平安中期の一条天皇の時代のこと。疫病が蔓延し、994年(正暦5)に悪疫退散を祈り紫野御霊会(むらさきのごりょうえ、現在の今宮祭の起源)が行なわれた。その後、再び疫病が流行したため、人々は1001年(長保3)に疫神を祀り、今宮神社(北区紫野)が創建された。「あぶり餅」の発祥はこの御霊会に際し、門前茶屋・一和(いちわ)の初代、一文字和助がお供えした「おかちん(餅の意)」であると伝えられている。供物のお下がりを食べたところ疫病を免れた、といういわれが残り、今宮詣でに欠かせない門前菓子として、千年以上にわたって受け継がれている。

 「あぶり餅」は、親指大の餅片にきな粉をまぶし、先の割れた細い竹串に刺して炭火であぶる。そして、きな粉と白味噌を混ぜた秘伝のたれにつけたものである。その昔、千利休は茶菓としてあぶり餅を用いたといわれている。きな粉と白味噌の大豆由来の甘みや香りは相性がよく、あぶった餅の風味と一緒に噛みしめると、素朴で普遍的な味の力を感じずにはいられない。串先に小さな餅一つというスタイルも、食べやすくてとてもよろしい。

 「あぶり餅」は東参道で古くから営まれてきた「一和」と「かざりや」で味わえる。前述の一和は創業1000年(長保2)。テレビ時代劇「鬼平犯科帳」のエンディングで、ところてんをすするシーンの撮影場所としても知られる店だ。また、真向かいの「かざりや」の歴史も長く、400年以上営まれてきた老舗である。それぞれの味の秘訣は一子相伝のたれ。今宮社の氏子域で育った西陣の人であっても、甲乙はつけがたいそうで、ちょっとした論争が起こることもしばしばである。

 

   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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