1947年5月3日に施行された日本国憲法の前文では、第2次世界大戦での過ちを反省し、戦争の永久放棄を明確に決意している。それは、憲法9条の理念が入っているからだ。
日本国憲法 第9条
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
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前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
憲法9条があるおかげで、日本は67年間、他国を侵略する戦争に加担することなく、平和な国家を維持することができていた。ところが、自民党が政権与党に返り咲き、夏の参院選でも過半数の議席をとったことで、憲法改正論議が熱を帯びだしている。
自民党の憲法改正草案では、第1項の「永久に放棄する」が、たんに「用いない」に変更されている。さらに、第2項がバッサリと削られ、代わりに「前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない」に入れ替わっている。
第2項がなくても、第1項に「戦争を放棄」という言葉があるので、平和は維持されるという意見もある。しかし、第1項はすでに国際標準ともいえるもので、1928年のパリ不戦条約で「国権の発動たる戦争」が禁じられ、第2次世界大戦後に「武力による威嚇又は武力の行使」も国連憲章によって禁じられた。
現在、日本が他国のように戦争をできないのは、第2項で「戦力の保持」と「国の交戦権」を認めていないからで、第2項がなければ平和を維持するのは難しくなる。
さらに9条の2を新たに創設して、治安維持、邦人救出などに出動できる「国防軍」を保持することを宣言している。しかし、これは単なる邦人救出などに終わらず、戦前はこれを口実にして戦争に突入していった経緯がある。自民党は、9条を変えることで、戦前のような軍隊を復活させようとしている可能性が高いのだ。
現在、憲法改正議論を盛り上げる手段の一つとして、安倍首相は集団的自衛権の法解釈を変えようとしている。集団的自衛権は、アメリカなどの同盟国が他国に攻められたとき、日本が攻撃されたとして反撃する権利で、日本にも国連憲章によって国際法上の権利が認められている。しかし、これまで国は憲法9条の法解釈によって、使えないという立場を貫いてきた。
しかし、安倍首相は、集団的自衛権の行使容認に積極的な外務省出身の小松一郎駐仏大使を内閣法制局長官に起用することで、法解釈変更の議論を加速させようとしている。
もしも、憲法9条が自民党案に改正され、戦争ができる国になり、徴兵制が復活したら、その戦争に行くのは知らない誰かではない。あなたの子どもであり、孫であり、夫なのだ。
今の平和な日本が、なぜできあがったのか。終戦68年目を前に、今一度考えてみたい。