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日本歴史地名大系

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頭ヶ島教会
かしらがしまきようかい

[現]有川町友住郷 頭ヶ島

頭ヶ島にあるカトリック教会。天主堂は県指定文化財。江戸時代は長く無人島であったが、安政六年(一八五九)たいうらのキリシタン二、三戸が移住し、開拓を行ったという。慶応三年(一八六七)戸数二五のキリシタン集落になっていた(有川町郷土誌)。鯛ノ浦の森松次郎は五島に招いた神父をかくまう場所によいとして当地に移住している。明治元年(一八六八)久賀ひさか(現福江市)に始まった五島崩れとよばれるキリシタン迫害では信徒三一名が捕らえられ、有川に連行されて拷問を受けたという(切支丹の復活)。のちキリシタンは全員が島を逃れ、外海そとめ黒島くろしま(現佐世保市)などを流転し、同六年のキリシタン禁制の高札撤廃後に帰郷、荒廃した村の復興に努めた。同二〇年に木造教会堂を建立したが、大正八年(一九一九)に一一ヵ年を要して現在の石造教会堂が建立された。外壁・積石造で、屋根は持送りを用いた木造のハンマービーム架構で、ロマネスク窓を並べた周壁は地元産の砂岩を積上げたもの。鉄川与助による船底天井には花柄などの装飾を施す。浜辺に石造墓碑の十字架が立並ぶ。

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