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  11. 国栖奏

ジャパンナレッジで閲覧できる『国栖奏』の辞書・事典・叢書別サンプルページ

国史大辞典・日本大百科全書

国史大辞典
国栖奏
くずのそう
大嘗祭や諸節会に国栖人(くずびと)が参賀し、御贄(にえ)を献じ歌笛を奏する儀。国栖は大和の吉野川上流に住んだ先住民とされ、始祖は磐排別(いわおしわく、『日本書紀』。『古事記』は石押分、『新撰姓氏録』は石穂押別)という。『日本書紀』によれば応神天皇の十九年冬十月戊戌朔に吉野の宮に行幸し、国樔人が来朝、醴酒(こざけ)を献じたことがみえ、その後恒例となった。国栖が土地の産物(御贄)を献ずる時に歌が終ると「口を撃(う)ち仰ぎ咲(わら)ふ」しぐさをする例で、これは上古の遺制といい(『日本書紀』)、帰順を意味する表現が演技化したものとみられる。儀鸞門の外において歌笛を奏し御贄を献ずる(『貞観儀式』四)。『延喜式』神祇七践祚大嘗祭や宮内省に「節毎に十七人を以て定めと為す(国栖十二人、笛工(ふえふき)五人、但し笛工二人は山城国綴喜郡に在り)」(原漢文)とみえる。国栖の参賀は早く絶え、宮中の楽人によって古式の楽を奏することに変わった。今日奈良県吉野郡吉野町浄見原神社で郷土芸能としての「国栖奏」が演じられる。→国栖舞(くずまい)
[参考文献]
『古事類苑』神祇部一・歳時部
(中村 義雄)


日本大百科全書(ニッポニカ)
国栖奏
くずそう

古代部族「国栖」の歌舞。『日本書紀』応神(おうじん)天皇19年には、吉野行幸のおりに、その地の土着民、国栖が献上物を持って訪れ、歌を詠み終わって口を打ち仰ぎ咲(わら)うさまが記されているほか、『古事記』にも「口鼓(くちつづみ)を撃(う)ち伎(わざ)を為(な)し」たとある。吉野国栖のこの独特の所作は、後の豊明節会(とよあかりのせちえ)をはじめとする諸節会に参勤して奏された国栖舞、あるいは国栖奏ともいわれる風俗歌舞の起源を示すものであろう。国栖奏は、大嘗祭(だいじょうさい)、諸節会などの朝廷の大儀に重要な役割を果たすようになったが、国栖のなかには平安時代になると山城(やましろ)国(京都府)綴喜(つづき)郡に移住させられた者もあった。摂関政治の時代に入ると、しだいに国栖の参勤がとだえ、12世紀なかばには楽所(がくそ)の楽人が代奏を勤めるようになったが、室町時代以降はこれも行われなくなり、国栖奏は廃絶した。今日、昭和初年に雅楽の多忠朝(おおのただとも)がまとめたといわれる国栖奏が、奈良県吉野郡吉野町浄見原(きよみはら)神社の旧1月14日の例祭に行われている。
[高山 茂]

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検索コンテンツ
1. 国栖奏
日本大百科全書
りのせちえ)をはじめとする諸節会に参勤して奏された国栖舞、あるいは国栖奏ともいわれる風俗歌舞の起源を示すものであろう。国栖奏は、大嘗祭(だいじょうさい)、諸節会
2. くずのそう【国栖奏】
国史大辞典
宮中の楽人によって古式の楽を奏することに変わった。今日奈良県吉野郡吉野町浄見原神社で郷土芸能としての「国栖奏」が演じられる。→国栖舞(くずまい) [参考文献]『
3. 國栖奏(くずのみなと)
古事類苑
神祇部 洋巻 第1巻 1331ページ
4. 國栖奏國風 (見出し語:國栖【併入】)
古事類苑
神祇部 洋巻 第1巻 1199ページ
5. 國栖奏歌笛 (見出し語:國栖【併入】)
古事類苑
歳時部 洋巻 第1巻 503ページ
6. 國栖奏歌笛 (見出し語:國栖【併入】)
古事類苑
歳時部 洋巻 第1巻 978ページ
7. 國栖奏歌笛 (見出し語:國栖【併入】)
古事類苑
歳時部 洋巻 第1巻 1013ページ
8. 新嘗祭豐明節會吉野國栖奏歌笛 (見出し語:吉野國栖)
古事類苑
神祇部 洋巻 第2巻 263ページ
9. きよみがはらじんじゃ【浄見原神社】奈良県:吉野郡/吉野町/南国栖村
日本歴史地名大系
天皇淵の切立った岩壁上に鎮座。祭神は天武天皇。旧村社。毎年旧正月一四日の例祭には国栖奏(県指定無形民俗文化財)を奉納する。国栖奏は国栖部の人々が応神天皇の吉野宮
10. ぎょうじぎしき【行事・儀式】 : 大嘗祭
国史大辞典
臣が大嘗院に入場して定位置につく。この時隼人(はやと)の犬吠(いぬぼえ)がある。続いて吉野の国栖奏(くずそう)、諸国の語部による古詞(ふるごと)の奏上、また悠紀
11. 国栖(奈良県)
日本大百科全書
旧正月14日に浄見原神社(きよみはらじんじゃ)で行われる国栖奏(くずそう)は、奈良・平安時代に宮中の節会(せちえ)に参内し奏したものである。国栖奏と、雨乞(あま
12. 国栖
世界大百科事典
〈国栖の奏〉というが,平安後期以降しだいに廃絶していった。現在では吉野町大字南国栖の浄見原神社で毎年旧正月に国栖奏を奉納する。国栖の地には中世に国栖荘があり,近
13. くず【国栖】
国史大辞典
なお『常陸国風土記』にみえる「国樔」は、『古事記』の国栖の名を借りて、反賊のそれとしたものであろう。→国栖奏(くずのそう),→国栖舞(くずまい),→土蜘蛛(つち
14. くず の 奏(そう)
日本国語大辞典
、朝廷の楽人がこれを行なった。《季・新年》*小右記‐寛弘二年〔1005〕正月一日「召仰之後、国栖奏甚懈怠」*俳諧・増山の井〔1663〕正月「元日節会〈略〉国栖(
15. くずまい【国栖舞】
国史大辞典
奈良県の無形文化財に指定された。→国栖奏(くずのそう) [参考文献]林屋辰三郎『中世芸能史の研究』、日本ナショナル・トラスト編『日本民俗芸能事典』、田中義広「吉
16. げいのう【芸能】 : 古代
国史大辞典
が、こうしたなかで地方の芸能は中央に集約される。その歌舞は大和朝廷に最近距離にあるものとして国栖奏(くずのそう)、最遠距離にあるものに筑紫諸県舞(つくしのもろか
17. 広益俗説弁 107ページ
東洋文庫
今按るに、国栖奏は、天武帝のときはじまるにあらず。応神帝の御宇にはじまれり。『日本紀』云、応神天皇十九年冬十月朔日、吉野宮に幸し給ふとき、国櫟人、酸を献ず。国櫟
18. こだい【古代】画像
国史大辞典
が、こうしたなかで地方の芸能は中央に集約される。その歌舞は大和朝廷に最近距離にあるものとして国栖奏(くずのそう)、最遠距離にあるものに筑紫諸県舞(つくしのもろか
19. しょし の 奏(そう)
日本国語大辞典
中務省の行なう御暦奏(ごりゃくのそう)、宮内省の行なう氷様奏(ひのためしのそう)、また腹赤奏(はらかのそう)や国栖奏(くずのそう)など諸司から奏するものの総称。
20. しりうごと(近世随想集) 421ページ
日本古典文学全集
奉らせ、当日、天皇はまず悠紀殿、次に主基殿で、神事を行う。また、その節会。大嘗会では、吉野の国栖奏に続いて、諸国の語部により、古詞が奏上された。
21. せい【成】
日本国語大辞典
こと。まとまった形にしあげること。曲を奏しおえること。*儀式〔872〕三・践祚大嘗祭儀・中「国栖奏〓古風
22. だいじょうさい【大嘗祭】画像
国史大辞典
臣が大嘗院に入場して定位置につく。この時隼人(はやと)の犬吠(いぬぼえ)がある。続いて吉野の国栖奏(くずそう)、諸国の語部による古詞(ふるごと)の奏上、また悠紀
23. 豊明節会
世界大百科事典
知られた。当日は天皇出席ののち,天皇に新穀の御膳を供進。太子以下群臣も饗饌をたまわる。一献で国栖奏(くずのそう),二献で御酒勅使(みきのちよくし)が来る。そして
24. 新嘗祭(にいなめのまつり)
日本大百科全書
天皇には新穀の御膳(ごぜん)を供し、群臣にも賜り、白酒(しろき)・黒酒(くろき)が出される。一献(いっこん)・国栖奏(くずのそう)、二献・御酒勅使(みきのちょく
25. 本朝食鑑 5 347ページ
東洋文庫
このみを取てくひ、又かへるを煮て名をば毛瀟となづけて上味有とて食けるとかや」(『公事根    源』国栖奏)。但し、卑賎視した人たちの食事の記述である。蛤   喩
26. 萬葉集 53ページ
日本古典文学全集
奈良県吉野郡吉野町宮滝から直線距離にして約三東、吉野川沿いにさかのぼって約七上流の地にある浄見原神社に国栖奏が伝わっている。司馬の野の―司馬ノ野は所在未詳。一説
27. みなみくずむら【南国栖村】奈良県:吉野郡/吉野町
日本歴史地名大系
。奈良・平安時代には宮中の節会に国栖の住民たちが参内し、贄を献じ歌笛を奏する例となっていた。国栖奏といい、現在なお旧正月一四日浄見原神社境内で執行する。「万葉集
28. 吉野(町)画像
日本大百科全書
奈良時代の複合遺跡である宮滝遺跡(国史跡)があり、出土品は吉野歴史資料館に展示されている。国栖地区には国栖奏(そう)の古舞が伝わり、上質の国栖紙(くずがみ)を特
29. よしのぐん【吉野郡】奈良県
日本歴史地名大系
吉野郡」とみえる。「延喜式」には「宮内官人引吉野国栖十二人、楢笛工十二人」(神祇七)、「吉野国栖奏古風、悠紀国司引歌人奏国風」(太政官)、「凡諸節会、吉野国栖献
30. よしのちょう【吉野町】奈良県:吉野郡
日本歴史地名大系
吉野山は桜と南朝の哀史で有名。中荘・国樔地区は吉野川が曲流し、古代の吉野宮跡と推定される大字宮滝がある。国栖は国栖奏という古い舞を伝え、上質の和紙を産する。昭和
「国栖奏」の情報だけではなく、「国栖奏」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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