日本大百科全書(ニッポニカ)

ケリン
けりん
William G. Kaelin, Jr. 英語
[1957― ]

アメリカの医学者、腫瘍(しゅよう)学者。ニューヨーク市生まれ。1979年デューク大学で数学、化学の学士号を得て卒業。1982年に同大学医学部で学び、医学博士号を取得した。ジョンズ・ホプキンズ大学病院での内科医のインターンを経て、1987年からボストンにあるダナ・ファーバーがん研究所の腫瘍学の研究員(フェロー)として、がん抑制遺伝子の研究を始めた。1991年ハーバード大学医学部の専任講師に就任。翌1992年にダナ・ファーバーがん研究所内に独立の研究室を開き、腎臓(じんぞう)や神経、網膜などにがんが多発する遺伝性疾患の「フォン・ヒッペル・リンドウ病(Von Hippel-Lindau Disease、VHL病)」の研究に取り組んだ。1998年にハワード・ヒューズ医学研究所の研究員に選ばれる。2002年からダナ・ファーバーがん研究所およびハーバード大学教授。
 ケリンは、第3番染色体にあるがん抑制遺伝子VHLの突然変異によっておこるVHL病のがん細胞を調べる過程で、VHLが変異したがん細胞では血管新生が盛んにおこっていることを確認した。そしてVHLが、なんらかの酸素応答と関係しているのではないかという仮説をたてた。当時、生物に不可欠な酸素が少ない「低酸素症」では、赤血球の増産に関与するホルモンの「エリスロポエチン(EPO)」の産生量が腎臓で増えることがわかっていた。ジョンズ・ホプキンズ大学のグレッグ・セメンザは、このEPOの産生を促進するタンパク質「HIF」(低酸素誘導因子-1)が核の中でつくられることを発見した。だが、酸素が少ないと、HIFの材料となる「HIF-1α(アルファ)」が細胞内で増えていくが、どのような仕組みで、EPO産生促進にかかわるかはわからなかった。ケリンは、VHLが、がん抑制にかかわるタンパク質を産生すること、VHLが変異しているとHIF-1αの濃度が高まり、逆に正常なVHLをがん細胞内に入れると、HIF-1αが減少することを確認した。その後、オックスフォード大学のピーター・ラトクリフらが、酸素が十分に存在するときは、VHLがHIF-αに結合して、生体内のタンパク質分解酵素複合体「プロテアソーム」によって分解されるため、HIF-1αが減少していくという仕組みをつきとめた。さらに、ケリンとラトクリフは、2001年にVHLがHIF-1αに結合する際、酸素が豊富にある環境下では、ヒドロキシ基(OH基)二つがHIF-1αにくっつくことで、VHLが認識し、それによってその結合体は酵素のプロテアソームで分解されるという全体像を同時に発表した。こうした酸素応答のメカニズムを解明したことで、貧血やがん、ほかの多くの疾患の治療薬の開発に大きく貢献した。
 2010年にガードナー国際賞、アメリカ科学アカデミー特別会員、2014年ワイリー賞、2016年アルバート・ラスカー基礎医学研究賞を受賞。2019年「細胞が低酸素状態を感知し、応答する仕組みの発見」による業績で、セメンザ、ラトクリフとノーベル医学生理学賞を共同受賞した。
[玉村 治]2020年2月17日