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国史大辞典・日本大百科全書・日本人名大辞典

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国史大辞典
後西天皇
ごさいてんのう
一六三七 - 八五
一六五四―六三在位。寛永十四年(一六三七)十一月十六日後水尾天皇の第八皇子として誕生。母は贈左大臣櫛笥隆致の女隆子(逢春門院)である。幼称は秀宮、諱は良仁(ながひと)という。正保四年(一六四七)十一月叔父にあたる高松宮好仁親王の遺跡を継承して、桃園宮・花町宮と称し、慶安元年(一六四八)七月親王宣下を受け、その後式部卿に任ぜられ、ついで一品に叙せられた。しかるに承応三年(一六五四)九月後光明天皇が崩御すると、同天皇の養子となった皇弟識仁親王(霊元天皇)の成長までしばらく皇位を継ぐこととなり、同年十一月二十八日践祚し、明暦二年(一六五六)正月二十三日即位礼を挙げた。在位十年にわたったが、寛文三年(一六六三)正月二十六日識仁親王に譲位、貞享二年(一六八五)二月二十二日四十九歳をもって崩御。後西院と追号し、京都泉涌寺山内の月輪陵に葬った。追号はその経歴・境遇が西院帝(淳和天皇)に似るところがあることに因んだものである。天皇は父天皇の優れた資質を受けて文芸の道に秀で、ことに和歌・連歌に堪能であり、古典の造詣も深かった。書道・古筆鑑定を能くし、さらに茶道・華道のほか香道にも練達で、勅作の香銘も少なくない。また特筆すべき事蹟として、侍臣をして御府の記録類を謄写させ、副本を作成したことが挙げられる。寛文元年の皇居の火災に御府の蔵書は大半焼失したが、新写の副本は幸いにして災厄を免れたので、人々ははじめて天皇の深慮を知り、感嘆したという。天皇は譲位後も記録類の謄写につとめたが、これらの蒐書が京都御所東山御文庫の基となったのである。なお、後西天皇という追号については、その成語の由来から推して、後西院天皇というべきであるとする説がある。御集を『水日集』あるいは『緑洞集』(『列聖全集』所収)といい、御撰には『集外歌仙』(同所収)その他がある。→月輪陵(つきのわのみささぎ)
[参考文献]
芝葛盛「後西天皇の御称号に関する卑見」(『歴史公論』四ノ二)、是澤恭三「東山御文庫御秘蔵の御湯殿上日記の由来」(『歴史と国文学』一八ノ四)
(武部 敏夫)


日本大百科全書(ニッポニカ)
後西天皇
ごさいてんのう
[1637―1685]

第111代天皇(在位1654~63)。名は良仁(ながひと)。幼称は秀宮。後水尾(ごみずのお)天皇の第7皇子。母は藤原隆子(逢春門院(ほうしゅんもんいん))。中宮徳川和子(かずこ)を養母とする。寛永(かんえい)14年11月16日降誕。高松宮明子女王を室としていったん高松宮家を継いだが、後光明(ごこうみょう)天皇の没後に皇嗣(こうし)がなかったので、1654年(承応3)11月28日践祚(せんそ)、翌々年即位。1663年(寛文3)1月26日霊元(れいげん)天皇に譲位。貞享(じょうきょう)2年2月22日没す。京都・泉涌寺(せんにゅうじ)月輪(つきのわ)陵に葬る。追号の「後西」は、淳和(じゅんな)天皇の称号西院帝に対するもので、後西院天皇ともいったが、1926年(大正15)後西に統一。和歌を好み、歌学に通じる。歌集に『水日集』などがある。
[高木昭作]



日本人名大辞典
後西天皇
ごさいてんのう
1638*−1685
江戸時代前期,第111代天皇。在位1655*-63。
寛永14年11月16日生まれ。後水尾天皇の第8皇子。母は藤原隆子(逢春門院)。異母兄の後光明天皇のあと即位。父の上皇が院政をおこなう。江戸の明暦の大火,御所炎上,諸国で地震,風水害がおこるなど,凶事がつづいたこともあって譲位。東山御文庫の基となる御所の記録の副本をつくらせた。貞享(じょうきょう)2年2月22日死去。49歳。墓所は月輪陵(つきのわのみささぎ)(京都市東山区)。幼称は秀宮。諱(いみな)は良仁(ながひと)。別名に高松宮,桃園宮,花町宮。歌集に「水日集」,日記に「後西院御記」。
【格言など】へだてじな人の恵は春とともによにみちのくも花のみやこも(「水日集」)
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