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日本国語大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典

日本国語大辞典
さど‐が‐しま【佐渡島】

解説・用例

新潟県に属する日本海にある島。遠流(おんる)の地、金山で古くから知られ、史跡が多く、景勝や郷土芸能に富む。米作が主。佐渡。

*浮世草子・男色大鑑〔1687〕五・五「本国佐渡(サド)が嶋(シマ)へ帰り」

発音

サド〓シマ

〓[カ゜]〓[サ]




日本大百科全書
佐渡島
さどがしま

新潟県の日本海上に浮かぶ日本最大の島。越後(えちご)(新潟県本土)から佐渡海峡を隔てて35キロメートル、周囲264.2キロメートル、面積854.30平方キロメートル、1島1市で全島域が佐渡市である。新潟港の新万代島(ばんだいじま)ターミナルから佐渡汽船の定期航路があり、両津(りょうつ)港までジェットフォイル(高速水中翼船)で1時間、3000トン級のフェリーボートで2時間20分で達する。新潟空港から航空路も開け25分で行ける。そのほか直江津(なおえつ)港―小木(おぎ)港、寺泊(てらどまり)港―赤泊港にもフェリーボートが通じている。島内の人口は明治初期以来12万人前後で自然調整されるのが特色であったが、第二次世界大戦後から急激な過疎化現象が目だち、2009年(平成22)現在は6万5055人に減っている。
[山崎久雄]

地形

島の地形は、本県の第三紀丘陵列の最前線をなす北の大佐渡山地と、南の小佐渡山地(小佐渡丘陵)に挟まれた陥没地溝帯の国中(くになか)平野からなり、ゆがんだH字型をなしている。山体は秩父中・古生層を抜いた石英粗面岩質安山岩類からなり、壮年期侵食を受けて島と思えない雄大な山容を呈している。最高峰は大佐渡山地の金北(きんぽく)山(1172メートル)で、山麓(さんろく)は洪積世(更新世)の小地盤運動を受け、標式的な海食段丘を形成している。北東の湾入を両津湾、南西の湾入を真野(まの)湾とよんで、地溝帯の国中平野は国府川が潤す。島の景勝地はこの海岸段丘群の海食による海岸景が主体で、その大部分は佐渡弥彦米山(やひこよねやま)国定公園地区に指定されている。両津湾岸の加茂(かも)湖は砂州によってふさがれた海跡湖である。冬季の北西季節風の発達で雪は両津湾岸に多いが、南西端の小木半島ではツバキや竹林、ビワの育つ暖地性気候をなす。相川(あいかわ)の年平均気温は13.9℃、年降水量は1506ミリメートル(1981~2010)。
[山崎久雄]

歴史

佐渡に人が住み着くようになったのは、小佐渡山地南西の小木半島からだといわれているが、遺跡もそれを証明するように、小佐渡山地南西の洪積台地や国中平野の台地べりに多い。弥生(やよい)時代には山麓扇状地面に進出して米作りも始められたらしく、国府川べりの金井(かない)には千種(ちぐさ)住居遺跡も残る。島は古くから大八洲(おおやしま)の一つに数えられ、大化改新後の702年(大宝2)には「佐渡国」として独立し、721年(養老5)には雑太(さわた)・賀茂(かも)・羽茂(はもち)の3郡に分かれて22郷(ごう)からなり、真野湾岸に国府、国分寺も置かれていた。また、724年(神亀1)には遠流(おんる)の島に定められ、承久(じょうきゅう)の乱(1221)の順徳(じゅんとく)上皇をはじめとして、1271年(文永8)の日蓮(にちれん)、1298年(永仁6)の京極為兼(きょうごくためかね)、1434年(永享6)の観世元清(かんぜもときよ)(世阿弥(ぜあみ))など著名人が流され、その遺跡は佐渡観光史跡の中心をなしている。しかし、佐渡が全国的に有名になったのは、近世初期の1601年(慶長6)に佐渡金山が開発され、江戸幕府の金蔵(かなぐら)と称せられて直轄領となり、相川に佐渡奉行(ぶぎょう)が置かれて「黄金の島」として栄えてからであった。明治維新後に佐渡県、廃藩置県後は相川県となったが、1876年(明治9)新潟県に合併され、佐渡は1島1郡(佐渡郡)となる。2004年(平成16)、両津市、相川町、佐和田(さわた)町、金井町、新穂(にいぼ)村、畑野(はたの)町、真野町、小木町、羽茂町、赤泊村の10市町村が合併し佐渡市となった。この佐渡市の誕生により、佐渡島は全域が佐渡市となり、佐渡郡はなくなった。
[山崎久雄]

産業

古くから佐渡を代表する産業は相川の金山で、その全盛期の元和(げんな)~寛永(かんえい)年間(1615~1644)には「昼千貫(がん)、夜千貫」と形容された金銀の産出があった。当時相川鉱山町の人口はいまの全島の人口を超える10万余を数えたといい、島の住民はなんらかの形で鉱山に関連して生きてきた。しかし、鉱山町の盛衰は激しく、金山遺跡は佐渡観光の名所にかわっている。島本来の主産物は国中平野を中心とする稲作と沿岸漁業で、年間4万トンを産する佐渡米はその半分が移出され、島民の主産業になっている。また、長い海岸線と好漁場に恵まれて、沿岸漁業は県下の三大漁場の一つで、年間水揚高は2万8758トンと県漁獲高の24%(2007)を占めているが、純漁村は少ない。おもな水産物はイカ類、ブリ、スケトウダラを中心に、加茂湖のカキ養殖、真野湾のマダイ・雑魚(ざこ)の養殖、両津湾岸のワカメ養殖など、栽培漁業にかわりつつある。小佐渡海岸の佐渡みそ、おけさ柿(がき)、竹細工品や相川の無名異(むみょうい)焼などの特産も多い。
[山崎久雄]

観光・文化

佐渡は「おけさの島」の名のもとに、年間80万人の観光客を集めている観光の島である。島の観光は中世以来の古い流人文化史跡と、近世の鉱山遺跡に、島特有の段丘地形による海岸景勝地の組合せからなっている。流人文化遺跡は小佐渡山地麓や国中平野に多く、両津港の佐渡汽船ターミナルから小佐渡回り、本線回りの定期バスの便があり、真野の順徳上皇の真野御陵、真野宮、妙宣(みょうせん)寺、新穂(にいぼ)の根本(こんぽん)寺、佐和田の妙照(みょうしょう)寺などの日蓮遺跡が中心をなす。鉱山遺跡は相川が中心で、本線経由の直通バスがある。海岸景勝地巡りは大佐渡山地の外海府(そとかいふ)海岸(国指定名勝)、小木海岸(国指定天然記念物・名勝)が中心で、バスターミナルから定期観光バスが出ている。島の展望台は金井地区の北新保(しんぼ)から相川に通ずる大佐渡スカイラインと、ドンデン山大佐渡ロッジにあって全島の眺めがすばらしく、定期観光バスの便もある。毎年4月に行われる「佐渡島祭」には、鬼太鼓(おんでいこ)、春駒(はるこま)、佐渡おけさ、相川音頭、両津甚句(じんく)などの郷土芸能が披露され、相川、小木、両津などでは常設の芸能館でも観覧できる。また、文化施設には、両津文化会館、本間(ほんま)家能舞台、佐和田の佐渡博物館、相川の佐渡会館、相川郷土博物館、小木の佐渡国小木民俗博物館などがある。なお、日本では新穂にだけ生息していた国際保護鳥トキは、1981年(昭和56)すべて捕獲され、トキ保護センター(現佐渡トキ保護センター)で飼育されてきた。しかし、2003年(平成15)10月に日本産トキの最後の1羽が死亡し、日本のトキは絶滅した。なお、同センターでは人工繁殖も試みられており、中国産つがいによるヒナが1999年5月に誕生、国内初の成功例となった。
[山崎久雄]



改訂新版・世界大百科事典
佐渡島
さどがしま

〈さどしま〉とも読む。新潟県の日本海上にある日本第2の島。周囲227km,面積857km2。行政上は両津市ほか佐渡郡の7町2村からなっていたが,2004年合併により全島が佐渡市となった。人口6万2727(2010)。島の面積は県全体の約7%を占めるが,人口は4%弱にすぎず,全体として過疎化が進んでいる。島の地形は,北東から南西に走る北部の大佐渡山地と南部の小佐渡丘陵(山地),および中央部の国中平野からなる。北東から両津湾,南西から真野湾が湾入し,両津湾岸に海跡湖の加茂湖がある。地質は島の北端と南海岸の一部に古生層が露出するほかは大部分が新第三紀の緑色凝灰岩,レキ岩などからなる。大佐渡山地は島最高峰の金北(きんぽく)山(1172m)など壮年期の山々が連なって雄大な山容を示すが,小佐渡丘陵は標高600m内外で,ゆるやかな山容を示す。両山地にはさまれた国中平野は国府川による沖積地と周辺の台地などからなる。島全体に第四紀の隆起が著しく,大佐渡,小佐渡の海岸には,ほとんど全域に数段の典型的な海岸段丘が発達する。

 722年(養老6)穂積老が配流され,724年(神亀1)流罪遠近の制のもとに遠流(おんる)の地に定められた。以来,承久の乱の順徳上皇をはじめ,日〓,京極為兼,日野資朝,世阿弥など多くの人々が流されて,島の生活・文化にさまざまな影響を及ぼした。国中平野南縁に佐渡国分寺跡(史),国府跡があり,これらに隣接して順徳上皇火葬塚(真野御陵),上皇をまつる真野宮,黒木御所跡,日〓配流の遺跡である根本寺(塚原三昧堂,旧新穂(にいぼ)村)や,世阿弥の配流の地とされる正法寺(旧金井町)などがあって佐渡史跡観光の中核をなしている。西三川(旧真野町)の砂金,鶴子(つるし)(旧佐和田町),新穂の銀山時代を経て,17世紀初めころには相川で金銀が採掘されるようになった(佐渡金山)。金山は幕府の直営で,近世最大の金銀山となり,幕府の財源を支えた。金山の最盛期は16世紀末から17世紀初めの慶長,元和,寛永の30年間で,相川の人口が10万を数えた。露天掘りの鉱坑跡である道遊(どうゆう)の割戸(わりと),狸掘りの跡,南沢疎水道,奉行所跡などに当時のおもかげがしのばれる。

 現在,佐渡の主産業は農業と水産業である。国中平野と海岸段丘上の水田では年間4万tの佐渡米を産し,本土へも移出される。国中平野の米作の歴史が古いことは弥生時代の千種(ちぐさ)遺跡の水田遺構や,条里水田の存在から知られる。また近世初頭,金山の開発に伴って米の需要が増え,用水路や溜池が築造されて以後,海岸段丘での米作が盛んになった。第2次大戦後,圃場整理が行われて条里水田は消失したが,新穂川,小倉川,竹田川などにダムが建設され,干ばつや古い水利慣行は改善された。国中平野南西部,真野湾岸の砂丘地では野菜,タバコなどが栽培される。島全体が対馬暖流の影響をうけるため対岸の越後平野と比べて積雪が少なく,とくに小佐渡海岸は温暖で暖帯林がみられる。また小佐渡南西部では柿栽培が盛んで,おけさ柿として出荷される。大佐渡山地の林間では古くから肉用の佐渡牛の飼育が行われている。長い海岸線と両津,真野の良港湾に恵まれて沿岸沖合漁業が盛んで,スケトウダラ,カレイなどが漁獲される。また半塩湖の加茂湖ではカキの養殖が行われる。

 佐渡観光の中心は海岸地形のスケールの大きさにある。大佐渡山地の海岸は海府海岸として名勝に指定され,日本海側は外海府海岸,両津湾側は内海府海岸(外海府・内海府海岸)と呼ばれる。外海府の中では高さ約20mの断崖が続く尖閣湾,平根崎の波食甌穴(おうけつ)群(天)と海中温泉,北東部の二ッ亀,大野亀付近の小島,暗礁,巨岩が続く岩石海岸など見どころが多い。小木から沢崎までは南仙峡と呼ばれ,1802年(享和2)の小木地震で隆起した波食棚や,西端の沢崎付近には枕状溶岩がみられる。小木海岸(名・天)は外海府海岸,相川海岸とともに海中公園の指定地で,大佐渡山地,加茂湖とともに佐渡弥彦国定公園に含まれている。島の表玄関は両津港,裏玄関は小木港で,両津~新潟間は高速水中翼船(ジェットフォイル)で1時間,航空機では20分で達する。島内はバス交通が発達し,両津,小木のほか,大佐渡スカイラインの起点にある相川が交通の中心をなしている。豊かな自然と流人文化史跡,鉱山遺跡に恵まれた風土の中に《佐渡おけさ》,能,人形芝居などの郷土芸能や無名異(むみようい)焼などの民芸が開花し,近年は海水浴場も開発されて多くの観光客を集めている。なお小佐渡の旧新穂村清水平の保護センターで,国際保護鳥,特別天然記念物のトキが飼育されている。
→佐渡国
[磯部 利貞]

[索引語]
佐渡島 大佐渡山地 小佐渡丘陵 真野御陵 根本寺 佐渡金山 おけさ柿 外海府海岸 内海府海岸 南仙峡 小木海岸
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1. さど‐が‐しま【佐渡島】
日本国語大辞典
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3. 佐渡島
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4. さど‐が‐しま【佐渡島】地図
デジタル大辞泉
新潟県に属する、日本海最大の島。尖閣(せんかく)湾・外海府(そとかいふ)海岸など観光地が多い。順徳天皇・日蓮・世阿弥などの流刑地。慶長6年(1601)相川金山が ...
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6. さどしま-さぶろうざえもん【佐渡島三郎左衛門】
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7. さどしましょうきち【佐渡島正吉】
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8. さどしま-しょうきち【佐渡島正吉】
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?−? 江戸時代前期の女歌舞伎役者。京都の遊女歌舞伎のなかでも知られた佐渡島座の頭(かしら)で,「和尚(おしょう)」とよばれた。慶長19年(1614)江戸吉原の ...
9. さどしまちょう【佐渡島町】大阪府:大阪市/西区地図
日本歴史地名大系
としま町」とみえる。寛永(一六二四―四四)頃まで上博労町にあった妓家を、正保二年(一六四五)佐渡島勘右衛門(あるいは与三兵衛)がこの地に移したという(摂津名所図 ...
10. 佐渡島長五郎
日本大百科全書
江戸中期の歌舞伎(かぶき)俳優。舞踊の佐渡島流の祖、佐渡島伝八の子。立役(たちやく)の俳優であったが、むしろ舞踊の名手として有名。1741年(寛保1)大坂で座本 ...
11. さどしま‐ちょうごろう【佐渡島長五郎】
日本国語大辞典
大坂の道外形の俳優・座元。舞踊佐渡島流の流祖で父の伝八について舞踊を習い、振付をかねるとともに、大坂の新町で舞の稽古所を開いた。著「佐渡島日記」。元祿一三〜宝暦 ...
12. さどしま-ちょうごろう【佐渡島長五郎(初代)】
日本人名大辞典
江戸時代中期の歌舞伎役者。元禄(げんろく)13年生まれ。佐渡島伝八の子。京坂の役者で,「二挺鼓(にちょうつづみ)」などの所作で知られた。その著「佐渡島日記」には ...
13. さどしま-ちょうぞう【佐渡島長蔵】
日本人名大辞典
江戸時代中期-後期の日本舞踊の振付師。初代佐渡島長五郎の門弟。役者から振付師となり,安永-寛政(1772-1801)のころ京都の劇場で活躍。佐渡島流最後の名手 ...
14. さどしま‐でんぱち【佐渡島伝八】
日本国語大辞典
歌舞伎俳優。元祿(一六八八〜一七〇四)期の道化方。所作事の名人。舞踊家・振付師としての功績が大きく、佐渡島流の流祖とされる。正徳二年(一七一二)没。 ...
15. さどしま-でんぱち【佐渡島伝八】
日本人名大辞典
江戸時代前期-中期の歌舞伎役者,舞踊家。初代佐渡島長五郎の父。京坂の道外方(どうけがた)で,所作事にすぐれる。元禄(げんろく)13年ごろ舞台をしりぞき,舞踊に専 ...
16. さどしまにっき【佐渡島日記】
国史大辞典
劇書。蓮智坊(佐渡島長五郎)著。成立年未詳。ただし、寛延・宝暦初年のころに成るか。はじめ、安永三年(一七七四)五月刊『役者全書』の一巻として出版され、同五年九 ...
17. さどしま‐りゅう[‥リウ]【佐渡島流】
日本国語大辞典
〔名〕日本舞踊の一流派。元祿(一六八八〜一七〇四)頃の俳優佐渡島伝八を祖とし、その子初代佐渡島長五郎が大成し、寛政(一七八九〜一八〇一)頃まで京坂に行なわれたが ...
18. 相川画像
日本大百科全書
真野(まの)町、小木(おぎ)町、羽茂(はもち)町、赤泊(あかどまり)村と合併して佐渡市となる。旧相川町は佐渡島の大佐渡山地西半を占め、細長い町域をもっていた。全 ...
19. あいかわ[あひかは]【相川】
日本国語大辞典
新潟県佐渡島西部の地名。佐渡金山とともに盛衰。無名異焼(むみょういやき)の陶器は有名。〓[ア] ...
20. あいかわまち【相川町】新潟県:佐渡郡
日本歴史地名大系
面積:一九二・五六平方キロ 佐渡島の北西部に位置し、南と東側に大佐渡山系を背負い、この稜線を境に南から北へ佐和田町・金井町・両津市と接し、西に日本海が広がる。町 ...
21. あいびす
デジタル大辞泉プラス
08メートル。総トン数263トン。旅客定員216人。2005年6月竣工。新潟県の寺泊から赤泊(佐渡島)を結ぶ。 2013年10月 ...
22. あかいわむら【赤岩村】新潟県:佐渡郡/羽茂町
日本歴史地名大系
と伝えており、古くは入会漁場であったと思われる。鎮守は羽黒神社。三瀬地区の羽黒三社の一つで、佐渡島南部の羽黒修験道の拠点。社蔵の神鏡には正徳元年(一七一一)の銘 ...
23. 赤玉石
世界大百科事典
観賞石(銘石)の一種。磨くと美しい光沢を放つ真紅色の硬い岩石。佐渡島佐渡市の旧両津市赤玉,旧相川町外海府に有名な産地がある。この石は赤みを表すもとになる鉄(Ⅲ) ...
24. 赤泊
日本大百科全書
あった旧村名(赤泊村(むら))。現在は佐渡市の東南部を占める一地区。1894年(明治27)、佐渡島(さどがしま)のこの地域一帯の13村が真浦、赤泊、徳和、三川、 ...
25. アカネズミ画像
日本大百科全書
哺乳(ほにゅう)綱齧歯(げっし)目ネズミ科の動物。本州、四国、九州、佐渡島、対馬(つしま)、隠岐(おき)、壱岐(いき)、屋久島(やくしま)、種子島(たねがしま) ...
26. あしべうら【芦辺浦】長崎県:壱岐郡/芦辺町
日本歴史地名大系
文政九年越後国の二三反帆船が当浦で難船、浦役の取調では松前の鰊・数の子・鱈を積入れて大坂に向かい、佐渡島に滞在して出航したところ北風に遭ったらしい。そのほか同年 ...
27. あやつり‐にんぎょう[‥ニンギャウ]【操人形】
日本国語大辞典
〔名〕(1)手足などを動かす人形。特に、傀儡(くぐつ)に用いた人形。操り物。*役者論語〔1776〕佐渡島日記「元来操(アヤツリ)人形は、首ばかりにて着物を打きせ ...
28. あらし-わかの【嵐和歌野(2代)】
日本人名大辞典
1727−1763 江戸時代中期の歌舞伎役者。享保(きょうほう)12年生まれ。初代佐渡島長五郎の門から3代嵐三右衛門の門に転じる。若女方として大坂,江戸の舞台に ...
29. 淡路島画像
日本大百科全書
兵庫県南部、大阪湾と播磨灘(はりまなだ)を隔てている瀬戸内海最大の島。佐渡島、奄美(あまみ)大島、対馬(つしま)に次ぐわが国第四の島で、面積592.00平方キロ ...
30. あわじしま【淡路島】兵庫県:総論
日本歴史地名大系
いる。面積は約五九一平方キロ、本州・北海道・九州・四国および択捉島・国後島を除けば、沖縄島・佐渡島・奄美大島・対馬に次ぐ第五位の面積をもち、県の全面積の七・〇五 ...
31. あんじゅ・ずしおう【安寿・厨子王】
国史大辞典
越後の直江の浦に着いたが、人売りの名人山岡太夫にはかられて人買いに売られた。乳母は悔んで身を投じ、母は佐渡島に連れ去られ、粟の鳥を追う奴婢となり、両眼を泣きつぶ ...
32. あんのう
日本国語大辞典
(2)長男。跡継ぎ。《あんのう》新潟県佐渡351 (3)やや上流の家の息子。《あんのう》新潟県佐渡島356 (4)下男。《あんのう》新潟県佐渡348  ...
33. 石焼き
日本大百科全書
とりたてのアユを、熱した石の上にのせて焼く料理法がまだ残っているが、一般にはあまり行われていない。新潟県佐渡島の石焼きは、平らな石を熱し、みそでその上に円形の囲 ...
34. 一休ばなし(仮名草子集) 253ページ
日本古典文学全集
一切衆生を救うため、身に千の手と千の眼を備える。また、僧侶の隠語では蛸をいう。佐渡国(新潟県佐渡島)の別称。古活字版『魚の歌合』に「一きうのしに、たこの入道、手 ...
35. いづつ‐や[ゐづつ‥]【井筒屋】
日本国語大辞典
〔一〕江戸時代、現在の大阪市西区新町の遊郭にあった置屋。佐渡島二一軒置屋の内、井筒屋半兵衛、井筒屋清介の二軒があった。*俳諧・西鶴五百韻〔1679〕何秤「立姿雲 ...
36. いなくじらむら【稲鯨村】新潟県:佐渡郡/相川町
日本歴史地名大系
[現]相川町稲鯨 二見半島のほぼ中心部に位置する。南は米郷村、北は橘村、前面は海。佐渡島の純漁村地区として知られる。元禄七年(一六九四)の検地帳(稲鯨区有)では ...
37. いねこきうた【稲扱唄】
国史大辞典
近代は脱穀機を使用するが、昔は、扱き箸や千歯扱きを用いていた。その曲節は亡失したが、歌詞の遺存している佐渡島では、稲管・カナクダまたはコイバシ・カラハシなどと呼 ...
38. うきよえ【浮世絵】
国史大辞典
・浮世笠などの類語が多くみられるが、浮世語り・浮世狂いという語は慶長ごろにはあり、またうき世佐渡島大かぶきともみえるので、うきよ絵のことばは早く成立していたと察 ...
39. ウサギ
日本大百科全書
四国、九州地方にキュウシュウノウサギL. b. brachyurusが、さらに隠岐(おき)島と佐渡島に、それぞれオキノウサギL. b. okiensisとサドノ ...
40. うしろ‐めん【後ろ面】
デジタル大辞泉
歌舞伎舞踊で、後頭部にも面をつけ、一人で二つの役を演じ分けるもの。享保17年(1732)佐渡島長五郎が「釣狐」で演じたのが最初とされる。  ...
41. うしろ‐めん【後面】
日本国語大辞典
つ。後頭部にも面を付け、身体の前後をそれぞれ別の役に演じ分ける趣向。享保一七年(一七三二)に佐渡島長五郎が「釣狐」を所作事化したときにはじまるという。*咄本・百 ...
42. 臼負い婆
デジタル大辞泉プラス
新潟県佐渡島に伝わる妖怪。臼を背負った老婆が海底から現れるとされる。 2014年08月 ...
43. ウマ画像
日本大百科全書
御幣(ごへい)(神祭用具の一つ)を背に飾り付けられたウマを引いて参詣(さんけい)させる。新潟県佐渡島の加茂宮の祭礼には「馬駆(うまかけ)」の行事があり、京都の賀 ...
44. エゴノリ画像
日本大百科全書
古くから福岡市内では、エゴノリだけでつくったおきうと(沖独活)を食べる習慣があるが、類似の食品は佐渡島にもある。カラクサイギスは地方名。ホンダワラ類に絡まって生 ...
45. えちご‐まち[ヱチゴ‥]【越後町】
日本国語大辞典
佐渡島と並んでいたため呼ばれた)大阪市西区新町南通の旧町名。新町遊郭の中通りにあり、下等な遊女が多かった。*狂歌・後撰夷曲集〔1672〕七「傾城にまよへる人は ...
46. おおくち‐ごと[おほくち‥]【大口事】
日本国語大辞典
〔名〕大口袴をはいて役を演じる所作事。*役者論語〔1776〕佐渡島日記「しゃうぞく大口事(オホクチゴト)、これら大かた能をする心持にて、風(ふう)のくづれぬやう ...
47. おおさかさんごう【大坂三郷】大阪府:大阪市
日本歴史地名大系
遊所は初めは市中各所に散在していたが、漸次移住し新町遊郭(現西区)がつくられた。同所は瓢箪町・佐渡島町・新京橋町・新堀町・吉原町の五町が中心で、ほかに二町があっ ...
48. 大佐渡山地
日本大百科全書
新潟県佐渡島の北半を占める地塁山地。山体は第三紀層の安山岩類から構成され、最高峰の金北(きんぽく)山(1172メートル)は山地の中央にそびえる名山で、島民の信仰 ...
49. おおやしまのくに【大八洲国】画像
国史大辞典
佐度嶋がなく、『日本書紀』本文と一書に億(隠)岐と佐度を双生すと伝えるもののあることから、はじめ佐渡島は大八洲の中に入らず、また『旧事本紀』が熊襲国を筑紫とは別 ...
50. 小木(新潟県)画像
日本大百科全書
畑野(はたの)町、真野(まの)町、羽茂(はもち)町、赤泊(あかどまり)村と合併して佐渡市となる。旧小木町は佐渡島の南西端に位置し、港町として知られる。国道350 ...
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沖ノ島(改訂新版・世界大百科事典)
高知県南西部,宿毛湾口に浮かぶ島。面積10.5km2。全島花コウ岩よりなり,アコウ,ビロウなどの亜熱帯植物が繁茂する。海岸は海食崖が広く,海食洞もみられ,足摺宇和海国立公園に属する。周囲の海域は好漁場をなし漁業が中心で,集落は急傾斜地に階段状に立地する。
沖島(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
滋賀県の琵琶湖中最大の島。近江八幡市に属す。市の北部長命寺町から約1.5キロメートルの沖合いにあり、面積1.5平方キロメートル。澳の島ともいう。島全体が石英斑岩からなる沖島山(220メートル)で、風化、侵食が進み、湖岸は岩石が露出して険しい。産業の中心は漁業であるが
淡路島(日本歴史地名大系・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
瀬戸内海の東部に浮ぶ瀬戸内海最大の島。北は明石海峡、東は紀淡海峡によって本州と分たれ、西は鳴門海峡によって四国と分たれている。面積は約五九一平方キロ、本州・北海道・九州・四国および択捉島・国後島を除けば、沖縄島・佐渡島・奄美大島・対馬に
対馬(日本国語大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
長崎県北部、対馬海峡の東水道と西水道との間にある島。西海道一一か国の一つ。対馬海峡東水道を隔てて壱岐に、対馬海峡西水道を隔てて朝鮮半島に対する。早くから大陸との交通・軍事上の要地として開け、天智天皇三年(六六四)には防人(さきもり)と烽(とぶひ)が置かれた。
奄美大島(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
鹿児島県奄美諸島の北端に位置し、同諸島中最大の島。属島に加計呂麻島、与路島、請島などがある。本島の面積712.38平方キロメートル、島の最高点は湯湾岳の694メートル。本島と加計呂麻島はリアス式の海岸線を有し、極度に屈曲に富む。このような地形であるため、北部の笠利半島付近を
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はつ‐お[‥ほ] 【初穂・早穂・最花】(日本国語大辞典)
その年になって初めて実った稲の穂。*江帥集〔1111頃〕「きみがよのよろづのあきのはつほなるよしだのさとのいねをこそつけ」*色葉字類抄〔1177〜81〕「粃 ハツオ 早初 ハツオ 最花 同」*為家集〔1271〜75頃〕秋「風わたる野田のはつほの打なびきそよぐにつけて秋ぞ知る
択捉島(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
千島列島中、最大の島で国後島の北東、得撫島の南西に位置する。面積は三一三九平方キロ。寛永二十年(一六四三)オランダ船によって発見され、スターテン=ラントと名付けられた。わが国には本島東部の蝦夷を通じて古くから知られていたが、直接交渉を持ったのは享保十六年(一七三一)
国後島(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
千島列島最南端の島。松前藩には北海道本島の東端目梨蝦夷を通じて古くから知られていたが、直接関係を持ったのは享保十六年(一七三一)酋長が松前を訪れ、宝暦四年(一七五四)場所が置かれて以来のことである。寛政元年(一七八九)国後・目梨蝦夷の乱により支配が強化され
佐渡島(日本国語大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
新潟県に属する日本海にある島。遠流(おんる)の地、金山で古くから知られ、史跡が多く、景勝や郷土芸能に富む。米作が主。佐渡。*浮世草子・男色大鑑〔1687〕五・五「本国佐渡(サド)が嶋(シマ)へ帰り
奄美大島(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
鹿児島県奄美諸島の北端に位置し、同諸島中最大の島。属島に加計呂麻島、与路島、請島などがある。本島の面積712.38平方キロメートル、島の最高点は湯湾岳の694メートル。本島と加計呂麻島はリアス式の海岸線を有し、極度に屈曲に富む。このような地形であるため、北部の笠利半島付近を
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