ジャパンナレッジに収録された、数々の名事典、辞書、叢書……。それぞれにいまに息づく歴史があり、さまざまな物語がある。世界に誇るあの本を、もっと近くに感じてほしいから、作り手たちのことばをおくります。
「そもそもの話をすると、平凡社から1961年に『国民百科事典』が刊行され、60年代初頭に空前の百科事典ブームがおこります。小学館はその翌年、『日本百科大事典』の刊行を開始しますが、これが130万セットを超える大ベストセラーになります」(吉田さん)
『ニッポニカ』はその後も改訂作業が続けられ、1994年には改訂版(25巻)が出版された。だがこれを最後に、時代の変化もあいまって、書籍版が刊行されることはなかった。
小学館の最初の百科事典『日本百科大事典』は1962(昭和37)年刊行。カラーの口絵はついていたが1色刷り。
東京オリンピックの翌年に刊行された日本初のカラー百科事典『世界 原色百科事典』。
『大日本百科事典(ENCYCLOPEDIA JAPONICA)』。ジャポニカという通称が小学館発行の百科事典につくようになる。80年に全面改訂した新版を発売。
『万有百科大事典(GENRE JAPONICA)』。各巻が専門分野別になっている。写真は第1巻の文学。ほか、美術、音楽・演劇、哲学・宗教、歴史、物理・数学、科学技術、宇宙・地球など21巻発売された。
ソニーから発売された電子ブックプレーヤー。左が96年に発売されたもの、右が98年に発売された改訂版。サイズ(約160×39×110mm)と重さ(約390g)は変わらないが、『ニッポニカ』の特長である図版が98年版はくっきり見える。いずれも80,000円。
吉田兼一(よしだ・けんいち)
1963年石川県生まれ。小学館出版局デジタルリファレンス編集長。86年小学館入社後、『女性セブン』に配属。その後、『CanCam』『週刊ポスト』の雑誌編集を担当。文庫編集部、国語辞典編集部を経て、現職。担当した辞事典は『例解学習国語辞典』『小学館百科大事典きっずジャポニカ新版』など。
桑島修一(くわじま・しゅういち)
1956年福島県生まれ。小学館クリエイティブ・データ編集室専任プロデューサー。『ニッポニカ』編集の進行・校正担当。81年校正・校閲会社の三友社(現、小学館クリエイティブ)に入社。『ニッポニカ』は94年刊行の補巻の作成作業より携わっている。
中村英俊(なかむら・ひでとし)
1960年福島県生まれ。『ニッポニカ』メディア(写真・図版)担当。83年の書籍版『日本大百科全書(ニッポニカ)』の始動と同時に、当時所属していた編集プロダクションで「科学技術・工学関係」の写真・図版担当として百科事典編集に携わる。一時、小学館の仕事を離れるが、98年のCD-ROM化にあたり、フリーランスとして編集チームに復帰、現在に至る。

ジャパンナレッジは約1900冊以上(総額850万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のインターネット辞書・事典サイト。
日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。
(2024年5月時点)