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  10. 四阿山
日本歴史地名大系

日本歴史地名大系
四阿山
あずまやさん

県の西端部、嬬恋村と長野県須坂すざか市、同県小県ちいさがた真田さなだ町にまたがる円錐形の火山で、標高二三三二・九メートル。吾妻山・吾嬬山・阿豆満山・東屋山とも記される。成層火山として山容が形成されたのち盛んな火山活動があり、爆裂による影響を受け現在の地形となった。大爆発によって山頂部が円形に陥没するカルデラがはっきりと残っており、環壁の最高部が山頂となっている。北は浦倉うらくら(二〇九〇・六メートル)、南は的岩まといわ(一七四六・一メートル)に続く上信国境の稜線上の峰が続いており、東方の嬬恋村方面には茨木ばらぎ(一六一九メートル)をはじめとする一七〇〇メートル級の尾根があり、その間に馬洗井戸うまあらいど川・大横おおよこ川・ザッコ川などが流れて吾妻川に注ぐ。西側の信州方面には根子ねこ(二一二七・三メートル)があり、須坂方面へは米子よなこ川が北西に流れ、西南の菅平すがだいら(真田町)方面はたきいり沢・なかノ沢・大明神だいみようじん沢・から沢などの小川が合流してかん川となり、真田を経て長野県上田うえだ市へ流れ出ている。

山頂には日本武尊とともに四阿山権現が祀られており、上野国側と信濃国側へ向いた二つの石祠がある。四阿山の神は白山として信仰され、四阿山の里宮である今井いまいの今宮白山権現に残る石製宝塔台座の銘文は、応仁三年(一四六九)一一月滋野姓海野氏の一族羽尾景幸が、同社に土地を寄進した寄進状を刻んだものである。今井より西側の赤羽根あかばねから出土した経筒(長野原町常林寺蔵)の銘文によると、享禄三年(一五三〇)白山権現を祀る越前平泉へいせん(跡地は現福井県勝山市)の弘朝が納めたもので、羽尾氏の四阿山信仰が知られる。四阿山の中腹、標高約二〇〇〇メートルの位置に花童子げどうじ宮跡があり、近世初期と推定される六地蔵石幢の塔身部分と基礎などが残る。四阿山は信州側の須坂・真田両方面からも信仰されていたが、真田氏の場合は真田の里の鎮守であるとともに四阿山の里宮としての山家やまが神社(真田町)がある。永禄五年(一五六二)六月、真田幸隆・信綱父子は四阿山白山社殿を修造しており(山家神社文書)、信綱は天正二年(一五七四)一一月蓮華童子院に四阿山別当職を安堵している(「真田信綱四阿山別当定書」同文書)。昌幸も同三年一一月頼甚に四阿山別当職を安堵した(同文書)。蓮華童子院が四阿山別当職であり、四阿山中腹の花童子は四阿山山頂の奥社と、吾妻・真田の里宮との中間にある中社にあたる。四阿山麓に源泉をもつ吾妻川上流域の住民たちの四阿山信仰は現在も続いており、上信の分水点である南方の鳥居とりい峠から花童子を経て奥社に至る参道に石祠が奉納されている。



日本歴史地名大系
四阿山
あずまやさん

県東北部、長野県・群馬県境上の円錐火山の主峰で標高二三三三メートル。北西は須坂すざか市、南西は小県郡真田さなだ菅平すがだいら、東は群馬県吾妻あがつま嬬恋つまこい村である。四阿山・吾妻山・吾嬬山・阿豆満山・東屋山等と記される。山名は遠望四阿形の山形によるとの説がある。信仰上からははく山と称された。

西に根子ねこ(猫岳・弥固岳、二一九五メートル)、北に浦倉うらくら(二〇九一メートル)、その西に奇妙きみよう(一六二九メートル)、東に茨木いばらき(一六一九メートル)をめぐらし、径三キロ余の火口を形成する。中央火口丘いけたいら(一五〇〇メートル)はやや南に偏し、火口内には硫黄鉱床(米子よなこ硫黄鉱山)がある。火口壁の北西部は大爆裂により破壊され下部溶岩が露出、火口内の水は北流して不動滝ふどうだき五〇メートル、権現ごんげん滝三八メートル、大黒だいこく滝を懸け、米子川となって北西流する。東は寛文九年(一六六九)の山論、返答書之御訴訟(平林久司氏蔵)にみえる群馬県側三原みはら分、南の菅平方面は広大なスロープを展開し、各所に爆裂火口があり水源地となっている。三原分には大横おおよこ川・切込沢きりこみざわ・ウタン沢、菅平方面にたきいりなかさわ大明神沢だいみようじんざわ唐沢からさわなどがあり、合流してかん川となって上田平うえだだいらへ流出する。また的岩まといわの奇勝等があり、上信越国立公園中の名山である。

高井郡と小県郡の郡境については、享保七年(一七二二)一二月の小県郡高井郡境裁許図(小県郡史)によると、高井郡一一ヵ村と小県郡五七ヵ村との間で論争があったが、江戸幕府の裁断で四阿山より西走する山脈の分水嶺をもって両郡の境界と決定する旨裁断がなされている。

更に小県郡禰津ねつ(現東部町)ほか九ヵ村と上野国吾妻郡大笹村(現群馬県吾妻郡嬬恋村)との国境争論については、明暦二年(一六五六)以来四五年間にわたって紛争が続いていたが、元禄一四年(一七〇一)六月二二日幕府の裁断があり現県境に決定した。このことは、現嬬恋村の湯ノ丸高原から鹿沢かざわにかけての地域は古来信州側のものであると主張したことによったもので、由来するところは、古代この地域が勅旨牧新治にいはり(現東部町)の放牧地帯であったことからのことと考える。この国境争論は、これに続く四阿山(現真田町)東麓地帯にも起こっており、翌元禄一五年四月四日の幕府の裁断により、小県郡甲石かぶといし村と上野国吾妻郡大笹村との間で紛争を続けていた国境争論が、現在ある県境に決定をみた。ことの起りは四阿山に祀る山家やまが神社(現真田町)の奥社の参詣路に絡まってのことであったが、因由するところは、四阿山周辺一帯の地も信濃の国牧であったことによるものと推定される。

山頂に石祠二基があり、東面は上州祠、南面は信州祠である。現小県郡真田町おさには里宮の山家やまか神社がある。「延喜式」神名帳「小県郡五座

大二座
小三座
」に「山家神社」が記され、「ヤマカ」と訓じられている。永享一二年(一四四〇)山家神社銅製懸仏(山家神社蔵)に「願主家吉 四阿山 御正躰」の銘がある。真田氏の信仰が厚く、永禄五年(一五六二)六月、真田幸隆・信綱は四阿山白山社宮殿を修造(山家神社文書)。天正二年(一五七四)一一月、信綱は小県郡蓮華童子れんげどうじ院に四阿山別当職を安堵している(同文書)。また翌三年一一月、真田昌幸は頼甚に四阿山別当職を安堵している(同文書)。天正一〇年、昌幸は四阿山宝蔵院に白山社造営料として四阿山山守役等を寄進し、更に同一五年一〇月、小県郡蓮華院をして四阿山の樹木の伐採を停止せしめている(同文書)

岩井山理智院白山りちいんはくさん寺も神社とともに盛衰し、応永年間(一三九四―一四二八)から別当となり、明治元年(一八六八)復飾して神職になった(長野県町村誌)。おそらく修験であり、神川といわれる水源四阿山の雨水にかかわったのであろう。山頂への参道は鳥居とりい峠から、国境沿いの東参道、なかさわ東の一本松いつぽんまつ通りの西参道があり、各中院を設けている。

現須坂市域では四阿山・白山と称し、雨水の神として米子よなこ川水系で神川水系と同様信仰している。山頂直下北流して懸かる権現滝は千手滝せんじゆだきともいい、四阿山の本地仏を千手観音としている。左の不動滝との間に四阿山社と不動堂がある。不動堂は米子不動寺の奥院(滝山不動)で、本尊は鎌倉初期といわれる等身仏である。奇妙山平に中世後期頃の石仏群、池ノ平に和合わごう(由緒不明)がある。西方入山口の現須坂市亀倉かめぐらには才道屋敷さいどうやしき払川はらいかわ比丘尼石びくにいし等の潔斎場や結界があった。これら修験の基地が亀倉の天台宗万竜ばんりゆう寺と思われる。なお同市野辺の古白山のべのふるはくさん(現椚原豊守くぬぎはらとよもり神社)の口碑に斎祀者が「明治の初、小県の長村の山家神社の祭に招かれ、本家だといって正面の座に着かされて困った」とある。同市仁礼にれいでは菅平の大明神沢に、大明神地(宮なし)を設け、村内の里宮に白馬背上の幣束を祀っている(元禄一〇年「松代藩堂宮改帳」)。この地は佐久・小県方面から米子不動への中継地となっている。四阿山の神霊は白山・白山妙理権現・菊理媛命であるが、大明神となると信仰対象が異なるようである。憶測すれば牧場神の駒形明神ではなかろうか。駒形については、元禄一五年(一七〇二)の「信濃国小県郡甲石村ヨリ上野国吾妻郡大笹村国境之事」(滝沢元治氏蔵)に、剣峰以下の中に駒形が記される。

四阿山と南の烏帽子えぼし岳との間に鳥居峠がある。信州側では小県郡へ下る道と、分岐して菅平を通る大笹道(根子岳西方のなぬ里峠通り)と現長野市若穂保科わかほほしなへの道がある。浦倉山の北に峰山みねやま(三原道)がある。一時的ではあるが、明治三二年(一八九九)頃この山の南に索道を通し、米子鉱山の索道につなぎ、国鉄篠ノ井線の栗の枕木を搬出したという(現群馬県吾妻郡嬬恋村干俣ほしまたの口碑)。

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1. 四阿山画像
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4. あずまやさん【四阿山】群馬県:吾妻郡/嬬恋村
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5. あずまやさん【四阿山】長野県:小県郡
日本歴史地名大系
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6. 四阿山(あずまやま)
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世界大百科事典
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日本歴史地名大系
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日本歴史地名大系
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日本歴史地名大系
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日本歴史地名大系
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日本歴史地名大系
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24. しなのこくふあと【信濃国府跡】長野県:上田市/神科地区
日本歴史地名大系
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日本歴史地名大系
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28. 菅平高原画像
日本大百科全書
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をなし、四阿(あずまや)山と角間(かくま)山との鞍部にある峠。峠の名は修験道場山家神社奥宮(四阿山頂)への登山口に立てられた鳥居に由来するという。鳥居峠は古くか ...
35. とりいとうげ【鳥居峠】 : 鳥居峠/(二)
国史大辞典
をなし、四阿(あずまや)山と角間(かくま)山との鞍部にある峠。峠の名は修験道場山家神社奥宮(四阿山頂)への登山口に立てられた鳥居に由来するという。鳥居峠は古くか ...
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47. 明治日本旅行案内 東京近郊編 288ページ
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一里の前口村を通過して間もなく荒地に出る。草津から一時間半のところで道が分岐し、右を行くとくすの峠〔四阿山麓の毛無峠か〕を越えて善光寺 ...
48. 明治日本旅行案内 東京近郊編 289ページ
東洋文庫
一里半登ると鳥居峠の麓に位置する田代[旅宿-升屋]である。峠とはいうもののこれは右の吾妻山〔四阿山〕と左の小在池山〔角間山〕との間の窪地に延びる五〇町の緩やかな ...
49. やまかごう【山家郷】長野県:信濃国/小県郡
日本歴史地名大系
神名式、小県郡山家ノ神社、在〓四阿山ノ上〓、曰 ...
50. やまがじんじゃ【山家神社】長野県:小県郡/真田町/真田
日本歴史地名大系
・菊理媛命。明治六年(一八七三)郷社。「延喜式」神名帳所載の「山家神社」であるとされている。四阿山頂にある白山社の里宮となっているので、白山様・白山大権現とも称 ...
「四阿山」の情報だけではなく、「四阿山」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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飛驒山脈南部,長野県松本市,大町市,岐阜県高山市の境界に位置する山。標高3180mは日本第4位の高さである。山頂付近は槍の穂先のように鋭い尖峰を呈し大槍と呼ばれ,その北西斜面には小槍,孫槍,曾孫槍などの尖峰が付随する。山頂からは東鎌尾根,西鎌尾根,槍・穂高稜線,北鎌尾根の
御嶽山(日本大百科全書(ニッポニカ))
長野・岐阜県境にそびえる複式の成層火山。木曽御嶽ともいう。中央火口丘の剣ヶ峰(けんがみね)が最高峰で標高3067メートル。外輪山(摩利支天山、継母岳)、寄生火山(継子岳、三笠山)、噴火口跡(一ノ池~五ノ池)などが南北に連なり、これらを総称して御嶽山とよぶ。頂上周辺の一ノ池
おお‐やま[おほ‥] 【大山】(日本国語大辞典)
(1)大きな山。また、山の美称。*万葉集〔8C後〕一二・三一五三「み雪ふる越の大山(おほやま)行きすぎていづれの日にか我が里を見む〈作者未詳〉」
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年縞(日本大百科全書(ニッポニカ))
湖底などに木の年輪のように泥などが1年ずつ規則正しく連続堆積(たいせき)した地層のこと。季節ごとに堆積する物質は湖によってさまざまで、1年分の厚さも地域によって数十マイクロメートルから数センチメートルまで幅がある。たとえば福井県の水月湖では春から秋にかけて
マメ科(日本大百科全書(ニッポニカ))
双子葉植物、離弁花類。種子植物中3番目に大きな科で、約650属1万8000種を含む。地球上の多様な環境にもっともよく適応し分化した植物群の一つで、熱帯から寒帯まで世界中に広く分布する。直立生またはつる生の草本、低木または高木。葉は互生し、複葉であるが
四阿山(日本歴史地名大系)
県の西端部、嬬恋村と長野県須坂(すざか)市、同県小県(ちいさがた)郡真田(さなだ)町にまたがる円錐形の火山で、標高二三三二・九メートル。吾妻山・吾嬬山・阿豆満山・東屋山とも記される。成層火山として山容が形成されたのち盛んな火山活動があり
白根山(日本歴史地名大系)
県北西部の長野県境近く、草津町と嬬恋(つまごい)村の境にある。現在活動中の白根山(二一三八メートル)と活動時期の古い休火山本白根(もとしらね)山(二一六四・八メートル)とが、北と南に二つの頂上をもって連なる。東山麓に草津温泉、西中腹に万座(まんざ)温泉(嬬恋村)
高妻山(日本歴史地名大系)
戸隠連峰の最高峰で標高二三五二・六メートル。第三紀層の砂岩・礫岩中に噴出した火山。頂上には安山岩が突起している。戸隠村北部にあって、北の乙妻(おとつま)山とともに戸隠裏山とよばれる。また剣の峰(つるぎのみね)ともいい、平安時代から江戸時代まで修験者の入峰錬行の山で
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