歌舞伎界で最も客の呼べる役者。今年7月に食道がんの手術を受けたが、その後呼吸困難に陥る急性呼吸窮迫症候群を発症し、2012年12月5日に亡くなってしまった。享年57歳。歌舞伎を愛し、酒を愛し、女性を愛した人だった。
 『週刊ポスト』(12/21・28号、以下『ポスト』)によれば、才能は役者だけにとどまらず、水上スキーが得意でゴルフはハーフ38で回る。紅白の司会もこなし、皇居へ招かれた際には嬉しくてワインを呑みすぎ、雅子妃に「奥さん」と呼びかけたこともある。
 歌舞伎を若者に発信したいと、94年から渋谷のシアターコクーンでコクーン歌舞伎を始め、ニューヨーク公演ではNY市警官を舞台に登場させてニューヨーカーをアッといわせた。
 19歳のときに12歳年上の女優・太地喜和子と恋仲になった。太地が48歳でこの世を去ったとき、遺体のもとに駆けつけ、彼女との約束を果たすために「バラの花を100本買い、銀色のスプレーで染め、太地の棺に入れた」(『ポスト』)
 牧瀬里穂や米倉涼子などとも浮き名を流し、宮沢りえは彼との道ならぬ恋に悩み、泥酔の末に京都のホテルで自殺未遂騒動を起こしている。
 昨年亡くなった立川談志師匠は勘三郎の若い時分から可愛がり、役者としても最大級の評価をしていた。
 『談志百選』(講談社・2000年刊)では「中村勘九郎」(十八代目中村勘三郎を襲名したのは2005年)について、こう書いている。
 「『何という爽やかな、ほどのいい若者だろう』というのが勘九郎に対する第一印象であった。(略)勘九郎に『喜怒哀楽の表現なんざァ、いとも簡単に出来るだろう、けど、それは歌舞伎という型の中での表現であり、それを突き抜けたとしても、家元の落語同様伝統芸の枠での抵抗だろう。そうでない表現、己れの中にある衝動とそれらが観客の常識と一致しないが、それでなければ己れが治まらないときがくるよ、絶対にくるネ、そのときが面白いネ。それは歌舞伎全体の芸の問題(こと)でもあるが、それを背負(しよ)わされるのは中村勘九郎一人だろうネ……』に、珍しく真剣な目をしてた」
 談志師匠は「そ奴の人間性」をはかるために酒を飲んでいるとき、有名な芸人や俳優、文化人に「アソコを出せ」と要求することがあった。 
 「横山ノックは出せたが、(上岡)龍太郎は出せない。三枝も出せまい。さんまはどうだ。鶴瓶は云わないうちから出すネ、あ奴は。(略)いまの勘三郎なら、少なくとも勘九郎の時は出せたろう」(『遺稿』講談社・2012年刊)と書いている。
 勘三郎は談志師匠のことを「生きていること自体が芸の人」と評していた。ともに古典芸能と格闘し、苦しみ、道半ばで同じ食道がんのために斃(たお)れてしまった。今ごろは「ちょっと早すぎたが、ままいいか」と迎える師匠と、仲良く酒を酌み交わしているのかもしれない。
 『ポスト』は「伝統を愛し、文化を創造し、人を愛し愛された壮大な57年の人生に無念の幕」と最大の賛辞を贈っている。本当に惜しい役者を失ってしまった。


 

 

   

読んだ気になる!週刊誌 / 元木昌彦   


元木昌彦(もとき・まさひこ)
金曜日「読んだ気になる!週刊誌」担当。1945年東京生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社に入社。『FRIDAY』『週刊現代』の編集長をつとめる。「サイゾー」「J-CASTニュース」「週刊金曜日」で連載記事を執筆、また上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで「編集学」の講師もつとめている。2013年6月、「eBook Japan」で元木昌彦責任編集『e-ノンフィクション文庫』を創刊。著書に『週刊誌は死なず』(朝日新書)など。
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