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  11. 出雲のお国
新版 歌舞伎事典・新版 日本架空伝承人名事典・改訂新版 世界大百科事典

新版 歌舞伎事典
出雲のお国
いずものおくに
 生没年不詳。慶長八(1603)年、京において歌舞伎踊を演じ、歌舞伎の創始者となった女性芸能者。出雲大社の巫女みこと称していたが、出身地は不詳。おそらくは京もしくはその周辺の出身であろう。歌舞伎踊を創始する以前は、ややこ踊と呼ばれる芸能を演じていた。ややこ踊の名称は、天正九(1581)年ごろから見出せるが、そのころ一〇歳前後の幼女であったと思われる。時の宮廷や上級公家の邸に招かれて演じているが、西日本各地から東海北陸地方まで巡業していた形跡がある。天正一六年にはすでに出雲の巫女と名のって、神楽や小歌なども演じていた。美人ではなかったとの記事もあるが、芸能に対するぬきん出た感覚の持主であったと思われる。歌舞伎踊での成功の前後は、京では北野神社の境内の舞台を本拠としていた。慶長一二年には江戸城内でも興行している。慶長一八年以降の消息はつかめない。
お国歌舞伎ややこ踊
[小笠原 恭子]


新版 日本架空伝承人名事典
出雲のお国
いずものおくに
 歌舞伎の始祖とされる安土桃山時代の女性芸能者。生没年不詳。於国、阿国、国、郡、久仁、おくに、くになど、さまざまに記されている。お国の出自や経歴については、確実な資料がまったくない。巷説では出雲大社の巫女みことされているが、地方から京に上った歩き巫女の一人であったとする説や、洛北出雲路河原の時宗鉦打聖の娘との説もある。江戸時代を通してさまざまに伝えられてきたお国伝説の集大成ともいうべき『出雲阿国伝』によれば、お国は出雲国杵築の鍛冶職中村三右衛門の娘で、永禄(一五五八‐七〇)のころ出雲大社修覆勧進のために諸国を巡回したところ、容貌美麗で神楽舞に妙を得ていたので評判となり、京に上って歌舞伎踊を考案し、織田信長や豊臣秀吉、越前中納言秀康などに召し出されて寵愛されたということになっている。確実な資料にとにかく「国」の名が出るのは、一六〇〇年(慶長五)京都近衛殿において「クニ」と「菊」という二人が雲州(出雲国)のややこ踊を演じたとあるのが最初である(『時慶卿記』)。次に、〇三年四月には「出雲国神子女」国が、当時流行の男伊達風の男装をして茶屋遊びの様子をまねて「カフキおどり」をし、京中の人気を集めたという記録がある(『当代記』)。この二つを結びつければ、お国がややこ踊から歌舞伎踊を考案してその始祖となったということになる。この後お国は歌舞伎踊の一座を率いて、北野社頭や四条河原で勧進興行を行い、女院の御所や公家の邸にもしばしば招かれている。
 また、歌舞伎成立当時の舞台の様子を伝えるといわれる『かぶきのさうし』(『歌舞伎草子』)では、当代のかぶき者(伊達男)名古屋山三郎が生前お国の歌舞伎踊を好んでいたが、お国を慕って亡霊となってあらわれ、お国とともに歌舞伎踊を踊るという話が作られている。〇三年に若くして刃傷沙汰のために非業の死を遂げた名古屋山三郎は、史実としてお国とはまったく関係のない人物であったが、異風な男装で歌舞伎踊をしたお国と密着することになり、さまざまに潤色され、多くのお国山三説話を生むことになった。名古屋山三郎はお国に情を通じた夫ということになり、山三郎が歌舞伎踊を考案してお国に教えたとか、二人で歌舞伎踊を創始して全国に広めたなどと説かれている(『懐橘談』『雍州府志』など)。慶長末年にはお国が桑名や江戸城中で勧進興行を行ったと伝える資料があり、北野社家の記録にも再び「国」の名があらわれるようになり、御所や公家の邸にしばしばかぶきが招かれるようになるが、これらが出雲のお国と同一人物であるかどうかは確かめえず、二代目お国を想定する説もある。晩年の動静についてもまったく不明で、〇七年小田原で没したとも、故郷出雲に帰って尼となって智月と号し、連歌を楽しみ、二二年(元和八)七月一三日七五歳で没したとも、長命を保って八七歳で没したとも伝えられている。
名古屋山三郎
[鳥居 フミ子]
古は神楽とも云(ひ)しを、聖徳太子、神楽の神の字の真中に墨打をして、秦河勝に鋸にて引割せ、是を名付(け)て申楽といふ。其後の人、申の字の首と尻尾とを打(ち)切(り)て、田楽と号して専行(は)れけり。其後は田の字の口をとりて、十楽などゝも名付(く)べきを、永禄の頃出雲のお国といへる品者、江州の名古屋三左衛門となんいへるまめ男と夫婦となり、哥舞妓と名をかへ、今様の新狂言を出す。
根南志具佐
都の春の花ざかり〓〓、かぶき躍にいでうよ、そもそもこれは出雲の国大社に仕へ申す社人にて候、それがしが娘に国と申す巫女の候を、かぶき躍と申す事を習はし、天下太平の御世なれば、都にまかりのぼり候て、躍らせばやと存じ候。(中略)
いかに申し候、今日は正月二十五日、貴賤群集の社参の折柄なれば、かぶき躍を始めばやと思ひ候、まづ〓〓念仏躍を始め申さう、光明遍照十方世界、念仏衆生摂取不捨、南無阿弥陀仏なむあみだ、南無阿弥陀仏なむあみだ、はかなしや鉤に懸けては何かせん、心にかけよ弥陀の名号、なむ阿弥陀仏なむあみだ。
かぶきのさうし


改訂新版・世界大百科事典
出雲のお国
いずものおくに

歌舞伎の始祖とされる安土桃山時代の女性芸能者。生没年不詳。於国,阿国,国,郡,久仁,おくに,くになど,さまざまに記されている。お国の出自や経歴については,確実な資料がまったくない。巷説では出雲大社の巫女(みこ)とされているが,地方から京に上った歩き巫女の一人であったとする説や,洛北出雲路河原の時宗鉦打聖の娘との説もある。江戸時代を通してさまざまに伝えられてきたお国伝説の集大成ともいうべき《出雲阿国伝》によれば,お国は出雲国杵築の鍛冶職中村三右衛門の娘で,永禄(1558-70)のころ出雲大社修覆勧進のために諸国を巡回したところ,容貌美麗で神楽舞に妙を得ていたので評判となり,京に上って歌舞伎踊を考案し,織田信長や豊臣秀吉,越前中納言秀康などに召し出されて寵愛されたということになっている。確実な資料にとにかく〈国〉の名が出るのは,1600年(慶長5)京都近衛殿において〈クニ〉と〈菊〉という2人が雲州(出雲国)のややこ踊を演じたとあるのが最初である(《時慶卿記》)。次に,03年4月には〈出雲国神子女〉国が,当時流行の男伊達風の男装をして茶屋遊びの様子をまねて〈カフキ躍(おどり)〉をし,京中の人気を集めたという記録がある(《当代記》)。この二つを結びつければ,お国がややこ踊から歌舞伎踊を考案してその始祖となったということになる。この後お国は歌舞伎踊の一座を率いて,北野社頭や四条河原で勧進興行を行い,女院の御所や公家の邸にもしばしば招かれている。

 また,歌舞伎成立当時の舞台の様子を伝えるといわれる《かぶきのさうし》(《歌舞伎草子》)では,当代のかぶき者(伊達男)名古屋山三郎が生前お国の歌舞伎踊を好んでいたが,お国を慕って亡霊となってあらわれ,お国とともに歌舞伎踊を踊るという話が作られている。03年に若くして刃傷沙汰のために非業の死を遂げた名古屋山三郎は,史実としてお国とはまったく関係のない人物であったが,異風な男装で歌舞伎踊をしたお国と密着することになり,さまざまに潤色され,多くのお国山三説話を生むことになった。名古屋山三郎はお国に情を通じた夫ということになり,山三郎が歌舞伎踊を考案してお国に教えたとか,2人で歌舞伎踊を創始して全国に広めたなどと説かれている(《懐橘談》《雍州府志》など)。慶長末年にはお国が桑名や江戸城中で勧進興行を行ったと伝える資料があり,北野社家の記録にも再び〈国〉の名があらわれるようになり,御所や公家の邸にしばしばかぶきが招かれるようになるが,これらが出雲のお国と同一人物であるかどうかは確かめえず,2代目お国を想定する説もある。晩年の動静についてもまったく不明で,07年小田原で没したとも,故郷出雲に帰って尼となって智月と号し,連歌を楽しみ,22年(元和8)7月13日75歳で没したとも,長命を保って87歳で没したとも伝えられている。
→お国歌舞伎
[鳥居 フミ子]

[索引語]
歌舞伎 お国 出雲阿国伝 歌舞伎踊 ややこ踊 かぶき者 名古屋山三郎
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7. あやこまい【綾子舞】
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、いずれもこの芸能が京から伝来したことをうかがわせる。ことに京で北野神社を本拠地としていた出雲のお国が、歌舞伎踊以前に名のっていた〈ややこ踊〉との名称の相似も考 ...
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