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  11. 東関紀行
国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典

国史大辞典
東関紀行
とうかんきこう
鎌倉時代の紀行文学。伝本により『長明道之記』『親行(ちかゆき)道之記』などとも題するが、作者は鴨長明や源親行とは考えられず、不明。一巻。仁治三年(一二四二)成立か。五十歳に近づいた作者がこの年八月はじめて関東に下ることになり、馴れぬ旅路に十余日を経て鎌倉に着くまでの「目に立つ所々、心とまるふしぶし」を書きとめたもの。以上の経緯を記した短い序と、東海道中の記と、鎌倉滞在の記とから成る。中心をなす道中の記では、多くの歌枕で詠歌し、蝉丸(逢坂関)・沙弥満誓(瀬田)・倭建命(熱田宮)・中御門宗行(菊川)などの伝説や故事をも記す。鎌倉では名所を遊覧してその繁栄を寿ぎ、堂塔や完成間近の大仏の壮麗尊厳に感激しているが、一方で都恋しく、十月に急に帰京することになって宿の障子に名残の和歌一首を書くところで終る。流麗な和漢混淆文で、紀行文の一つの型を完成したほか、『平家物語』(読み本系、師長流罪の条)や松尾芭蕉の紀行文にも影響を与えた。『群書類従』紀行部、『岩波文庫』、『日本古典全書』、『笠間索引叢刊』六一などに所収。
[参考文献]
『群書解題』一一
(福田 秀一)


日本大百科全書
東関紀行
とうかんきこう

鎌倉中期の紀行文学。一巻。作者未詳。1242年(仁治3)8月10日ごろ京都を出発し、十余日後鎌倉に到着。そこで約2か月間滞在し、10月23日ごろ帰途に着くまでのことを書いているが、京都から鎌倉までの道中記が大部分で、鎌倉滞在記は逗留(とうりゅう)期間60日にしてはきわめて短い。文章は漢語を多く用いた和漢混交文であるが、和文、漢文のよくこなれた流暢(りゅうちょう)な文章である。また文中に『源平盛衰記』や『長門本(ながとぼん)平家物語』の文章と類似した部分がある。同じ鎌倉時代の東海道や鎌倉を描いた『海道記』に比べると自照性に乏しく、紀行文学としての文学的価値は低い。
[祐野隆三]



改訂新版・世界大百科事典
東関紀行
とうかんきこう

鎌倉時代の紀行。1巻。著者には古来,鴨長明,源光行,源親行などがあてられたが,確証はなく,不詳。京都東山に住む50歳近い著者が,1242年(仁治3)の鎌倉への旅のありさまを,道中の歌枕にちなむ故事などを豊富におりまぜて,歌とともに記したもの。文章は,漢文訓読調の強い《海道記》とは対照的に,和文脈を主とし,道行文の名文として《源平盛衰記》《延慶本平家物語》などに引用されている。
[今西 祐一郎]

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5. とうかんきこう[トウクヮンキカウ]【東関紀行】
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6. とうかんきこう【東関紀行】
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9. あい‐・にる[あひ‥]【相似】
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10. あかさか【赤坂】
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13. あかさかじゅく【赤坂宿】愛知県:宝飯郡/音羽町
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14. あか の 花(はな)
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17. あし‐で【葦手】画像
日本国語大辞典
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18. あしのこ【芦ノ湖】神奈川県:足柄下郡/箱根町地図
日本歴史地名大系
故称懺悔津」とあるように、山岳僧たちがこの岸で水垢離をとり、業障懺悔の修行をした。仁治三年(一二四二)の「東関紀行」には「山の中にいたりて、水うみ広くたゝへり、 ...
19. あしのゆ【芦之湯】神奈川県:足柄下郡/箱根町地図
日本歴史地名大系
[現]箱根町芦之湯 中世箱根越の湯坂路沿いにある村で、東は底倉村、西は元箱根に通じる。中世には「芦ノ海」(東関紀行)ともよばれていた。弘安三年(一二八〇)関東に ...
20. 東路のつと(中世日記紀行集) 506ページ
日本古典文学全集
「世の中はいづれかさしてわがならむ行き止まるをぞ宿と定むる」(古今・雑下 読人しらず)による表現。『東関紀行』冒頭部に「さしていづこに住み果つべしとも思ひ定めぬ ...
21. あまつ 少女(おとめ)
日本国語大辞典
*有明の別〔12C後〕三「七人の一人(ひとり)のあまつをとめ、花のかづらひとふさをつみ折りて」*東関紀行〔1242頃〕興津より車返「富士のねの風にただよふ白雲を ...
22. あみだにょらいぞう【阿弥陀如来像】 : 高徳院
国史大辞典
、遠州の僧浄(定)光の発願で、同じ深沢の里に八丈の木造阿弥陀坐像が造られたことが『吾妻鏡』『東関紀行』などにみえるが、これを現存像の鋳造原型とみる説もある。いず ...
23. あら‐いそ【荒磯】
日本国語大辞典
五・九五五「荒磯(あらいそ)のほか行く波のほか心われは思はじ恋ひは死ぬとも〈柿本人麻呂〉」*東関紀行〔1242頃〕興津より車返「くきが崎といふなる荒磯の岩のはざ ...
24. あらひと‐がみ【現人神・荒人神】
日本国語大辞典
人しらず〉」*大鏡〔12C前〕二・時平「只今の北野宮と申して、あら人神におはしますめれば」*東関紀行〔1242頃〕車返より湯本「三島の社〈略〉雨にはかに降りて、 ...
25. あり‐か【在香】
日本国語大辞典
すがたをみする事「血ところところつきたるきぬのありか、まことにくさく、たゑがたきさまにて」*東関紀行〔1242頃〕興津より車返「これぞこの釣するあまのとまびさし ...
26. あり‐ど【有所・在処】
日本国語大辞典
〔名〕「ありどころ(有所)」に同じ。*東関紀行〔1242頃〕鎌倉遊覧「楼台の荘厳よりはじめて、林池のありどにいたるまで、殊に心とまりて見ゆ」*説経節・おぐり判官 ...
27. あれ‐まく【荒─】
日本国語大辞典
草〔1216〜33頃〕下「あれまくも人は惜しまぬ故郷(ふるさと)の夕風したふ軒のたちばな」*東関紀行〔1242頃〕赤坂より橋本「今さら居うかれんこそ、かの伏見の ...
28. い‐うか・る[ゐ‥]【居浮】
日本国語大辞典
〔自ラ下二〕住居に落ち着かないで、他所にさまよう。すみうかる。*東関紀行〔1242頃〕赤坂より橋本「昔より住みつきたる里人の、今さら居うかれんこそ、かの伏見の里 ...
29. い‐ぎょう[‥ギャウ]【易行】
日本国語大辞典
」(2)「いぎょうどう(易行道)」に同じ。*東関紀行〔1242頃〕前島より興津「難行易行の二つの道、ともに欠けたりといへども」*歎異抄〔13C後 ...
30. いく‐ほど【幾程】
日本国語大辞典
にたれば」*山家集〔12C後〕下「いくほどもながらふまじき世の中に物を思はで経るよしも哉」*東関紀行〔1242頃〕前島より興津「此の庵のあたり幾ほど遠からず、峠 ...
31. いざよひにっき【十六夜日記】
全文全訳古語辞典
随所に子への愛情が表れている。なお、書名は、京都を十月十六日に出発したことによる。⇒海道記・東関紀行  ...
32. いずこくふ・いずふちゅう【伊豆国府・伊豆府中】静岡県:三島市
日本歴史地名大系
二七日夜伊豆国府を通過したという。鎌倉時代には、多くの旅人が当地を通った。仁治三年(一二四二)八月「東関紀行」の作者が、弘長二年(一二六二)二月二五日には西大寺 ...
33. 市
世界大百科事典
周辺農村の一般民衆が市に参加して,交換を行うのがきわだってくるのは,鎌倉末期から南北朝期にかけてである。《東関紀行》に,尾張の〈かやづ(萱津)の東宿の前を過れば ...
34. いっ‐しょう[‥セウ]【一宵】
日本国語大辞典
鐘漏尽尤〓、想像閨莚怨婦悲」*東関紀行〔1242頃〕柏原より株瀬川「株瀬川(くひせがは)に宿して一宵、しばしば幽吟を中秋三五夜の月 ...
35. いなざわし【稲沢市】愛知県
日本歴史地名大系
古代末期から中世にかけて海岸線が南進したため、代わって陸路が中心となり、「赤染衛門集」「更級日記」「東関紀行」「十六夜日記」などによると、北から陸路中島郡に入り ...
36. いなばじむら【稲葉地村】愛知県:名古屋市/中村区
日本歴史地名大系
上ノ切・下ノ切の二つの字に分れる。枝郷東宿は鎌倉街道の宿場萱津(現海部郡甚目寺町)の東宿として早くから開けた(東関紀行)。寛文一一年(一六七一)の家数一〇三、人 ...
37. いに‐し【往─】
日本国語大辞典
付いて一語化したもの)過ぎ去ったところの。さる。いんじ。さんぬる。時を表わす語を修飾する。*東関紀行〔1242頃〕今の浦より前島「いにし承久三年の秋のころ」*落 ...
38. いま‐すく【今宿】
日本国語大辞典
〔名〕新しくできた宿駅。地名として残存するものもある。いまじゅく。*東関紀行〔1242頃〕前島より興津「前島の宿をたちて、岡部の今宿(いますく)をうちすぐるほど ...
39. いま‐みち【今道】
日本国語大辞典
〔名〕(1)最近造った道。新道。*東関紀行〔1242頃〕赤坂より橋本「近頃より俄かに渡津の今道といふかたに、旅人おほくかかる間」(2)新しい里程。昔使われた、六 ...
40. いり【入】
日本国語大辞典
りのおけに、みつをいれいただいて、二十三やの月をこそはおまちある」(9)引っ込んだ奥の所。*東関紀行〔1242頃〕湯本より鎌倉「なにがしのいりとかやいふ所に、あ ...
41. いり‐ちが・う[‥ちがふ]【入違】
日本国語大辞典
「いれちがう(入違)【二】(1)」に同じ。(2)「いれちがう(入違)【二】(2)」に同じ。*東関紀行〔1242頃〕今の浦より前島「一すぢならず流れわかれたる川瀬 ...
42. いろ 有(あ)る
日本国語大辞典
いろある御ぞどもの、ゆたちよりおほくこぼれいでて侍りし御やうたいなどよ」(2)美しい。おもむきがある。*東関紀行〔1242頃〕前島より興津「我もまたここをせにせ ...
43. いわ‐せ[いは‥]【石瀬・岩瀬】
日本国語大辞典
」*拾遺愚草〔1216〜33頃〕上「わきかへるいはせの波に秋すぎて紅葉になりぬ宇治の川風」*東関紀行〔1242頃〕赤坂より橋本「山中に越えかかるほどに、谷川の流 ...
44. いん‐し【隠士】
日本国語大辞典
。隠士遂知〓家」*東関紀行〔1242頃〕興律より車返「昔、香炉峰の麓に庵をしむる隠士あり」*新撰類聚往来〔1492〜1 ...
45. 隠者文学画像
日本大百科全書
評論があり、『発心集(ほっしんしゅう)』『撰集抄(せんじゅうしょう)』などの仏教説話集、『海道記』『東関紀行』などの紀行も含まれる。中古文学にも慶滋保胤(よしし ...
46. いん‐とん【隠遁】
日本国語大辞典
下本「最所〓望也。隠遁之身」*東関紀行〔1242頃〕序「これ即ち、身は朝市にありて、心は隠遁にあるいはれなり」*日葡辞書〔1603 ...
47. うきしまぬま・うきしまがはら【浮島沼・浮島ヶ原】静岡県:沼津市
日本歴史地名大系
された砂洲(東田子ノ浦砂丘・千本浜砂丘)との間に形成された低湿地帯が浮島ヶ原で、鎌倉時代の「東関紀行」に「浮島か原は、いつくりよりもまさりてみゆ、北はふしの麓に ...
48. うち‐えい・ず【打詠】
日本国語大辞典
〔他サ変〕(「うち」は接頭語)詩歌などを声に出してうたう。また、詩歌を作る。*東関紀行〔1242頃〕赤坂より橋本「『夜もすがら床のもとに青天を見る』と忍びやかに ...
49. うち‐おが・む[‥をがむ]【打拝】
日本国語大辞典
し」*古本説話集〔1130頃か〕六七「夕方帰りて、仏うちおがみまゐらせて、倚り伏したれば」*東関紀行〔1242頃〕車返より湯本「三島の社のみしめ、うち拝み奉るに ...
50. うち‐とお・る[‥とほる]【打通】
日本国語大辞典
*平家物語〔13C前〕九・一二之懸「熊谷は浪うちきはより、夜にまぎれて、そこをつっとうちとほり」*東関紀行〔1242頃〕武佐より柏原「この宿を出でて、笠原の野原 ...
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