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国史大辞典

国史大辞典
魏書
ぎしょ
中国、南北朝時代北朝の魏一代のことを記した正史。帝紀十二巻、列伝九十二巻、志十巻、合わせて百十四巻、一巻の中を上・下または一・二…に分けたもので数えれば、帝紀十四、列伝九十六、志二十の計百三十巻となる。その中で、志は後れて成ったので、伝の後に列せられ、また、二十九巻亡逸して、宋の劉恕・范祖禹らがこれを補った。編者は北斉の魏収、帝の命を受けて作ったが、北斉のために曲筆したところがあり、また、魏収が生来自負軽薄であったため、時人後人の譏議を蒙り、本書も穢史の悪評を受けたが、北斉のために筆を曲げ、南朝各帝に「島夷」を冠したのはその立場としては当然。しかも、当時の北朝の史実を伝えた書は乏しく、その中でのこの巨冊は価値があるものである。ただ、列伝の末に名もなき子孫をやたらに叙述したりした点は議すべきである。和刻本は全くない。
(長澤 規矩也)
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検索コンテンツ
1. ぎしょ【魏書】
日本国語大辞典
後魏一代の歴史を編年体で記したもので、帝紀一二巻、列伝九二巻、志一〇巻から成る。「三国志」の魏書と区別して「後魏書」ともいう。
2. ぎしょ【魏書】
国史大辞典
中国、南北朝時代北朝の魏一代のことを記した正史。帝紀十二巻、列伝九十二巻、志十巻、合わせて百十四巻、一巻の中を上・下または一・二…に分けたもので数えれば、帝紀
3. 【魏書】ぎしょ
新選漢和辞典Web版
書名。百十四巻。北魏の正史。魏収(ぎしゅう)の編集。
4. 魏書(著作ID:4382808)
新日本古典籍データベース
ぎしょ 魏収(ぎしゅう) 撰 
5. 魏書釈老志
東洋文庫
"漢代に中国に伝来した仏教と,中国固有の民間宗教である道教の,6世紀にいたるまでの通史。中国中世の宗教史を知るうえでもっとも重要な文献。懇切丁寧な訳注に長文の解
6. ほくぎしょ【北魏書】
日本国語大辞典
「ぎしょ(魏書)」に同じ。
7. 耕雲口伝(著作ID:176523)
新日本古典籍データベース
こううんくでん 雲従抄 詠歌庭訓 耕雲読方 一筋目 明魏書 野問雲答 和歌抄 耕雲(こううん) 歌学 応永一五
8. あなかい【阿那〓】(Ānàguī)
世界人名大辞典
は自殺して柔然は実質的に滅亡した.〖文献〗 魏書103(蠕蠕伝).
9. あふくしら【阿伏至羅】(Āfúzhìluó)
世界人名大辞典
私通したため,これを殺すに至った.その残虐さからも人心を失い,部衆によって殺された.〖文献〗 魏書103(高車伝).
10. たん【韋誕】(Wéi Dàn)
世界人名大辞典
引き上げられたため,恐ろしさの余り,頭髪が真白になったという故事は有名である.〖文献〗 三国志魏書21.四体書勢.世説新語.
11. いんしょう【殷紹】(Yīn Shào)
世界人名大辞典
上書[458:太安4].この書は《新唐書》《旧唐書》《宋史》の各芸文志等には著録されるも今に伝わらず.〖文献〗 魏書91.北史89.
12. えいかん【衛瓘】(Wèi Guàn)
世界人名大辞典
得,子の恒はその骨を得,索靖はその肉を得」と述べたことばは有名である.〖文献〗 晋書36.三国志魏書21.世説新書.書断(神品).
13. えい【衛覬】(Wèi Jì)
世界人名大辞典
写し,彼に見せたところ黙って受け取り,衛覬が写したものとは気が付かなかったという.〖文献〗 三国志魏書21.古来能書人名.書断(能品).
14. えいこう【衛恒】(Wèi Héng)
世界人名大辞典
る機会を得たことが,その書論《四体書勢》をつづる動機となったという.〖文献〗 晋書36.三国志魏書21.古来能書人名.書断(妙品).
15. えんしょう【袁紹】(Yuán Shào)
世界人名大辞典
争いを続けたため,両者ともに最終的には曹操によって滅ぼされた.〖文献〗 後漢書列伝64.三国志魏書6.
16. えんじゅつ【袁術】(Yuán Shù)
世界人名大辞典
中曹操の攻撃を受け,寿春(安徽寿県)に戻り,吐血して死去した.〖文献〗 後漢書列伝65.三国志魏書6.
17. おうきょ【応璩】(Yīng Qú)
世界人名大辞典
文4編が《文選》に収められている.白犬を見て,自ら死期を予言して死んだという.〖文献〗 三国志魏書21(注).〖参考〗 興膳宏編:六朝詩人伝, 2000.
18. おうさん【王粲】(Wáng Càn)
世界人名大辞典
か,五言詩や贈答の四言詩が《文選》に収められる.呉遠征の途上,病を得て没した.〖文献〗 三国志魏書21.〖参考〗 興膳宏編:六朝詩人伝, 2000.
19. おうしゅく【王粛】(Wáng Sù)
世界人名大辞典
見られたため,鄭学擁護の学者たちは王粛の偽作と断定し,その価値を認めなかった.〖文献〗 三国志魏書13.
20. おうしょう【応劭】(Yīng Shào)
世界人名大辞典
引用する.《風俗通》は王充の《論衡》とともに後漢の批判主義を代表する著作である.〖文献〗 三国志魏書21.後漢書列伝38.
21. おうとう【応瑒】(Yīng Táng)
世界人名大辞典
に侍する詩》が《文選》に,《闘鶏の詩》が《芸文類聚》に残り,その作風を伝える.〖文献〗 三国志魏書21.〖参考〗 興膳宏編:六朝詩人伝, 2000.
22. おうひつ【王弼】(Wáng Bì)
世界人名大辞典
作ったのは何晏(かあん)と王弼であり,後世の儒学者から厳しく非難されることもある.〖文献〗 三国志魏書28.〖参考〗 楼宇烈:王弼集校釈, 1980.
23. おんししょう【温子昇】(Wēn Zǐshēng)
世界人名大辞典
三才〉と称され,庾信(ゆしん)から「北地で唯一語るに足る詩人」と評された.〖文献〗 北史83.魏書85.〖参考〗 興膳宏:六朝詩人伝, 2000.
24. あん【何晏】(Hé Yàn)
世界人名大辞典
るまいが多かったといわれ,司馬懿(しばい)の政変により曹爽らとともに殺された.〖文献〗 三国志魏書9.〖参考〗 松川健二編:論語の思想史, 1994.
25. かくれんぼつぼつ【赫連勃勃】(Hèlián Bóbó)
世界人名大辞典
丈夫で人々を魅了したが,一方では残忍な性格で,人民はその苛政に苦しんだ.〖文献〗 晋書130.魏書95.
26. しきょう【賈思勰】(Jiǎ Sīxié)
世界人名大辞典
 中国北魏の農学者.北魏に仕えた漢族で,その一族と思われる賈思伯・思同兄弟の名が《魏書》(巻72, 賈思伯伝)に見られ,彼らが斉郡益都(現,山東青州)の出身とあ
27. 【華佗】(Huà Tuó)
世界人名大辞典
佗侠脊穴〉と称されるなど,今もなお名医として尊ばれている.〖文献〗 後漢書列伝72下.三国志・魏書29.
28. かひのう【軻比能】(Kēbǐnéng)
世界人名大辞典
,時として離反・抗争することもあり,魏の幽州刺史王雄が送った刺客に暗殺された.〖文献〗 三国志魏書30.
29. かんたんじゅん【邯鄲淳】(Hándān Chún)
世界人名大辞典
鍾繇(しょうよう)と並び称される名人で,《孝女曹娥碑》の文は彼の作といわれる.〖文献〗 三国志魏書21.四体書勢.書断(妙品).
30. かんはくしゅう【闞伯周】(Kàn Bózhōu)
世界人名大辞典
ところとなっていたが,これを柔然が滅ぼし[460],新たに闞伯周が国王に据えられた.〖文献〗 魏書101.
31. きく【麹嘉】(Qū Jiā)
世界人名大辞典
望まれた際には,次子を焉耆王に据えた.後にしばしば北魏に遣使して高昌王に封じられた.〖文献〗 魏書101.
32. きし【箕子】(Jīzǐ)
世界人名大辞典
は考古学的に知られているが,それを直ちに箕子の東遷に結びつけるのは困難と思われる.《三国志》(魏書)の韓伝には,漢初その末裔箕準が存在し,衛満(ウィマン)がそれ
33. きゅうりききょ【丘力居】(Qiūlìjū)
世界人名大辞典
90-93]に死去し,従子の蹋頓(とうとん)が後継者となった.〖文献〗 後漢書列伝80.三国志魏書30.
34. きょちょ【許褚】(Xǔ Chǔ)
世界人名大辞典
任じられて万歳亭侯に封じられ,明帝即位[26:黄初7]後には牟郷侯に昇進した.〖文献〗 三国志魏書18.
35. しゅう【魏収】(Wèi Shōu)
世界人名大辞典
と十志を完成させたが,その記述が公平を欠くことが問題視され施行が見合わせとなった.これにより《魏書》は〈穢史(わいし)〉と呼ばれ,歴史記述として不名誉な烙印を背
36. げん【阮瑀】(Ruǎn Yǔ)
世界人名大辞典
亡佚,明の張溥(ちょうふ)輯《漢魏六朝百三家集》に《阮元瑜集,1巻》を収める.〖文献〗 三国志魏書21.
37. こういん【高允】(Gāo Yǔn)
世界人名大辞典
には司空等を贈られた.百余編の著作があったとされる.〖主著〗 左氏釈.公羊釈.算術.〖文献〗 魏書48.
38. こうけんし【寇謙之】(Kòu Qiānzhī)
世界人名大辞典
功した[42:太平真君3].その教えは〈新天師道〉ないし〈北天師道〉と呼ばれている.〖文献〗 魏書114.
39. こうしょく【江式】(Jiāng Shì)
世界人名大辞典
書を配した《古今文字, 40巻》を撰したが,未完に終わった.書論に《論書表》がある.〖文献〗 魏書91.北史34.
40. こうそんこう【公孫康】(Gōngsūn Kāng)
世界人名大辞典
じられた.その死後は,子の公孫淵もまだ幼少であったので,弟の公孫恭が後継した.〖文献〗 三国志魏書8.
41. こうそんさん【公孫瓚】(Gōngsūn Zàn)
世界人名大辞典
支えきれず,翌年春まで持ちこたえたが敗れ,妻子とともに自害した.〖文献〗 後漢書列伝63.三国志魏書8.
42. こうそんたく【公孫度】(Gōngsūn Duó)
世界人名大辞典
東侯,平州牧を称す一方,諸祭祀の体系を整え漢朝の後継たらんとする姿勢も示した.〖文献〗 三国志魏書8.
43. しょう【胡昭】(Hú Zhāo)
世界人名大辞典
.しかしながら,おのおの巧みさがあって,今の世に大いに行われている」と評した.〖文献〗 三国志魏書11.古来能書人名.書断(妙品).
44. ぎょくじょ【呉玉如】(Wú Yùrú)
世界人名大辞典
た.生涯,謹厳に学を修め,経史,小学に精通し,詩詞と書法に長じた.〖主著〗 呉玉如書法集.迂叟魏書千字文.迂叟自書詩稿.〖文献〗 楊吉平:中国書法100年, 2
45. しつ【呉質】(Wú Zhì)
世界人名大辞典
経て,振威将軍,仮節都督河北諸軍事まで昇り,列侯に封ぜられた.曹丕の四友の一人.〖文献〗 三国志魏書21.
46. 【呉普】(Wú Pǔ)
世界人名大辞典
部分的な逸文が《太平御覧》《芸文類聚》《証類本草》《斉民要術》ほかに残存する.〖文献〗 三国志魏書29.
47. さいこう【崔浩】(Cuī Hào)
世界人名大辞典
についての記述が太武帝を含む鮮卑(せんぴ)族の怒りを買い,姻戚に及ぶまで族滅された.〖文献〗 魏書35.
48. しゃろん【社崙】(Shèlún)
世界人名大辞典
下して北魏と戦ったが,明元帝(拓跋嗣409/23)の北伐にあって逃れる途上で没した.〖文献〗 魏書103.
49. しょうかい【鍾会】(Zhōng Huì)
世界人名大辞典
格をそなえて筋骨があり,行草に巧みであった.著に《道論》《老子注》などがある.〖文献〗 三国志魏書28.世説新語.書断(妙品).
50. しょうしょうゆう【蒋少游】(Jiǎng Shàoyóu)
世界人名大辞典
増改築,金墉城の城門楼を改築し,その美麗を称えられた.文集十余巻があった.〖文献〗 北史90.魏書91.歴代名画記8.
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