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いつもこころに『萬葉集』を。

2019-04-12

みなさん、こんにちは! 今日も雲におおわれてなんだか寒いぞ! ウールのコートなんか着て出社しました。神様、こんなに寒暖差のある4月の東京、はじめてです。かおるんです。

さて……

4月1日、平成に続く新しい元号、「令和」が発表された。1300年以上ある日本の元号の歴史のなかで初めて「国書」が典拠となった。しかもそれは『古事記』でも『日本書紀』でもない、日本最古の歌集『萬葉集』である。以降、『萬葉集』は注目の的となり、関連本は続々重版が決まっている。出版界にとっては明るいニュースだ。

かおるんのベッド脇のテーブルには一冊の本がある。『清川妙の萬葉集』(集英社文庫)。著者である清川先生から直々にいただいたものだ。10年前、私がシニア向けの学習誌を作っていたころ、先生に手紙に関するエッセイを書いてもらっていた。冊子はほどなく休刊となったが、その後も先生との交流はつづき、江戸文化歴史検定を一緒に受検したり、歌舞伎を見に行ったり、山の上ホテルで美味しいランチをしたりして、いつしか年の離れた“学友”(江戸検のみに関してだが)となった。

先生は物書き業のかたわら、山の上ホテルや横浜のカルチャーセンターで『萬葉集』や『枕草子』などの古典文学を長年教えていた。というのも、先生がいちばん初めに就いた職業が女学校の国語教師。横浜の教室には女学校時代の生徒さんが何十年もの時を経て通われていた。

あるとき、先生から一冊の本をいただいた。それがこれ、『清川妙の萬葉集』だ。「絶版になってしまったけれど、この本はほんとうに素晴らしいの。教室のテキストにしたいから、どうか復活させてほしい」と手渡されたのだ。結局なんの力もない私には実現できなかったが、2013年、先生が永眠する1年前にちくま文庫から復刊された。

「人生は短い。あっというまに過ぎてしまう。『萬葉集』を読みなさい。一日一首でもいい。その美しさを知らないで死ぬ人生は惜しい」──先生の恩師、木枝増一先生の言葉。時は昭和13(1938)年春、第二次世界大戦直前。先生は奈良女子高等師範学校(現奈良女子大学)に入学。故郷山口から単身奈良に出て、しかも一人っ子で……さぞかし不安だったことだろう。そんなとき、憧れのひとにこんなこと言われたら、私ならどうしたろう。しかもそこは『萬葉集』の故郷、奈良なのだ。

それから93歳で生涯を終えるまで75年ものあいだ、先生のそばにはいつも『萬葉集』があった。清川先生が亡くなったとき、先生に憧れていた私は、この本をベッド脇に置いた。朝イチで読もう、寝る前に読もうと思いつつ、怠惰な私は、ここ数年、本を開いていなかった。そう、これがつまり、怠惰な私と一生かけて学ばれた先生との差なんだろうな。

『清川妙の萬葉集』を開いてみる。『萬葉集』二十巻、四千五百十六首の歌の中から、恋の歌、挽歌、自然の歌、旅の歌といったジャンル別に先生が印象的なものをピックアップし、解説している。とくに1章の「恋の歌」は力がこもっている。恋の始まり、片思い、妬み、別れ……。759年(天平宝字3)正月以降の成立というから、今から1200年以上も昔。でも歌を眺めて先生の解説を読むと、天平の人たちも現代人も恋する思いはまったく変わらない、ということに気づく。

なかでも甲斐性のない私が印象に残ったのは、こんな歌。平郡女郎(へぐりのいらつめ)が大伴家持(おおとものやかもち)に贈った歌。家持は最終的に『萬葉集』を編集したと言われていて、父は「令和」の出典となった梅見の宴を催した大伴旅人(たびと)。家持は清川先生の憧れのひとでもあった。

松の花 花数にしも 我が背子(せこ、夫子とも)が 思へらなくに もとな咲きつつ(三九四二、巻十七)
松の花は 花の数の内とも あなたは 思っていらっしゃらないのに やたらに咲き続けています(ジャパンナレッジ「新編 日本古典文学全集」『萬葉集(4)』より)

「私って松の花みたい。あのかたが花の数にも思っていてもくださらないのに、こうやって、いたずらに咲いているんですもの」──先生の解釈だ。梅、桃、桜、藤といった色も形も美しく、人が愛でてやまない花が多いなか、松の花なんてのは地味でよくわからない花と、当時の人も思っていた。先生はこの歌を「静謐で、知的」であるとし、「松の花の“まつ”には、相手がこちらを振り向いてくれるのをひっそりと“待つ”というニュアンスもこもる」と解説している。平郡女郎は家持に片思い中。あふれんばかりの思いを込め、この歌を含めた12首の歌を家持に贈っている。なんだか、平郡女郎、いじらしいよな。

「私は知りました。『萬葉集』の世界はけっして高踏的なものではなく、古く、乾(ひ)からびたものでもなく、そこには、みずみずしく、鮮烈な、愛の心の種々相が、ういういしく歌い上げられていることを。ひしきめき並ぶさまざまな歌は、現代に通じる新しさを持つというよりも、むしろ、現代よりも活きた心の表情を持っていると思えました」(まえがき「わたしと『萬葉集』」より)

さてジャパンナレッジには「新編 日本古典文学全集」というコンテンツがある。「令和」のもとになった「梅花歌三十二首」だけじゃない。『萬葉集』二十巻、四五一六首の美しい歌をできうる限り、天国の先生にならって「楽しみながら、一首ずつ」読んでいこうと思う。
今度は三日坊主になりませんように。

2019-04-12 written by かおるん
梅の花 夢(いめ)に語らく みやびたる 花と我(あれ)思(も)ふ 酒に浮かべこそ(八五二 巻五)「私は優雅な花だと思います。どうか、お酒に浮かべてください」(清川先生訳)──梅の花の妖精が夢に出てきてこんなことを言っているなんて、めちゃおしゃれでしょ? これが新元号の出典となった梅見の宴後に旅人が詠んだ歌。

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