「学生時代に力を入れたこと」の略語。就職活動中の面接やエントリーシートなどで、かなりの高確率で企業側から訊ねられる質問であるらしく、のんべんだらりと4年(もしくはそれ以上)の大学生活を送ってきた多くの学生は、コレを無理矢理捻り出すのに一苦労なのだという。
もちろん“正解”は社風の硬軟、面接官との相性、面接官のその日の気分、プレゼンする側(学生側)の表現能力……などによって異なってくるのだが、そもそもガクチカが就活の鉄板となること自体、戦後日本の教育制度の矛盾を象徴しているのではないかと筆者は考える。
じつのところ、ガクチカに対する“完璧な正解”は一つだけある。「学業が忙しくて、ほかのことに力を入れるヒマがありませんでした」だ。つまり企業側は端っから「大学は勉強する場所ではない」と断定し、「ガクチカは学業です」という解答を放棄しているのである。それどころか「大学で勉強ばかりしていたヤツは要領の悪い堅物」のレッテルを貼っているフシさえ見受けられる。まったくもって嘆かわしい話ではないか……なんて戯れ言を、就活中「学生時代はテニスサークルのキャプテンを務めながら、ジャズのプロドラマーのボウヤ(アシスタント)もやってました」程度の凡庸なガクチカしか“作る”ことができなかった筆者が語る資格なんぞ、まったくないのだが(笑)?
もちろん“正解”は社風の硬軟、面接官との相性、面接官のその日の気分、プレゼンする側(学生側)の表現能力……などによって異なってくるのだが、そもそもガクチカが就活の鉄板となること自体、戦後日本の教育制度の矛盾を象徴しているのではないかと筆者は考える。
じつのところ、ガクチカに対する“完璧な正解”は一つだけある。「学業が忙しくて、ほかのことに力を入れるヒマがありませんでした」だ。つまり企業側は端っから「大学は勉強する場所ではない」と断定し、「ガクチカは学業です」という解答を放棄しているのである。それどころか「大学で勉強ばかりしていたヤツは要領の悪い堅物」のレッテルを貼っているフシさえ見受けられる。まったくもって嘆かわしい話ではないか……なんて戯れ言を、就活中「学生時代はテニスサークルのキャプテンを務めながら、ジャズのプロドラマーのボウヤ(アシスタント)もやってました」程度の凡庸なガクチカしか“作る”ことができなかった筆者が語る資格なんぞ、まったくないのだが(笑)?