「ばったり床几」とは、町家の軒先の壁に寄せて折りたたむことができる、机のような形をした台のことである。使うときは折り曲げてある脚を起こし、手前に天板を引き倒すと、数人は掛けられる畳一畳ほどの腰掛け台になる。昼間には野菜などを干すのに使われていた台は、日が暮れると、夕涼み用の腰掛けに早変わりする。軒先で一杯やりながら将棋などをさす年配の方々やその上で遊ぶ子どもの様子は、いつ見てもほっこり和む。

 現代に残る「ばったり床几」が町家に見られるようになったのは近世以降のことである。もともと平安期以降に京町家の形式が成立していくころ、路上に見世棚(みせだな)を押し広げて商品を並べていた、商店兼住居の町家が軒を連ねていたことがあった。この見世棚の機能を継承したのが、今日に残る「ばったり床几」といわれている。

 そもそも床几とは、侍の陣中や神社の儀式で用いられる折りたたみ式の腰掛けのことで、机のような簡単なつくりをした腰掛け台という意味もある。昭和初期までの京都では、北山杉の中心地である梅ヶ畑(うめがはた、右京区)の女性たちが、杉の廃材で作った床几や鞍掛(くらかけ)、梯子(はしご)などの木工品を担いで売り歩いていたという。この女たちを「畑の姥」(はたのうば)といい、働き者の商売上手として名が通っていたそうである。かの『東海道中膝栗毛』には、弥次さんが旅行中の身であるにもかかわらず、畑の姥から梯子を売りつけられてしまう場面が描かれており、京都の民衆の雰囲気がよく表されている。

 

   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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