「えんま庁」とは閻魔王が司る役所のこと。死者の霊魂を支配する地獄の裁判官・閻魔王が、生前の行為を賞罰する六道の法廷ともいうべきところである。閻魔王といえば、中国風の冠をかぶって道服をまとい、右手に板片のような笏(しゃく)という道具をもった怖そうな姿が思い浮かぶ。「えんま」とはインド神話の神「ヤマ」を音写した名称で、中国の民間信仰を経て、平安初期に日本へと伝わってきた。伝播する間に、閻魔王は地蔵菩薩と習合した供養本尊という姿と、罪ある死者を呵責する地獄の王としての姿を併せ持つようになった。

 この閻魔王を本尊とする千本閻魔堂(引接寺(いんじょうじ、上京区))では、「ゑんま堂大念仏狂言」が毎年5月1日から4日まで行なわれる。開祖定覚(じょうかく)上人が布教のために平安中期に始めたという長い歴史をもつ狂言である。16世紀中頃に描かれ、狂言の絵図として現存最古の狩野永徳筆「洛中洛外図屏風」には、千本閻魔堂での上演の様子が描かれている。そして、毎年演目の一番初めに演じられるのが絵図で描かれている「えんま庁」である。この筋書きは、閻魔王と記録係の帳付(ちょうつけ)、審判を受ける亡者、そして鬼の4人が登場して繰り広げられる。閻魔王の審判を待つ亡者とそれを脇でいたぶる鬼。地獄へ送られると思っていると、亡者が携えていた不思議な巻物によって、亡者が善人であると知り、閻魔王は亡者に許しを与え、その一方、鬼は戒められるという展開がコミカルに演じられる。

 京都には閻魔王とゆかりのある場所がたくさんある。平安後期の説話集『今昔物語集』には、宮廷官吏で歌人の小野篁(おののたかむら)が、夜になると六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ、東山区)の庭にある井戸から神通力を使って冥界を行き来し、「えんま庁」で閻魔王の補佐役をつとめていたという説話が載っている。千本閻魔堂の起こりは、この小野篁が自ら刻んだ閻魔像をこの地に祀ったことがきっかけであったと伝えられている。

 

   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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