ジャパンナレッジNEWS

辞書に関係あることも ないことも ごった煮でお届けする 公式だけどオフィシャル感のない 万人向けメールマガジンのバックナンバー 絶賛掲載中。ジャパンナレッジ会員のかたならナレッジサーチャー(ジャパンナレッジ簡易検索)が使えます。

私のスーパーヒーロー

2016-08-02

いよいよ8月に突入し夏本番の暑さがやってきましたね!
通勤電車でも旅行や行楽へ行く様子の親子連れを見かけるようになってきました。
夏休みを満喫している子どもたちが、なんとも羨ましいマツオカです。

そんな折、8月に入る直前の7月31日の夜に悲しい話題が飛び込んできました。
元横綱・千代の富士の九重親方が、膵臓(すいぞう)がんのため61歳で死去されたという突然のニュース。また昭和の国民的ヒーローをひとり失ったショックはとても大きいです…。
昭和30年北海道福島町生まれ、15歳で初土俵を踏み昭和50年に入幕を果たし、肩の脱臼など度重なる怪我に悩まされるも厳しい稽古やトレーニングにより番付を上げていき昭和56年には58代横綱に。軽量ながらも力強さとスピードを兼ね備えた相撲と、引き締まった筋肉質の体と精悍(せいかん)な顔つきから「ウルフ」の愛称で圧倒的な人気を誇りました。数々の勝ち星の新記録も樹立し、平成元年には国民栄誉賞を受賞。人気だけではなく実力も十二分の、まさに大横綱でした。

小学生の頃、私は千代の富士の大ファンでいつも取り組みを興奮しながら見ていました。
そんなある日、たまたま近所に住んでいた後援会関係者の家へ千代の富士がやってくるという噂を聞きつけたのです! しかし、招待されたのは大人のみ。一人で出かけようとする父親に泣きながら行きたいと訴えたのですが、聞き入れてはもらえませんでした。どうしても千代の富士を一目見たかった私はこっそり父親の後をついていき、 家に出入りする千代の富士の後ろ姿だけ何とかチラッと見ることができました。
大きいけれど引き締まった千代の富士の背中と、立派な大銀杏(おおいちょう)は今でも忘れません。
そしてあの有名な引退会見。ふり絞って発した「体力の限界」の一言に私も涙しました。

引退した後もそして今も、私にとってはやっぱり「九重親方」ではなくずっとスーパーヒーロー「千代の富士」なんですよね。
心よりご冥福をお祈りします。

2016-08-02 written by マツオカ
取り組みだけでなく、足を高くピンと上げた四股も素晴らしかった千代の富士。強くて、格好良くて、そして美しさも兼ね備えた最強の横綱でした。