作歌活動の中心に立ち,〈正治初度百首〉〈正治第二度百種〉〈老若五十首歌合〉〈千五百番歌合(院第三度百首)〉などを主催,同時に新しい勅撰和歌集の実現をめざして,1201年(建仁1)7月和歌所を設置して藤原良経らを寄人に,源家長を開闔(かいこう)に任じた。同年11月には寄人のうちから撰者6名(うち寂〓が中途で死去)を指名,和歌撰進の院宣を下した。各撰者は1年半後に撰歌稿を提出,さらに院自身の再撰歌作業が1年半も続いた(御点時代)。続いて分類・配列作業に入り,ことに作品の配列は,その時代的特色や,主題・副主題の密接な連続と調和に細心の配慮を加えたが,その間も新たな当代の秀歌を求めて歌合などを繰り返し,作品の加除がしきりに行われた。こうして分類整理が一応終わった段階で,1205年(元久2)3月26日竟宴が催され,公式にはこれが《新古今集》成立の日とされた。しかし実際は,翌々日から院の意志による歌の増補(切入(きりいれ)),削除(切出(きりだし))が行われ,約60首の新作歌も切入された。この改訂作業(切継(きりつぎ))の期間は5年間にもわたる(切継時代)。ようやく1216年(建保4)12月26日,最終的な定本が開闔の源家長の手で清書され,第2次完成をみるにいたった。その後,承久の乱で隠岐に流された後鳥羽院は,さらに精撰本を作製,380首ほどを除棄した。院の親撰という点を尊重して,この隠岐撰抄本を最終形態とみれば,集の成立を1235年(嘉禎1),36年とする見方も成り立つ。しかし実際に流布したのは切継時代に定家,家隆が書写した本文,または家長浄書本系統であり,その意味では,形式的には第1次,実質的には第2次の成立を重視すべきである。伝本は,撰集段階を反映して,第1類元久2年原撰本系統,第2類定家家隆書写本系統,第3類建保4年家長浄書本系統,第4類隠岐撰抄本系統の4種が想定されるが,第2類のほか純粋本文が伝存せず,現存伝本も種々の混態を示す。通常,第3類本文の復元を目標に校定される。

作者,歌風

《万葉集》は別として,《古今集》から《千載集》に至る先行の七つの勅撰集に入集している作は撰歌対象とせず,当代新風和歌を中核に据えた。西行,慈円,良経,俊成,式子内親王,定家,家隆,寂〓,後鳥羽院,俊成女の,入集歌の多い上位10名の当代歌人のうち,西行以外は御子左(みこひだり)派新風歌人である(御子左家)。古典和歌の史的変遷を映しだすとともに,その必然の帰結として当時の新風を誇示する気迫が示されている。〈幽玄〉体と称された新風は,俊成・定家父子の創造,ことに定家の独創に影響され,技法としては本歌取りの極限的な活用が志向された。古典和歌の1首または2首を本歌として取り,その再構成をはかる。本歌の特徴的な表現を部分的に導入することで,表現の細部に本歌の映像と詩趣をただよわせ,密度の濃い多重的心象を構成して奥深い心の陰影をとらえる。それは,古典和歌,物語,漢詩の情調に没入する幻想的・耽美的情念を基調とする作歌法であったから,六条家の平板な古典主義と違って,余情・妖艶の美を造型する夢幻的芸術至上主義の詩として,和歌を再生させることを意図している。構成的な技巧としては初句切れ,三句切れ,体言止めが多用される。こうして,絵画的,物語的,幻想的,象徴的などといわれる華麗な新古今様式がうみだされた。古典を媒介とする幻想的美意識の放射,物語的情調の圧縮的な投影,鋭敏で透明度の高い季節感情の把握などが,それぞれ多彩に連関しあってイメージの小宇宙を形成している。

 定家の〈春の夜の夢の浮橋とだえして峯に別るる横雲の空〉〈年も経ぬ祈る契りは初瀬山尾の上の鐘のよその夕暮〉,家隆の〈霞立つ末の松山ほのぼのと波に離るる横雲の空〉,式子内親王の〈玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする〉,寂〓の〈さびしさはその色としもなかりけり槙立つ山の秋の夕暮〉,良経の〈うち湿りあやめぞ薫る郭公鳴くや五月の雨の夕暮〉〈きりぎりす鳴くや霜夜のさ莚に衣かたしきひとりかも寝む〉,後鳥羽院の〈桜咲く遠山鳥のしだり尾のながながし日も飽かぬ色かな〉,俊成女の〈風通ふ寝覚めの袖の花の香に薫る枕の春の夜の夢〉などの代表作に彼らの美意識が顕現されているのがみられる。しかしこの時代でも,深い真情の表現が尊重されたことに変わりはない。華麗な技巧を超えた,優美で高貴な余情をたたえる人間的真実の表現は,最高の秀歌といわれた。同時に,人の世の根源的な悲哀,静澄な無常感や孤独感の抒情もこの集には多い。むしろ変転する現世に生きる虚無感や反現実の志向が,一方では華麗妖艶の幻想美に反転したともいえる。

影響

《新古今集》は撰集規模,形態,方法などで後続勅撰集の規範となるほか,表現様式面では,ことに京極派の撰集《玉葉和歌集》《風雅和歌集》に継承された。また美的理念を通して,連歌,能,茶道など,中世の芸道の象徴理論に影響を及ぼした。また東常縁(とうのつねより)の注釈を細川幽斎が増補した《新古今和歌集聞書》があり,宗祇,肖柏,宗長ら連歌師によって注釈的研究もさかんに行われた。近世には新古今を称揚した本居宣長による《美濃の家づと》,また石原正明の《尾張迺家苞(おわりのいえづと)》などの研究書が知られる。近代では,新詩社の浪漫主義運動により再評価され,さらに北原白秋,太田水穂ら象徴主義歌人,ひいてはマチネ・ポエティクの詩人たちに,日本象徴詩の源泉としての評価を受け,塚本邦雄ら前衛歌人の文学運動を生んだ。
[近藤 潤一]

[索引語]
後鳥羽天皇(院,上皇) 新古今集 切継(文学) 本歌取り 新古今和歌集聞書
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1. しんこきんわかしふ【新古今和歌集】
全文全訳古語辞典
[書名]第八番目の勅撰和歌集。二十巻。一二〇一年(建仁元)の後鳥羽上皇の院宣によって、源通具・藤原有家・藤原定家・藤原家隆・藤原雅経らが撰した。寂蓮も撰者の一人 ...
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3. 新古今和歌集画像
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デジタル大辞泉
鎌倉初期の勅撰和歌集。八代集の第八。20巻。後鳥羽院の院宣により、源通具(みなもとのみちとも)・藤原有家・藤原定家・藤原家隆・藤原雅経が撰し、元久2年(1205 ...
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国史大辞典
史大成』七)、風巻景次郎『新古今時代』(『風巻景次郎全集』六)、小島吉雄『新古今和歌集の研究』、有吉保『新古今和歌集の研究』、藤平春男『新古今歌風の形成』、同『 ...
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後鳥羽院の命によって編まれた、第八番目の勅撰和歌集。撰者は源通具(みちとも)、藤原有家(ありいえ)、藤原定家、藤原家隆(いえたか)、藤原雅経(まさつね)、寂蓮( ...
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14. あ【彼】
日本国語大辞典
〔1001〜14頃〕明石「あはとみるあはちのしまのあはれさへのこるくまなくすめるよの月」*新古今和歌集〔1205〕雑上・一五一五「淡路にてあはとはるかにみし月の ...
15. あえ ず
日本国語大辞典
もちて王に向ひて説かく」*源氏物語〔1001〜14頃〕東屋「たとひあへずしてつかうまつりさしつとも」*新古今和歌集〔1205〕秋上・三九一「ことはりの秋にはあへ ...
16. あお‐ば[あを‥]【青葉】
日本国語大辞典
青々とした葉。*常陸風土記〔717〜724頃〕久慈「青葉は自ら景を蔭(かく)す蓋を飄し」*新古今和歌集〔1205〕冬・六二六「冬深く成りにけらしな難波江のあを葉 ...
17. あおやぎ‐の[あをやぎ‥]【青柳─】
日本国語大辞典
か〕恋三・八一五「いづ方に寄るとかは見むあをやぎのいと定めなき人の心を〈よみ人しらず〉」*新古今和歌集〔1205〕哀傷・八四七「君なくて寄るかたもなき青柳のいと ...
18. あかし【明石】
国史大辞典
れ、律令時代には明石駅家(うまや)が置かれた。景勝の地であるため『万葉集』『古今和歌集』『新古今和歌集』などにうたわれ、『竹取物語』『源氏物語』『大鏡』などにそ ...
19. あか ぬ= 別(わか)れ[=暇(いとま)]
日本国語大辞典
*後撰和歌集〔951〜953頃〕恋一・五六八「今ぞ知るあかぬ別の暁は君をこひちにぬるる物とは〈作者不明〉」*新古今和歌集〔1205〕恋三・一一九一「待つ宵にふけ ...
20. あかね‐さ・す【茜─】
日本国語大辞典
氏物語〔1001〜14頃〕行幸「あかねさす光は空にくもらぬをなどてみ雪に目をきらしけむ」*新古今和歌集〔1205〕賀・七四八「あかねさす朝日の里の日影草とよのあ ...
21. あき 惜(お)しむ
日本国語大辞典
去り行く秋を惜しむ。《季・秋》*新古今和歌集〔1205〕秋下・五四九「身にかへていざさは秋をおしみみむさらでももろき露の命を〈守覚法親王〉」*俳諧・増山の井〔1 ...
22. あき‐かぜ【秋風】
日本国語大辞典
アキカゼ)は日に異(け)に吹きぬ吾妹子はいつとか吾を斎ひ待つらむ〈阿倍継麻呂の第二男〉」*新古今和歌集〔1205〕秋上・四一三「秋風にたなびく雲の絶え間より洩れ ...
23. あきかぜ 立(た)つ
日本国語大辞典
も)打棄(うつつ)る人は秋風之立来(あきかぜのたちくる)時にもの思ふものそ〈作者未詳〉」*新古今和歌集〔1205〕秋上・三〇〇「あはれいかに草葉の露のこぼるらん ...
24. あき 暮(く)る
日本国語大辞典
5〜914〕秋下・三一二「夕月夜をぐらの山に鳴く鹿の声のうちにや秋はくるらむ〈紀貫之〉」*新古今和歌集〔1205〕秋下・五二二「鵲(かささぎ)の雲の梯(かけはし ...
25. あき さる
日本国語大辞典
「安吉佐礼(アキサレ)ば霧立ちわたる天の河石並(な)み置かば継ぎて見むかも〈大伴家持〉」*新古今和歌集〔1205〕雑上・一五六二「雲かかるとほ山ばたの秋されば思 ...
26. あきしの【秋篠】
日本国語大辞典
奈良市北西部の地名。きぬた、霧の名所として知られ、秋篠寺がある。外山の里。秋篠の里。歌枕。*新古今和歌集〔1205〕冬・五八五「あきしのやと山の里や時雨るらんい ...
27. あき の 限(かぎ)り
日本国語大辞典
秋の季節の最後。陰暦九月の末日。秋の果て。《季・秋》*新古今和歌集〔1205〕秋下・五五〇「なべて世の惜しさにそへて惜しむかな秋より後のあきのかぎりを〈藤原頼実 ...
28. あき の 形見(かたみ)
日本国語大辞典
か〕秋・二一四「暮れてゆく秋のかたみに置くものは我がもとゆひの霜にぞありける〈平兼盛〉」*新古今和歌集〔1205〕冬・五六六「から錦秋のかたみや立田山散りあへぬ ...
29. あき の 声(こえ)
日本国語大辞典
来るように感じられる、秋のあわれを深くおぼえさせる幽玄な音の意にも用いられる。《季・秋》*新古今和歌集〔1205〕雑下・一九九二「みづぐきの中にのこれるたきの声 ...
30. あき の 霜(しも)
日本国語大辞典
(1)秋の末に降りる霜。《季・秋》*新古今和歌集〔1205〕雑上・一五六四「浅ぢふや袖にふりにし秋の霜忘れぬ夢に吹く嵐かな〈源通光〉」(2)(多く実際の霜をかけ ...
31. あき の 袖(そで)
日本国語大辞典
「あき(秋)の袂(たもと)」に同じ。*新古今和歌集〔1205〕秋上・四〇一「松島や潮くむあまの秋の袖月は物思ふならひのみかは〈鴨長明〉」*八幡若宮撰歌合〔120 ...
32. あき の 袂(たもと)
日本国語大辞典
秋の袖。*是貞親王歌合〔893〕「かりの身とうはの空なる涙こそあきのたもとの露とおくらめ」*新古今和歌集〔1205〕恋四・一三一四「物思はでただおほかたの露にだ ...
33. あき の 別(わか)れ
日本国語大辞典
別・三八五「もろともに鳴きてとどめよきりぎりす秋のわかれは惜しくやはあらぬ〈藤原兼茂〉」*新古今和歌集〔1205〕冬・五五一「おきあかす秋のわかれの袖の露霜こそ ...
34. あき 更(ふ)く
日本国語大辞典
《季・秋》*六百番歌合〔1193頃〕秋「柞原雫も色や変るらん森の下草秋ふけにけり〈藤原良経〉」*新古今和歌集〔1205〕秋下・五一七「秋深ぬなけや霜夜のきりぎり ...
35. あき より 後(のち)の秋(あき)
日本国語大辞典
陰暦の閏(うるう)九月のこと。*新古今和歌集〔1205〕秋下・五五〇「なべて世のをしさにそへてをしむかな秋より後のあきのかぎりを〈藤原頼実〉」 ...
36. あき を 込(こ)む
日本国語大辞典
秋らしい雰囲気を漂わせる。*新古今和歌集〔1205〕夏・二七八「雲まよふ夕べに秋をこめながら風もほに出でぬ荻のうへかな〈慈円〉」 ...
37. あけ‐や・る【明遣】
日本国語大辞典
*千載和歌集〔1187〕冬・四二七「霜さえてさよも長居の浦寒みあけやらずとや千鳥鳴くらん〈静賢〉」*新古今和歌集〔1205〕冬・六六七「明やらぬ寝覚めの床に聞ゆ ...
38. あ・ける【明・開・空】
日本国語大辞典
年の春より」*源氏物語〔1001〜14頃〕乙女「式部卿宮、あけん年ぞ五十になり給ひける」*新古今和歌集〔1205〕冬・六九九「年の明(あけ)て浮世の夢のさむべく ...
39. あさか‐の‐ぬま【安積沼・浅香沼・朝香沼】
日本国語大辞典
四・六七七「みちのくのあさかのぬまの花かつみかつみる人に恋ひやわたらん〈よみ人しらず〉」*新古今和歌集〔1205〕夏・一八四「野辺はいまだあさかの沼にかる草のか ...
40. あさ‐ぐもり【朝曇】
日本国語大辞典
氏物語〔1001〜14頃〕行幸「うちきえしあさぐもりせしみ雪にはさやかに空の光やは見し」*新古今和歌集〔1205〕秋下・四九二「さびしさはみ山の秋の朝ぐもり霧に ...
41. あさじ=が[=の]月(つき)
日本国語大辞典
チガヤをさびしげに照らす月。また、その光。*新古今和歌集〔1205〕秋下・五二一「長月もいく有明に成りぬらんあさぢの月のいとどさびゆく〈慈円〉」*玉葉和歌集〔1 ...
42. あさじ=が[=の]露(つゆ)
日本国語大辞典
*源氏物語〔1001〜14頃〕賢木「風吹けばまづぞ乱るる色かはるあさぢが露にかかるささがに」*新古今和歌集〔1205〕恋三・一二二五「憑(たの)めこしことの葉ば ...
43. あさじ‐はら[あさぢ‥]【浅茅原】
日本国語大辞典
・一三四二「山高み夕日隠りぬ浅茅原後(のち)見むために標(しめ)結はましを〈作者未詳〉」*新古今和歌集〔1205〕哀傷・七七七「あさぢはらはかなく置きし草のうへ ...
44. あさ‐じめり【朝湿】
日本国語大辞典
〔名〕朝、霧や露、また小雨などのために、物がしっとりと湿っていること。*新古今和歌集〔1205〕秋上・三四〇「うす霧の籬(まがき)の花の朝じめり秋は夕べと誰かい ...
45. あさ の 狭衣(さごろも)
日本国語大辞典
*恋十五首歌合〔1202〕「山がつの麻のさころもをさをあらみあはで月日や杉ふける庵〈藤原良経〉」*新古今和歌集〔1205〕秋下・四七九「まどろまで詠めよとてのす ...
46. あさひ‐かげ【朝日影】
日本国語大辞典
山越におきて〈舎人吉年〉」*源氏物語〔1001〜14頃〕東屋「花やかにさし出でたるあさ日かげに」*新古今和歌集〔1205〕春上・九八「あさひかげにほへる山の桜花 ...
47. あさま‐の‐だけ【浅間岳】
日本国語大辞典
「あさまやま(浅間山)」に同じ。*新古今和歌集〔1205〕羇旅・九〇三「しなのなるあさまのたけに立つ煙をちこち人のみやはとがめぬ〈在原業平〉」*書言字考節用集〔 ...
48. あさ‐みどり【浅緑】
日本国語大辞典
昭〉」*経信集〔1097頃〕「あさみどりのべの霞のたなびくにけふの小松をまかせつるかな」*新古今和歌集〔1205〕哀傷・七五八「あはれなりわが身のはてやあさ緑つ ...
49. あしで‐ながうた【葦手長歌】
日本国語大辞典
〔名〕散らし書きにした長歌(ちょうか)。*新古今和歌集〔1205〕雑下・一七九六・詞書「さうしに、あしでながうたなどかきて、おくに」 ...
50. あし の 仮寝(かりね)
日本国語大辞典
三・八〇七「難波江のあしのかりねの一よゆゑ身をつくしてや恋ひわたるべき〈皇嘉門院別当〉」*新古今和歌集〔1205〕羇旅・九三二「夏刈のあしのかりねもあはれなり玉 ...
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後撰和歌集(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典・国史大辞典)
『古今和歌集』に次ぐ第二の勅撰和歌集。略称「後撰集」。951年(天暦5)、村上天皇の命により昭陽舎(梨壺に撰和歌所が設けられ、別当に藤原伊尹、寄人に大中臣能宣、清原元輔、源順、紀時文、坂上望城のいわゆる「梨壺の五人」が任ぜられて、『万葉集』
なが‐うた 【長歌・長唄】(日本国語大辞典)
和歌の一体。五音、七音の二句を三回以上続け、最後に七音を添えるもの。ちょうか。*古今和歌集〔905〜914〕雑体・一〇〇二・詞書「ふるうたたてまつりし時のもくろくのそのなかうた」*源氏物語〔1001〜14頃〕行幸「なかうたなどの心ばへあらむを、御覧ぜむには
やまと‐うた 【大和歌・倭歌】(日本国語大辞典)
わが国固有の歌。多く、唐歌(からうた)に対して和歌をいう。*古今和歌集〔905〜914〕仮名序「やまとうたは、ひとのこころをたねとして、よろづのことの葉とぞなれりける」*後鳥羽院御口伝〔1212〜27頃〕「やまと哥を詠ずるならひ、昔より今にいたるまで
旋頭歌(国史大辞典)
歌体の一つ。「みじかうた」「みそひともじ」ともいう。形式は五・七・五・七・七の五句体、三十一音。五句を分けて、五・七・五の三句を上の句、七・七の二句を下の句、さらに第一句を初句・頭句・起句、第二句を胸句、第三句を腰句、第五句を結句・尾句・落句などと呼ぶ。
こんぽん‐か 【混本歌】(日本国語大辞典)
和歌の歌体の一つ。古今集の真名序に「混本」と見えるが、どのような歌体をさすか、未詳。旋頭歌に同じく六句体の歌であるとする説(喜撰式、宣長、守部など)、四句体の歌とする説(奥義抄、八雲御抄など)、片歌や五・七音を連続させる、結句のない偶数形式の歌とする説(五十嵐力)
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新古今和歌集(新編 日本古典文学全集)
新古今和歌集序(仮名序)〔一〕和歌は、昔、天地が開け始めて、人の営みがまだ定らなかった時、日本の歌として、稲田姫の住んでいた素鵞の里から伝わっているということである。そうした時以来、和歌の道が盛んに興り、その流れは今日まで絶えることがなくて、恋愛に熱中したり
水鏡(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
歴史物語。三巻三冊。鎌倉時代初期の成立か。作者は中山忠親かといわれるが、ほかに源雅頼をあてる説もある。ただし、雅頼説は注目を集めたものの反論も出ている。内容は、神武天皇より仁明天皇までの歴史を語るが、妄誕の記事がはなはだ多く、信頼できない話題が随所にあり
古来風躰抄(日本大百科全書(ニッポニカ))
藤原俊成の歌論書。俊成84歳の1197年(建久8)に式子内親王の依頼で初撰本、1201年(建仁1)に再撰本が書かれた。上巻は和歌本質論、和歌史論などの論述と『万葉集』抄出歌191首からなり、下巻は『古今集』から『千載集』に至る勅撰集抄出歌395首と若干の歌評とからなる。
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新古今和歌集(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
第8番目の勅撰和歌集。20巻。鎌倉初期の成立。後鳥羽院の下命によって撰進された。撰者は源通具、藤原有家、藤原定家、藤原家隆、藤原雅経、寂蓮。在来の勅撰集と異なり、院自ら撰集作業に参加され、序、詞書も院の立場において記され、「親撰体」の集の最初の集となる。
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