利用者の声
【NEW】編集者を志す人間はジャパンナレッジを使うことをお薦めする。確実にその能力が鍛えられる

明石健五(『週刊読書人』編集長)
国語はもちろん、新語にも強かったジャパンナレッジ


高橋 聡(翻訳者・翻訳学校講師・日本翻訳連盟理事)
ゲーム世界のクリエイトに便利。ジャパンナレッジがあれば架空世界の名付け親になれる。

木村航/茗荷屋甚六(作家・ゲームライター)
ジャパンナレッジは大河ドラマ「真田丸」の時代考証に大いに役立っています。

丸島和洋(博士(史学)。国文学研究資料館特定研究員)
歴史学研究の新たなツールとしてジャパンナレッジのコンテンツを活用することで、効率よく文献を調べることができる

安藤 優一郎(歴史家。文学博士【早稲田大学】)
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後朱雀天皇(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
一〇〇九-四五 一〇三六―四五在位。寛弘六年(一〇〇九)十一月二十五日、一条天皇の第三皇子として誕生。母は藤原道長の女彰子。諱は敦良。同七年正月十六日、親王宣下。寛仁元年(一〇一七)八月九日、敦明親王の皇太子辞意により、後一条天皇の皇太子
後冷泉天皇(国史大辞典・日本大百科全書・日本人名大辞典)
一〇二五-六八 一〇四五―六八在位。万寿二年(一〇二五)八月三日、東宮敦良親王(後朱雀天皇)の第一王子として誕生。母は藤原道長の女嬉子。諱は親仁。長元九年(一〇三六)十二月二十二日、親王宣下。長暦元年(一〇三七)七月二日、十三歳で元服
後三条天皇(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
一〇三四-七三 一〇六八―七二在位。諱は尊仁(たかひと)。長元七年(一〇三四)七月十八日、東宮敦良親王(後朱雀天皇)の第二王子として誕生。母は三条天皇の皇女禎子内親王(陽明門院)。同九年父親王の践祚後間もなく親王宣下をうけ
白河天皇(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
一〇五三-一一二九 一〇七二―八六在位。諱は貞仁。天喜元年(一〇五三)六月十九日、皇太子尊仁親王(後三条天皇)の第一王子として誕生。母は権中納言藤原公成の女、贈皇太后茂子である。茂子の養父で、関白藤原頼通の異母弟である春宮大夫能信の庇護のもとに成長し
堀河天皇(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
一〇七九-一一〇七 一〇八六―一一〇七在位。白河天皇の第二皇子。母は関白藤原師実の養女、皇后賢子(実父は右大臣源顕房)。承暦三年(一〇七九)七月九日誕生。同年十一月親王宣下あり、善仁と命名。応徳三年(一〇八六)十一月二十六日立太子
鳥羽天皇(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
一一〇三-五六 一一〇七―二三在位。堀河天皇の第一皇子。母は大納言藤原実季の女、贈皇太后苡子である。康和五年(一一〇三)正月十六日、左少弁藤原顕隆の五条邸に誕生、その年六月親王宣下あり、宗仁と命名され、八月には早くも皇太子に立った
崇徳天皇(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
一一一九-六四 一一二三―四一在位。諱は顕仁。元永二年(一一一九)五月二十八日、鳥羽天皇の第一皇子として誕生。母は藤原公実の女、皇后璋子(待賢門院)。保安四年(一一二三)正月二十八日、曾祖父白河法皇の意向により、父天皇の禅りを受け五歳で践祚し
近衛天皇(国史大辞典・日本大百科全書・日本人名大辞典)
一一三九-五五 一一四一―五五在位。諱は体仁(なりひと)。保延五年(一一三九)五月十八日、鳥羽上皇の皇子として誕生。母は権中納言藤原長実の女得子(美福門院)。同年七月親王となり、八月早くも皇太弟に立つ。永治元年(一一四一)十二月
後白河天皇(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
一一二七-九二 一一五五―五八在位。大治二年(一一二七)九月十一日、三条殿で誕生。鳥羽上皇第四皇子。母は権大納言藤原公実の娘、待賢門院璋子。同年十一月雅仁と命名、親王宣下。近衛天皇の死去に伴い、久寿二年(一一五五)七月二十四日
二条天皇(国史大辞典・日本大百科全書・日本人名大辞典)
一一四三-六五 一一五八―六五在位。後白河天皇の第一子。諱は守仁。母は大炊御門経実の女贈皇太后懿子。康治二年(一一四三)六月十七日生まれる。鳥羽天皇の皇后美福門院得子に養育され、仁和寺覚性法親王の弟子となったが、久寿二年(一一五五)
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