サンプルページ一覧
ジャパンナレッジの記事の内容サンプルです。
※実際の記事と若干異なる場合があります。
12月27日更新
祇園祭(日本大百科全書(ニッポニカ))
京都市東山区祇園町に所在する八坂(やさか)神社の祭礼。毎年7月17日から24日まで行われる。以前は祇園会(え)あるいは祇園御霊会(ごりょうえ)ともいった。東京の神田祭、大阪の天神祭とともに三大祭に数えられている。起源は、平安時代の869年(貞観11)に全国に疫病が流行したため
きしめん(日本大百科全書(ニッポニカ))
麺(めん)類の一種。もともとは小麦粉に水を適量加えてこね、小さくつまんで丸め、押して碁石の形に似たものをつくり、煮たのを棊子麺といったという。次には、うどん作りのように加水小麦粉を麺棒で伸ばし、碁石形に打ち抜いて用いるようになった。また、きしめんの名称は、紀州(和歌山県)の人がその地方の平打ち麺を名古屋の人に
大統領選挙[アメリカ](現代用語の基礎知識2016)
アメリカの大統領は4年を任期とし、国民による選挙人の選挙、選挙人による大統領選挙、という手続きで選ばれる。形式的には間接選挙であるが、政党の出現により実質的には直接選挙とほとんど異ならない。選挙は4で割り切れる年の、11月の第1月曜の次の火曜に行われ、一般有権者は州ごとに
ちゃく‐なん【嫡男】(日本国語大辞典)
正妻の生んだ最初の男子。嫡出の長男。嫡子。*今昔物語集〔1120頃か〕二〇・三三「此の一の衣をば我が嫡男也汝に与ふ」*吾妻鏡‐治承四年〔1180〕八月一〇日「秀義以〓嫡男佐々木太郎定綱〓〈略〉申〓送武衛〓」
キノコ(きのこ)(日本大百科全書(ニッポニカ))
菌類が形成する大形の子実体(胞子をつくる器官)に与えられた一般的な用語で、「木の子」の意味から生まれた。菌、茸、蕈などもキノコを意味して用いられるが、いずれも訓で「たけ」とも読み、音はキン、ジョウ、ジンである。菌は、現在では菌界を構成する菌類を意味するが、元来はキノコ
子実体(改訂新版・世界大百科事典)
担胞子体sporophoreともいう。菌類において,胞子が形成される部分が集合して塊状となったもの。いわゆるキノコは大型でよく目だつ子実体である。子囊菌類の子実体は子囊果ascocarpといい,一群の子囊を2核性の菌糸(造囊糸)と単相の菌糸が幾重にもとりまいた構造をなしている。
菌糸(改訂新版・世界大百科事典)
真菌植物の本体(栄養体)を構成する分枝した細い糸状体を菌糸といい,その集まりを菌糸体myceliumという。菌糸は先端生長によって伸長し,栄養分となる有機物があり,適当な湿度や温度などの良好な外的条件が続くかぎりいつまでも生長する。隔壁がなく多核体をなすもの(接合菌類)と
紅葉(日本大百科全書(ニッポニカ))
一般的には、植物の葉が秋に、落葉に先だって赤に変わることをいう。また、葉が黄色や黄褐色になることを黄葉(こうよう)というが、これらをあわせて「もみじ」という。この現象はかならずしも秋の落葉の時期にのみみられるものではなく、幼葉が一時的に赤色になり、葉の成長とともに消失する場合
アントシアン(日本大百科全書(ニッポニカ))
植物色素の一群で、赤、青、暗紫色などを呈する花や葉、果実などの色素のこと。ギリシア語のanthos(花)+cyanos(青い)の意味から命名され、花青素(かせいそ)ともよばれた。基本構造として2個のベンゼン環が3個の炭素で結ばれた炭素骨格をもち、フラボノイド色素群に含まれる。
明石掃部(明石全登/あかしてるずみ)(日本人名大辞典)
織豊-江戸時代前期の武将。宇喜多秀家につかえ,関ケ原の戦いで西軍に属して敗れ筑前(ちくぜん)(福岡県)秋月にすんだ。大坂の陣では豊臣秀頼の招きに応じ,真田幸村(さなだ-ゆきむら)らと活躍したが,慶長20年(1615)大坂落城の際に死んだとも,逃亡して元和(げんな)4年に病死したともいう。
長宗我部盛親(国史大辞典)
一五七五-一六一五。安土桃山時代の武将。土佐国の大名。幼名千熊丸、右衛門太郎(増田右衛門尉長盛を烏帽子親として右衛門、盛親を名乗る)、土佐守。天正三年(一五七五)岡豊(おこう)城(高知県南国市)に生まる。長宗我部元親の四男、母は斎藤氏。
毛利勝永(日本人名大辞典)
織豊-江戸時代前期の武将。毛利勝信の子。関ケ原の戦いで西軍に属し,敗れて父とともに土佐高知藩主山内一豊(かずとよ)にあずけられる。慶長19年子の勝家と脱走して大坂城にはいり
後藤基次(後藤又兵衛)(改訂新版・世界大百科事典)
織豊政権期の武将。通称又兵衛。氏房,政次ともいう。播磨三木城主別所氏に仕えた新左衛門の子。豊前黒田氏に養われ,孝高・長政父子に仕えた。長政に従って豊臣秀吉の九州征伐,文禄・慶長の役に従軍,関ヶ原の戦にも戦功をあげる。
台風(日本大百科全書(ニッポニカ))
北太平洋西部の熱帯の海上で発生・発達し、日本列島・フィリピン諸島・アジア大陸南部などに襲来して大きな被害をもたらす熱帯低気圧。熱帯低気圧はいくつかの限られた熱帯の海域で発生し、それぞれ特有の名前がついているが、そのうち東経180度より西の北太平洋にある熱帯低気圧はその域内の最大風速によって分類されている。
温帯低気圧(日本大百科全書(ニッポニカ))
中緯度または高緯度で発生する低気圧。周りに比べて気圧が低くなっていて、その中心に向かって風の吹き込んでいるところが低気圧である。低気圧のうち、熱帯の洋上に発生するものを熱帯低気圧という。熱帯低気圧以外のものは普通は単に低気圧とよばれるが
熱帯低気圧(日本大百科全書(ニッポニカ))
広義には熱帯地方で発生する低気圧。狭義には最大風速が風力7以下の熱帯地方で発生する低気圧。最大風速が風力8以上(毎秒17.2メートル以上)の熱帯低気圧を日本では台風という。1952年(昭和27)以前は熱帯性低気圧と性の字を入れ
サイクロン(日本大百科全書(ニッポニカ))
インド洋に発生する発達した熱帯低気圧。性質は台風と同じである。世界気象機関(WMO)では、この地域の熱帯低気圧のうち最大風速が毎秒32.7メートル以上(風力12)のものをサイクロンとよぶが、日本の台風の基準と同じ最大風速が毎秒17.2メートル以上(風力8以上)のものをさすことも多い。
梅雨前線(日本大百科全書(ニッポニカ))
6月から7月の梅雨期に日本の南岸にほぼ定常的に発生し、ぐずついた天気をもたらす前線。停滞前線の一種で、成因や性質は秋雨(あきさめ)前線に似る。オホーツク海気団と小笠原(おがさわら)気団の間に形成され、寒帯前線の一種でもある。
秋雨前線(日本大百科全書(ニッポニカ))
9月前半から10月前半に日本の南岸沿いに現れる停滞前線。秋霖(しゅうりん)前線ともいう。真夏の亜熱帯高気圧が南へ遠ざかり、日本海や北日本へ張り出してきた寒帯高気圧との境にできる前線で、成因や性質は梅雨前線によく似ているが
ハリケーン(日本大百科全書(ニッポニカ))
北大西洋および北太平洋東部で発生する発達した熱帯低気圧。性質は台風と同じである。世界気象機関(WMO)では、この地域の熱帯低気圧のうち最大風速が毎秒32.7メートル(64ノット)以上のものをハリケーンとよび
法隆寺(日本大百科全書(ニッポニカ))
奈良県生駒(いこま)郡斑鳩(いかるが)町にある聖徳(しょうとく)宗総本山。斑鳩寺(鵤寺、伊可留我寺とも書く)、法隆学問寺などの異称がある。南都七大寺の一つ。草創の由来は、金堂の薬師如来坐像(やくしにょらいざぞう)光背銘によると、用明(ようめい)天皇が病気平癒を念じ
孝徳天皇(改訂新版・世界大百科事典)
第36代に数えられる天皇。在位645-654年。名は軽皇子。皇極女帝の同母弟で,父は舒明天皇の弟の茅渟(ちぬ)王,母は欽明天皇の孫の吉備姫王。《日本書紀》や《大織冠伝》には,中臣鎌足が皇室中の人材を求めて天皇に接近し,天皇がこれを厚く待遇した話がみえるが
大日本帝国憲法(改訂新版・世界大百科事典)
1889年2月11日発布され,90年11月29日より施行され,形式的には1947年5月2日まで存続した憲法典で,〈明治憲法〉あるいは〈旧憲法〉とも呼ばれる。制定過程、明治維新にあたり政府は五ヵ条の誓文
譲位(改訂新版・世界大百科事典)
皇位を譲ること。禅(ゆずり)を受けて皇位につくことを含める場合も多く,譲国ともいう。日本における皇位継承は,上古は天皇が没すると行われるのを常例としたが,645年大化改新に際し,皇極天皇が孝徳天皇に皇位を譲ってから
摂政(改訂新版・世界大百科事典)
君主に代わって万機を執り行う者,または執り行うことをいう。君主が未成年の間,あるいは君主に事故があった場合などに置かれる。日本 古代~近世 摂政はその出自より大別して,皇族摂政と人臣摂政に分けられる。
退位(日本国語大辞典)
(1)帝王などの位を退くこと。(2)官位を辞すること。(3)菩薩が得た不退の位から衆生救済のためにあえて退くこと。
女系(法律用語辞典)
厳密には、女子だけを通じた血族関係をいうが、広く、中間に一人でも女子の入った、男系でない血族関係を指して用いられることもある。女系の血族を女系親という。
男系(法律用語辞典)
家系において、男子の方のみを通してみる血縁の系統的関係。すなわち、血縁系の間に女子が入らない者相互の関係。皇室典範は、「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」としておりこれが男系と女系を法律上区別している唯一の例である。
尖閣諸島(日本大百科全書(ニッポニカ))
沖縄県石垣市に属し、八重山列島北方の東シナ海中にある。主島の魚釣(うおつり)島(面積3.82平方キロメートル、中国名は釣魚島(ちょうぎょとう)または釣魚台(ちょうぎょだい))、北小島(面積0.31平方キロメートル)および南小島(面積0.4平方キロメートル)を含むグループと
明正天皇(国史大辞典)
一六二三-九六。一六二九―四三在位。幼称は女一宮。諱は興子。後水尾天皇の第二皇女、母は皇后和子(東福門院)。嫡出の第一子で、将軍徳川秀忠の外孫にあたる。元和九年(一六二三)十一月十九日誕生。寛永六年(一六二九)十月二十九日内親王宣下が行われ、ついで十一月八日父天皇の突然の譲位決行により受禅
元明天皇(国史大辞典)
六六一-七二一。七〇七―一五在位。天智天皇の第四皇女。諱は阿陪(阿閉)。母は蘇我倉山田石川麻呂の娘姪娘。斉明天皇七年(六六一)生まれる。草壁皇子の妃となり、文武・元正両天皇と吉備内親王を生む。慶雲四年(七〇七)六月文武天皇崩御し、七月十七日遺詔によって即位。これは不改常典による嫡子相承実現のための中継ぎと解される。
元正天皇(国史大辞典)
六八〇-七四八。七一五―二四在位。草壁皇子の皇女。諱は氷高(日高)。新家皇女ともいう。母は元明天皇。天武天皇九年(六八〇)に生まれる。霊亀元年(七一五)正月、一品を授けられたが、同年九月二日皇太子首皇子が幼年のため元明天皇の譲りをうけて即位した。
持統天皇(国史大辞典)
六四五-七〇二。六八六―九七在位。ただし正式即位は六九〇年。白鳳時代の女帝。諱は高天原広野姫、大倭根子天之広野日女ともいう。天智天皇の第二女、母は蘇我倉山田石川麻呂の娘の遠智娘。大化元年(六四五)誕生。斉明天皇三年(六五七)十三歳で叔父の大海人皇子(天武天皇)と結婚。
皇極天皇(斉明天皇)(国史大辞典)
五九四-六六一。六四二―四五在位。のち重祚して斉明天皇となり、六五五―六一在位。敏達天皇の曾孫、押坂彦人大兄皇子の孫。推古天皇二年(五九四)茅渟王を父、吉備姫王を母として生まれる。諱は宝皇女。天豊財重日足姫尊と称す。
後桜町天皇(国史大辞典)
一七四〇-一八一三。一七六二―七〇在位。元文五年(一七四〇)八月三日桜町天皇の第二皇女として誕生。母は関白二条吉忠の女、皇太后舎子(青綺門院)である。諱は智子、幼称は初め以茶宮、のちに緋宮という。寛延三年(一七五〇)三月親王宣下。宝暦十二年(一七六二)七月桃園天皇の崩御に際し
孝謙天皇(称徳天皇)(国史大辞典)
七一八-七〇。七四九―五八在位。のち重祚して称徳天皇となり、七六四―七〇在位。養老二年(七一八)聖武天皇の第一皇女として誕生。母は光明皇后。諱を阿倍といい、天平宝字二年(七五八)上台宝字称徳孝謙皇帝の尊号を上られ、また高野姫尊・高野天皇とも称された。
豊臣秀頼(国史大辞典)
一五九三-一六一五。豊臣秀吉の第二子。文禄二年(一五九三)八月三日大坂城内に生まれた。母は側室浅井氏(茶々、淀殿)。秀吉は実子に恵まれず、浅井氏との間に鶴松を得たが三歳にして死別した。このため秀頼誕生の喜びは大きく、みずから肥前名護屋の陣中より正室北政所に書状を送り
伏見城跡(日本歴史地名大系)
伏見山(桃山丘陵)に豊臣秀吉によって築かれた城。関ヶ原の合戦に伴う東軍と西軍の攻防戦で被害を受けた後、徳川家康の手で大規模な修築復興がなされたが、元和九年(一六二三)廃城になった。
坂野惇子(日本人名大辞典)
昭和後期-平成時代の実業家。大正7年4月11日生まれ。レナウン創業者佐々木八十八(やそはち)の3女。昭和23年友人と神戸にベビー洋品店を開店,25年ファミリアを創業し代表取締役となる。
穀雨(日本国語大辞典)
二十四気の一つ。清明の次に来る季節。春の季節中の最後にあたる。四月二一日頃。《季・春》
清明(日本国語大辞典)
清く明らかなこと。また、そのさま。二十四節気の一つ。天文学的には、太陽が黄道上の一五度の点を通過するときで、暦の上では、陰暦三月、春分のあと一五日目、新暦の四月五、六日ごろに当たる。清明節。晴明。《季・春》
春分(日本国語大辞典)
太陽が黄経0度の春分点を通過する時刻。ふつうはその日をいう。二十四節気の一つ。春の彼岸の中日で新暦の三月二一日頃にあたり、昼夜はほぼ同時間。《季・春》
啓蟄(日本国語大辞典)
冬ごもりの虫が地中からはい出ること。また、その虫。蟄虫。二十四気の一つ。陰暦二月の節気。太陽暦の三月五日頃にあたる。《季・春》
雨水(日本国語大辞典)
二十四節気の一つ。天文学的には、太陽が黄道上の三三〇度の点を通過するときで、暦の上では、陰暦正月の中、新暦の二月一八日ごろに当たる。《季・春》
立春(日本国語大辞典)
二十四節気の一つ。太陽の黄経が三一五度のときをいう。雑節の基準日、八十八夜・二百十日などの起算日。新暦二月五日頃に当たり、昔の中国および日本ではこの日から春になるとした。立春節。和語では「春立つ」が用いられ、陰暦の時代は、その年のうちにこの日を迎えることもあった。
大寒(日本国語大辞典)
十四節気の一つ。陰暦の一二月の節気。太陽の黄経が二八五度の時。太陽暦では一月五、六日頃に当たる。寒の入り。またその日から一五日間をいう。大寒に先立ち、大寒の一五日と合わせて寒とよぶ。《季・冬》
小寒(日本国語大辞典)
十四節気の一つ。陰暦の一二月の節気。太陽の黄経が二八五度の時。太陽暦では一月五、六日頃に当たる。寒の入り。またその日から一五日間をいう。大寒に先立ち、大寒の一五日と合わせて寒とよぶ。《季・冬》
冬至(日本国語大辞典)
二十四節気の一つ。太陽の黄経が二七〇度のときをいう。新暦一二月二二日頃。旧暦では一一月の中に当たる。この日、北半球では太陽の南中高度が最低で昼間が最も短い。この日から日照時間が伸びるので、生命力が復活する節日として祝う習慣があった。
大雪(日本国語大辞典)
はげしく降る雪。多く積もった雪。おおゆき。二十四節気の一つ。太陽の黄経が二五五度のときをいう。新暦の一二月七日頃に当たる。《季・冬》
小雪(日本国語大辞典)
すこし降る雪。すこしの雪。*童謡・雪のふる晩〔1920〕〈北原白秋〉「大雪、小雪(コユキ)、雪のふる晩に」
立冬(日本国語大辞典)
二十四節気の一つ。太陽の黄経が二二五度のときをいう。新暦の一一月七日ごろにあたり、昔の中国および日本ではこの日から冬になるとした。《季・冬》
秋分(日本国語大辞典)
太陽が黄経一八〇度の秋分点を通過する時刻。ふつうはその日をいう。二十四節気の一つ。秋の彼岸の中日で新暦の九月二三日頃にあたり、日の出から日没までの昼と日没から日の出までの夜は、ほぼ同時間。《季・秋》
処暑(日本国語大辞典)
二十四節気の一つ。立秋と白露の中間。太陽の黄経が一五〇度となる日。陰暦七月の中旬頃、太陽暦八月二三日頃に当たる。《季・秋》
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