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日本歴史地名大系

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黒島教会
くろしまきようかい

[現]佐世保市黒島町

カトリック教会。江戸時代からキリシタンが潜伏していた地域で、文化―文政(一八〇四―三〇)の頃に大村藩領外海そとめから移住したと推定されるほか、寛政年間(一七八九―一八〇一)大村領外海から五島に移住した潜伏キリシタンが、明治元年(一八六八)からの五島崩れとよばれるキリシタン迫害を避けるため移住してきたという。古里ふるさと日数ひかず根谷ねや名切なきり田代たしろわらびの集落は潜伏キリシタンが開いたとされる。元治二年(一八六五)大浦おおうら天主堂(現長崎市)でのいわゆる信徒発見のあと、当地の潜伏キリシタンは惣代二〇名を長崎に派遣、プチジャン神父に会い、水方の出口大吉らの活動により教会復帰を遂げている。明治六年のキリシタン禁制の高札撤廃に伴ってプワリエ神父がひそかに黒島に上陸、ミサを行っている。この頃に家御堂を設立、同一一年に木造教会堂を建立。同三三年主任司祭マルマン神父のもとでロマネスク様式で煉瓦造の現教会堂建設に着工。大工は長崎の前山左吉。祭壇などはマルマン神父が設計し、島内で信徒が赤土を焼いて煉瓦にするなど工夫したが、資金不足を補うことはできず、資金を求めてマルマン神父がフランスに帰ったため工事が中断、完成したのは同三五年であった。「イエズスの聖心」に奉献された。大正初期にかけて北松浦きたまつうら郡地方の煉瓦造教会建築に影響を与えたとされるロマネスク・スタイルの赤煉瓦の会堂は正面中央に鐘塔が付設され、内部はアーケード、トリフォリウム、クリアストリーで、天井は円形アーチのリブヴォールトになっている。木造の屋根は重層で高屋根。基礎は正面の石段に黒島産の御影石を用い、祭壇部分には有田磁器タイルを張る。黒島天主堂として国指定重要文化財。昭和二三年(一九四八)人骨とともに聖マリア像と十字架が発掘され、像の裏銘に大閤とあって、「たいかう」「タイカウ」と仮名を付しており、豊臣秀吉の時代の禁教下で黒島に逃れた者か、後年の移住者の父祖のものか、諸説ある。

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