味わいでも、値段でも、秋の味覚の頂点に君臨するのは茸の王様、松茸である。京都では「つ」が促音になって「まったけ」と呼ばれる。赤松林に生えており、傘が開くと芳香があっというまに飛んでしまうので、蕾状の傘が地表に見えたか、見えないかという時宜を得てとるところがベテランのわざ。 埋もれた「まったけ」の脇に棒を突っ込み、ぐっと盛り上げるようにしてから手で優しく揺すると、ころりと採れる。採れたては色が白く、空気に触れると、見慣れたやや黒ずんだ茶色へと変わっていく。
10月半ばの出盛りは、傘がやや小ぶりで「コロ」と呼ばれている。コロは、「まったけごはん」によく合い、昆布でじっくりと炊きあげた丸煮もおいしい。盛りのころになったら、土瓶蒸しか、焼きまったけが格別だろう。土瓶蒸しは、石突きの部分を落として縦に切ったら、海老、銀杏(ぎんなん)、鱧(はも)などの食材と一緒に土瓶に入れ、やや濃いめのだしでゆっくりと炊きあげる。食べる前にすだちを加えた豊かな香りとすっきりした風味は、忘れられない食の記憶として残るはずである。
日本のおいしい松茸産地として知られるところは、ほとんどが信州以西である。そのためなのか、京都の子どもから大人まで、こぞって「まったけ」を好む思い入れの強さは、東日本の人には過剰に見えるかもしれない。とはいえ、京都人の「まったけ」好きは筋金入り。平安末期の説話集『今昔物語』にも登場する。説話では、強欲な荘園(しょうえん)の管理職であった地頭(じとう)が、谷底に落とした松茸を命からがら拾いにいくというような話である。
明治時代までは「地山(じやま)の松茸」と呼ばれた京都産が、ほうぼうで収穫されていたという。1844(天保15)年に出版された『重修本草綱目啓蒙』(小野蘭山著)によれば、伏見稲荷の神山・稲荷山産の「まったけ」を絶賛しており、ほかに西賀茂、嵯峨、松尾産と、京都を囲む山々で、まったけ狩りを楽しんでいた。