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  11. 醍醐寺
日本大百科全書(ニッポニカ)

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醍醐寺
だいごじ

京都市伏見(ふしみ)区醍醐伽藍(がらん)町にある真言(しんごん)宗醍醐派の総本山。深雪(しんせつ)山または笠取山と号する。本尊は薬師如来(にょらい)。笠取山全山が寺域で、山上を上(かみ)醍醐、麓(ふもと)を下(しも)醍醐といい、上下醍醐に八十余棟の堂塔が配置されている。貞観(じょうがん)年間(859~877)理源(りげん)大師聖宝(しょうぼう)が山上に草庵(そうあん)を建てたのが始まりで、続いて准胝(じゅんてい)堂、如意輪(にょいりん)堂が建立された。さらに904年(延喜4)山下に釈迦(しゃか)堂、907年(延喜7)山上に薬師堂と五大堂が聖宝に帰依(きえ)した醍醐天皇によって建立され、定額寺(じょうがくじ)となった。919年、座主三綱(ざすさんごう)が置かれ、観賢(かんけん)が第1世座主に補任(ぶにん)された。続いて朱雀(すざく)天皇は949年(天暦3)法華三昧(ほっけざんまい)堂を建立し、村上(むらかみ)天皇は醍醐天皇追福のため952年(天暦6)五重塔を建立するなど寺運隆盛に向かい、その後の諸天皇も当寺に帰依し、大伽藍の完成をみるに至った。永久(えいきゅう)年間(1113~18)第14世勝覚のとき三宝院(さんぼういん)が建立され、ついで理性(りしょう)・金剛王(こんごうおう)・無量寿(むりょうじゅ)・報恩(ほうおん)の四院も建ち、醍醐五門跡と称された。以来多くの学僧が入山し、盛時には醍醐全山の伽藍坊舎甍(いらか)を並べた壮大さであった。初めは五門跡の高僧が交替で当寺の座主を務めたが、黒衣の宰相(さいそう)とよばれた満済(まんさい)が、応永(おうえい)年間(1394~1428)三宝院門跡となり、足利(あしかが)氏の信任を得て寺門の興隆に尽くして以来、三宝院門跡が醍醐寺座主を兼ねるのが通例となった。1470年(文明2)、兵火によって五重塔を残しことごとく焼失したが、時の座主義演(ぎえん)が豊臣(とよとみ)秀吉の帰依を受けて再興し、1598年(慶長3)に秀吉は醍醐の花見を催すなどして旧観を取り戻した。江戸時代には徳川氏も当寺を保護し、寺領を寄進した。また当寺は三宝院を中心として修験道(しゅげんどう)当山派の本拠地とされてきたが、明治維新後、修験道が廃止され、醍醐寺は真言宗に帰入された。
[眞柴弘宗]

諸堂・塔頭

上醍醐には、当寺最初の堂である准胝観音(かんのん)堂(現堂は1968年の再建)があり、本尊准胝観音が安置され、西国三十三所第11番札所として著名である。薬師堂(国宝)は1121年(保安2)再建のものであるが、平安時代の気風を伝え、会理僧都(えりそうず)作と伝える本尊薬師如来および両脇侍(きょうじ)像(ともに国宝)が安置されている。また1434年(永享6)に再建の一山の鎮守清滝宮(せいろうぐう)拝殿(国宝)と本殿(国重要文化財)があり、ほかに五大明王を祀(まつ)る五大堂、如意輪堂、開山堂などがある。仏に供える水をくむ醍醐水閼伽井(あかい)があり、醍醐寺の名のおこりともいう。
 下醍醐は、総門を入ると桜並木があり、仁王門に至る。この道の左右に三宝院、宝聚(ほうじゅ)院(霊宝館)がある。仁王門の奥が下醍醐の伽藍で、五重塔、金堂(いずれも国宝)などがある。五重塔は京都における現存最古の建築。初層塔内には壁画17面(国宝)があり、両界曼荼羅(まんだら)図、真言八祖像、唐草文(からくさもん)などが、心柱囲板(かこいいた)、連子窓(れんじまど)裏板、腰羽目板、天井や梁(はり)に描かれており、近年の解体修理で四天柱と扉にも絵があることが確認された。金堂は創建の位置に1600年(慶長5)豊臣氏が和歌山県満願寺の堂を移したもので、本尊薬師三尊像は国重要文化財。ほかに御影(みえい)堂、清滝権現(ごんげん)堂、女人堂などがある。
 現存する塔頭(たっちゅう)寺院には三宝院、報恩院、理性(りしょう)院、光台(こうだい)院、無量寿院、金剛王院、岳西(がくさい)院、成身(じょうしん)院などがある。三宝院の現在の殿舎は1598年に起工され、表書院(国宝)、玄関、勅使の間、秋草の間、葵(あおい)の間、宸殿(しんでん)、庫裡(くり)、純浄観、護摩堂(以上、国重要文化財)よりなる。表書院を中心に各渡廊でつながれ、各室の壁、ふすまなどは彩色画が描かれ、奥書院(寝殿)上段の間の違い棚は醍醐棚とよばれる桃山時代の遺構。庭園は特別名勝・史跡指定の名園。1994年(平成6)、醍醐寺は世界遺産の文化遺産として登録された(世界文化遺産。京都の文化財は清水寺など17社寺・城が一括登録されている)。
[眞柴弘宗]

寺宝・行事

紙本着色絵因果経、絹本着色五大尊像、同閻魔(えんま)天像、同文殊渡海(もんじゅとかい)図などの国宝のほか、紙本墨画密教図像39点、大日金輪(こんりん)像、仁王経(にんのうきょう)曼荼羅図などの絵画、金銅仏具などの工芸品、彫刻など国重要文化財は非常に多い。また三宝院には絹本着色訶梨帝母(かりていも)像(国宝)がある。宝物の多くは現在宝聚院に収蔵されている。おもな年中行事に五大力尊仁王会(ごだいりきそんにんのうえ)(2月23日)、太閤(たいこう)花見(4月第2日曜)がある。
[眞柴弘宗]

五重塔の各部名称(醍醐寺)
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検索コンテンツ
1. 醍醐寺
日本大百科全書
28)三宝院門跡となり、足利(あしかが)氏の信任を得て寺門の興隆に尽くして以来、三宝院門跡が醍醐寺座主を兼ねるのが通例となった。1470年(文明2)、兵火によっ ...
2. 醍醐寺
世界大百科事典
援助によって三宝院を再興し,荒廃していた境内を復興した。秀吉が醍醐寺で盛大な花見の宴や茶会を開いたことは広く知られている。 醍醐寺は早くから修験道の中心となって ...
3. だいご‐じ【醍醐寺】地図
デジタル大辞泉
京都市伏見区にある真言宗醍醐派の総本山。山号は深雪山・笠取山。開創は貞観16年(874)、開山は聖宝。笠取山全山が寺域で、准胝(じゅんでい)堂や如意輪堂などのあ ...
4. だいご‐じ【醍醐寺】
日本国語大辞典
京都市伏見区醍醐伽藍町にある真言宗醍醐派の総本山。山号は深雪山。貞観一六年(八七四)聖宝(しょうぼう)が准胝(じゅんてい)堂と如意輪堂を建てたのにはじまる。延喜 ...
5. だいごじ【醍醐寺】
国史大辞典
定されている。 [参考文献]『醍醐雑事記』、義演『醍醐寺新要録』、中島俊司『醍醐寺略史』、佐和隆研『醍醐寺』 三宝院(さんぼういん)  醍醐寺の子院。永久三年( ...
6. だいごじ【醍醐寺】滋賀県:東浅井郡/浅井町/醍醐村
日本歴史地名大系
来寺(現和歌山県岩出町)の覚遍が中興開山となったという。観応二年(一三五一)九月一一日「江州醍醐寺」にあった足利尊氏が霊夢をみたとして、松尾大社(現京都市西京区 ...
7. だいごじ【醍醐寺】京都府:福知山市/猪崎村
日本歴史地名大系
ゐて御休足あり。此時弐拾八ケ寺醍醐寺をはなれ、或は長安へ勤むるもの之れ有り乱れたり。当寺蔵の土佐光信筆と伝える三光国師の頂相と、足利義教筆といわれる紙本墨書醍醐 ...
8. だいごじ【醍醐寺】京都市:伏見区/醍醐村地図
日本歴史地名大系
北方ノ在家少々云々」(「賢深記」醍醐寺新要録)という有様で、伽藍のほとんどを焼失。また寺領荘園の多くを失い、醍醐寺は昔日の盛観を失った。醍醐寺文書に無為知行処々 ...
9. だいごじ【醍醐寺】大分県:大野郡/大野町/門前村
日本歴史地名大系
「豊後国志」によれば天正以降荒廃し、寛文六年(一六六六)岡藩主中川久清によって修復・再興され、寺名は醍醐寺と改められた。門前村内に寺領として畑一石余を寄進されて ...
10. 醍醐寺
日本史年表
『貞信公記』 を記す(~天暦2年)。 醍醐寺 を御願所とする(醍醐寺縁起)。 913年〈延喜13 癸酉〉 10・25 醍醐寺 を定額寺とする(醍醐寺要書)。  ...
11. 醍醐寺(だいごじ)【篇】
古事類苑
宗教部 洋巻 第3巻 1017ページ ...
12. 醍醐寺
デジタル大辞泉プラス
京都府京都市伏見区にある寺院。創建は874年。真言宗醍醐派総本山、本尊は薬師如来。豊臣秀吉が1598年に醍醐の花見を催した地。「古都京都の文化財」の一部としてユ ...
13. Daigoji 【醍醐寺】
Encyclopedia of Japan
Head temple of the Daigo branch of the Shingon sect of Buddhism; located in Fush ...
14. 醍醐寺執行 (見出し語:醍醐寺【篇】)
古事類苑
宗教部 洋巻 第2巻 987ページ ...
15. 醍醐寺座主 (見出し語:醍醐寺【篇】)
古事類苑
宗教部 洋巻 第2巻 954ページ ...
16. 醍醐寺座主拜堂 (見出し語:醍醐寺【篇】)
古事類苑
宗教部 洋巻 第2巻 848ページ ...
17. 醍醐寺櫻會 (見出し語:醍醐寺【篇】)
古事類苑
宗教部 洋巻 第2巻 135ページ ...
18. 醍醐寺法度 (見出し語:醍醐寺【篇】)
古事類苑
宗教部 洋巻 第1巻 589ページ ...
19. 醍醐寺灌頂 (見出し語:醍醐寺【篇】)
古事類苑
宗教部 洋巻 第2巻 410ページ ...
20. 醍醐寺鎭守神 (見出し語:醍醐寺【篇】)
古事類苑
神祇部 洋巻 第1巻 790ページ ...
21. 醍醐寺鐘 (見出し語:醍醐寺【篇】)
古事類苑
宗教部 洋巻 第2巻 1100ページ ...
22. だいごじえんぎ【醍醐寺縁起】
国史大辞典
諸院の名から、本書の成立を十二世紀前半、『醍醐寺雑事記』に先行すると考えることができる。写本は九条家本(『図書寮叢刊』諸寺縁起集所収)をはじめ醍醐寺などにあり、 ...
23. 醍醐寺五重塔
日本史年表
951年〈天暦5 辛亥〉 10・‐ 醍醐寺五重塔 完成(醍醐寺雑事記)。  ...
24. 『醍醐寺新要録』
日本史年表
1620年〈元和6 庚申⑫〉 この年 義演編纂 『醍醐寺新要録』 成る。  ...
25. 醍醐寺新要録
世界大百科事典
醍醐寺が創建された平安初期から1608年(慶長13)ころまでの醍醐寺関係の史料を類聚編纂した書。全22巻。編者は醍醐寺第80代座主義演(ぎえん)。濫觴(らんしよ ...
26. だいごじしんようろく【醍醐寺新要録】
国史大辞典
醍醐寺に関する諸記録を類聚した書。二十二巻。義演の編纂。醍醐寺第八十代座主義演は、関白二条晴良の子という門地と、豊臣秀吉の援助によって、戦国時代に荒廃した醍醐 ...
27. 醍醐寺 寺領一覧[図版]
国史大辞典
 (c)Yoshikawa kobunkan Inc.  ...
28. だいごじぞうじき【醍醐寺雑事記】
国史大辞典
平安時代末から鎌倉時代初頭の醍醐寺僧慶延が、醍醐寺に関するさまざまな知見を集録した書。同名の書が二種あり、第一のものは『群書類従』雑部に収められ、宮内庁書陵部 ...
29. 醍醐寺版
世界大百科事典
→寺院版 ...
30. 醍醐寺法華三昧堂
日本史年表
949年〈天暦3 己酉〉 3・‐ 旧清涼殿の材木で 醍醐寺法華三昧堂 を建立(紀略)。  ...
31. 醍醐寺文書
日本大百科全書
京都の醍醐寺に伝来した数百函の古文書・聖教類の総称。本来は三宝院(さんぼういん)、報恩院(ほうおんいん)など各院家に別々に伝来したものであるが、近世・近代におけ ...
32. 醍醐寺文書
世界大百科事典
真言宗醍醐派総本山醍醐寺に伝来する古文書。同寺の霊宝館に保管されている。醍醐寺には膨大な古文書・聖教が伝えられているが,その歴史学的な調査は明治末年から始まり, ...
33. だいごじもんじょ【醍醐寺文書】
国史大辞典
その成果は昭和三十年(一九五五)から東大史料編纂所により『大日本古文書』家わけ第一九醍醐寺文書として順次公刊されている。文書は醍醐寺本寺のものをはじめ、三宝院、 ...
34. 木寄法の展開[図版]
国史大辞典
慈尊院弥勒仏像(9世紀) 醍醐寺薬師如来像(10世紀) 六波羅蜜寺薬師如来像(10世紀) 平等院阿弥陀如来像(11世紀) 法金剛院阿弥陀如来像(12世紀) 法界 ...
35. Daigoji Treasure House 【醍醐寺宝聚院霊宝館】
Encyclopedia of Japan
Located at the temple Daigoji to the south of the city of Kyoto. A splendid coll ...
36. 醍醐寺三院家 (見出し語:院家)
古事類苑
宗教部 洋巻 第3巻 1050ページ ...
37. 醍醐寺御幸 (見出し語:御幸【篇】)
古事類苑
宗教部 洋巻 第3巻 1042ページ ...
38. 醍醐寺五大堂 (見出し語:五大堂)
古事類苑
宗教部 洋巻 第3巻 1020ページ ...
39. 醍醐寺五大堂 (見出し語:五大堂)
古事類苑
宗教部 洋巻 第3巻 1024ページ ...
40. 醍醐寺三昧堂 (見出し語:三昧堂)
古事類苑
宗教部 洋巻 第3巻 1025ページ ...
41. 醍醐寺座主 (見出し語:座主)
古事類苑
宗教部 洋巻 第3巻 1051ページ ...
42. 醍醐寺釋迦堂 (見出し語:釋迦堂)
古事類苑
宗教部 洋巻 第3巻 1025ページ ...
43. だいごじにっき【醍醐寺日記】
国史大辞典
⇒親玄僧正日記(しんげんそうじょうにっき)  ...
44. 醍醐寺塔 (見出し語:塔)
古事類苑
宗教部 洋巻 第3巻 1026ページ ...
45. 醍醐寺宿直兵士 (見出し語:兵士)
古事類苑
宗教部 洋巻 第3巻 1046ページ ...
46. 灌頂院(かんちょういん)[醍醐寺]
古事類苑
宗教部 洋巻 第3巻 1049ページ ...
47. 五重塔の各部名称(醍醐寺)[百科マルチメディア]
日本大百科全書
〓Shogakukan ...
48. しょじえんぎしゅう【諸寺縁起集】 : 諸寺縁起集/(一)『諸寺縁起』醍醐寺本
国史大辞典
(一)『諸寺縁起』醍醐寺本  東大寺・元興寺・大安寺・清水寺・高野寺など二十ヵ寺の縁起(全文)を集成した書。編者未詳。十八帖。文中に年紀の書入れがあるものもあ ...
49. しようだいごじあと【小醍醐寺跡】京都府:宇治市/炭山村
日本歴史地名大系
建保三年(一二一五)の創建と伝え、境内の光明杉(老木は大正二年倒壊)に影向した如意輪観音を祀る。醍醐寺御支配記(醍醐寺文書)によれば、近世中期には秘仏とされ、三 ...
50. 相輪の名所(醍醐寺五重塔)[図版]
国史大辞典
 (c)Yoshikawa kobunkan Inc.  ...
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