ネットでは、根拠のない悪質なデマが拡散する。当事者がどんなに躍起になっても、いったん勢いがついたら容易に消すことはできない。事態を深刻にするのは、だいたいの人間が持っている善良な気持ちである。皮肉にも、「許せない!」という感情は、デマにありがちな矛盾点や違和感を見えにくくさせる。

 ドナルド・トランプとヒラリー・クリントンによる、熾烈をきわめたアメリカ大統領選は記憶に新しい。そのさなか、ネット情報の危うさをまざまざと知らしめる事件が起こる。

 ワシントン郊外のピザレストラン「コメット・ピンポン」で、男がライフルを発砲したのは昨年12月4日のことだった。報道によれば、家族連れで賑わう中の出来事というから、犠牲者が出なかったのは不幸中の幸いというべきか。容疑者がこんな暴挙に出たのは、ちょっと信じがたいような情報を鵜呑みにしたからだ。

 いわくこの店では、地下室で子どもを拉致して売春させている(ちなみに、そもそもこの建物には地下室がなかった)。そしてなんと、ヒラリーなど民主党員もその運営に関わっている……。店のオーナーが民主党を熱烈に支持していたというだけの事実から、トンデモな陰謀が次々とねつ造された。国務長官時代にメールを私的に使ったとされる問題など、逆風が吹いていたヒラリー。共和党の支持層にとって、荒唐無稽な話を信じる素地ができていたのだ。かつてニクソンを辞任に追い込んだウォーターゲート事件になぞらえて、「ピザゲート事件」と称されている。

 こういったデマを信じる人々が新大統領の誕生を支えた、と考えるとなんだかおそろしい。しかし、冷静さを失っているのはなにもアメリカだけではない。日本のネットでもねつ造は多く、かつ多くのユーザーが、ろくに調べもせずにそれを信じている。怖さを肝に銘じておくべきなのだろう。
   

   

旬wordウォッチ / 結城靖高   


結城靖高(ゆうき・やすたか)
火曜・木曜「旬Wordウォッチ」担当。STUDIO BEANS代表。出版社勤務を経て独立。新語・流行語の紹介からトリビアネタまで幅広い執筆活動を行う。雑誌・書籍の編集もフィールドの一つ。クイズ・パズルプランナーとしては、様々なプロジェクトに企画段階から参加。テレビ番組やソーシャルゲームにも作品を提供している。『書けそうで書けない小学校の漢字』(永岡書店)など著書・編著多数。
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