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  11. 仁賢天皇
国史大辞典・日本大百科全書

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国史大辞典
仁賢天皇
にんけんてんのう
『日本書紀』によれば第二十四代天皇、在位十一年。父は履中天皇の皇子市辺押磐皇子、母は蟻臣の女子〓媛。顕宗天皇の同母兄、武烈天皇の父。実名は億計(おけ)。『古事記』には意祁王とみえる。他に大脚・大為・大石尊・嶋郎・島稚子などの通称が伝わる。父皇子が雄略天皇に殺されたあと、難を逃れて弟弘計(おけ、顕宗天皇)とともに播磨に潜伏。見出されて大和に戻ると、名乗りをあげるのに功のあった弘計こそ先に即位すべしとしてみずからは皇位継承を固辞した。顕宗天皇の崩後、石上広高宮で即位。この宮に付属するのが石上部舎人である。父皇子の市辺宮も石上にあった。天皇には播磨潜伏時代に川村・縮見高野の二宮があったとされる。『日本書紀』によれば、仁賢天皇十一年八月八日に崩じ、十月埴生坂本陵に葬られたという。
[参考文献]
山尾幸久「倭王権による近畿周辺の統合」(『日本古代王権形成史論』所収)、篠原幸久「王権史構想における顕宗・仁賢の位置をめぐって」(『続日本紀研究』二五七)
(遠山 美都男)

埴生坂本陵(はにうのさかもとのみささぎ)

 大阪府藤井寺市青山三丁目(旧大字野中字ボケ山)所在。陵号は『日本書紀』ほか現在と同一。陵号の「埴生」のよみは『陵墓要覧』などの宮内庁のもののふりがなは「はにふ」。『日本書紀』によると仁賢天皇十一年十月癸丑天皇を葬った。『延喜式』諸陵寮では兆域は二町四方、守戸は五烟、遠陵に入れる。中世に所伝を失い、元禄の諸陵探索では所在不明とする。その後麦飯仙覚峯が『仁賢天皇山陵考』で現陵を考証、幕末の修陵にあたり現陵を定め、元治元年(一八六四)修補した。羽曳野(はびきの)丘陵の北東斜面裾に位置し、坂本の陵号に合う。南西に面する三段築成の前方後円墳で、周濠がある。現状は長軸の長さ一一〇メートル、前方部幅一〇七メートル、後円部径六五メートル、高さ前方部一二・四メートル、後円部一一・五メートル。陵背外堤は下田池に接し、池の縁で当陵外堤施設と思われる埴輪列が検出されている。先年の当陵整備工事区域の調査では、原初の外堤は検出されず、後世の変形が考えられる。陵北西にある農神山という不整形塚は当陵陪塚に指定。
[参考文献]
『仁賢天皇埴生坂本陵之図』(宮内庁書陵部保管『陵墓地形図』三〇七〔L七五〕)、上野竹次郎『山陵』上、陵墓調査室「昭和五十九年度陵墓関係調査概要」(『書陵部紀要』三七)
(石田 茂輔)


日本大百科全書(ニッポニカ)
仁賢天皇
にんけんてんのう

生没年不詳。記紀では第24代の天皇とする。「意祁命(おけのみこと)」「億計王(おけのみこ)」とも記し、市辺押磐(いちべおしは)皇子の子という。『日本書紀』の顕宗(けんそう)天皇即位前紀に引用する「譜第(ついでのふみ)」には、別名を島稚子(しまのわくご)、大石尊(おおしのみこと)と伝える。『播磨国風土記(はりまのくにふどき)』には於奚(おけ)天皇とみえる。父の市辺押磐皇子が雄略(ゆうりゃく)天皇に殺された際、弟の袁祁命(おけのみこと)(弘計(おけ)王)とともに丹波(たんば)へ逃れ、さらに播磨に身を潜めたと記す。清寧(せいねい)天皇なきあと、弟の袁祁命が即位し(顕宗天皇)、ついで王位を継承した。墓は埴生坂本(はにうさかもと)陵(大阪府藤井寺市)とする。
[上田正昭]

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検索コンテンツ
1. 仁賢天皇
日本大百科全書
生没年不詳。記紀では第24代の天皇とする。「意祁命(おけのみこと)」「億計王(おけのみこ)」とも記し、市辺押磐(いちべおしは)皇子の子という。『日本書紀』の顕宗 ...
2. 仁賢天皇
世界大百科事典
→億計天皇・弘計天皇(おけのすめらみことおけのすめらみこと) ...
3. にんけん‐てんのう[‥テンワウ]【仁賢天皇】
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第二四代天皇。名は大脚(おおし)、また億計(おけ)。市辺押磐尊(いちべのおしわのみこと)の第一子。母は〓媛命(はえひめのみこと)。 ...
4. にんけんてんのう【仁賢天皇】
国史大辞典
『日本書紀』によると仁賢天皇十一年十月癸丑天皇を葬った。『延喜式』諸陵寮では兆域は二町四方、守戸は五烟、遠陵に入れる。中世に所伝を失い、元禄の諸陵探索では所在不 ...
5. 仁賢天皇(にんけんてんのう)
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帝王部 洋巻 第1巻 7ページ ...
6. にんけんてんのう【仁賢天皇】
日本人名大辞典
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7. 仁賢天皇[文献目録]
日本人物文献目録
【書誌】:0件 【図書】:0件 【逐次刊行物】:1件 『播磨に於ける億計、弘計二王子の御遺跡』西亀正夫 ...
8. 仁賢天皇與顯宗天皇互讓帝位 (見出し語:仁賢天皇)
古事類苑
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9. 仁賢天皇山陵 (見出し語:仁賢天皇)
古事類苑
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10. 仁賢天皇爲皇太子 (見出し語:仁賢天皇)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 1353ページ ...
11. 仁賢天皇諫顯宗天皇 (見出し語:仁賢天皇)
古事類苑
人部 洋巻 第2巻 246ページ ...
12. あすかのくつぬい【飛鳥沓縫】
国史大辞典
皮革をもって沓を製作した品部。『日本書紀』仁賢天皇六年条に、高麗より工匠を連れ帰ったのが、大倭国山辺郡額田邑の「熟皮高麗(かわおしのこま)」の祖であるとみえ、 ...
13. あんかんてんのう【安閑天皇】
国史大辞典
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14. いいとよあおのおうじょ【飯豊青皇女】
日本人名大辞典
媛(はえひめ)ともいう。「日本書紀」では清寧天皇5年天皇の死後,億計(おけ)王(仁賢天皇)と弘計(おけ)王(顕宗(けんぞう)天皇)が皇位の継承をゆずりあったため ...
15. いかいべ【猪飼部】
国史大辞典
飼うことを職とした部民。猪飼(使)連・猪飼首に管掌される。『古事記』安康天皇段には、意祁王(仁賢天皇)・袁祁王(顕宗天皇)の食事を奪った山代の猪甘の伝承があり、 ...
16. いしひめのおうじょ【石姫皇女】
国史大辞典
『古事記』は石比売命、『上宮聖徳法王帝説』は伊斯比女命と記す。『日本書紀』によれば、宣化天皇の皇女で、母は仁賢天皇皇女橘仲皇女。欽明天皇元年正月立后。箭田珠勝大 ...
17. いそのかみ【石上】
日本国語大辞典
ふる)付近の地域名。「日本書紀」によれば、安康天皇の石上穴穂宮(いそのかみのあなほのみや)、仁賢天皇の石上広高宮があった。石上神宮、布留遺跡がある。歌枕。*堤中 ...
18. いそのかみ‐の‐ひろたかのみや【石上広高宮】
日本国語大辞典
石上は地名(今の奈良県天理市石上神宮付近)、広高は美称。仁賢天皇の皇居をいう。所在地は「帝王編年記」の記載から石上市神社の地に比定されている。 ...
19. いそのかみのひろたかのみや【石上広高宮】
国史大辞典
仁賢天皇の皇居。『日本書紀』仁賢天皇元年正月乙酉条に「於〓石上広高宮 ...
20. いそのかみむら【礒ノ上村】奈良県:天理市/丹波市地区
日本歴史地名大系
乗院文書)には「正願院寄磯上」と記す。石上広高宮跡については「大和名所図会」には「石上に有り仁賢天皇の皇居なり」とある。当村東部の山麓は古墳群集地として有名。石 ...
21. 市辺押羽皇子
世界大百科事典
《日本書紀》顕宗即位前紀によれば,蟻臣(葦田宿禰の子)の女の荑(はえ)媛をめとって億計(おけ)王(仁賢天皇),弘計(おけ)王(顕宗天皇),飯豊女王(飯豊青皇女) ...
22. 市辺押磐皇子
日本大百科全書
市辺は大和国山辺郡の地名にちなむ。蟻臣(ありのおみ)の娘、荑媛(はえひめ)を妻とし、顕宗天皇、仁賢天皇を設けた。『日本書紀』の安康紀には、安康天皇が皇位を、葛城 ...
23. いちのべのおしわ‐の‐みこ[いちのべのおしは‥]【市辺押磐皇子・市辺之忍歯王子】
日本国語大辞典
履中天皇の第一皇子。顕宗、仁賢天皇、飯豊青皇女(いいとよあおのひめみこ)の父。「日本書紀」によれば、安康天皇四年皇位継承争いで大泊瀬皇子(おおはつせのみこ=雄略 ...
24. いよのくめべの-おたて【伊予来目部小楯】
日本人名大辞典
あつめるため派遣された赤石郡縮見屯倉(しじみのみやけ)で,市辺押磐(いちのべのおしはの)皇子の子億計(おけ)(仁賢天皇)・弘計(おけ)(顕宗天皇)をみいだす。そ ...
25. 宴会
世界大百科事典
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26. おうじむら【王子村】兵庫県:明石市
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現といふを、そならむかなといふ説もあれど決むべき証なし」と記し、さらに「徇行記」では「集説、仁賢天皇之皇女、山田皇后、又名赤見皇女、安閑天皇后也」と述べている。 ...
28. 大伴金村
世界大百科事典
ひこ)の父。《日本書紀》によると,武烈・継体・安閑・宣化4朝の大連(おおむらじ)をつとめた。仁賢天皇の死後,大臣の平群(へぐり)氏を滅ぼして武烈を即位させたとさ ...
29. おおとものかなむら【大伴金村】
国史大辞典
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30. おけおう【億計王】
日本人名大辞典
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31. おけのおう【億計王】
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32. おけのすめらみことおけのすめらみこと【億計天皇・弘計不皇】
日本架空伝承人名事典
歌って身分をあかし、叔母の忍海郎女(いらつめ)に迎えられて血統の絶えた皇位を継ぎ、顕宗天皇、仁賢天皇となる。しかしこの流離の話には馬飼牛飼に関連した要素が多く、 ...
33. 億計天皇・弘計天皇
世界大百科事典
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34. おけ‐の‐みこ【億計王・意祁王】
日本国語大辞典
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35. おしぬみのつのさしのみや【忍海角刺宮】
国史大辞典
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37. かすがのおおいらつめ‐の‐ひめみこ[かすがのおほいらつめ‥]【春日大娘皇女】
日本国語大辞典
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38. かすがのやまだのおうじょ【春日山田皇女】
国史大辞典
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39. 春日山田皇女
世界大百科事典
6世紀前半の安閑天皇の皇后。生没年不詳。またの名を山田赤見皇女という。父は仁賢天皇,母は和珥日爪の女糠君娘。皇后に子がないため名代(なしろ)として匝布屯倉(さほ ...
40. 葛城氏 系図[図版]画像
国史大辞典
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41. かたおかのいわつきのおかのみなみりょう【傍丘磐杯丘南陵】奈良県:北葛城郡/香芝町/今市村
日本歴史地名大系
[現]香芝町大字北今市小字的場 「日本書紀」仁賢天皇元年一〇月三日条に「弘計天皇を傍丘磐杯丘陵に葬りまつる」、「古事記」顕宗天皇段に「御陵は片岡の石坏の岡の上に ...
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43. 継体天皇
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44. けんぞう‐てんのう[‥テンワウ]【顕宗天皇】
日本国語大辞典
第二三代天皇。履中天皇の孫。父は市辺押磐皇子(いちべのおしわのみこ)。仁賢天皇の弟。名は弘計王(おけのおおきみ)・来目稚子(くめのわくご)。「日本書紀」によれば ...
45. けんぞうてんのう【顕宗天皇】
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押磐皇子、母は蟻臣の娘〓媛。仁賢天皇の同母弟。子はない。本名は弘計。名義は未詳だが、兄の大ケ(億計)に対して小ケの義。雄略天皇は ...
46. 広益俗説弁 99ページ
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47. こうくり【高句麗】画像
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同二十八年条の高句麗の上表、仁徳天皇十二年条の鉄盾・鉄的の貢上、同五十八年条の高句麗等の朝貢、仁賢天皇六年条の日鷹吉士の話、欽明天皇元年条の高句麗等の遣使などの ...
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50. 古事記 164ページ
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