ジャパンナレッジは約1500冊以上の膨大な辞書・事典などが使い放題の「日本最大級のオンライン辞書・事典・叢書」サービスです。
➞ジャパンナレッジについて詳しく見る
  1. トップページ
  2. >
  3. カテゴリ一覧
  4. >
  5. 歴史
  6. >
  7. 遺跡
  8. >
  9. 寺・神社・教会
  10. >
  11. 朝倉神社

ジャパンナレッジで閲覧できる『朝倉神社』の辞書・事典・叢書別サンプルページ

日本歴史地名大系・国史大辞典

日本歴史地名大系
朝倉神社
あさくらじんじや

[現]高知市朝倉

朝倉の北部にある小高い赤鬼あかぎ山の東南麓に鎮座する。東方をかがみ川が流れ、南方に本山氏の朝倉城のあったじよう山がそびえる。祭神は天津羽羽神、天豊財重日足姫天皇(斉明天皇)。旧県社。「延喜式」神名帳に土佐郡五座の一として「朝倉アサクラノ神社」がみえ、「土佐国風土記」逸文には「土左の郡。朝倉の郷あり。郷の中に社あり。神のみ名は天津羽羽の神なり。天石帆別の神、天石門別の神のみ子なり」とある。

「日本書紀」斉明天皇七年五月九日条の「天皇、朝倉橘広庭宮に遷りて居ます。是の時に、朝倉社の木を〓り除ひて、此の宮を作る故に、神忿りて殿を壊つ。亦、宮の中に鬼火見れぬ。是に由りて、大舎人及び諸の近侍、病みて死れる者衆し」、また同年七月二四日条の「天皇、朝倉宮に崩りましぬ」の記事を当社のこととする説が古くから行われてきた。明暦四年(一六五八)林春斎の記した土佐国朝倉宮縁起も、斉明―天智天皇頃の百済派兵と合せて当社にあてている。現在、「日本書紀」の記す朝倉宮は福岡県朝倉郡朝倉町に比定、定説となっているが、当社付近にはこの記事およびそれから派生した伝承にちなむ地名がある。斉明天皇の仮の内裏に設けられた関の地が刈萱でその遺名という苅谷かりやさき、天皇が朝倉着船ののち最初に赴いた橘広庭の地という橘谷たちばなたに、諸臣の住んだ小屋があったという小屋おや谷などである。

天正一六年(一五八八)の朝倉庄地検帳には「大宮」とみえ、宮床三九代。宮山に神領として一反四五代、そのほかに神田が多くみえる。明暦三年、二代藩主山内忠義が社殿を再建。翌四年林春斎の記した土左国朝倉宮再興記がある。現在の本殿はこの明暦三年建造のもので、切妻造の建物に唐破風をつけた一間の向拝をもつ珍しい形で、国指定重要文化財。近世、別当は真言宗光泉こうせん寺で、社地一反一一代三歩、社領二反を有した。祭礼は七月二四日が夏祭、一一月一〇日が秋祭で、秋祭には「なんもんでおどり」が奉納される年もある。太鼓と鉦と扇を採物とし、太鼓と鉦と扇を持った老若男女が取巻き、なんもんで(南無阿弥陀仏)と唱えながら巡るもので、高知県下に広く行われる「こおどり」の一種。

背後の赤鬼山は当社の奥宮とされ、県指定史跡。その秀麗な山容は神奈備として大和国三輪山とも対比される。



国史大辞典
朝倉神社
あさくらじんじゃ
高知県高知市朝倉に鎮座。旧県社。天津羽羽(あまつはは)神(天石戸別命の子で、八重事代主命の后神)および天豊財重日足姫(あめとよたからいかしひたらしひめ)天皇(斉明天皇)を祀る。延喜式内社で上下の信仰厚く、土佐国二宮と称せられ、江戸時代には、藩主山内家より社領二石の寄進を受けていた。背後の赤鬼山は神体山とせられる。祭神の一座斉明天皇は、同天皇の行宮名の朝倉宮(筑紫の朝倉橘広庭宮、七年五月行幸)にちなんで、あとから奉祀するにいたったという。例祭は十一月十日。本殿は江戸時代初期の建築で、重要文化財に指定されている。
(阪本 健一)
ジャパンナレッジは、自分だけの専用図書館。
すべての辞書・事典・叢書が一括検索できるので、調査時間が大幅に短縮され、なおかつ充実した検索機能により、紙の辞書ではたどり着けなかった思わぬ発見も。
パソコン・タブレット・スマホからご利用できます。
朝倉神社の関連キーワードで検索すると・・・
検索ヒット数 15
検索コンテンツ
1. あさくらじんじゃ【朝倉神社】
国史大辞典
高知県高知市朝倉に鎮座。旧県社。天津羽羽(あまつはは)神(天石戸別命の子で、八重事代主命の后神)および天豊財重日足姫(あめとよたからいかしひたらしひめ)天皇( ...
2. あさくらじんじゃ【朝倉神社】高知県:高知市/朝倉村
日本歴史地名大系
祭神は天津羽羽神、天豊財重日足姫天皇(斉明天皇)。旧県社。「延喜式」神名帳に土佐郡五座の一として「朝倉神社」がみえ、「土佐国風土記」逸文には「土左の郡。朝倉の郷 ...
3. あさくらこふん【朝倉古墳】高知県:高知市/朝倉村
日本歴史地名大系
[現]高知市朝倉 宮の奥 朝倉神社の神奈備赤鬼山の西南端、南方に突出した小山丘の裾近くに築かれた古墳時代後期の横穴式石室をもつ古墳。高知県三大古墳の一で、県指定 ...
4. あさくらごう【朝倉郷】高知県:土佐国/土佐郡
日本歴史地名大系
郷の中に社あり。神のみ名は天津羽々の神なり。天石帆別の神、天石門別の神のみ子なり」とある神社は、式内社朝倉神社のことで、現高知市朝倉に鎮座する。「土佐幽考」は「 ...
5. あさくらしや【朝倉社】福岡県:朝倉郡/杷木町
日本歴史地名大系
良布神社を当社に比定することが広く行われている。なお「延喜式」神名帳の土佐国土佐郡五座には「朝倉神社」がみえ、古くは一条兼良がこれを当社に比定したが(梁塵愚案鈔 ...
6. あさくらじょうあと【朝倉城跡】高知県:高知市/朝倉村
日本歴史地名大系
[現]高知市朝倉 標高一〇三メートルの城山に築かれた平山城。北は谷を隔てて朝倉神社の神体山といわれる赤鬼山、西は吾川郡境の連山に連なり、南は小平野を隔てて同じく ...
7. あさくらじんじゃ【朝椋神社】和歌山県:和歌山市/和歌山城下/内町/鷺森丁
日本歴史地名大系
た当社に比定し、改称したとある。祭神は現在大国主命を祀るが、度会延経の「神名帳考証」は土佐の朝倉神社と同じく天石帆別命ではなかったかとする。創建も「紀州名勝志」 ...
8. あさくらむら【朝倉村】高知県:高知市
日本歴史地名大系
井口村に移したらしく、井口村石立村地検帳の井口村分に朝倉市の名が記される。また当地には神社に大宮(朝倉神社に比定)、寺院に千光寺および塔頭南ノ坊・北ノ坊・西ノ坊 ...
9. あわたむら【粟田村】広島県:比婆郡/東城町
日本歴史地名大系
神、末政は桜森神社で保食神、堀谷は世量神社で天思兼命ほか三神、小室・近光・中郷一帯は天神社(朝倉神社)で磐烈之神ほか一三神をそれぞれ祀る。以上六社はいずれも旧村 ...
10. 逸文(風土記) 515ページ
日本古典文学全集
朝倉の郷 今井似閑採択。 『和名抄』土佐郡条に「朝倉」がある。現、高知市朝倉の地。『延喜式』神名帳「朝倉神社」。高知市朝倉の赤鬼山東南麓に鎮座。他に見えない。天 ...
11. 高知(県)画像
日本大百科全書
刀身(古墳時代)は国宝。建造物には高知城、土佐神社本殿・拝殿など、竹林寺(ちくりんじ)本堂、朝倉神社本殿、関川家住宅(以上高知市)、国分寺金堂(南国市)、鳴無( ...
12. 高知(市)画像
日本大百科全書
竹林寺(本堂、木造文殊菩薩(もんじゅぼさつ)および侍者像ほか仏像多数)、土佐神社(本殿ほか)、朝倉神社本殿、旧山内家下屋敷長屋、旧関川家住宅、雪蹊寺の湛慶(たん ...
13. こうちし【高知市】高知県
日本歴史地名大系
神社を合祀)、同郡郡頭神社が鴨部の郡頭神社、同朝倉神社が朝倉の朝倉神社に比定されている。延長八年(九三〇)から承平四年(九三四)まで土佐国司を務めた紀貫之は ...
14. すがわむら【須川村】福岡県:朝倉郡/朝倉町
日本歴史地名大系
家一)・人数九四一、牛五・馬九七(別本「続風土記附録」)。産神は長安寺にある大行事社。同社は朝倉神社ともいう。下須川の産神は別所神社で麻 ...
15. ももとおおかみ【百戸大神】福井県:足羽郡/美山町/羽生村
日本歴史地名大系
[現]美山町薬師 下薬師 下薬師の東端開地原にあり、地元では朝倉神社とよばれる。神体は朝倉義景着用の冑の一部という鉄片。「大野郡誌」所載の縁起によれば、朝倉家代 ...
「朝倉神社」の情報だけではなく、「朝倉神社」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る

朝倉神社と同じ寺・神社・教会カテゴリの記事
興福寺(国史大辞典)
奈良市登大路町にある法相宗大本山。南都七大寺の一つ。寺伝では「こうぶくじ」という。縁起によると、天智天皇八年(六六九)藤原鎌足の死去に際し、妻の鏡女王が鎌足の念持仏の釈迦丈六像などを祀る伽藍をその山階(山科)邸に設けたのに始まり(山階寺)、その子不比等によって藤原京の厩坂に移遷(厩坂寺)
東大寺(国史大辞典)
奈良市雑司町にある華厳宗の総本山。大華厳寺・金光明四天王護国寺・総国分寺などの別称がある。南都七大寺・十三大寺・十五大寺の一つ。東大寺の寺号は平城京の東方にある大寺を意味し、『正倉院文書』の天平二十年(七四八)五月の「東大寺写経所解案」に初見するが
法隆寺(日本大百科全書(ニッポニカ))
奈良県生駒(いこま)郡斑鳩(いかるが)町にある聖徳(しょうとく)宗総本山。斑鳩寺(鵤寺、伊可留我寺とも書く)、法隆学問寺などの異称がある。南都七大寺の一つ。草創の由来は、金堂の薬師如来坐像(やくしにょらいざぞう)光背銘によると、用明(ようめい)天皇が病気平癒を念じ
龍潭寺(日本歴史地名大系)
[現]引佐町井伊谷。県道引佐―舘山寺(かんざんじ)線の西側の小丘陵上に位置する。臨済宗妙心寺派。山号は万松山、本尊は行基作と伝える虚空蔵菩薩。元文六年(一七四一)に気賀(けが)関所(現細江町)に差出した御要害村寺院縁寿録(山本家文書)によると、天平五年(七三三)に行基が地蔵寺を開創、のち自浄(じじよう)院
渭伊神社(日本歴史地名大系)
[現]引佐町井伊谷。井伊谷(いいのや)の北西端に鎮座する。社域西側を神宮寺(じんぐうじ)川が半円を描いて流れ、杉・檜・楠の古木が社叢をなす。祭神は品陀和気命・息気長足姫命・玉依姫命。旧郷社。「延喜式」神名帳にみえる引佐郡六座のうちの「渭伊(イイノ)神社」に比定される。
寺・神社・教会と同じカテゴリの記事をもっと見る


「朝倉神社」は日本の重要文化財に関連のある記事です。
その他の日本の重要文化財に関連する記事
大念仏(日本大百科全書・日本国語大辞典)
大ぜい集まって念仏を唱える行事。世阿弥(ぜあみ)作の能『百万』の背景となった嵯峨釈迦(さがしゃか)堂清凉寺(せいりょうじ)(京都市右京区)の大念仏は1279年(弘安2)に、また壬生寺(みぶでら)(京都市中京区)の大念仏は1300年(正安2)に円覚上人
岸和田城(国史大辞典・日本歴史地名大系)
大阪府岸和田市岸城町にあった。縄張りが滕(ちぎり)に似ているところから別称を千亀利城という。本丸・二ノ丸・三ノ丸と総曲輪からなる臨海の平城で、総面積約七万二千坪。建武年間(一三三四―三八)楠木正成に属した和田新兵衛高家が構えたのがはじまり
平戸城(国史大辞典)
長崎県平戸市岩の上町所在。亀岡城・朝日岳城・玄武城ともいう。平山城。平戸藩主松浦氏の居城。宝永四年(一七〇七)松浦棟が築城、以後明治維新に至る。実はこれ以前、同地には慶長年間築城の日之岳城があった。しかし、これは慶長十八年(一六一三)
高山陣屋跡(日本歴史地名大系)
[現]高山市八軒町城山の西方、宮川に架かる中橋を西に渡った地点に東に向いて位置する。敷地は一千一九二坪で、陣屋門(天保三年築造)・表玄関、広間(書院造)・白洲・庭園・収納米蔵などがあり、現存する唯一の郡代陣屋跡として国指定史跡
奈良井宿(日本歴史地名大系)
[現]楢川村大字奈良井鳥居峠(一一九七メートル)の北麓に位置し、中山道の中で最高所の宿である。「西筑摩郡誌」によると「天文元年、木曾義在奈良井に専念寺を建つ。同二年、義在木曾に宿駅を定む」とあり、永禄一一年(一五六八)の相州文書にも宿駅として
日本の重要文化財に関連する記事をもっと見る


ジャパンナレッジは約1500冊以上(総額600万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題の「日本最大級のインターネット辞書・事典・叢書サイト」です。日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る