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  11. 若衆歌舞伎
新版 歌舞伎事典・国史大辞典・改訂新版 世界大百科事典

新版 歌舞伎事典
若衆歌舞伎
わかしゅかぶき
 前髪立ちの美少年の魅力を中心とした歌舞伎。慶長八(1603)年四月に出雲のお国が歌舞伎踊を創始したが、その同じ年の九月には、五歳の童男の歌舞伎が宮中に招かれたという記録があるので、少年の歌舞伎はきわめて早くから行われていたことが知れる。しかしこれが盛んになるのは、寛永六(1629)年ごろの女歌舞伎の禁令以後で、承応一(1652)年に江戸で禁じられるまでの約二五年間を、ふつう若衆歌舞伎時代と呼んでいる。慶長初年から京の五条河原や下鴨などで、美少年の踊、狂言の興行があり、僧侶などの関心を集めていたことが記録に残っているが、こういった踊や能狂言、あるいは獅子舞、軽業かるわざなどを演じていた少年の座が、歌舞伎の名に転じたのであろう。若衆歌舞伎の芸態は、踊や能狂言を当世風にくずしたものが中心であったと推測されるが、詳しいことは明らかではない。男色の対象としての少年の容色本位のものであって、芸といったようなものはまだ成り立たなかったと思われる。〈業平躍十六番〉と称される踊歌が伝わっているが、若衆でなければ演じられないようなエロティックなものもある。ただ、後世の歌舞伎の中に、軽業芸や、狂言小舞と踊とをとりまぜたいわゆる舞踊、すなわち、一人で踊る踊、という形態の基盤を伝えたことは、大きな意味をもっている。
 江戸では寛永一年、中橋に猿若勘三郎によって猿若座の櫓があげられたと伝える。年代・場所・座名ともに疑問があるが、ほぼこのころ、若衆歌舞伎の座が江戸でも興行していたことは推測される(おそらくは猿若彦作座であろう)。若衆の中から次第に女役を得意とする役者があらわれ、村山左近、右近源左衛門の名が女方の祖として伝えられている。寛永末年ごろには、禰宜町で村山左近の歌舞伎が評判をとっていた。三代将軍家光は、若衆好きであったため、病中の慰みとして、彦作座や勘三郎座の若衆歌舞伎を江戸城に呼んでいる。家光の没後の慶安三(1650)年ごろ、江戸では風紀を乱すとの理由で若衆歌舞伎を禁じ、見せしめのため玉嶋主殿・生嶋伊織などのスターの前髪を剃り落としたと伝えるが、おそらくは徒党を組む一つの大きな力となる男色を禁じ、江戸における不穏な浪人の集結を防ぐ目的があったものと思われる。上方では、明暦二(1656)年ごろにも若衆歌舞伎が演じられていたようである。
業平躍
[小笠原 恭子]


国史大辞典
若衆歌舞伎
わかしゅかぶき
美少年(売色を兼ねた稚児・若衆)を中心役者として流行した一時期の歌舞伎の称。寛永六年(一六二九)に遊女を主演者にしていた女歌舞伎が禁止されたため、これに代わって一躍表面に出て盛行を極め、一時代を形成した。若衆による踊の芸能は、女歌舞伎時代から併行して興行されており、「五歳ノ童男カブキ跳」(『時慶卿記』慶長八年(一六〇三)九月十七日条)といった記録がみえる。若衆の役者が衆道(しゅどう、男色)の対象となったため、風俗紊乱の理由で承応元年(一六五二)禁止された。それ以後の歌舞伎は、若衆美の象徴である前髪を剃って野郎頭になることと、扇情的な舞や踊りではなく「物真似狂言」を主に演じることを条件として再開を許され、いわゆる野郎歌舞伎の時代に入る。この間の二十余年間を若衆歌舞伎の時代と名づける。若衆歌舞伎の芸能は女歌舞伎のそれを継承しつつ、多様で特色のあるものになった。特に拍子事と呼ばれる踊りが生まれ、所作事の成立をうながし、また狂言小舞の様式の歌舞伎化も目立った。若衆歌舞伎の踊歌と見られる業平躍(大小の舞)、「猿若」「海道下り」など若衆歌舞伎の狂言にみられる様式が、この期の特色を代表している。代表的な役者は、猿若勘三郎・村山左近・中村数馬・右近源左衛門らで、彼らは「男かと思へば女、女かと見れば男」という中性的な美を理想としていた。→歌舞伎(かぶき)
[参考文献]
郡司正勝『かぶき論叢』、服部幸雄『歌舞伎成立の研究』
(服部 幸雄)


改訂新版・世界大百科事典
若衆歌舞伎
わかしゅかぶき

前髪立ちの美少年の魅力を中心とした歌舞伎。1603年(慶長8)4月に出雲のお国が歌舞伎踊を創始したが,その同じ年の9月には,5歳の童男の歌舞伎が宮中に招かれたという記録があるので,少年の歌舞伎はきわめて早くから行われていたことが知れる。しかしこれが盛んになるのは,29年(寛永6)ころの女歌舞伎の禁令以後で,52年(承応1)に江戸で禁じられるまでの約25年間を,ふつう若衆歌舞伎時代と呼んでいる。慶長初年から京の五条河原や下鴨などで,美少年の踊り,狂言の興行があり,僧侶などの関心を集めていたことが記録に残っているが,こういった踊りや能狂言,あるいは獅子舞,軽業(かるわざ)などを演じていた少年の座が,歌舞伎の名に転じたのであろう。若衆歌舞伎の芸態は,踊りや能狂言を当世風にくずしたものが中心であったと推測されるが,詳しいことは明らかではない。男色の対象としての少年の容色本位のものであって,芸といったようなものはまだ成り立たなかったと思われる。〈業平躍十六番〉と称される踊歌が伝わっているが,若衆でなければ演じられないようなエロティックなものもある。ただ,後世の歌舞伎の中に,軽業芸や,狂言小舞と踊りとをとりまぜたいわゆる舞踊,すなわち,1人で踊る踊り,という形態の基盤を伝えたことは,大きな意味を持っている。

 江戸では1624年(寛永1),中橋に猿若勘三郎によって猿若座(中村座)の櫓(やぐら)があげられたと伝える。年代,場所,座名ともに疑問があるが,ほぼこのころ,若衆歌舞伎の座が江戸でも興行していたことは推測される(おそらくは猿若彦作座であろう)。若衆の中からしだいに女役を得意とする役者があらわれ,村山左近,右近源左衛門の名が女方の祖として伝えられている。寛永末年ごろには,禰宜町で村山左近の歌舞伎が評判をとっていた。3代将軍家光は,若衆好きであったため,病中の慰みとして,彦作座や勘三郎座の若衆歌舞伎を江戸城に呼んでいる。家光の没後の1650年(慶安3)ころ,江戸では風紀を乱すとの理由で若衆歌舞伎を禁じ,見せしめのため玉嶋主殿,生嶋伊織などのスターの前髪を剃り落としたと伝えるが,おそらくは,徒党を組む一つの大きな力となる男色を禁じ,江戸における不穏な浪人の集結を防ぐ目的があったものと思われる。上方では,56年(明暦2)ころにも若衆歌舞伎が演じられていたようである。
[小笠原 恭子]

[索引語]
業平躍 村山左近 右近源左衛門 玉嶋主殿 生嶋伊織
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条件として再開を許され、いわゆる野郎歌舞伎の時代に入る。この間の二十余年間を若衆歌舞伎の時代と名づける。若衆歌舞伎の芸能は女歌舞伎のそれを継承しつつ、多様で特色 ...
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ゅう)おどりの一種だった、出雲阿国を代表とする女芸人の歌舞からおこった。やがて遊女歌舞伎・若衆歌舞伎を経て、十七世紀後半から男性芸人の「物真似狂言」を本体とする ...
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30. 数え歌
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慶長年間(1596-1615)に行われた能をまねた鬘帯をつけて,中古の女性の風俗を模したが,のち女歌舞伎,若衆歌舞伎が禁止されてからは,前髪を剃り落とした野郎頭 ...
32. かつら【鬘】
歌舞伎事典
近世初頭、成立期の女歌舞伎では、能狂言の扮装を模倣してびなんかづらを用いた。以後、女歌舞伎、若衆歌舞伎の禁止により前髪を剃りおとした野郎頭となった野郎歌舞伎の役 ...
33. 歌舞伎(演劇)画像
日本大百科全書
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35. かぶき【歌舞伎・歌舞妓】
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興行したのが初めといわれ、人気を集めたが、風俗を乱すとして禁止になった。代わって美少年中心の若衆歌舞伎や野郎歌舞伎が出現し、次第に技芸本位のものとなり、元祿(一 ...
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37. 歌舞伎
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41. 歌舞伎舞踊
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一首だけでなく何首ずつか一括して伝わっている場合が多いのが特徴である。虎明本にすでに見えるが、近世初期の若衆歌舞伎踊り歌の『業平踊歌十六番』や『松の落葉』巻六の ...
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50. きんぴらじょうるり【金平浄瑠璃】
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その超人的な剛勇さと童話的な痛快味は、戦国時代を懐古する風潮の中で、人々から歓迎され、女歌舞伎・若衆歌舞伎弾圧に対する反動も手伝って大変な流行をみた。しかし、町 ...
「若衆歌舞伎」の情報だけではなく、「若衆歌舞伎」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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