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日本国語大辞典

はつはな‐かたつき【初花肩衝】

解説・用例

茶入。大名物。漢作唐物。素地は茶褐色。形状、釉の色ともに優美で気品が高く、春に先がけて咲く梅の花に似るとして足利義政が名づけたという。織田信長・徳川家康・豊臣秀吉らが所持し、のち再び家康に渡って徳川家に伝来した。三肩衝の一つ。

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2. はつはなかたつき【初花肩衝】
国史大辞典
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3. だいもんじやえいせい【大文字屋栄清】
国史大辞典
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4. ならしば‐かたつき【楢柴肩衝】
日本国語大辞典
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5. はつはな の 茶入(ちゃい)れ
日本国語大辞典
「はつはなかたつき(初花肩衝)」に同じ。*寒川入道筆記〔1613頃〕「天下にかくれなき初花の茶入、立売大文字屋栄甫所持」 ...
6. まつだいら-ねんせい【松平念誓】
日本人名大辞典
生まれ。松平親常の子。三河(愛知県)長沢の代官。天正(てんしょう)7年出家,11年徳川家康に初花肩衝(はつはなかたつき)(茶入れ)を献上して諸役免除の特権を得, ...
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初花肩衝(日本国語大辞典)
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