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国史大辞典・日本大百科全書

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国史大辞典
顕宗天皇
けんぞうてんのう
『日本書紀』によれば第二十三代天皇、在位三年(四八五―八七)。『古事記』に治世八年、崩年三十八歳とみえるが、いずれも確かでない。在位の実年代はもう少しおそく、五世紀の末であろう。父は履中天皇の皇子市辺押磐皇子、母は蟻臣の娘〓媛。仁賢天皇の同母弟。子はない。本名は弘計。名義は未詳だが、兄の大ケ(億計)に対して小ケの義。雄略天皇は亡兄安康天皇がかつて皇位をいとこの押磐皇子に譲らんとしたことを恨み、皇子を狩に誘って暗殺した。子の億計・弘計の二王は難を避け、播磨の縮見屯倉に奴として潜伏、やがて清寧天皇のとき、大嘗供奉の料を調達するため遣わされた伊与来目部小楯に発見され、皇嗣として迎えられ、天皇の没後、まず弟の弘計王が兄の辞退により顕宗天皇として即位した。記紀には、治世中のこととして、置目老媼(おきめのおみな)が父市辺押磐皇子の墓所を教えた話、天皇が雄略天皇の陵を破壊しようとして、皇太子であった兄の仁賢天皇にいさめられた話などを記す。顕宗の語義は、みずから市辺押磐皇子の子であることを名乗り出たという意味。皇居は近飛鳥八釣宮。陵は傍丘磐坏丘南陵。
(黛 弘道)

傍丘磐坏丘南陵(かたおかのいわつきのおかのみなみのみささぎ)

 奈良県北葛城郡香芝町大字北今市にある。『日本書紀』は傍岳磐杯丘陵、『延喜式』は傍丘磐杯丘南陵とする。『延喜式』諸陵寮には「兆域東西二町、南北三町、陵戸一烟、守戸三烟」とあり、遠陵とする。中世以降所在不明となり、元禄以来諸説があったが、幕末修陵の際決定に至らず、明治二十二年(一八八九)六月三日ようやく現陵が考定され、陵名の「杯」を「坏」に改めた。形の崩れた前方後円墳で、長軸の長さ六九メートル、高さ約八メートル、南西に面する。江戸時代から陵上に祠があり、祠の改修の際、巨石で築いた石室が破壊され、石棺・刀剣・金器などが出土したという。治定にあたり祠を域外に移し、修理を加えた。近傍の小塚三基を陪塚としている。
[参考文献]
『法規分類大全』二編宮廷門、上野竹次郎『山陵』上
(石田 茂輔)


日本大百科全書(ニッポニカ)
顕宗天皇
けんそうてんのう

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  • 顕宗天皇

生没年不詳。記紀では第23代の天皇。『古事記』は崩年齢を38歳とするが、『一代要記』などは48歳とし、治世年数も『古事記』は8年とするが、『日本書紀』は3年と異なる。履中(りちゅう)天皇の孫とし、市辺忍歯(押磐)(いちべのおしは)皇子の子と伝える。袁祁(弘計)(おけ)皇子、来目稚子(くめのわくご)ともいい、袁祁石巣別命(おけいわすわけのみこと)、弘計天皇、袁奚(おけ)天皇とも書く。宮居は近飛鳥(ちかつあすか)宮で、その所在については河内(かわち)説と大和(やまと)説があるが、河内飛鳥とする説が有力である。父が雄略(ゆうりゃく)天皇に殺されたので、兄の意祁(億計)(おけ)皇子とともに丹波(たんば)に逃れ、さらに播磨(はりま)に身を隠したが、みいだされて皇位に迎えられたという。陵は片岡(傍丘)の石坏(盤杯)(いわつき)の岡の上にありと伝える。奈良県香芝(かしば)市北今市の地とする。
[上田正昭]

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1. 顕宗天皇
日本大百科全書
生没年不詳。記紀では第23代の天皇。『古事記』は崩年齢を38歳とするが、『一代要記』などは48歳とし、治世年数も『古事記』は8年とするが、『日本書紀』は3年と異 ...
2. 顕宗天皇
世界大百科事典
→億計天皇・弘計天皇(おけのすめらみこと・おけのすめらみこと) ...
3. けんぞう‐てんのう【顕宗天皇】
デジタル大辞泉
記紀で、第23代の天皇。名は弘計(おけ)。履中(りちゅう)天皇の孫。父市辺皇子が雄略天皇に殺されたとき、兄の億計(おけ)王(のちの仁賢天皇)とともに身を隠したが ...
4. けんぞう‐てんのう[‥テンワウ]【顕宗天皇】
日本国語大辞典
第二三代天皇。履中天皇の孫。父は市辺押磐皇子(いちべのおしわのみこ)。仁賢天皇の弟。名は弘計王(おけのおおきみ)・来目稚子(くめのわくご)。「日本書紀」によれば ...
5. けんぞうてんのう【顕宗天皇】
国史大辞典
調達するため遣わされた伊与来目部小楯に発見され、皇嗣として迎えられ、天皇の没後、まず弟の弘計王が兄の辞退により顕宗天皇として即位した。記紀には、治世中のこととし ...
6. 顯宗天皇(けんぞうてんのう)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 6ページ ...
7. けんぞうてんのう【顕宗天皇】
日本人名大辞典
兄億計(おけ)王とともに播磨(はりま)にのがれていたが,清寧天皇にむかえられ,兄にさきんじて即位した。顕宗天皇3年4月25日死去。38歳(「古事記」)。墓所は傍 ...
8. 顕宗天皇[文献目録]
日本人物文献目録
【図書】:0件 【逐次刊行物】:2件 『播磨に於ける億計弘計二王子の御遺跡』西亀正夫『雄略清寧顕宗天皇物語考』竹野長次 ...
9. 顯宗天皇山陵 (見出し語:顯宗天皇)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 983ページ ...
10. 顯宗天皇果斷 (見出し語:顯宗天皇)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 1353ページ ...
11. 顯宗天皇謙讓 (見出し語:顯宗天皇)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 282ページ ...
12. 顯宗天皇欲雄略天皇陵 (見出し語:雄略天皇)
古事類苑
人部 洋巻 第2巻 548ページ ...
13. 仁賢天皇與顯宗天皇互讓帝位 (見出し語:仁賢天皇)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 1384ページ ...
14. 仁賢天皇諫顯宗天皇 (見出し語:仁賢天皇)
古事類苑
人部 洋巻 第2巻 246ページ ...
15. あえの-ことしろ【阿閉事代】
日本人名大辞典
「日本書紀」にみえる豪族。顕宗天皇3年,月神と日神の託宣(たくせん)を朝廷につたえる。朝廷は託宣にしたがい,月神に山背(やましろ)(京都府)の歌荒樔田(うたあら ...
16. あかしぐん【明石郡】兵庫県:播磨国
日本歴史地名大系
屯倉の首、忍海部造細目が新室にして、市辺押磐皇子の子億計・弘計を見でつ」とあり、この赤石郡は顕宗天皇の即位前紀にもみえるが、ともに郡の呼称は「日本書紀」編纂時の ...
17. あがたぬし【県主】画像
国史大辞典
いる。県主のなかには、日向の諸(もろ)県君(『日本書紀』景行天皇十八年条)、対馬の下県直(同顕宗天皇三年条)のほか、美濃の県造(大宝二年『御野国加毛郡半布里戸籍 ...
18. あくとじんじゃ【阿久刀神社】大阪府:高槻市/芥川村地図
日本歴史地名大系
」を引いている。〓絹を顕宗天皇に献じた阿久太と当社との関連をしめしており、奴理使主は「古事記」にみえる仁徳天皇皇后に三種の虫 ...
19. あぐいじんじゃ【阿久比神社】愛知県:知多郡/阿久比町/稗之宮村
日本歴史地名大系
り、貞治三年(一三六四)尾張国神名帳には「従二位上 英比天神」とある。旧郷社。社伝によれば、顕宗天皇二年阿久比古が開囓神を祀り、大化四年(六四八)猿田彦大神・天 ...
20. 飛鳥画像
世界大百科事典
は住処で,集落の意とする説など諸説あるが,定かでない。この地域には,早く允恭天皇の遠飛鳥宮,顕宗天皇の近飛鳥宮が営まれたとも伝えるが,7世紀のはじめ,推古天皇が ...
21. あすか【飛鳥】
国史大辞典
居がおかれ、七世紀前後における政治・文化の中心地となった。はやく五世紀に允恭天皇が遠飛鳥宮、顕宗天皇が近飛鳥八釣宮をおいたといい、そののち五九二年の推古天皇の飛 ...
22. あすか‐の‐みやこ【飛鳥京】
日本国語大辞典
奈良盆地南部の飛鳥地方におかれた皇都の総称。早くは允恭天皇の遠飛鳥宮があるが、河内にも飛鳥があり、顕宗天皇の近飛鳥八釣宮を河内に比定する説もある。その後、推古朝 ...
23. あすかべぐん【安宿郡】大阪府:河内国
日本歴史地名大系
また五世紀末ないし六世紀初頭頃の天皇である顕宗が「近飛鳥の八釣宮」にいたことが、「日本書紀」顕宗天皇元年正月条にみえる。大和の飛鳥にも八釣の地名があり(現奈良県 ...
24. あすかむら【明日香村】奈良県:高市郡
日本歴史地名大系
当村は六世紀末から七世紀末にかけての一〇〇余年間、推古天皇から持統天皇に至る宮都の地である。これ以前にも顕宗天皇・宣化天皇の宮が矢釣・檜隈に営まれたことがあり( ...
25. あべうじ【阿倍氏】画像
国史大辞典
臣の姓を賜わった氏族に阿閉氏がいる。敢臣とも記し、本拠は伊賀国阿拝郡といわれる。『日本書紀』顕宗天皇三年条に、阿閉臣事代が任那に使いしたとき、月神と日神の託宣を ...
26. あまてらすおおみかみ【天照大神】
国史大辞典
るが、はたして当時一般の宗教信仰として存したかどうか疑わしい。天照大神のほかにも『日本書紀』顕宗天皇三年には日神および月神のこともあるが、天照大神を太陽神とする ...
27. いいとよのあおのおうじょ【飯豊青皇女】
国史大辞典
有する前方後円墳(前方部幅七八メートル、長径八四メートル、高さ約八メートル)である。『日本書紀』顕宗天皇即位前紀に清寧天皇五年十一月「飯豊青尊崩、葬 ...
28. いかいべ【猪飼部】
国史大辞典
は、意祁王(仁賢天皇)・袁祁王(顕宗天皇)の食事を奪った山代の猪甘の伝承があり、猪飼部が元来、天皇の食事に奉仕する場合のあったことをも推測させる。また顕宗天皇段 ...
29. いきのくに【壱岐国】長崎県
日本歴史地名大系
殺そうとしたとき、「壱伎直」の祖である真根子は武内宿禰と容貌が似ていたため、身代りになって死んだという。同書顕宗天皇三年条には「壱伎県主」の先祖という押見宿禰が ...
30. いけのむら【池野村】兵庫県:三木市
日本歴史地名大系
挟んで井上村。当地は顕宗天皇の宮所と伝える。「日本書紀」顕宗天皇元年正月一日条の注によれば、一宮は小郊に、二宮は池野にあるという。「播磨国風土記」の美嚢郡志深里 ...
31. いそのかみいちじんじゃ【石上市神社】奈良県:天理市/丹波市地区/礒ノ上村
日本歴史地名大系
られ(大和志)、金剛寺本は石上をイハカミと訓じ、「元要記」は石上市本神社と記す。「日本書紀」顕宗天皇即位前紀条に「石の上 振の神榲 本伐り 末截ひ 市辺宮に」の ...
32. いちのべのおしはのおうじ【市辺押磐皇子】
国史大辞典
した所で、『首註陵墓一隅抄』には、これに「蚊屋野墓」の名称をつけているが、この名称は、記紀の顕宗天皇が近江国来田綿蚊屋野に行幸し、父皇子の遺骸を掘り出して、相似 ...
33. 市辺押羽皇子
世界大百科事典
蟻臣(葦田宿禰の子)の女の荑(はえ)媛をめとって億計(おけ)王(仁賢天皇),弘計(おけ)王(顕宗天皇),飯豊女王(飯豊青皇女)らを生んだという。同即位前紀には〈 ...
34. 市辺押磐皇子
日本大百科全書
市辺王などにもつくる。市辺は大和国山辺郡の地名にちなむ。蟻臣(ありのおみ)の娘、荑媛(はえひめ)を妻とし、顕宗天皇、仁賢天皇を設けた。『日本書紀』の安康紀には、 ...
35. 逸文(風土記) 470ページ
日本古典文学全集
)。飯豊比売神社(延喜式内社)がある山。社殿の背後に磐座が存する。名号所由の別伝併記である。顕宗天皇の姉。清寧の崩後、二王が譲り合って即位しないので一時天下を治 ...
36. いよのくめべの-おたて【伊予来目部小楯】
日本人名大辞典
のみやけ)で,市辺押磐(いちのべのおしはの)皇子の子億計(おけ)(仁賢天皇)・弘計(おけ)(顕宗天皇)をみいだす。その功で山部連(むらじ)の氏姓をあたえられた。 ...
37. いわさかのいちのべのおしはのおうじ【磐坂市辺押羽皇子】
日本人名大辞典
雄略天皇に狩りにさそわれ射殺された。子の億計(おけ)王(仁賢(にんけん)天皇),弘計(おけ)王(顕宗天皇)は播磨(はりま)(兵庫県)にのがれたという。市辺押磐皇 ...
38. いわさかのいちのべのおしはのおうじのはか【磐坂市辺押磐皇子墓】 : 市辺押磐皇子
国史大辞典
した所で、『首註陵墓一隅抄』には、これに「蚊屋野墓」の名称をつけているが、この名称は、記紀の顕宗天皇が近江国来田綿蚊屋野に行幸し、父皇子の遺骸を掘り出して、相似 ...
39. うたがき【歌垣】
国史大辞典
、摂津の歌垣山なども知られているが、都市の歌垣としては大和の海石榴市が有名で、『古事記』には顕宗天皇と平群臣鮪とが、大魚という女を争って歌を闘わせた話があり、『 ...
40. うらべうじ【卜部氏】画像
国史大辞典
対馬では上県・下県両郡の直(あたい)、下県郡の夜良直(与良直)の諸氏であった。対馬の直氏は『日本書紀』顕宗天皇三年四月条に神事に奉仕したとみえる対馬下県直の系統 ...
41. えが【会賀】大阪府:藤井寺市
日本歴史地名大系
して、資財を露に餌香市辺の橘の本の土に置かしむ。遂に餌香の長野邑を以て、物部目大連に賜ふ」、顕宗天皇即位前紀に「旨酒餌香の市に直以て買はぬ」とみえ、崇峻天皇即位 ...
42. えがのいち【〓香市】
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の一つ。会賀市とも書く。『日本書紀』雄略天皇十三年条に罪人の資財をこの市で売ったとある。また顕宗天皇即位前紀の歌謡に「旨酒(うまさけ)餌香市」とみえる。旨酒が枕 ...
43. 宴会
世界大百科事典
くめべのおだて)が赤石の縮見屯倉(しじみのみやけ)で億計(おけ)(仁賢天皇),弘計(おけ)(顕宗天皇)の2王を発見したのも,いずれも在地首長の催す新室楽(にいむ ...
44. おうじむら【王子村】兵庫県:明石市
日本歴史地名大系
王が縮見屯倉に隠栖していたとき当地をよく訪れ、のちに二王子が顕宗天皇・仁賢天皇として即位したことを喜び村民が村名としたと伝える(明石名勝古事談)。古代山陽道は大 ...
45. おきめ【置目】
日本人名大辞典
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46. おけおう【弘計王】
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顕宗天皇(けんぞうてんのう) ...
47. おけのおう【弘計王】
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48. おけのすめらみことおけのすめらみこと【億計天皇・弘計不皇】
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に舞いつつ歌って身分をあかし、叔母の忍海郎女(いらつめ)に迎えられて血統の絶えた皇位を継ぎ、顕宗天皇、仁賢天皇となる。しかしこの流離の話には馬飼牛飼に関連した要 ...
49. 億計天皇・弘計天皇
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に舞いつつ歌って身分をあかし,叔母の忍海郎女(いらつめ)に迎えられて血統の絶えた皇位を継ぎ,顕宗天皇,仁賢天皇となる。しかしこの流離の話には馬飼牛飼に関連した要 ...
50. おけ‐の‐みこ[をけ‥]【弘計王・袁祁王】
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顕宗天皇の名。 ...
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