フランスの経済学者トマ・ピケティ氏(43)が書いた『21世紀の資本』(みすず書房)が130万部を超す世界的なベストセラーになり、日本でも13万部を超えたという。

 だが5940円という価格はともかく700ページ以上もある難解なこの本を読み通したという人は、私の周りにはいない。

 私などは端からこうした本を読もうという意欲はないから、『週刊現代』(1/17・24号)の5分でピケティがわかるという記事を紹介しておこう。

 この本の翻訳を手がけた山形浩生(ひろお)氏がこう解説している。

 「本書で主張していることは、実はとても簡単なことです。各国で貧富格差は拡大している。そして、それが今後大きく改善しそうにないということです。
 なぜかというと、財産を持っている人が、経済が成長して所得が上がっていく以上のペースでさらに金持ちになっていくからです。ピケティの功績は、このことをデータで裏付けたことにあります」

 な~んだそんなことかというなかれ。ノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン氏が「この10年で、最も重要な経済学書」と絶賛し、甘いマスクがさらに人気を高めているのだ。

 『週刊東洋経済』(1/31号、以下『東洋経済』)は「ピケティで始める経済学」という大特集を組んでいるし、朝日新聞が招いて開いた講演会は満員だった。

 『東洋経済』によれば、ピケティ氏は元々数学が得意だったらしく、経済学者が現実社会をあまり知らないまま数学的な純粋理論に没頭していることに批判的だったという。

 「ピケティの経済学者としての特徴は、資本主義は自動的にバランスの取れたものとはならないので、適度な管理が必要という姿勢にある。これは歴史的にはケインズを代表とする中道左派の流れだ。実際、フランス現与党のリベラル政党、社会党との距離が近いことは母国ではつとに有名。格差是正の処方箋として世界的な資本課税の導入を提唱するなど政治的にはリベラル丸出しだ」(『東洋経済』)

 彼の功績は富や所得という「分配」の問題を、経済学のメインストリームに押し戻す機運をつくったことだそうだ。

 分配問題に取り組んだ古典派のデイビッド・リカードは、『人口論』の著者ロバート・マルサスに次のような手紙を書いている。「経済学は、産業の生産物がその生産にともに当たった諸階級の間にいかに分配されるか、その分配を決定する法則に関する研究にほかなりません」。

 たしかに「米国の上位10%の富裕層が総所得に占めるシェアは、1980年の34%程度から今や50%近くの水準まで急上昇」(同)しているのは異常であろう。

 アメリカほどではないが日本も格差が問題になり相続税を見直す動きがあるが、一方で貧富の格差は資本主義がもたらす必定で、このままでは格差拡大は止められないという声も多い。

 それに富裕層に課税すれば、彼らはタックスヘイブン(租税回避地)を活用して資産を移してしまう。こうしたことに対してピケティ氏は、説得力のある形で説明する理論モデルを完全に提示できていないという批判もあるようだ。

 また『週刊新潮』(2/5号)は、彼の本にあるデータに間違いが多くあり、捏造(ねつぞう)疑惑まで出ていると報じている。

 アメリカの2人の学者がこう指摘している。

 「ピケティはレーガン大統領とH・W・ブッシュ大統領が、連邦政府職員の最低賃金を一度も引上げなかったと嘆く一方、クリントン大統領が最低賃金を時給5.25ドルに引上げたと述べている。だが、実際は職員の最低賃金が5.25ドルだったことは一度もなく、ブッシュの下で2度も引上げられています」

 これは些細な誤りではなく、所得税の最高税率を80%にし、富裕層に5%のグローバル資本税を課すべしとする政策の支柱部分に当たる誤りで、問題なしとしないというのである。

 だが、ピケティ氏はひるまず、改善の余地はあるが、広い意味での結論は変わらないとコメントしているそうだ。

 霧島和孝城西大教授は、この本は学術界で「ディスカッションペーパー」といわれるもので、間違いを指摘してもらって改訂しながら研究に磨きをかけていけばいいと話している。

 画期的な論文が様々な批判にさらされるのは、その内容が刺激的だからであろう。アベノミクスでも話題になる「トリクルダウン」(富者が富めば、貧者にも自然と富がしたたり落ちる)もこの流れの中にあるのだろうが、ちなみにアベノミクスについてピケティ氏は、「株は上がるが、政府が助けたいと思う人よりも、それ以外の人々(富裕層)に影響が及んでしまう」(朝日新聞1月31日付)と格差拡大に批判的である。

元木昌彦が選ぶ週刊誌気になる記事ベスト3
 週刊誌では展開が早くて追い切れなかったイスラム国による湯川さん、後藤さん人質事件が、残念なことになってしまった。
 安倍首相の中東歴訪での発言や身代金交渉の不手際など、検証しなければならないことは多くあるが、最も指摘すべきは、メディアが安倍首相の責任問題も日本政府がイスラム国と水面下で何をやっているかも報じることなく沈黙してしまったことである。
 よくいわれてきたように、新聞、テレビは重大なことが起きると自主規制し、大本営発表しかしないことが今回も立証されてしまった。わずかながら週刊誌には政府がひた隠しにしようとする「何か」をチラッとではあるが報じていた気がするのは、私の身びいきだろうか。

注目記事・日本人人質関連記事
「よく頑張ったよ、後藤健二さん」(『週刊現代』2/14号)
「安倍官邸と大メディア『政府批判は“非国民”』恐怖の盟約」(『週刊ポスト』2/13号)
「『イスラム国残虐映像にすくんだ平和『日本』」(『週刊新潮』2/5号)
「後藤健二さん書かれざる数奇な人生」(『週刊文春』2/5号)
「完全ドキュメント イスラム国に翻弄された安倍官邸24時」(『フライデー』2/13号)

 イスラム国による後藤健二さんと湯川遙菜(はるな)さん人質事件は、最悪の結末を迎えてしまった
 そうはいっても二人の遺体が発見されたわけではないから、生存の可能性はあるのではないかと考える自分がいるのだが、儚い願いなのであろう。
 多額の身代金要求から湯川さん殺害、後藤さんと交換にヨルダンに収監中のサジダ・リシャウィ死刑囚の釈放と、イスラム国側は日本政府の対応のまずさをあざ笑うように次々と要求を変えてきた。
 私は1月31日の夜にヨルダン政府がイスラム国に拘束されているヨルダン軍パイロット・カサスベ中尉の安否が確認されなければリシャウィ死刑囚を釈放しないと発表した時点で、この交渉は難しい局面に入ったと思わざるを得なかった。
 イスラム国対ヨルダンという構図になり、日本が出る幕はなくなった。あるとすれば後藤さんに対する身代金として多額のカネを払うことしかない。たぶん水面下ではそうした交渉が行なわれているのだろうと思っていたが、イスラム国はわれわれの願いを無視して、後藤さんの命まで奪ってしまった。
 このような理不尽な蛮行が行なわれる世界をわれわれ日本人も生きているということを、嫌というほど思い知らされた痛恨事である。
 2人の悲報に接した、ご家族や親類、友人たちの悲しみを思うと、これ以上書き進めることができなくなる。
 あのような奴らを人間の皮を被った獣というのであろう。
 奴らがどんなに高邁な理想に燃えて国づくりをしていようと、この残虐行為を絶対許すわけにはいかない。
 それは「テロに屈しない」などという薄っぺらなお題目からではない。オバマや安倍がどんなに相手を非難しようと、こうしたテロの連鎖を拡大してきた責任は彼らにもある。
 湯川さん、後藤さん、二人の霊に跪(ひざまず)き、われわれもオバマも安倍も許しを請うべきであろう。そして2度とこのような悲劇が繰り返されないためにはどうしたらいいのか、衆知を集めて考えるべきときである。
 週刊誌も多くのページを割いてこの事件を報じているが、事件の進展が早く、後手後手に回ってしまっていて、残念ながらこれはという記事は見当たらない

 わずかに、このところこの事件についての核心を突いた報道で気を吐く『ポスト』が、メディアの責任と「人質解放交渉」の裏側をわずかだが報じているのが目についただけだ。
 『ポスト』は野党も最初から安倍批判を封印し、「安倍首相の中東歴訪がテロリストを刺激し、今回の事件を招いたかのような、的外れの政権批判が野党の一部などから出ている」(読売新聞1月23日付社説)、「事件は首相の歴訪が招いたものとの批判があるとすれば、誤りだ。卑劣なテロによって評価が左右されることはない」(産経新聞1月22日付社説)のように、安倍政権寄りの新聞が、安倍首相の責任逃れに荷担したことを難じている。
 これでは9・11以降、アメリカのメディアがブッシュの戦争に異を唱えることなく、沈黙するか諸手を挙げて賛同したのと同じではないか。
 少なくともこれだけは確かだ。湯川さんはもちろんのこと後藤さんが人質になっていることを安倍首相は中東歴訪以前に知っていた。
 しかし、身代金の件を含めてイスラム国とのパイプ作りや裏交渉を十二分にした形跡はない。
 しかも、情報を知りながら中東歴訪で「イスラム国と断固戦う」と強調する演説を行なったのはなぜなのか。これがイスラム国側の怒りを駆り立て、要求をエスカレートさせたのではないのか。
 2人だけではなく、今後中東にいる多くの日本人の命を危険にさらすことになるのではないか。こうしたことへの安倍首相の責任を追及することは、政治家としてメディアとしての重要な役割であることはいうまでもない。
 一部を除いて、こうした国を揺るがしかねない事態が起こったとき、新聞、テレビが政権批判を自主規制し、何が行なわれているのかを取材すらしないことが白日の下にさらされたのだ。
 また、『ポスト』によれば、一昨年の英国サミットで安倍首相が署名した首脳宣言には「テロリストへの身代金支払いを全面的に拒否する」ことが盛り込まれていたため、イスラム国へ直接身代金を払うことはできない。そこでヨルダンへの経済援助という形をとることが検討されたという。
 しかしイスラム国のほうが一枚も二枚も上手で、ヨルダンを交渉に噛ませることで身代金も死刑囚の釈放も手に入れようとしたのだと、国際政治アナリストの菅原出(いずる)氏は見る。

 『現代』によれば、湯川さんとの交渉で、身代金として払えばFRB(米連邦準備制度理事会)に嗅ぎつけられてしまうから、数億円分の金塊を運ぶ案まで出されたという。だがそれは「湯川さんはすでに殺害されている」という情報が出たため実現しなかったというのだ。真偽の程はわからないが「カネですめば」という考え方が日本政府にあったのは間違いないのかもしれない。
 だが、日頃からの人的接触もルートもないままの裏交渉がうまくいくはずはない

 『文春』ではアルジェリア系フランス人(26)と結婚した日本人女性(29)が2か月前に出国。トルコ経由でイスラム国に参加したのではないかと、娘の父親が話している。そのほかにも5人ほどがイスラム国の支配地域に入っているのではないかと公安関係者が語っている。
 こうしたイスラム国へ共鳴した人間たちが人質になるケースが、これから出てくるかもしれない。

 今回のことで日本という国は外交には未熟で、カネだけで解決しようとする国だというイメージが定着すれば、これから第2、第3の人質事件が出てくるのは間違いない。
 国会では安倍首相の責任追及とテロ対策を徹底的に議論すべきである。
 週刊誌に望むのは情緒的な安倍批判ではない。新聞やテレビにできない人質交渉の裏を取材、検証して、安倍首相の責任とイスラム諸国との関係を今後どうしていくのかを考える材料を提供することこそ、やるべきことだと思い定めてほしいものだ。
   

   

読んだ気になる!週刊誌 / 元木昌彦   


元木昌彦(もとき・まさひこ)
金曜日「読んだ気になる!週刊誌」担当。1945年東京生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社に入社。『FRIDAY』『週刊現代』の編集長をつとめる。「サイゾー」「J-CASTニュース」「週刊金曜日」で連載記事を執筆、また上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで「編集学」の講師もつとめている。2013年6月、「eBook Japan」で元木昌彦責任編集『e-ノンフィクション文庫』を創刊。著書に『週刊誌は死なず』(朝日新書)など。
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