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  11. 拝謁
日本国語大辞典

はい‐えつ 【拝謁】

解説・用例

〔名〕

身分の高い人や目上の人に面会することをへりくだっていう語。つつしんでお目にかかること。おめどおり。

*吾妻鏡‐治承四年〔1180〕一一月八日「相搆伺〓拝謁之次〓、有〓〓申事〓故也」

*色葉字類抄〔1177〜81〕「拝謁 ハイエツ 対面詞 同分」

*読本・椿説弓張月〔1807〜11〕拾遺・五四回「王女に拝謁(ハイヱツ)し奉れば」

*新令字解〔1868〕〈荻田嘯〉「拝謁 ハイヱツ 御目ミヘ」

*史記‐孝文本紀「代王馳至〓渭橋〓、群臣拝謁称〓臣」

発音

〓[0]〓[0]

辞書

色葉・文明・ヘボン・言海

正式名称と詳細

表記

拝謁色葉文明ヘボン言海


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