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ジャパンナレッジで閲覧できる『信徳丸』の辞書・事典・叢書別サンプルページ

日本架空伝承人名事典・世界大百科事典・日本大百科事典

新版 日本架空伝承人名事典

信徳丸
しんとくまる
 説経節『信徳丸』の主人公。河内国高安郡信吉のぶよし長者の子として生まれた信徳丸は、継母ののろいを受けて癩になり、天王寺(四天王寺)西門の前の引声堂の縁の下に隠れ、飢死にを決意する。しかし、許婚乙姫の献身的な愛情と、清水観音の利生によって、もとの身によみがえる。信徳丸のイメージの前身には、『今昔物語集』巻四「狗拏羅くなら太子、眼をくじり、法力に依つて眼を得たる語」がある。純粋に仏教的な霊験を語る話ではあるが、継母の讒言ざんげんや奸計によって盲目となる太子には、後の信徳丸の面影がある。能の『弱法師よろぼし』にも、さる人の讒言とあって、継母の姿はないが俊徳丸の名が見え、天王寺の西門、石の鳥居を舞台とする日想観にっそうかん信仰が取り入れられ、盲目の俊徳丸の心眼に映る四方の景観が、そのまま悉皆成仏の浄土を思わせる美しさに輝く。盲目なるが故に可能な法悦としてそれは描かれており、開眼ではなく、盲目を選びとることによって即身成仏的な至福の世界を心眼に納めている。『今昔』の系譜や、能の『弱法師』を踏まえて、説経『信徳丸』の信徳は生まれたが、引声堂にこもる盲目の信徳丸の閉ざされた世界に『弱法師』の俊徳丸との深い因縁を見いだす。近世の浄瑠璃『摂州合邦辻』における俊徳丸は、説経の信徳丸の分身としての位置を占めている。近代になると、折口信夫は小説『身毒丸しんとくまる』(一九一七‐二三)を残しているが、癩にむしばまれていく田楽法師身毒丸の美形に重ねて、旅に生きる芸人のはかなさや、芸に賭ける執念のようなものを描いているといえよう。
乙姫
[岩崎 武夫]
郎等仲光御前に召され、「やあいかに仲光よ。承れば信徳は、異例の由を承る。いたわしゅうは存ずれども、いずくへなりとも捨ててまいれ」。仲光承って、「仰せにては候えども、乳房の母御の遺言に、仲光頼むと御意あるに、余の郎等に仰せつけられ、仲光においてはお許しあれ」。信吉聞こしめし、「先立ちたる乳房の母は、なんじが主にて、うき世にありし信吉、主にてはなきぞとよ。捨ていというに捨てものならば、仲光ともに、うき世の対面かのうまじ」とありければ、仲光承って、御前をまかり立ち、人間所ひとまどころにたたずみて、くどきごとこそあわれなり。
説経節信徳丸


世界大百科事典

信徳丸
しんとくまる

説経節の曲名。古説経の一つで上中下の3巻から成る。河内国高安郡信吉(のぶよし)長者の一子信徳丸は,継母の呪いを受けて癩になり,天王寺の南門念仏堂に捨てられるが,いいなずけの乙姫の献身と清水観音の利生(りしよう)によりもとの身によみがえるというのがその内容である。天王寺西門(さいもん)の前の引声(いんぜい)堂(念仏堂)や後(うしろ)堂にたむろした説経師によって語られたもので,業病におかされた信徳丸を抱きとり,天王寺七村を袖乞い(そでこい)する乙姫の姿は最も印象に残る。この語り物は母子神信仰に由来する女性の庇護と育成の愛を描いたもので,源流は死と復活の成年式儀礼を物語化した大国主命の求婚神話にまでさかのぼることができる。

 信徳丸のイメージの前身には,《今昔物語集》巻四〈拘拏羅(くなら)太子,眼を抉(くじ)り,法力に依って眼を得たる語〉がある。この話は継母の邪恋をしりぞけて追放された太子が,父大王の命令と思い誤って,みずからの眼を抉り捨てる悲劇で始まる。妻を連れた放浪の末に父大王と再会した太子は,羅漢の説法に集まった人々の涙を集めて,その涙で眼を洗って開眼する。純粋に仏教的な霊験を語る話ではあるが,継母の讒言や奸計によって盲目となる太子には,後の信徳丸の面影がある。能の《弱法師(よろぼし)》もまた忘れてはならぬ作である。さる人の讒言とあって継母の姿はないが俊徳丸の名が見え,天王寺の西門,右の鳥居を舞台とする日想観(につそうかん)信仰が取り入れられ,盲目の俊徳丸の心眼に映る四方の景観が,そのまま悉皆(しつかい)成仏の浄土を思わせる美しさに輝く。盲目なるがゆえに可能な法悦としてそれは描かれており,開眼ではなく,盲目を選びとることによって即身成仏的な至福の世界を心眼に納めとるという逆の演出法に成果を示している。《今昔》の系譜や,能の《弱法師》を踏まえて,説経《信徳丸》は構想されているが,乙姫という女性の活躍や開眼の奇跡に趣向の中心を置きながらも,引声堂に籠る盲目の信徳丸の閉ざされた世界に《弱法師》の俊徳丸との深い因縁を見いだす。近世の浄瑠璃《摂州合邦辻》における俊徳丸は,説経の信徳丸の分身としての位置を占めている。近代になると,折口信夫は小説《身毒丸》(1917-23稿)を描いているが,癩にむしばまれていく田楽法師身毒丸の美形に重ねて,旅に生きる芸人のはかなさや,芸に賭ける執念のようなものをとらえており,罪深く重苦しいなかにも華やかな哀れさを包みこんだ世界となっている。
[岩崎 武夫]

[索引語]
乙姫 拘拏羅(くなら)太子 弱法師(よろぼし) 俊徳丸 日想観 身毒丸


日本大百科全書(ニッポニカ)

信徳丸
しんとくまる

説経浄瑠璃 (じょうるり)。古い本では、正保 (しょうほう)5年(1648)刊行の佐渡七太夫正本『せつきやうしんとく丸』がよく知られている。清水 (きよみず)観音の申し子である信徳丸と和泉 (いずみ)かげ山の長者の乙姫 (おとのひめ)の恋愛、継母の呪詛 (じゅそ)による信徳丸の失明落魄 (らくはく)、四天王寺参籠 (さんろう)、清水観音の霊験 (れいげん)によって信徳丸の病気平癒という因果応報の物語。同じ題材を扱った先行作品に謡曲『弱法師 (よろぼし)』があり、主人公の名は俊徳丸。これは能の性格上、筋や構成のうえで省略が多く、この説経浄瑠璃とは関連性が薄い。共通点は、ともに四天王寺信仰が入っている点で、四天王寺と清水観音は古くからかかわりがあり、一連の俊徳丸ものは仏教信仰を背景にして生まれた。また、説経浄瑠璃『愛護若 (あいごのわか)』との共通点も多い。『しんとく丸』は、後世の浄瑠璃に影響し、竹本義太夫 (ぎだゆう)の正本『弱法師』や、『莠伶人吾妻雛形 (ふたばれいじんあづまひながた)』を生んだが、1773年(安永2)初演の菅専助 (すがせんすけ)・若竹笛躬 (ふえみ)合作『摂州合邦辻 (せっしゅうがっぽうがつじ)』がもっとも有名である。

[関山和夫]

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検索コンテンツ
1. 信徳丸
日本大百科全書
清水きよみず観音の申し子である信徳丸と和泉いずみかげ山の長者の乙姫おとのひめの恋愛、継母の呪詛じゅそによる信徳丸の失明落魄らくはく、四天王寺参籠さんろう、清水観
2. 信徳丸
世界大百科事典
《今昔》の系譜や,能の《弱法師》を踏まえて,説経《信徳丸》は構想されているが,乙姫という女性の活躍や開眼の奇跡に趣向の中心を置きながらも,引声堂に籠る盲目の信徳
3. しんとくまる【信徳丸】
日本人名大辞典
説経浄瑠璃(せっきょうじょうるり)の主人公。河内(かわち)(大阪府)高安郡の信吉(のぶよし)長者の子。継母ののろいによる病気で盲目となり,天王寺にすてられ乞食と
4. しんとくまる【信徳丸】
日本架空伝承人名事典
踏まえて、説経『信徳丸』の信徳は生まれたが、引声堂にこもる盲目の信徳丸の閉ざされた世界に『弱法師』の俊徳丸との深い因縁を見いだす。近世の浄瑠璃『摂州合邦辻』にお
5. 信徳丸〓柏(著作ID:1304569)
新日本古典籍データベース
しんとくまるこのてがしわ 脚本 
6. 乙姫
世界大百科事典
竜宮に住むという〈乙姫〉や,説経《信徳丸》に出てくる〈乙姫〉のように固有の名となっているものもある。説経《信徳丸》の乙姫は和泉国近木荘の長者の娘だが,癩に冒され
7. おとひめ【乙姫】
日本人名大辞典
。昔話の「浦島太郎」「猿の生き肝」では竜宮城の美しい姫として,また説経浄瑠璃(じょうるり)「信徳丸」では長者の娘として登場する。
8. おとひめ【乙姫】
日本架空伝承人名事典
竜宮に住むという「乙姫」や、説経『信徳丸』に出てくる「乙姫」のように固有の名となっているものもある。説経『信徳丸』の乙姫は和泉国近木荘の長者の娘だが、癩に冒され
9. 広益俗説弁 続編 110ページ
東洋文庫
 信徳丸が説 俗説云、河内国高安里に、高安長者延年といふ者あり。其一子を信徳丸といふ。和泉国蔭山長者が女子と婚姻の約をなせり。しかるに、延年が妻死して後、後妻を
10. 幸若舞 2 景清(かげきよ)・高館(たかだち)他 245ページ
東洋文庫
、説経「をくり(小栗判官)」(御物絵巻)に「れんしやくつかむて、かたにかけ」、「しんとく丸(信徳丸)」(江戸板)に「れんじゃくしたNめ、かたにかけ」とあり、この
11. 四天王寺
世界大百科事典
,乞食,病者,漂泊の説経師や熊野比丘尼ら下級芸能者が集まり,さまざまの奇跡が語られた。説経《信徳丸》の物語はこうした背景のうちに成立し,謡曲《弱法師(よろぼし)
12. 俊徳丸
日本大百科全書
信徳丸
13. 俊徳丸
世界大百科事典
信徳丸
14. しゅんとくまる【俊徳丸】
日本人名大辞典
信徳丸(しんとくまる)
15. 説経画像
日本大百科全書
地』『五大力菩薩ぼさつ』『曇鸞記どんらんき』などがある。多くの演目のなかで「苅萱かるかや」「信徳丸(俊徳しゅんとく丸)」「小栗判官おぐりはんがん」「三荘太夫さん
16. 説経節
世界大百科事典
ごのわか)》《梅若》《信田妻》(《浄瑠璃通鑑綱目》)とも,《苅萱》《山荘太夫》《小栗判官》《信徳丸》《法蔵比丘》(水谷不倒説)ともいわれる。現存する正本では16
17. 説経節 山椒太夫・小栗判官他
東洋文庫
中世末の民衆の間に育った芸能,説経節のなかから,とくに著名な「山椒太夫」「苅萱」「信徳丸」「愛護若」「小栗判官」を選んでその語り口をそのままに伝え,「信田妻」を
18. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 2ページ
東洋文庫
天下一説経与七郎正本『さんせう太夫』 天理図書館蔵『苅萱』 寛永八年刊、太夫未詳『せっきやうかるかや』 同『信徳丸』 天下無双佐渡七太夫正本『せつきやうしんとく
19. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 115ページ
東洋文庫
信徳丸
20. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 122ページ
東洋文庫
翁承り、福徳は、父御にあやかりたまえ、口みやうは、翁にあやかりたまえと、信と徳をかたどりて、御名を信徳丸と奉る。この若君には、御乳が六人乳母が六人、十二人の御乳
21. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 124ページ
東洋文庫
「のういかに御台、あの信徳丸を、信貴のの寺へ上せん」とありければ、もっともしかるべき(まことにそれがよろしゅうございます)とて、郎等仲光召され、「いかに仲光、あ
22. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 128ページ
東洋文庫
立つも立たれず、燃えたつばかりとこれを読む。奥に一首の歌のあり。恋いる人は河内高安、信吉長者のひとり子信徳丸、恋いられ者は乙姫なり。今までは、たれやの人ぞと思う
23. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 130ページ
東洋文庫
「いや戻すまじ」とのたがいの論。蔭山長者聞こしめし、「承れば、河内の高安、信吉長者のひとり子、信徳丸かたよりも、乙姫かたへ玉章よし承る。いそぎ玉章御返事申せ」と
24. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 131ページ
東洋文庫
ば、母がためとて、千部万部(お経を)読うだるとも、受け取るまいぞ信徳丸。やあいかに仲光よ、みずからむなしくなるならば、あの信徳丸に、よきに宮づきたびたまえ(おつ
25. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 132ページ
東洋文庫
「これは夢かや現かや。現の今の別れかや。いまひとたびものうきよいあつてたびたまえ」と嘆きたもう。信徳丸も母の死骸に抱きつき、「これは夢かや、現かや。現の今のなに
26. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 136ページ
東洋文庫
みずから下向申さぬまに、異例を授けて、たまわれと、ふかく祈請を奉り、高安へと御下向あり。 フシいたわしや信徳丸は、母上の御ために、御経読うでましますが、祈る験の
27. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 137ページ
東洋文庫
蓑笠、これ付くる。中に信徳丸を抱き乗せ、表の門は人目繁いとて、裏の御門を引き出だす。 フシいたわしや信吉殿も、今が別れのことなれば、門まで出でさせたまいて、「い
28. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 138ページ
東洋文庫
はや過ぎて御ざあるが、町家に御宿召さりょうか、または宿坊に召さりょうか、お好みあれ(ご注文ください)若君様」。信徳丸は聞こしめし、「世が世のおりの宿坊よ。町家の
29. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 140ページ
東洋文庫
て)うちながめ、河内の国たかやさしてぞ帰りける。いそぐにほどのあらばこそ、高安になりぬれば、信徳丸を捨てたるよし、信吉殿に対面し、このよしなくと申しける。仲光が
30. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 141ページ
東洋文庫
一日二日は育くめど、ついで育くむ者はなし。また清水の御本尊な、虚空よりお告げ有り、「やあいかに信徳丸、御身がようなる異例は、これより熊野の湯に入れ。病本復申すぞ
31. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 142ページ
東洋文庫
干死にせん」と思しめし、近木の庄より、ひん戻り、天王寺ぢせんたうに、縁の下へとり入りて、干死にせんと思しめし、信徳丸の心の中、あわれともなかなか、なにに誓えんか
32. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 145ページ
東洋文庫
奪い取り、さしうつむいて見たまえば、信徳丸にておわします。 乙姫この由御覧じて、信徳丸に抱きつき、「乙姫にて御ざある。まむ名のりあれ」とありければ、信徳丸は聞こ
33. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 146ページ
東洋文庫
母の給わりたる、黄金をば取り出だし、米穀と代ないて(引きかえて)、信徳育くみたまいつつ、「のういかに信徳丸、承れば、清水の氏子の由承る。みずからともに詣り申すべ
34. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 147ページ
東洋文庫
)に下向あり、信徳丸を引っ立て、上から下、下から上へ、「善哉なれ」と、三度撫でさせたまえば、百三十五本の釘、はりと抜け、もとの信徳丸とおなりある。 乙姫、なのめ
35. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 148ページ
東洋文庫
いけうら(堺が浦)にて、信徳丸に対面なされ、なのめならずに思しめし、信徳丸は御馬に召され、乙姫は、網代の輿に召され、あまたの御供引き具して、ざざめきわたり、和泉
36. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 149ページ
東洋文庫
(割注)東至和州平群郡界→西至若江郡界一南至二大県郡界→北至二河内郡界一」とある。市内山畑に信徳丸の旧跡とか長者屋敷と称するものが伝えられている。『和漢三才図会
37. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 156ページ
東洋文庫
。美 不詳。江戸板『しんとく丸』も「恋の松」だが、ある いは「恋の水」かも知れない。恋の水は信徳丸旧跡があ るとされる山畑のそばである。『河内国名所鑑』巻五「業
38. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 195ページ
東洋文庫
相撲取り草ともいう。宍縁か。毛 これ以下、「根笹に霞云々」まではいわゆる大和言唖 である。大和言葉については『信徳丸』注三参照。穴 危険な立場にいることのたとえ
39. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 271ページ
東洋文庫
、受けて見よと、(中略)まちこぶしにひっかけ」とある。一会「邸(店)」であろう。既出。大八「信徳丸」の注豊参照。六九逆茂木のこと。『築城記』に「土居にさかもかり
40. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 328ページ
東洋文庫
との間に交渉があったことを示すものと思われる。 信徳丸 正本としては、天下無双佐渡七太夫正本『せっきやうしんとく丸』(正保五年三月刊、九兵衛板)、七太夫正本『し
41. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 329ページ
東洋文庫
内容も経過も明らかでない。これは、能楽が歌舞を主として戯曲性に重きを置かなかったせいもあるが、俊徳丸(信徳丸)の説話は当時の観客には周知であったから、今さら説明
42. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 330ページ
東洋文庫
導者に語られていたのを、説経の徒が取り入れて『信徳丸』という土着の語り物に変容していったという仮定もなりたたぬことはない。ただし、説経の『信徳丸』は、目を決り取
43. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 332ページ
東洋文庫
たちまち命を失い、一家に不幸が訪れるというのも、古い民間の語り物の一つの型なのである。この型は、『信徳丸』にも、『松浦長者』と同材の室町時代物語の『さよひめのさ
44. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 340ページ
東洋文庫
右 一 口語りと創造 例えば『信徳丸』をみよう。癩病となった信徳丸は、天王寺引声堂の後堂の縁の下で餓死を覚悟で行ないすましていた。そこへ許嫁の乙姫が巡礼姿で信徳
45. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 341ページ
東洋文庫
商人または商人に扮した者が恋文の使いをする場面は、他の『小栗判官』の正本(テキスト)にも、『信徳丸』のさまざまな正本にも出て来るが、それらはほぼ同じことばででき
46. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 345ページ
東洋文庫
ここではゴゼ歌を用いて口語りの単位についてだけ触れるにとどめる。ゴゼ歌の中には『山根太夫』『信徳丸』『小栗判官』『信太妻』など説経節類似の物語がそのレ.ハートリ
47. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 348ページ
東洋文庫
われるが、紙数に制約があるので、稿を改めることにしたい。 三 口語りの水準 この解説の冒頭に掲げた『信徳丸』からの引用文を再びみてみると、始めにあらわれる「乙姫
48. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 349ページ
東洋文庫
という一語で、口語りの単位を満たしてやるだけでも、創造がなされたといえる場合がある。例えば『信徳丸』の中に次のようなパッセージがある。ここはフシの部分だから、音
49. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 350ページ
東洋文庫
構成していなければならないが、ここではこの基本型の物語的意味機能が二単位にわたって果たされているから、「信徳丸はこの由を」と「聞こしめし」とのそれぞれの単位は基
50. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 351ページ
東洋文庫
り文句であるといったが、この決り文句は、その変化形をも合わせ考えてみると、例えば本書所収の『信徳丸』だけでも三十七回用いられていて、その頻度は横山重氏の『説経正
「信徳丸」の情報だけではなく、「信徳丸」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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