薬剤服用歴は、患者がこれまでに服用してきた薬の履歴を薬局で記録するもので、略して「薬歴」とも呼ばれている。

 医師が処方した薬の名称、用量、用法などに加えて、患者のアレルギー歴、副作用歴、体質、その他に服用している薬やサプリメントなどの情報も記録することで、患者を薬害から守るのが目的。

 調剤薬局は、この薬歴の作成のほか、薬剤情報提供文書の作成、おくすり手帳の記載、飲み残しの薬の確認、ジェネリック医薬品の紹介を患者に行なうと、処方せんの受付1回につき「薬剤服用歴管理指導料」を410円受け取ることができる。患者は、このうちの1~3割を、年齢や所得に応じて自己負担することになっている。

 薬は、正しく服用すれば病気やケガの回復を助けてくれるが、飲み合わせが悪かったり、用量を間違えたりすると、思わぬ事故に発展することもある。薬剤師は、薬歴をチェックすることで、「この患者さんに、この薬を出しても大丈夫か」「他に重複投与されている可能性はないか」などを判断しており、健康被害を防ぐための重要な記録だ。

 健康保険を使って薬を調剤する薬局や薬剤師が守るべき療養担当規則(第8条)にも、「調剤を行う場合は、患者の服薬状況及び薬剤服用歴を確認しなければならない」という規定があり、薬歴の作成は調剤業務を行なう上では必須のものといえる。

 ところが、とある調剤薬局チェーンで、この薬歴を記録せずに患者に薬を出し、何食わぬ顔で薬剤服用歴管理指導料を徴収していた問題が明るみに出た。当初は一部の悪質な事例と思われていたが、他のチェーン薬局でも同様の問題が発覚し、これは氷山の一角ではないかとの疑念が生まれている。

 そもそも薬歴は、薬害を未然に防ぎ、患者の健康管理に役立てるために一部の調剤薬局が独自に始めたものだった。それを日本薬剤師会常務理事の佐谷圭一(さや・けいいち)氏が、1975年頃に薬歴に必要な情報・手法などを整理して発表。専門誌や学会などで紹介されたことで多くの薬局が実施するようになり、専門性を生かした薬剤師の技術が評価されて、1986年に調剤報酬が改定され薬剤服用歴管理指導料が付けられるようになった。

 つまり、薬歴は健康被害を防ぎたいという薬剤師の思いから生まれたもので、指導料はあとから付いてきたものだ。その意義を忘れ、薬歴もつけずに、指導料を含む調剤報酬を請求していたというのは薬剤師倫理にもとる行為だ。一部の悪質なチェーン薬局の振る舞いが、真摯に調剤業務にあたり、患者の健康を考えている同業者たちの足を引っ張っていることも問題だ。

 日本の医療制度は、税金や健康保険料で運営されており、国民共有の財産だ。保険薬局、保険薬剤師を名乗るからには、そのことを肝に銘じて、国民を欺くような行為は厳に慎むべきだろう。
   

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   


早川幸子(はやかわ・ゆきこ)
水曜日「ニッポン生活ジャーナル」担当。フリーライター。千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。新聞や女性週刊誌、マネー誌に、医療、民間保険、社会保障、節約などの記事を寄稿。2008年から「日本の医療を守る市民の会」を協同主宰。著書に『読むだけで200万円節約できる! 医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30』(ダイヤモンド社)など。
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